第30話

 若干の疲労を感じながら、俺たちはシャワー室に向かう。

 海で遊んで体力を使ったせいか、脚が少し重い。けど、これでさっぱりできるならもうひと頑張りだ。


「わたしたちこっちだから」


「覗くんじゃないよ!!」


 愛羅さんがすかさず突っ込んでくる。


「覗くわけないだろ」


 字見さんは手を振って女子用シャワー室に入っていった。

 もしかしたら、海里さんの一件で警戒されているのかもしれない。


「腹減ったしパパっと洗うか」


 そう言って俺は反対側の男子用シャワー室に入る。

 シャワーの水が海水でべたべたした体を洗い流すたび、疲れがじわじわと溶け出していく。


 ふと一人になると、自然と考え事が頭を巡り始める。

 俺たち、なんだかんだ言って不思議な関係だよな。


 学校ではあまり話したことがなかったギャルで派手な愛羅さんと、今では考えられないけど地味な字見さんと気づけばこんなに親しくなってる。

 それも、お互いに助け合って、成長しようとしてるんだから、なんだか変な感じがする。


 字見さんは相変わらず控えめだけど、最近は少しずつ自分に自信を持ち始めてる。

 それに、愛羅さんも、疎遠だった中学時代のギャップを埋めるように、俺との時間を楽しんでるようだ。


 人生、なにがきっかけでかわるか分からないな。


 シャワーを浴びながらそんなことを考えていると、女子シャワー室の方から何やら話し声が聞こえてきた。


 一方そのころ、女子シャワー室では――


「ここなっちって綺麗な体してるよね」


 愛羅さんが仕切りの上から字見さんをじっと見ていた。驚いた字見さんが、慌てて声を上げる。


「きゃっ!」


 咄嗟に手で体を隠す字見さん。仕切りの向こうでびっくりした様子が見える。


「もう、悠斗くんに覗かないでって言ってて、自分が覗いてるじゃない」


 字見さんが不満げに口を尖らせるが、愛羅さんは全く気にせず笑い飛ばす。


「いいじゃん、女の子同士だし。そんなことより」


 そう言って、愛羅さんは仕切りのドアを軽々と開け、そのまま字見さんの個室に入ってくる。


「ねえ、前より少し大きくなってない?」


 そう言いながら、愛羅さんは字見さんの胸をタプタプと軽く触る。

 字見さんの驚いた表情が浮かんだかと思うと、すぐに赤面する。


「そんなことないよ。それでいったら愛羅ちゃんも大きくなったんじゃない?」


 字見さんも負けじと反撃し、愛羅さんの胸を軽く揉み返す。愛羅さんは「うわっ、ちょっとやめてよ!」と言いながらも笑いながら逃げる。

 2人のやりとりは完全に女子同士のイチャイチャだ。まるで親しい友達同士のスキンシップ。


「何してんだよ、あの2人…」


 ―――


 3人とも浴び終わり、ついにBBQが始まる。


「よし、火がついたから肉を焼こうか」


「うん!楽しみ!」


 炭火の上で肉や野菜がじゅうじゅうと焼け始め、香ばしい匂いが漂ってくる。

 炎の揺らめきと、焼けていく音が、食欲を一層かきたてる。


「焼けてきたぞ。まずはこれだな、牛肉から」


 最初に焼けた肉をみんなで取り合うようにして食べる。

 口に広がるジューシーな味わいは、疲れた体に染み渡り、みんなの顔にも自然と笑顔がこぼれた。


「ん〜、うまい!」


「やっぱりバーベキューって最高だね!」


 字見さんも嬉しそうに頬張る。俺もたくさん食べるか!

 けど、俺はちょっとトイレに行きたくなってきた。


 これからってときなのに、


「ちょっとトイレ行ってくるわ」


 そう言って俺は席を外し、トイレに向かった。


 ―――


 用を足して戻ろうと歩いていると、ふと前方から人影が見えた。

 近づいてみると、それは海里さんだった。


「お疲れ様です。海里さんのおかげで、最高に楽しい時間を過ごさせてもらってます」


「いいって、いいって」


 ふとした沈黙が流れるが、海里さんが先に口を開いた。


「また、あいつと仲良くしてくれてありがとね」


 俺は慌てて首を振る。


「いや、俺が避けてたのが悪いんで気にしないでください。今では昔のように、楽しい時間を共有してますよ」


 そう答えると、海里さんはほっとしたように微笑んだ。


「そうか、それはよかった。姉としては嬉しい限りだよ。あんたが思ってるより、あいつはあんたのこと思ってるから、これからも仲良くしてやってくれ」


「それはもちろんです。友達だし、同盟すら組んでますから」


「なんだそれ、青春だねえ」


 海里さんはクスっと笑いながら、俺の肩を軽くポンっと叩いた。


「青春楽しめよ、ほんと」


 そう言い残して、海里さんは歩き出す。


「海里さん、どこ行くんですか?」


「一服しようと思ってさ。せっかくのBBQだけど、酒飲めないからタバコで気を紛らわそうと思って」


 そう言って、タバコの箱を軽く振って見せると、彼女はさっさと海岸の方へと歩いていった。


 俺はその姿を見送りながら、再びテントの方へ戻る。

 戻ると、すでにみんなが笑顔でBBQを続けていた。


「おい、悠斗!肉が焼けてるから急げ!」


「今戻ったぞ!待たせたな」


 俺はその声に応えて、テントに急ぎ足で戻り、再びみんなとBBQを楽しんだ。

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