第26話

「エロ本とか今時の人は持ってないぞ」


 その一言がきっかけで、字見さんの表情が驚きに変わった。

 まるで世界がひっくり返ったかのように、目を大きく見開いている。


「えぇ!そうなの!?」


 字見さんは驚きとともに、どこかショックを受けているようだ。

 なぜそんなにがっかりしてるんだろう?アニメとかでよくあるシーンに期待してたのかな。


「アニメでよく見るシチュエーションなのに…」


「まあ、あくまでフィクションだからね。今は電子で読むのが主流だよ」


 俺がそう言うと、字見さんは再び驚きの表情を浮かべた。

 まさかの連続で、彼女の世界観がどんどん崩れていくのが見て取れる。


「悠斗くんは読んでるの?」


「…読んでない」


 その短い返答の後、字見さんは不信そうな顔をした。


「今の間が怪しい!」


 やっぱりそう来るか。字見さんの鋭い疑いに視線に、バツが悪くなる。

 同級生にエロ本読んでると知られるのは、それなりに抵抗がある。ましてや仲の良い異性だとなおさら。


「そんなことは置いといて、はい、お菓子とお茶」


 話題を変えるために、持ってきたお菓子をテーブルに置いて、字見さんに差し出す。

 彼女はそれを受け取り、ありがとうと微笑んだ。


 お菓子に釣られた字見さんは、美味しそうにいただく。


 しばらく2人でお菓子をつまみながら、まったりとした時間が流れた。

 でも、どこかそわそわしている字見さんが気になった。


「わたし、男の子の部屋に入るの初めてで、緊張してるんだよね」


 ああ、そうか。それが彼女のそわそわの理由か。


「何も遠慮とかしないで、自分の部屋みたいにくつろいで大丈夫だよ」


 俺はそう言って彼女を安心させようとしたが、逆にそれが彼女の探究心に火をつけてしまったようだ。


「分かった」


 そう言うや否や、字見さんはどこか堂々とした態度で部屋を物色し始めた。

 まるで探偵が証拠を探しているかのような真剣な目つきだ。


「悠斗くんはむっつりさんだから、絶対にナニかあるはず」


「多分探しても何も見つからないぞ」


 そう言ったところで、彼女が信じるとは思えない。

 この状況、どうやって切り抜けるか…。


 突然、字見さんは目を輝かせて引き出しを指さした。


「この引き出し見てもいい?」


「別に見ても…あっ」


 俺は一瞬で緊張が走った。ヤバい。

 あそこには、ネトゲの友達におすすめされたエロゲが入ってる。


 何とか言い訳しようとしたが、言葉がうまく出てこない。

 字見さんは俺の態度に疑念を抱いたようで、ますます興奮している。


「もしかして、ここに隠してるんだね!!」


 彼女の嬉しそうな声に、俺は絶望感を感じた。

 どうしてこんなにワクワクしてるんだ?


「なんでそんなに嬉しそうなの!?」


 俺が驚いて尋ねると、字見さんはニコニコしながら答えた。


「だってワクワクするでしょ」


「いや、俺は恥ずかしいって」


 なんとか止めようとするが、字見さんの好奇心は留まるところを知らない。どうしたらいいんだ?


 その時、字見さんは突然、何かを俺に投げ渡してきた。

 反射的にそれを受け取ると、それはさっきまで字見さんが使っていたタオルだった。


 湿っぽくて、生暖かい…。一瞬で俺の脳はフリーズしてしまった。

 その隙を突かれて、字見さんは素早く引き出しを開けてしまう。


「ん、なにこれ?」


 彼女が手に取ったのは、分厚いパッケージに包まれたエロゲだった。

 俺は心の中で頭を抱えたが、もう遅い。


「これってもしかしてえっちなゲーム!?」


 驚きの声を上げる字見さんに、俺は仕方なく正直に答える。


「あまり見られたくなかったんだけど。そう、エロゲだよ」


 俺の返事に、字見さんは意外にも感心したような表情を浮かべた。


「初めて現物見たかも」


 じっくりとパッケージを観察している彼女の姿に、俺は何とも言えない気持ちになった。


「パッケージがこんなに分厚いんだね」


「設定資料とかゲームに関するものがもろもろ入ってるから」


 これが普通の反応なのか、それとも彼女が特別なのか。

 俺は少し困惑しつつも、冷静を装っていた。


「もしかしてエロゲに興味あるの?」


 ふと、俺が尋ねると、字見さんは少し恥ずかしそうに頷いた。


「…うん、ちょっとだけ。よくストーリーがいいと聞くから気になってたの」


 なるほど、そういうことか。確かに、エロゲはそのストーリー性の高さが評価されることが多い。

 俺も気になっていたけど、自分で手に取る勇気はなかなかなかった。


「気になっていたけど、自分で買う勇気がなくて」


 字見さんの言葉に、俺は少しだけ安心した。

 どうやら彼女も同じような気持ちを抱えていたらしい。


「少しだけやってみる?」


 俺が提案すると、字見さんは目を輝かせて答えた。


「いいの!?」


「俺もほとんど初見みたいなもんだし、気になってはいたから丁度いいかも」


 こうして、俺と字見さんは一緒にエロゲをプレイすることになった。


「ヒロインたくさんいるな」


「どの子も可愛いね」


 画面に映し出されるキャラクターたちに、俺も字見さんもすっかり魅了されていた。


「どの子のルート見るか」


 俺が尋ねると、字見さんは少し考えてから答えた。


「わたしは…クールな見た目の子気になるかも」


「じゃあそれにするか」


 そうして、俺たちはそのキャラクターのルートを選んでゲームを進めていった。


 時間が経つにつれ、俺たちはますますゲームに引き込まれていった。


「こっちの選択肢のほうがいいんじゃない?」


「やっぱ、同じ女子の目線だとこっちのほうが嬉しいのか」


 字見さんの意見を参考にしながら、俺たちは真剣にゲームを進めていった。

 やがて、行為を描いたシーンが流れたが、奇妙なことに俺たちはいやらしい雰囲気になることはなく、2人そろってむしろ感心して見入っていた。


 数時間が経ち、ついにエンディングが流れた。

 画面に映し出される感動的なシーンに、字見さんは目を潤ませていた。


「すごく良い話だったね…」


 彼女の言葉に、俺も深く頷いた。


「確かに、予想以上に良いストーリーだった。映画まるまる一本みた気分」


「ちゃんとヒロインが報われてよかった」


 そうして、俺たちはゲームを終えた。


「悠斗くん、今日はありがとね。貴重な体験ができたよ」


「いや、俺こそ改めてゲームの凄さを実感できた」


「夏休みいっぱい楽しもうね。それじゃあ、また今度」


 字見さんは、満足気な表情で帰路に向かった。

 その後ろ姿はどこか浮足立っていた


「そういえば、なんで字見さんが家に来たんだっけ?」


 ゲームの余韻でひたすら喪失感に襲われ、なんで今日、字見さんが家にきたか思いだせずにいた。



 おまけ


 洗濯機の前で、ひたすら葛藤する俺。

 なぜ、こんなに葛藤しているかというと。


「さすがに、タオルの匂いを嗅ぐのはマズいよな」


 字見さんが汗を拭きに使ったタオルが、どうしても俺を誘惑するからだ。


 タオルの前で思いっきり深呼吸をしたいが、あまりにもキモすぎる。

 そんなことを字見さんに知られたら、引かれるどころか嫌われる可能性もある。


 葛藤が続き、やがて奥歯を深く噛みしめて洗濯を回した。


「これでよかったんだ。欲望に負けなかった俺は偉い…」


 思春期には刺激が強い激物だったが、なんとか理性が勝利した。


 ―――

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