第31話 お家事情
手紙を見つめたまま黙り込んだフィオナ。美形率の高い室内で満面の笑みだったメイも表情を消し、エディと顔を見合わせた。深刻そうな二人に室内の空気は一気に重くなり、レオンが戸惑うように様子を伺う。
「……お父様が来週戻ってくるわ。メイ、部屋の準備をお願い」
長い沈黙のあとフィオナは顔を上げ、にこりとメイに笑みを浮かべる。
「は、はい……」
フィオナに返事を返し、メイはエディの様子を伺った。小さく頷いたエディに、メイは頷きを返して静かに退室していく。気まずくなっている室内の空気をよそに、フィオナはにこりとわざとらしく笑みを浮かべた。
「来週って言えば魔術核強化プログラムの初案が、来週には出来上がるみたいだから試してくれる人を探さないとね! レオンの知り合いに、試してもいいよって人いる?」
「え、あ、ああ……声をかけてみる……」
「よろしくね」
レオンの困惑顔に、ヒースが盛大にため息をついた。
「フィオナってレオンを大事にもしてないし、信頼もしてないんだね」
「……はぁ? なんでそうなるのよ!」
「だってなんの説明もしないつもりなんだろ? 板挟みになって苦労するのはレオンなのに」
「……説明なんて必要ない。どうせ解雇するんだから」
「筋肉で経営してきて傾いたのに、理論的思考ができるブレーンに一言もないんだ。すごい信頼関係だね」
「ぐぬぬ……!」
澄ました顔で皮肉をねっとりとすりつけてくるヒースを睨み、フィオナは思わずエディを振り返った。控えめに眉尻を下げながら頷いたエディに、フィオナは自分の味方がいなことを悟り憤然と立ち上がった。そのまま執務机の一番上の引き出しを開け、小型の絵姿を取り出した。ツカツカと戻ってきて、ソファーテーブルに滑らせる。
「それがお父様! 学園では魔法理論の教授だけど、どうせ見たことないでしょ?」
不機嫌に言い放つフィオナに、レオンは絵姿を覗き込んだ。ふわふわの茶色い癖毛に、メガネをかけて遠慮がちに気弱そうな笑みを浮かべている男を、しばらく見ていたレオンはあっと声をあげた。
「見覚えあるみたいだけど?」
レオンの反応に驚いていたフィオナが、ヒースを睨みつける。レオンは拾い上げた絵姿を見ながら、記憶を探るように呟いた。
「……学園の廊下ですれ違ったことがある。学園の教授とは雰囲気が違うから、目立ってて印象に残ってる……」
呟くレオンにヒースが吹き出した。
「そうだね。ローラン教授は学園では見かけないタイプだね。壮絶な寝不足でフラフラ彷徨ってる屍鬼みたいなタイプでもないし、脳みそだけじゃなくて肉体まで筋肉に支配されてるタイプでもない。学園には珍しい正統派な学者肌で、実際穏やかで控えめな静かな方だよ」
「会ったことあるのか?」
「うん。僕はフィオナと幼馴染だから。東大陸魔術集を絵本がわりに読んでくれた」
「東大陸魔術集……って、バティオ子爵家の? なんで? 貴族の間じゃ流行らなかったんだよな? 平民街では人気あったけど。異国の珍しい汎用魔術が面白いってんで、改良して取り込まれた東方魔術が結構生き残ってたりする」
「みたいだね。フィオナの父上であるローラン教授は、そのバティオ子爵家の出身だよ。アレイスターに婿養子に入ったんだ」
「……はぁぁ!?」
ヒースの説明に絵姿から顔をあげたレオンは、思わずフィオナを睨みつけた。レオンの怒りに気まずくなりながら、フィオナはふいと顔を逸らす。
「……出身がバティオ子爵家でも、お父様も汎用魔術に精通した魔術師ってわけじゃないから」
「いや! 俺に説明するべきだっただろ! 何が汎用魔術に詳しい魔術師に伝手がないだ! バティオ子爵家出身者がいるなら、俺に頼る必要だってなかった!」
「だから言ってるでしょ! 必ずしも出身家門の能力を受け継ぐわけじゃないって!」
声を荒げたレオンに、フィオナもイライラと怒鳴り返す。火種を投げ入れたヒースは、澄ました顔で紅茶を啜った。
「まあ、開発魔術登録だけに限って言えば、フィオナの言う通りかもね」
「どう言うことだよ!」
「ローラン教授は開発魔術登録が一つもない」
「……一つもない?」
「そう、一つも」
戸惑ったようにフィオナに振り返ったレオンに、むすりとしたまま不機嫌に口を開いた。
「……お父様は確かにバティオ子爵家の出身よ。でも自分で魔術開発して使用登録してる魔術は一つもないわ」
キッパリと言い切ったフィオナに、レオンは信じられないように目を見開いた。そんなレオンに追い打ちをかけるような気持ちで、フィオナは続けた。
「誰でも一つは自分の開発魔術は登録してるでしょ? 使えるって人気が出れば、使用料が入ってくるんだし。学園の教授ともなれば、最低でも十式くらいは術式を登録してる。開発魔術の登録が一つもない教授なんて、お父様くらいよ!」
「……だからと言って開発能力がないってことではないと思うけどね」
肩をすくめたヒースを、フィオナが睨みつける。
「確かに開発した魔術の公開をしない選択肢だってある。フィオナが父親であるローラン教授の解雇を決めたのは、開発魔術を一つも登録してないからか?」
責めるようなレオンに、フィオナはグッと奥歯を噛み締めた。
「……公開しない選択肢があるとして、学園の教授が開発した魔術を登録しない理由ってなに? それだけじゃない。魔術収集に出かけてばかりで、学園の講義だってほとんどしてない。そんな教授いる? きっとお父様が学園の教授になれたのは、お母様と結婚したからで……」
「フィオナ」
穏やかでもはっきりとしたヒースの制止に、フィオナはハッとして気まずげに口を閉じた。落ちた沈黙に、レオンの低い怒りの声が流れ出す。
「……講義より魔術収集の優先を認めたのはルディオ学園長なんだろ? それだけ収集能力が高いってことかもしれない。それなのにフィオナは、魔術師ばかりじゃなく父親としての能力の有無を、開発魔術があるかなしかで判断するのか?」
「レオン」
ヒースの止めだての声を無視して、レオンははっきりと軽蔑が浮かぶ眼差しを向けてきた。
「……最低、だな。自分の父親をそんな尺度で計るなんて。生きててくれるだけでも、十分だろ」
低い静かな声での断罪に、レオンが父を亡くしていることを思い出す。一気に羞恥とどうしようもないほどの怒りが込み上げてきて、フィオナは反射的に立ち上がった。
「何にも……何にも知らないくせに……!」
涙でぼやけ始めた視界に、フィオナは震える唇を噛み締める。
「あ……」
涙目のフィオナに動揺して声を揺らしたレオンから、フィオナは顔を背けるようにして踵を返した。
「フィオナ!」
ヒースの呼び止める声にも、フィオナの足音は廊下を遠ざかっていく。ヒースが怒りに後悔が滲む表情のレオンに、呆れたようにため息を吐き出した。
「……レオンも知っておくべきだと思って話を振ったんだけど、まさかこんなに感情的になるとはね。でもフィオナが開発魔術の数で判断だなんてね。思ってもいないことまで言い出すのは、全部事情を聞いてからにすべきだったかな」
「俺は……」
「……悪いけどレオンの言い訳は後で聞くよ。僕がフィオナを連れ戻してくるまでの間に、少し頭を冷やしておくといい」
「…………」
いつもより冷ややかなヒースの声に、レオンは表情を隠すように無言で顔を手で覆った。ヒースは静かに立ち上がり、フィオナを追って部屋を出ていく。
じっと俯くレオンに、黙って気配を消していたエディが歩み寄る。静かに紅茶を淹れると、エディがそっとレオンに紅茶を差し出す。レオンがノロノロと顔を上げると、エディが励ますように微笑んだ。
「……心配いりません。フィオナ様も失言がございました。今頃言いすぎたと、反省されていますよ」
「俺……」
「……フィオナ様もローラン様も、家族として思い合ってはいるのです。ただ随分とすれ違っておりまして……」
「…………」
「やがて戻られますよ。昔からヒース殿下はフィオナ様に癇癪を起こさせるのも得意でしたが、鎮めるのもお上手でしたから。お二人が戻られるまで、少し昔話をいたしましよう」
紅茶のカップを両手で包んだレオンは、エディが静かに語り出すアレイスター家のお家事情に耳を傾けた。
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