第21話 似たもの同士



「……なぜ、管理業務の請負は反対なんですか?」


 険悪さを帯びつつある雰囲気の中、最初に沈黙を破ったのはレオンだった。その声の思わぬ真摯さにはいつもの余裕がなくて、フィオナは顔を上げてレオンの表情を確認した。まっすぐ教授達を強い眼差しで見つめるレオンの横顔は真剣で、だからこそいつもより幼く学生時代に近く感じた。


「汎用魔術の導入と、魔術核強化カリキュラム。平民の受け入れ間口を広げることには、教授達はあっさりと受け入れて見せた。正直言うと、俺はもっと反発されると思ってました。学園の格式を理由に、平民受け入れは拒絶されるだろうと……」


 レオンが少し俯いて、フィオナは眉尻を下げた。


(レオン……よっぽど嫌な目にあったのね……)


 平民街で聞き出して、実際に感じた平民と貴族間にある溝と格差。レオンの就職活動の顛末を聞けば、身分を意識する態度は理解できる。でも在学中はここまで過敏ではなかったはずだ。卒業後の再会から、ずっとレオンは身分を過剰に意識している。


(あ、でも入学したての頃はこんな感じだったかも……)


 貴族だらけの教室の隅で、俯いて座っていたレオン。今のハリネズミのように身分に過敏な姿は、あの頃のレオンを見ているようだ。そうと気づいた途端、フィオナはちょっと呆れた。どうやらレオンは肝心なことを忘れ去っているらしい。


「平民の学生と扱う魔術は受け入れられても、平民がする仕事は受け入れられない。管理業務を拒否するのはそう言うことですか?」


 どこか問いただすようなレオンに、教授達も少し驚いたように顔を見合わせた。


(あのさ……レオン、私言ったよね?)


 平民街で。身分を気にするレオンに。はっきりきっぱりと。

 腕を組んで瞳を眇めたフィオナの代わりに、顔を見合わせていた教授達がすっかりレオンが忘れ去っていることを、思い出させることにしたようだ。鬼の実技教授のリブリーとは双璧を成す、仏の理論教授・マクレンが不思議そうに首を傾げて見せる。


「……レオン君、君は魔術理論の首席卒業生だったね?」

「え……あ、はい……そうですけど……」

「ふむ、では魔術実技の首席卒業生である、フィオナ君の魔術理論の最終成績を知っているかい?」

「確か……総合七位だったかと……」

「うん。そう。卒業試験での攻撃魔術は見事だった。でもまさかの防御全捨てという、理論もクソもない戦術を披露して、そうなって当然の結果を出たわけだね」

「はあ……」


 気まずそうにチラリと見てくるレオンと、ニコニコ笑みを浮かべるマクレンにフィオナはムッと顔を顰める。なぜ今、引き合いに出されているのか。不機嫌になったフィオナに気まずそうなレオンに今度は、魔術技術教授のベンディが口を開いた。


「ではフィオナ君の魔術技術の最終成績を知っているかね?」

「あー……」


 より気まずそうになったレオンに構わず、ベンディは呆れたように腕を組んだ。

 

「知っているようだな。そう、下から数えたほうが早い。授業でならそこそこだ。だが実践になるととにかく最大出力で、魔術をぶっ放すのが正義になる。技術もクソもない。よって最終的に下から数えるのが早くなった」

「そう、ですか……」


 ますます瞳を怒らせたフィオナに、ベンディは肩を竦める。学園の重鎮・リブリーが頷いて参戦を始める。


「つまりフィオナ・アレイスターは、アホほど多い魔力量でゴリ押すばかりで、技術と理論が未熟ということだ。だが王国最強の一角、風神のルディオに勝利した。汎用魔術が稚拙すぎる技術と理論をカバーしたから。ならば汎用魔術の取り入れる方向で動くのは当然だろう?」

「平民の受け入れに関しても同じですよ。レオン君は魔力量は及ばないながらも、技術、理論ともに高い水準にある。総合力で見れば、フィオナ君よりレオン君の方が魔術師として優れていますからね。魔力量が足りずとも、総合力に優れた人材への間口を広くするのは、学園の理念にも一致しています」

「何もおかしいことはないと思うが?」


 眉根を寄せてはっきりと言い切ったリブリーに、他の教授陣もうんうんと頷いて見せた。衝撃を受けたように固まるレオンに、散々引き合いに出されて気分を害したままフィオナは、八つ当たり気味に言い放った。


「レオン、前にも言ったけど私は魔術師。女だとか貴族だとかの前にね。魔術師に性別も生まれも面子も威厳も関係ない。必要なのは実力だけ。それはここにいる教授達も同じなの。アレイスター学園の教授採用条件は、であること、だから」

「魔術師……」


 呆然と呟いたレオンはゆっくりと顔を上げた。同意に頷いたり肩をすくめたりする教授達に、レオンは混乱して額を片手で抑えた。


「……それなら尚更理解できない。魔術師であることを誇る方達が、管理業務を拒絶するのはなぜですか? 馴染みのない汎用魔術を理解するためなら、実際に使用するのが早道だとわかるはず。それなのに避けるのは、平民のやるべき仕事だからと忌避しているようにしか思えません」

「……そうではない。我々の魔術核はすでに、少しの余りもないだけで……」

「ええ……そうです。魔術核の容量を余らせている者はいないでしょう。でも学園の教授としての刻印を、管理業務を優先して空けることは本末転倒、ですよね……?」


 微妙に視線を逸らしながらの言い訳に、レオンは不審を滲ませて瞳の色を濃くした。


「……なら魔石でならどうです? それなら現状の刻印は整理の必要もないですよね?」

「魔石、か……まあ、悪くはないが……それはな……」

「そうですね……悪くはないんですが、ね……」

「なぜそれほど忌避するんですか?」


 しどろもどろに回避しようとする教授たちを睨め付けるレオンに、フィオナはため息を吐き出した。


「落ち着いて、レオン。ちょっと身分にこだわりすぎ。言ったでしょ? 教授達も魔術師だって。レオンが考えてるような理由じゃない。理由なんて、分かりきってる。時間とお金よ」

「時間とお金……?」

「そう。でも……」


 訝しげに眉根を寄せたレオンから、フィオナはくるりと教授達に向き直ると、ニヤリと口角を上げた。


「私の魔術精度や効率を、あれやこれやと批評するだけ熟達した魔術師なんですよね? なら管理業務のために、研究時間が一時間、二時間減ったところで問題ないですよ。それこそ汎用魔術に少しでも早く慣れて、精度と効率を上げれば短時間で済むのでは?」

「は? まさかそんな理由のわけ……」

「その僅かな時間すら惜しいんだろうがぁーーーー!!! 睡眠時間だって限界まで削っておるわーーー!!」

「我々に魔石が買えるだけの貯金があると思うなよ? とっくに研究費に突っ込んでる!!」

「えぇ……」

 

 レオンを遮る勢いで叫び出した教授に、レオンが目を見開いてドン引きする。散々言われた鬱憤を晴らすように、フィオナは鼻を鳴らして応戦した。


「どう言われても、管理業務については決定事項です! あれだけアレコレ言うほどの魔術師なのですから、ぜひ洗練された精度と効率とやらを見せてくださいよ。あ、管理業務の仕上がりを研究費用の査定基準にします。そのおつもりで!」


 鬱憤を晴らせて気持ちよさそうに高笑いするフィオナに、教授達は泰然とした態度から一変し身を乗り出して猛抗議を始めた。

 

「勝手に決めるな! 横暴だぞ!!」

「そうだそうだ! 管理業務はこれまで同様、業者に頼むべきだ!」

「マジかよ……」


 身分差でもなんでもなく、本当に時間と金の問題だったらしいと悟り、レオンは脱力するように肩を落とした。

 フィオナの経費削減案の相談時のエディの言葉が蘇る。確かに人選とだった。

 魔石での対応を渋ったのも、どうやら汎用魔術用の魔石すら買えないほど研究に私財を費やしているから。教授陣は思っていた以上にだいぶアレイスター一族脳筋寄りだ。まるでフィオナが増殖したような錯覚に、レオンはめまいを覚えながら大騒ぎを眺める。

 

「そうだ! フィオナ君! 資金なら王家に援助を頼めるだろう! 管理業務の代金分はなんとか王家に……」


 いいことを思いついたと瞳を輝かせたプレデスに、レオンはため息をついた。

 

「無理ですよ。王家の返答は援助ではなく、貸付でしたからね」

「……え?」

「二年間で黒字転換できなければ、学園は王家に権限が渡ることになります。そうなるとおそらくヒース王太子殿下が、学園の経営権を握ることになりますね」

「ヒース……王太子殿下が……?」


 しゃーしゃーと言ってのけたレオンに、大騒ぎしていた教授陣が静まり返った。一瞬で青くなった教授達の顔色に、フィオナは感心した。


(さすが、ヒース……)


 煮湯を飲ませた教授は一人や二人ではなさそうだ。思わぬところでヒースの腹黒が役に立ってくれた。


「今後もアレイスターが学園運営していくためには、教授方にの管理業務の協力が必須です」


 レオンが穏やかながらキッパリと言い切ると、教授陣はノロノロと顔を上げた。フィオナもその機を逃さず、力強くとどめを穿つ。

 

「協力してもらえるなら、必ずヒースの魔の手から学園を守ってみせると約束しますから!」

「……だが……協力したくとも本当に魔石を買うだけの貯金は……」


 しょんぼりと肩を落とした教授達に、フィオナは考えをまとめるように腕を組んだ。


「……刻印魔石があれば、管理業務は協力してもらえますか?」


 顔を見合わせながらこくりと頷いた教授達に、フィオナは決断することにした。


「分かりました。では私が全員分の刻印魔石を用意します」

「おい! フィオナ、全員分となると汎用魔術の魔石でもかなりの額に……」

「その代わり学園の黒字転換のために、全面的に協力してもらいますからね!」

「……いいだろう。できる協力は惜しまない。学園を守るためにな……まずは魔術核強化カリキュラムは詰めることにしよう」

「お願いします!」


 フィオナとリブリーは固い握手を交わし、経費削減案は多少の問題を残し合意に達した。心配そうなレオンとは裏腹に、フィオナは結果に満足げし小講堂を後にする教授達を見送った。


 

 

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