第22話 フィオナ流節約術
教授との会議を終え帰宅の馬車に乗り込むと、レオンが間髪入れずフィオナを睨みつけた。
「フィオナ! 低級の魔石だからって全員分はいくらなんでも……!」
「それに関しては大丈夫。考えがあるから。それより、もっと重要な問題があると思うけど?」
「もっと重要な……?」
「ええ、レオン。あなたちょっと身分に過剰にこだわりすぎてない?」
切り込んだフィオナに、レオンが押し黙る。気まずそうに逸らした態度からして、自覚がないわけではないのだとフィオナはため息をついた。
「レオンの平民出身だからこその感覚は、これから立て直しを進めるために貴重な感覚だと思うわ。でも、ちょっとこだわりすぎにも感じるの。卒業前はそこまでじゃなかったでしょ?」
「別に同じだろ……」
「同じじゃないから言ってるの。熱くなりすぎて、途中で冷静さをなくしてた。珍しくね。就職の時に嫌な思いをしたから当然だとも思うけど……」
「……別にあんなのは気にしてない。ただ忘れてた現実を再確認したってだけだったからな」
「じゃあ、どこが何がそんなに過敏になる理由なの? 正直レオンらしくないって思うの」
「……俺らしく? そう言えるほどフィオナは、俺の何を知ってるんだよ」
嘲るように鼻で嗤うレオンに、流石にフィオナはカチンときた。ゆっくりと腕を組んで、臨戦体制をとる。
「……八年も同級生として過ごした学友なのに、私がレオンのことを何も知らないと思ってるんだぁ?」
「魔術研究にしか興味のない脳筋だろ? 俺のことを何も知りもしないくせに、さも知ってるかのように話すのはやめろよな」
せせら笑うように応戦してきたレオンに、フィオナは口角を釣り上げた。
「魔術実技四位、魔術技術二位、魔術理論一位。
「別に過保護じゃ……」
「在学中の隠し撮り写真の販売価格は、五十シルバー。価格はヒースの方が高いけど、販売枚数はヒースより上。」
「は? 隠し撮り!? しかも高い!」
顔色が変わったレオンの目の前で、フィオナはニヤつきながら手のひらを突き出した。
「在学中に告白してきたのは、平民・貴族合わせて十二人。手紙は七通。ヘレナ、エミーユ、アデリア・ジェリック……あと……」
「おい! フィオナがなんでそんなこと知って……!」
「首席を奪い合うライバルの動向だもの、当然チェックしてたに決まってるじゃない!」
「フィオナ……お前……」
「性格は冷静沈着で学年一の秀才。皮肉屋だけど実は優しくて、学園に迷い込んでた猫にこっそり学食を分けてたのも知ってる」
「……りんりんのことまで知ってんのかよ……」
「りんりん、ね。あの猫ちゃんに名前までつけてたの」
しまったと瞳を揺らして黙り込んだレオンに、フィオナは勝ち誇ってニヤリと笑った。
「……こんな情報を首席争いで、どう活用するつもりだったんだよ」
レオンがドン引きしたように言い出したが、単なる負け惜しみをだとフィオナはせせら笑った。
「これでもレオンのことを何も知らないとか言う? ライバルとして友達として、ずっと近くにいたのよ? 結構知ってるのよ? その私が言ってるの。今のレオンは身分にこだわりすぎてる。らしくないって。反論ある?」
「……いや、もう知ってるってことでいい。なんか斜め上の方向に詳しいが、もう良く知ってるってことでいい……」
「わかればいいのよ! 私の勝ちね!」
「いつから勝負になったんだよ。全く……まあ、全くこだわってないと言えば嘘になる。身分は努力でどうにかなるもんじゃない。そのせいで諦めたものがあるからな」
「諦めた……? でも王宮付きになってれば、爵位は……」
「その程度の爵位じゃどうにもならなかったし、そもそも王宮は……いや、それ以上聞くな。この話はこれ以上、聞く気もないし話す気はない。こだわりすぎて冷静さを欠いてる点は、これからは気をつけるさ」
「……別に気をつけてほしいわけじゃ……ただレオンが辛そうで……」
強いレオンの口調に、言い返したフィオナへの返事は無言だった。本当にこれ以上話したくないのだと、フィオナは口を閉じるしかなかった。
そうまで身分が必要になるほしいものとはなんなのか。チラリと盗み見たレオンは、窓の外に視線を背けている。その瞳が物思いに沈んで見えて、もしかしたら長い間悩んでいたのかもしれないと思わせた。
(知っていたつもりで、知らないこともまだまだ多いのね……)
八年の学園生活を共にしても。
「……魔術師じゃ、ダメなのかな?」
切なそうに見えるレオンの横顔に、フィオナはついポロッと思ったことを言葉になってこぼれ落ちた。慌てて口を抑えても手遅れで、不機嫌そうに振り返ったレオンに、フィオナは観念してしょんぼりと肩を落とした。
「……ごめん。ただそんなに難しいことなのかなって……叶ってほしいって思うから。魔術師としてならどうにかならないかなって……」
土足で踏み入られて怒っているかのような、強い色のレオンの瞳にフィオナは俯いた。
「……魔術師には身分は関係ないから……必要なのは実力だけし……王国には今、確かに身分は存在するわ。でも王国は魔術国家でしょ? だから泣く子も黙る魔術師になれば、大抵のことはどうにでもなるんじゃないかって思って……」
しんと息苦しい沈黙がしばらく続き、レオンが重いため息を吐き出した。
「フィオナ……お前って本当に、どうしようもないほど脳筋なのな……」
心底呆れたようなレオンの声に、フィオナはそっと顔を上げた。視線のあったレオンが、ジロリと瞳を眇める。
「その上、俺はこれ以上聞く気も話す気もないって言ったのに、思ったことを少しも黙ってられない」
「う……それは、ごめん……」
「でもまあ、その脳筋理論は正しいかもな。魔術国家で誰も何も言えないほどの魔術師なら、身分なんか関係なくなる」
「……っ!! でしょ! なんとなっちゃったりするよ!」
パッと顔を輝かせて身を乗り出したフィオナに、レオンは金色の輝く瞳を細めて苦笑した。それが嬉しくてフィオナは胸を張る。
「レオンには才能があるんだから! レオンもヒースも何かって言うと脳筋ってバカにするけど、私からすれば二人は考えすぎなのよ! まずはやってみればいいんだって! そしたら案外なんとかなったりしちゃったりもするよ!」
「いや、それ卒業試合の教訓があるのに同じこと言えんの? 流石に多少は動く前に脳みそを使えよ」
「……ねえ、それ、早く忘れてよ……」
またもや掘り起こされた黒歴史に、フィオナが顔を顰めるとレオンは笑い出した。その表情はスッキリして見えて、内心フィオナは胸を撫で下ろす。
「まあ、フィオナの脳筋理論を採用するにしても、まずは学園の黒字転換しないとな。人数分の魔石の準備なんて請け負ってどうするつもりだ? 余剰な資金なんてないんだぞ」
「それなら大丈夫! 考えがあるって言ったでしょ? 帰ったらヒースに事前報告して、ファリオルを誘ってみるわ! すぐに取り掛かるから心配しないで」
「……先輩に? なあ、フィオナ、本当に何するつもりだ?」
「魔石を取りに行こうと思って。魔石が高くて買えないなら、取りに行けばいいじゃない!」
「は? おい……まさか、結界外で魔獣狩りするつもりか?」
「そうよ。節約しないと。魔石は魔獣の魔術核なんだし、手に入れるなら魔獣は狩るでしょ」
「いや、なに当然みたいに言ってるんだよ!」
「必要なのは下級魔石だし、ファリオルが手伝ってくれればすぐ集まるわ。大丈夫。レオンは留守番してて!」
「は? なんで俺は留守番なんだ!?」
くわっと目を見開いて抗議してくるレオンに、フィオナはやれやれと首を振った。
「ララちゃんが傭兵に反対してた理由を忘れたの?」
「いや、フィオナが行くなら俺も当然行くだろう! 何かあったら……!」
「何もないわよ。ファリオルだって誘うんだし。秘書の仕事に結界外の行くことは含まれてません。あので大人しく留守番しててください」
「嫌だね! 俺も絶対に行くからな! 留守番なんて冗談じゃない!」
「……なんでそんなに来たがるのよ……そんなに魔獣狩りがしたいの?」
「そうじゃなくて、結界外なんだぞ! 何があるかわからないんだ! 絶対俺も行くからな!」
ちょうど屋敷の玄関前についた馬車から降りるフィオナは、後ろから吠えてくるレオンにうんざりして振り返った。
「……もう、わかったわよ! そんなに行きたいならララちゃんの許可をとって。ララちゃんが許可するなら、レオンも来てもいいから」
「ララがフィオナが結界外に行くのに、俺に留守番してろなんて言うと思うか?」
「思うか思わないかじゃない。ララちゃんが許可するかしないかなの。許可が出ないなら、絶対に来させないから!」
「……わかった」
フィオナがキッパリと言い渡すと、レオンはやっとむっつりと不機嫌顔で大人しくなった。やれやれと屋敷に入ったフィオナは、ファリオルにお誘いと、キースへ事前報告するために便箋を引き寄せたのだった。
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