第23話 臨時討伐隊



 魔獣討伐のお誘いにファリオルは快諾した。退屈していたらしい。

 無事にレオンもララからの許可をもぎ取った。ファリオルが来るまでの間、学園資料を読み込んでいたフィオナは眉根を寄せた。


(……あれ、これ……じゃあ、ヒースが言ってたのって……)


 さらに詳しく確認しようと関連資料を探していると、ノックの後にエディが顔を覗かせた。


「フィオナ様、ファリオル様が到着なさいました……それと……」

「それと?」


 表情を惑わせたままのエディが続けた言葉に、フィオナは即座に執務室を飛び出ると、ファリオルとレオンが挨拶を交わしている玄関ホールへと走り出した。


「やあ、フィオナ。討伐日和だね!」

「ヒ、ヒース!? なんであんたがここにいるの!?」

「来ちゃった」

「来ちゃったじゃないわよ!!」


 朝日にキラキラと金貨色の髪を輝かせ、ヒースがにっこりと微笑みを浮かべた。レオンが呆れたようにヒースを見つめている。どういうことかとファリオルを振り返ると、ファリオルはニッカリと笑みを浮かべて頷いた。


「いやー、殿下も来たいっていうからさ」

「しばらく執務続きで退屈してたんだ」

「退屈って……大人しく王宮で仕事してなさいよ! 王太子が気楽に結界外に出ていいわけないでしょ!」

「父上から許可は出てる。アレイスターが二人もいれば護衛には十分だしね。せっかくだから安全区域の少し先の視察もしておきたい」

「はぁ? 必要なのは低級の魔石なの! 安全区域から出る気なんてないからね!」

「えー、フィオナ、ちょっとくらいいいだろ?」


 魔獣討伐大好きなファリオルが、不満そうに抗議の声を上げる。


「ファリオル! ちょっと黙っててよ!」


 くわっと表情を怒らせて怒鳴ったフィオナに、ヒースがニヤリと笑みを刻んだ。


「……付き合ってくれるなら余剰魔石の高額買取をするよ。それと必要魔術の刻印も無料で請け負う。それでもだめ?」

「うっ……!」


 上目遣いでかわい子ぶるヒースに、フィオナは後ずさった。あまりにも魅力的な提案だった。

 必要魔石を確保しても、魔術の刻印には結構な料金がかかる。それを無料でできる上に、無駄に討伐して入手した分の余剰魔石は高額買取をしてもらえるという。魔石代をケチるために討伐に向かう現状からすると、王太子の護衛を兼ねるとしても断るのが難しい条件だった。チラリとレオンを盗み見ると、肩をすくめて呆れ顔をしている。


「……結界外探索は自己責任なのはわかってるわよね?」

「もちろん。今の僕は王太子じゃなく一魔術師だ。万が一僕が怪我をしたとしても、王家が責任を問うことはないよ。ああ、でも、友人として僕を大切に護衛してもらって一向に構わないからね」

「自分の身は自分で守りなさいよ……」


 にっこり微笑んだヒースにフィオナは嫌そうな顔をして、渋々同行を認めることにした。よかったなとバンバンとヒースの背中を叩くファリオルを、フィオナは睨みつけた。王立騎士団に所属しているファリオルは、ヒースと仲良しらしい。


「それじゃあ、行くか」


 レオンが荷物を担ぎ上げ、出発準備に取り掛かる。荷物を引き出されていた馬に括り付けていると、いち早く準備を終えたヒースが馬上からレオンに声をかけた。


「レオン、馬術は上達してないね? そんなへっぴり腰だと腰、痛めるよ」

「……うるさいな。乗れば感覚を思い出すはずだ。黙って見とけ」

「心配して言ってあげてるのに、ずいぶんな言い様だね」

「心配してるふりで面白がってるだけのに、気を使う必要なんかないだろ」

「ふふ……そうだね。ああ、ほら、背筋をまっすぐ伸ばして。セミみたいにしがみついたら馬が動きにくいだろ?」

「今やろうとしてたところだ!」


 ギャーギャー騒ぐヒースとレオンに、ファリオルが馬首を返してフィオナに近づいた。


「レオン君って馬術が苦手なのか?」

「……うん。そういえばそうだったわ」


 なんでもそつなくこなすレオンだったが、馬術だけは苦手だったことを思い出す。騎乗の機会のない平民出身者は、学園の馬術訓練で初めて馬に乗るのだ。


「どうしよう……やっぱりレオン、留守番してたら?」

「しない。俺も行く!」

「でも……」

「なら俺が……」

「いや、レオンの面倒は僕が見るよ。アレイスターの感覚で指導されても余計に下手になるだけだ」

「そう?」

「そうか?」


 首を傾げるファリオルとフィオナに、ヒースがにっこりと頷いた。


「ここをギュッとしてぐわーっとしてシュッとするとか言われても、わかるわけないから。レオンも僕の指導の方がいいだろ?」


 レオンはきょとんとしているファリオルとフィオナからヒースに振り返り、眉根を寄せて葛藤したあと声を振り絞った。


「……ヒース、頼む」

「うん、任せておいて」


 ヒースが爽やかに笑みを浮かべて、臨時討伐隊は出発した。


「ふふふ……レオン、腹筋に力を入れて背筋を伸ばすんだ。そんな死にかけのセミみたいに無様にしがみついてるだけだと、重心がぶれてバランスが崩れるだろ」

「う、うるさい。今やろうとしてるだろ」

「違うよ。アヒルみたいに尻を突き出すんじゃなくて、腹筋に力を込めてむしろ引っ込めるんだ」

「こ、こうか?」

「そうそう」


 ヒースの一言どころじゃなく余計なアドバイスに腹を立てながら、素直に応じるレオンはみるみると姿勢が改善されていく。大丈夫そうだと安心したフィオナは、隣を歩くファリオルに話しかけた。


「城壁を出た後のルートなんだけど……」

「南側に魔獣の目撃例が増えてるから、そっちの視察をしたいんだけどいいか?」

「それはいいけど、危険区域にこの編成で大丈夫なの?」

「目撃例は中位魔獣だし、問題ない」

「そう」

 

 ワクワクしているファリオルに、フィオナも大人しく頷いた。

 空気中の魔素が凝固して魔術核が作られ、魔術核がさらに魔素を取り込み魔獣として活動するようになる。魔獣は主に低位、中位、上位、最上位とランク分けされ、中位までの魔獣は知能も低い。本能に従って魔獣同士で魔術核を互い奪い合うため、出現のほとんどが単体だ。中位程度なら今日のこのメンバーであればそこまで脅威ではない。


「魔力制御はしないでおこうぜ! フィオナも魔石が必要なんだろ?」

「うん。でも四人とも全員制御しないで大丈夫かな? かなりの数が引き寄せられると思うけど……」

「余剰分は高額買取してもらえるんだ。赤字補填の足しにすればいいさ」

「うん、まあ、そうね」


 魔獣は他の魔術核を本能に従って取り込もうとする。そのため発散される魔力に引かれて集まる習性がある。結界外に出る場合普通は魔獣に嗅ぎつけられないように魔力を制御して、極力戦闘を避けて目的地を目指すものだが、魔石を得ることが目的の今回の探索は魔力制御は必要ない。ただ、素養の高い四人が魔力制御もせずにうろつくと、上質な魔術核を求めて魔獣が必要以上に集まる可能性もある。


「一応王太子もいるんだけどな……いいのかな?」

「殿下だって首席魔術師だろ。中位程度の魔獣ならなんの問題もない。陛下が譲位を考えているらしくてな。その分殿下の負担が増えてる。たまには息抜きも必要さ」

「譲位を? そう……それならたまには外に出たくなっても仕方ないかもね……」


 楽しそうにレオンを揶揄うヒースの背に、フィオナは視線を振り向ける。

 学園よりも遥かに重い、王国を背負うヒース。急にヒースに戦友めいた感情が湧き上がってくる。現在進行形で学園運営に奮闘するフィオナ。国を導こうとするヒース。担うものと戦う場所は違っても、フィオナと同じようにヒースも必死に、乗り越えようとしているのだ。


(人手不足、か……)


 出がけに見つけた資料の記載を思い出しながら、フィオナは楽しそうなヒースにため息をつく。どうやら借金はない王国の引き継ぎも、そう簡単ではないようだ。


(なんだかんだと問題は抱えているものね。そりゃ、レオンが欲しかったわけだわ……)


 横取りだと嫌味を言ってきた、ヒースの理由がわかった気がしてフィオナは考え込んだ。


(なんとかできるといいんだけど……)


 同じ苦労を知る者として力になれないかと思いを巡らせる。とは言ってもフィオナも赤字の学園を立て直ししている真っ最中。できることは多くはない。


(まあ、今度はヒースが土下座して頼むなら考えよう)


 多額の借金をしている分際で、土下座事件を根に持っていたフィオナは、内心でそう結論づけた。未だにギャーギャー騒ぐレオンとヒースを眺めながら、緊張感もない四人は城門から結界外へと討伐に出立した。

 


 

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