第24話 ピクニック終了のお知らせ



 まったり掃討して、ささっと視察を終える。その予定で出発した一行は、安全区域内に出没する魔獣を倒しながら、表情をどんどんと暗くしていた。


(……魔獣の数、やっぱり少ないよね……)


 昆虫に似た姿の下位魔獣を討伐しては、魔石を拾っている他の三人も口数が少なくなっている。多分同じ違和感を感じているから。安全区域最後の休憩ポイントで昼食を持ち寄った四人の表情は、出立時と比べものにならないほど険しい。簡素な休憩所のベンチに座りながら、四人は難しい顔を突き合わせた。


「魔獣の数が少なすぎるわよね……?」

「ああ、多分「ブースト」が起こってるな……」


 ファリオルがパンを齧りながら眉根を寄せた。

 魔獣たちは日常的に弱肉強食を繰り広げている。本能に従って魔術核を取り込もうと活動し、奪い取った魔術核を吸収することで進化を遂げる。その魔獣たちが誰一人魔力制御をせず進んでいるのに、あまりにも魔獣に遭遇せずにここまで来れてしまっている。

 目に見えて遭遇しない状況ということは、単純に魔獣の数が減っているから。つまり他の魔獣の餌になっている以外に考えられない。目に見えて魔獣同士の捕食が進んでいるなら、魔術核を取り込んだ魔獣が現れて「ブースト進化」を起こしたのだろう。

 

「だとすると発生地点は、今回の視察予定ポイントだろうね」

「目撃例は中位魔獣のウェア・ウルフだったな。道中でまだ一度も見かけてない。ってことは中位のウェア・ウルフより上位がブーストしたのか……だとするとちょっとまずくないか?」

「うん……よくないわね」


 目撃例はウェア・ウルフ。単体であれば大したことはないが、ブーストが起きたのであれば話は別だ。中位の魔獣のウェア・ウルフを統率できる魔力と知能を持った上位魔獣が出現。それだけでも厄介なのに、ブーストが起こると群れを形成が行われるのだ。

 珍しくもないウェア・ウルフは数が多い。その上指揮官となる上位魔獣が現れると、途端に組織的な動きを見せるようになる。

 

「広範囲魔術を使えるのは、フィオナと僕だけか。レオンは広範囲攻撃、何か刻印した?」

「いや。出発前に雷撃は修正してきたが……」

「雷撃、すごいけど単体魔術だもんね」


 威力を極限まで圧縮した一点突破型の魔術。中位魔術なのに圧縮させたとこで、一般的な防御魔術を貫通するほどの威力を誇る。防ぐなら改良型の雷撃専用の一点集中型の防御魔術が必要になる。コストの面を考えれば現状防ぎようがない強力な魔術でも、群れを一掃する広範囲魔術ではない。


「ファリオルも「魔剣術」で単体攻撃だもんね」

「ああ、俺も中範囲攻撃が限界だな」


 ファリオルが魔剣の柄を片手で押して傾けた。剣の柄に埋め込まれた多種な刻印魔石がきらりと輝きを放ち、ついでにファリオルの健康的な白い歯もぴかりと光った。とても自慢げだ。


「まあ、魔剣術って要は剣術攻撃だもん。そりゃ中範囲攻撃が限界よね……」

 

 目的に合わせた刻印魔石を複数埋め込んだ柄。そこに魔力を流し込み、魔力の刃を出現させて武器とする。戦闘中でも直接発動より感覚的に属性を切り替え、複数の属性に対応できるメリットがある。魔力を流してさえいればいいだけあって、通常発動より魔力の消費が激しい。

 ファリオルは魔剣術を最高にかっこいいという理由で選択したが、理論は苦手でも魔力量は多いファリオルには最適な戦闘スタイルでもある。そして剣術なので当然単体攻撃。できても中範囲攻撃。ブーストの疑いがある視察区域に、この人数で突撃するなら全体攻撃ができるだけ多く欲しい。


「フィオナの業火と、僕の「水葬」頼りか……」

「フィオナの火力があればなんとかなるかもしれんが、失敗すれば数に押し切られる」

「そもそも根本的な問題だろ。業火と水葬じゃ……」

「相性最悪ね……水属性と火属性だと打ち消し合うもの。実質全体攻撃は一人しかいない」

「目撃報告があったのはいつだっけ?」

「だいたい一ヶ月前かな」

「タイムリミットギリギリだな……」


 全員が考え込むように黙り込んだ。

 ブーストが発生してできたばかりの群れならどうにでもなる。どんな群れでも最初は烏合の衆。問題は時間の経過だ。時間が経つほどに統制が取れ始め、さらには組織的な共食いまで起き始める。

 上位種を生み出しながら巨大化していく群れは、やがてより良質な餌を求めて王国への進撃を開始する。そうして王国にビースト・アラートが鳴り響くことになるのだ。ブーストが起きたら一刻も早く、確実に叩き潰す必要がある。重い沈黙の中でヒースは顔を上げて、王太子の表情で決断を下した。


「……ファリオル。戻って騎士団を呼んできてもらえるかい? 僕は群れの規模の把握を進める」

「……それが確実だな。了解。すぐに行ってくる。あ、通信魔石は置いていく」


 ファリオルは残りのパンを口に押し込むと、通信魔石をテーブルに置くとすぐさま愛馬に飛び乗った。そのまま振り返ることなく城門へと矢のように駆け戻っていく。その姿を見送り、ヒースがフィオナとレオンを振り返った。

 

「残念だけど久々のピクニックはここまでだ。二人はどうする? このまま戻るなら……」


 ヒースを遮るようにレオンが、ファリオルの置いていった通信魔石を、耳に捩じ込みながら立ち上がる。

 

「さっさと向かって少しでも数を減らそう。ビースト・アラートはできれば避けたいんだ。あの音を聞くと、数ヶ月はララが怯え続ける」

「そうね。夜になる前には野営地を決めないと。ふふ……魔石の余剰分もたんまり確保できそう」


 フィオナも同様に魔石を左耳に捩じ込みながら頷いた。ヒースはフィオナとレオンを見上げ、表情を隠すように俯くとゆっくりと最後の魔石に手を伸ばした。


「……助かるよ。持つべきものは勇敢な友人だ」


 呟いて立ち上がったヒースの表情は、ホッとしたように少しだけ緩んでいた。素直に感謝を滲ませた表情を浮かべて見せるのは、ヒースなりの感謝だとわかってフィオナは内心ため息をついた。


(……相変わらず頑固なんだから)


 非常に腹黒のくせに妙に素直で、ゴリゴリと外堀を埋めるくせに実は返事を強制はしない。最終的な決定権は、本人の意思に委ねている。小さい頃からヒースはそうだった。絶対に助けてほしいとは言わない。助けてと自分が言えば、それは命令になるからと言って。ブーストが起こっているかもしれないこの非常事態にも、ヒースは最終決定権を本人に委ねる。


(こんな時くらい命令したっていいのに……)


 友達なんだから。助けてくれって言うだけタダなのだから。なのに言わない。小さい頃から大人になった今も。ヒースの信念だとわかっていてももどかしい。


「……じゃあ、行くか」

「一番馬術が下手くそなくせに、なんでレオンが仕切るの?」


 馬首を返したレオンに、ヒースが肩をすくめる。また騒ぎ出した二人のやりとりは、学生時代のようでフィオナはなんとなくため息をついた。


(……二人とも難しいことを考えすぎなのよ。別に急がなくったっていいのに)


 ほんの数ヶ月前までは学生だったのだ。成人し、卒業したからと言って、すぐに何かが変わるわけではないはずだ。それなのに少しでも早く大人になろうとする二人を感じるたびに、フィオナはどこか取り残されていくように感じる。


(ゆっくりでいいじゃない……)

 

 安全区域を駆け抜けながら、フィオナは輝かしい学生時代を共に過ごした二人の背中を追った。


※※※※※


 朱色の西日に周囲がオレンジ色に染まる頃、視察予定地だった森林地帯に到着する。

 

「これは……」


 馬を止めたレオンが眉根を寄せる。フィオナも圧迫感を感じるほど濃く漂う魔力に、ブーストが発生を確信した。思ったよりも状況は深刻だった。


「騎士団の到着を待った方が良さそう」


 できればわざと魔力をちらつかせて群れから魔獣を誘き寄せ、少しでも数を減らしておきたいところだが、これだけ魔力が濃いと多少の魔力を開放では誘い出せない。無駄に魔力を消費するより、騎士団の到着を待って一気に踏み込んで叩いた方がいい。

 怯える愛馬を宥めながら、ヒースも頷く。


「そうだね。野営地を決めて交代で仮眠を取ろう」


 早速良さそうな場所に簡易的に結界を展開し、テキパキと野営準備を済ませる。焚き火を囲んで言葉少なに夕食を済ませると、慣れない乗馬にヘロヘロなレオンは早々にテントに押し込む。

 ヒースと二人で焚き火を囲みながら、フィオナは焚き火を突いた。


「静かね」

「うん……魔獣一匹見当たらない。どうやらブーストした魔獣は統率力が高いらしい」

「よりによって、ウェア・ウルフの発生地帯でか。最悪ね」

「うん。最悪だね……」


 静かに呟いたヒースの焚き火の炎に揺らめく美貌が、ひどく儚く疲れて見えた。こんな時までヒースは我慢する。そう思った瞬間、昼間にも感じたもどかしさを、フィオナは我慢する気がなくなった。


「フィオナも寝た方が……」

「ねえ、ヒース。なんであんたがそんな顔してるのよ」

「……フィオナ?」

「なんでそんな申し訳なさそうな顔をするのかって聞いてるの!」


 急に声を荒げたフィオナに、ヒースは驚いたように目を丸めた。びっくりしているヒースに、フィオナはますます苛立つのを感じた。八つ当たりだ。そうわかっていても、もうフィオナは言葉にせずにはいられなかった。



 

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