第30話 帰還のお知らせ



 屋敷に着いた馬車から降りたヒースが手を差し出すも、それより早くフィオナはぴょんと飛び降りる。必要無くなった手に、ヒースがため息をついた。


「ヒース? どうかした?」

「いや」


 振り返ったフィオナに、ヒースは肩をすくめて首を振る。エスコートという概念が彼方に吹っ飛んでいるフィオナは、首を傾げつつもまあいいかと玄関扉に手をかけた。


「レオン、いるかな? 平民街に寄ってからって言ってたから、まだ来てないかも」


 呟きながら玄関ホールに入ると、ちょうど話題の主のレオンは来ていて、書類を見ながら階段を上がろうとしていた。


「あ! レオン、もう来てたんだ!」

「ん? ああ、フィオナ。ちょっと問題が起きて……って、ヒース? なんでいるんだ?」


 フィオナの後ろに立つヒースに気づいて、レオンが眉根を寄せる。いやそうなレオンとは対照的に、ヒースは楽しそうににっこりと笑顔を見せた。

 

「奨学金制度と刻印技術者の案件を、父上に任されてね。最優先で進めることになったんだ。これからしばらく毎日顔を合わせることになるんだから、そんないやそうな顔しないでくれる?」

「ってことは、計画案は通るのか!?」


 パッと表情を変えてフィオナに振り返ったレオンに、ぐっと親指を立てるとレオンが嬉しそうに小さくガッツポーズを見せる。


「よしっ! まあ、だよな? どう考えても有益な計画案だし!」

「うん。それで刻印技術者検定について、レオンと相談したくてね」

「あー、その件なんだけどな、今揉めてて進んでない。技術者が増えたせいで、刻印技術者協会を名乗る団体があちこちでできてた。各協会が検定基準を話し合ってるんだが、特に貴族の協会と平民の協会が対立しててさっぱり進まない」

「だろうね。そこに王室刻印技術部も参戦させてもらうから。これを機に王国の刻印魔石品質と価格の画一化をしたいなって。ついでに協会も一元化するつもりだよ」

「本当か? なら楽になるな」

「うん。現状の詳細資料を見せてもらっていい? この件については技術部に引き継がせるから」


 熱心に話し込みながら執務室に向かう二人に、フィオナは眉を顰めた。


(……私が発案者よね?)


 なのになぜこんなに蚊帳の外なのか。執務室に入っても二人は議論を交わし、フィオナの存在をすっかり忘れ去っているようだ。ファリオルから話を聞くや否や、すっ飛んでくるほどの計画案なのに、その発案者であるフィオナがシカトされている。


(おかしいな……)


 とりあえずフィオナは別件ができても、止めるわけにはいかない通常業務をこなすために机に着いた。話し込む二人の会話に耳を傾けなら、一人ぺったんぺったん判子を押していると、疎外感になんだかちょっと悲しくなってくる。


「……よし、じゃあ、これで行こうか。レオン、助かったよ」

「ああ、でも大丈夫か? この内容でゴリ押しすれば反発が起きるぞ?」

「そうだろね。文字通りゴリ押しするつもりだし。でも反発は起きないと思うよ。今回の件はきっちり義務を果たしていた上位貴族も我慢の限界だったからね。王室だけじゃなく上位貴族も揃ってゴリ押す計画案に、反発できるだけの材料があるというなら見ものだね」


 ニヤリと嗤ったヒースに、レオンがちょっと呆れたように口を閉じる。会話がやっと途切れた二人に、フィオナは静かに口を開いた。


「……ねえ、二人とも。私のこと、忘れてなかった?」


 フィオナの声にヒースとレオンが振り返る。フィオナは判子を置くと、クワッと目を見開いた。


「あのさ、今回の計画の発案って私なんだけど? なのに二人で話を進めるのはおかしくない?」


 放置されすっかり拗ねたフィオナに噛みつかれ、ヒースとレオンがびっくりしたように顔を見合わせる。


「そんなに熱心に話し合って、王室の技術部門も参加して、早期実現したくなるような計画を発案したのって私よね? 忘れてない!?」

 

 プリプリと苦情を言い募るフィオナに、ヒースとレオンは揃って眉を下げた。


「うん。すごくいい計画案だよね。フィオナの脳みそが、魔術式以外にも稼働した稀有な例だよね」

「ああ、俺も最初は別人になったのかと思ったくらいだからな。フィオナなのにすごくいい案だなって」

「……褒めてる?」


 こくりと頷く二人に、フィオナは衝撃を受けた。


「フィオナ、もしかして拗ねてるのか? 気になるなら会話に入ってくればよかっただろ?」 

「レオン、フィオナの脳みそは、そう何度も魔術式以外には反応しないよ。でもフィオナだって分かってくれてる。思いつきを実現可能なレベルにするための、説得材料と制度の枠組みをまとめる必要があるって」

「そ、それくらいはもちろん分かってるわ! でも元々は私の発案なんだから、ちょっとは私の意見も聞くべきで……」

「うんうん。すごくいい案だよね。多分実際に運用を始めたら魔術師の基準も変わるだろうね。魔獣討伐できて一人前の魔術師、とかさ。普通結界外に連れ出して、魔獣討伐させようなんて戦闘民族じゃないと思いつかないし。でも良案も実現させるためには、現状に即したリスクの予測と回避の提示ができないとだろ?」

「まあ、そうだな。脳筋的発想が大元でも、実現するには論理的な武装が必要だ」

「だからフィオナを除け者にしたわけじゃないんだ。ただ必要だったのは論理的な見解で、筋肉的な意見じゃないってだけだったんだ」


 ニコニコと笑みを浮かべているヒースに、レオンも短く同意して頷いた。フィオナはちょっと考え込んだ。


「……そう……でも別に私の見解って、筋肉的ってわけでもないわよね……?」

「「え?」」


 同時に眉を顰めたヒースとレオンに、フィオナはムッとして言い返そうとした。


「フィオナ様、お茶をお持ちしました!」


 そこへ割り込むように、引くほど笑顔のメイがワゴンを押して入室してくる。美形率があまりにも高い室内に、ご機嫌すぎるメイにフィオナは毒気を抜かれて大人しくソファーに腰を下ろした。

 三人でまったりとお茶で一息入れてくつろぐ様子を、限界まで口角が上がっているメイが嬉しそうに見守る。


「……奨学金制度に関しては、今月末の議会に間に合いそうだね。刻印技術者に関してはもうちょっとかかるかな」

「今月末に通すつもりか?」

「そのつもりだよ」

「急ぎすぎじゃない?」

「そうかな?」


 かちゃりとカップを置いたヒースが、ケーキを切り分けながらフィオナに微笑む。


「これだけ有益な計画案なんだ。少しでも早く制定したほうがいいだろ?」


 有益なにパッと顔を上げたフィオナが、ニヤニヤするのをレオンが呆れたように眺める。ヒースはケーキ皿を置くと、表情を改めてフィオナに向き直った。


「……二人ともありがとう。二人の計画案のおかげで面倒な問題が片付きそうだ。特にフィオナ。騎士団の人員不足の問題は深刻だった。友人としても、王太子としても本当に心から感謝してるよ。ありがとう」

 

 改まったヒースが柔らかく微笑む表情に、フィオナは驚いたように大きく切り入れたケーキをごくりと飲み込む。珍しく腹に一物なく言われた感謝に、じわりと胸が熱くなる。


「……役に立てた? 本当に?」

「うん。本当に助かった。騎士団には僕の信念に付き合わせて、足りない人員で無理をずっとさせてたから。僕がやるべきことだったのに、フィオナが助けてくれた。感謝してるよ」

 

 ふわっと笑ったヒースに、どくどくと心臓が音を立て、フィオナにも自然と笑みが浮かび上がってくる。


「……うん! ヒースの力になれたならよかったわ!」


 花が咲くように嬉しそうに笑ったフィオナの笑みに、ヒースが息を飲みレオンも動きを止めた。フィオナはそんな二人に気がつくこともなく、やったぜと残りのケーキを豪快に口に放り込んだ。

 人生を賭けて成し遂げたいと思っていた、母も自分も愛する学園を守れる可能性をくれたヒース。同じ歳なのにずっと深く重い責任を懸命に果たそうとしていた。駆け足で大人になっていくヒースとレオンに、置いていかれた気がしていたけどちゃんと力になれた。自分はどんどん先に進んでいく、優秀な二人と助け合い高めあう対等なライバルでいられている。それが何よりも胸を熱くさせた。


「ふふっ……学園の立て直しもできて、王国の深刻な問題も改善。おまけに義務も果たさない貴族に嫌がらせもできる妙案を考えつくとか! 私って天才じゃない?」


 モゴモゴと自画自賛を叫び渾身のドヤ顔で拳を握ったフィオナに、フリーズが解けたヒースとレオンがため息をついた。台無しだ。


「ああ……そうだな……フィオナは天才。すごい」

「そうだねー」

「え? 二人ともなんかテンション低くない?」


 ヤケクソ気味にケーキを食べ始めた二人に、フィオナが声をあげたが華麗にスルーされる。なんなのか。


「ヒース、レオン。もっと真面目に私の功績を褒めてもいいんだけど……?」


 賞賛足りなくない? と抗議するフィオナを遮るように、ノックの後にエディが入ってくる。


「フィオナ様、至急のお手紙が届いております」


 フィオナは渋々抗議をやめ、超笑顔のメイにちょっと引いてるエディから手紙を受け取る。フィオナは差出人を確かめて、一瞬で表情を曇らせた。差出人はローラン・アレイスター。約二年ぶりの父親の帰還の知らせだった。


 

 

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