第20話 学園の教授達



 フィオナとレオンが学園の赤字脱却の第一歩目として、まず取り掛かるべきは経費削減案。早速レオンと二人で馬車に乗り込みやってきたのは、学園全体の集会で使用される大講堂ではなく会議に使われる小講堂だった。小ぶりな作りでも精緻な彫刻が施された、石造りの荘厳な小講堂には学園の教授陣が一人残らず出席している。

 背もたれの高い椅子に腰掛けた教授陣が、ずらりと居並ぶ光景は壮観すぎてフィオナすら萎縮させる迫力がある。


(空気は最悪ね……)


 教授陣を見回したフィオナは、チラリとレオンに目をやった。らしくなくレオンも内心の緊張を隠しきれていない。


(まあ、仕方ないよね……私もだし……)


 内心でため息をこぼし、フィオナは気合を入れ直すと、なんとか顔を上げて無理やり笑みを浮かべた。

 無言で見つめ返してくる教授陣は、ほとんどが見知った顔でその表情は臨戦体制。つい数ヶ月前まで八年間に渡り、フィオナを扱きに扱き抜いた師達の空気に思わず喉が上下する。笑みを浮かべて虚勢でも張らなければ、あっという間に教えを乞う学生の立場に引き戻されてしまいそうだった。

 フィオナはレオンを顔を見合わせると、重苦しい空気を払うように咳払いをし、それを合図にレオンが口を開いた。


「……お集まりいただきありがとうございます。事前告知があったかと思いますが、学園長権限がルディオ・アレイスターからフィオナ・アレイスターへと移譲されました。本日はその報告と、新たな経営方針についての説明会となります。送付した改革案は準備いただけましたか?」


 ひらりと抜き取った事前告知資料をフィオナに渡しながら、レオンがぐるりと小講堂を見回した。沈黙で応える教授陣に、レオンがちょっとだけ顔を顰める。教授達は可愛い卒業生に対して、全く手加減する気はないようだ。内心のため息を隠して、フィオナはレオンから受け取った資料に視線を落とす。経費削減の目標として今日、教授陣と合意しなければならないのは三つ。

 

 一つ、既存の戦闘魔術だけではなく、汎用魔術の導入の受け入れ。

 二つ、短期集中の魔術核強化カリキュラムの構築と実践。

 三つ、学園における管理維持業務を、業者から教授に移管。


「……では、まずは一つ目の汎用魔術について……」

「その前に確認したい。との対戦の立会人は誰かね? まさか立会人のいない、非公式対戦ではないのだろう?」


 レオンの進行をバッサリと遮るタイミングで、実技教授のリブリーが小馬鹿にしたようにフィオナを振り返る。鬼教授と恐れられた初老のリブリーを気強く睨み返しながら、フィオナは慎重に答えを返した。

 

「……中央神殿のキルケ神官が立会人ですけど、何か?」

「いや、なに。つい最近まで学生だったフィオナ君をよーく知るわしらとしてはだ、王国最強魔術師の一人である「風神・ルディオ」に勝利したというのはいささか疑問が残ってな。フィオナ君の魔力量は驚愕に値するが、精度も効率も非常にお粗末だと我々は記憶しておる。対して風神は王国屈指の魔術師。決して魔力のゴリ押しで勝てる相手ではない。しっかりと確認をしておきたくてな?」

「……っ!? リブリー教授、それはアレイスター家の方針を理解しての発言ですか?」


 レオンが一瞬にして不穏に瞳を眇め声を低めたが、リブリーは余裕の笑みで応戦した。


「無論、理解した上じゃぞ。アレイスター家の方針に口出しする意図はない。ただ豊富な魔力量に頼って、魔術精度はイマイチ。効率に至ってはクソだった元教え子が、最高峰の魔術師に勝利したと言う。もしや身内可愛さゆえの忖度があったかもと、確認したくなるのは道理じゃろう?」

「教授! つまり継承のために勝敗に意図があったと!? それはアレイスター家に対しての侮辱だと分かった上での……!」

「レオン、いいの。任せて」

「フィオナ!」


 珍しく冷静さを欠いたレオンに、フィオナは少し驚きながら慌てて制止した。不満気なレオンは、リブリーの発言がチャンスだと気づいていないらしい。頭に血がのぼっているせいで。


(ここしかないでしょ!)


 フィオナは緩みそうになる口角を引き締めながら、ゆっくりと教授達を見回した。


「……確かにリブリー教授の疑問は、ここにいる教授の全員の疑問に思っているかもしれません。当然です。私の魔術師として実力を、正確に把握しておられますからね」

「フィ、オナ……?」


 ふふんと胸を張ったフィオナに、訝しげに眉を顰めた教授達とともにレオンも首を傾げた。わざと煽って見せたリブリーさえも、いつものように癇癪を起こさないフィオナを不審げに見つめてくる。


「リブリー教授の言うように、私はコントロールは少々苦手で、効率は……まあ、そこそこです」

「……いや、クソだろう」


 リブリーの即座の訂正に、ちょっとムッとしながらフィオナはリブリーを睨んだ。


「では、どうやって風神とあだ名される、ルディオおじ様に勝利したのか? それこそが汎用魔術導入が必要な理由です」

「まさか汎用魔術が……!?」


 ざわっと空気を揺らした教授達が身を乗り出し、目の色を変えた。フィオナはニヤリと笑みを浮かべる。


「……ええ。私のまだ未熟な点をカバーし、風神のルディオを落とせたのは汎用魔術を取り入れたからです。それだけの成果を上げられるのですから、取り入れない理由などどこにもないですよね?」

「汎用魔術程度であの非効率さをカバーできるものか? ベンディ教授。どう思う?」

「いや、プレデス教授。私、そこまでひどくは……」

「プレデス教授、効率だけではなく、精度だってなかなかです。使用したのはゴリ押し戦法の強化だろうと思います」

「ああ、なるほど! 確かにそっちの方がありえるな! あれだけの魔力量を持ちながら、全く情けないものだ……」

「そこまではないと思います……」


 あまりの言われように肩を落とすフィオナに構わず、教授陣はああでもないこうでもないと議論を交わしている。その様子を呆然と眺めていたレオンに、考え込んでいたリブリーが顔を上げた。


「レオン・スタンフォード! 君がフィオナ君に助言したのか?」

「え……あ、はい……魔術構成の助言しましたけど……」

「ふむ……猪に頭脳をついた、か……ならばあり得るな……君は平民出身だったな? 汎用魔術も君が?」

「あ、はい。汎用魔術の「送風」を取り入れて、火力の底上げとコントロール精度を上げて……」

 

 教授陣の注目が集まる中、レオンは挑むようにリブリーに頷いて見せた。


「送風で……!? いや、あり得ないだろう!」

「いや! 言い切れんぞ! 「鎌鼬」は風属性と水属性の複合魔術だろう? あれは属性の組み合わせで、相乗効果が生み出してる!」

「だが鎌鼬は戦闘魔術同士の掛け合わせだ。汎用魔術でそこまで効果は出るのか?」

「……出るから汎用魔術の導入を提案してるんですよ」


 ボロクソに言われてすっかり拗ねたフィオナがボソリと呟いた。白熱した議論がぴたりと収まり、教授たちが顔を上げる。注目が集まったのを感じて、レオンが慌てて肘でフィオナを突いた。突かれたフィオナは、ブスッとしたまま顔を上げる。


「汎用魔術の導入の目的は、新しく生み出すのではなく既存のものの威力を高めること。最小の手間で、最大の成果を狙える可能性があります。戦闘魔術にも成果を期待できるし、汎用魔術の導入で今後は生徒数の確保に、平民の受け入れを進めるつもりです」

「生徒数か……それが短期の魔術核の強化カリキュラムを導入理由か……」

「そうさなー、今は中位の貴族達は、情けないことに王宮付きは避けるようになった……平民へも間口を広げるのは必要だろうな」

「え……王宮付きを……?」

「フィオナ」


 思わず確認しようとしたフィオナを、レオンが小声で咄嗟に止めた。ハッとしたフィオナも慌てて口を噤む。中位貴族が王宮付きを避けるようになっている。それを把握していないと今、言うべきではないだろう。学園長と名乗るからには。


(ヒースが言ってた人手不足もそのせいなのかしら……?)


 思考を巡らせたフィオナを遮るように、リブリーが鋭く質問を投げかけてきた。

 

「それで、汎用魔術の導入は具体的にどうやるつもりだね?」

「……それについては計画案が出来次第、再度説明会を開く予定です。今は短期魔術核強化が優先すべきだと考えています」

「まあ、そうだろうな……まずは生徒数確保に動くべきか……」


 レオンの返答に頷いたリブリーに、フィオナはホッと胸を撫で下ろした。ああは言ったものの、汎用魔術の導入はまだなんの計画もない状態だとバレるわけにはいかない。


「では、汎用魔術と魔術核強化カリキュラムについては同意いただけたと言うことで……」


 汎用魔術導入に関して、レオンはボロが出る前にと笑顔でまとめにかかった。教授たちはうんうんと頷いて賛同を示す。レオンの豪胆さに感心しつつ、内心でフィオナが安堵していると、冷や水を浴びせかけるようにリブリーが鋭く切り込んできた。


「その二点については同意しよう。だが、学園の管理業務を我々が担う。これについては同意はしかねるからな」


 最初より和らいでいた空気はリブリーの一言で、再び険悪に沈み始める。見回した教授陣の表情から、リブリーに同意見なのが伝わってくる。

 掴みかけた気がしていた主導権を、かつての師たちは簡単に手放す気はないようだ。フィオナは小さくため息をつくと、もう一度気合を入れ直した。

 


 

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