第19話 約束



「……ちょっと脅しすぎたな。大丈夫だ。ヒースが提示した順番を考えてみろ。ヒースはを選んだんだ」

「順番……?」

「考えてもみろよ。王家は学園に過去三度の莫大な無償支援をしてきた。それを口実に先に学園を王家所有にもできたはずだ。なんなら放置しておくだけで破綻するしな。学園を手に入れてから婚姻も選べた。でもヒースは逆を選んだ」

「あ……そうね……そうだわ。むしろヒースは資金の貸付と二年の猶予をくれた……」

「それだけ王家は最大限、アレイスターに敬意を払ってる。学園を取り込むにしろ、アレイスターを排除しないと示した。まあ、排除すれば国民は不安になるだろうけどな。学園を取り込む場合、王家にアレイスターとの婚姻が最低条件ではある」

「でも、そっか……そうね……チャンスをくれたのなら、確かにヒースの割に相当良心的だわ……」


 ちょっとしんみりしつつヒースに感謝するフィオナに、レオンはやれやれと首を振った。

 

「フィオナ、だからってヒースはヒースだからな? 勘違いするなよ?」

「え、でも、そこまで譲歩してくれたんでしょ?」

「まあな。でもヒースはもう学園の赤字の原因も対策も握ってて黙ってたからな?」

「……はあ? 何それ、どういうこと!?」

「改善案を見て、ぶつぶつ言ってたろ? 多分俺たちの改善案とほぼ同じ答えに行きついてた」


 肩をすくめたレオンに、フィオナはバンッと机を叩いて立ち上がった。

 

「ちょっと!! ならヒースはなんですぐに教えてくれなかったのよ!!」

「ヒースだからに決まってるだろ。俺にキレるな。提示条件を配慮する程度の良心はあっても、貸付の条件を拒絶する隙を与えないくらいには腹黒なんだよ」

「はあーーーーー!? じゃあ、何? ヒースはこの条件で貸付を受け入れさせるために、自分の母校でもある学園のピンチを黙って眺めてたってこと? 私が困るってわかってて?」

「本来はアレイスターが気づくべきことだ」

「そうだけど!! 確かにそうだけど、でも友達なのよ!? 私が学園を継ぐために、どれだけ努力してたか知ってるのよ!? それなのに!」

「……だからだよ。だからヒースはこの条件にしたんだ」


 ぼそっと呟いたレオンに、ヒースへの怒りを吠えていたフィオナが勢いよく振り返る。

 

「何? なんか言った?」

「……いや。まあ、提示された条件は、政治的に考えればそういう話だってことはわかっとけ」

「そうね! 教えてくれてありがとう! レオンを秘書にして本っっ当によかったわ!!」


 拳を握ったフィオナから、レオンはすっと視線を逸らしながら頷く。そのまま口を閉じて黙り込んだレオンに、フィオは首を傾げた。


「レオン?」

「……フィオナはこのまま、足掻くつもりなのか?」

「……何、急に。なんで改めてそんなこと聞くの?」

「……二年間の足掻ける機会を与えた上で婚姻。ヒースはそれだけ本気だ。できるだけフィオナに納得できる条件を整えた。多分王家に学園を取り込んでも、フィオナに学園の決定権を渡すだろう」

「そう、かな?」

「……だから別に二年を立て直しに費やさなくても、今すぐヒースと結婚する道もある。そうすれば王家の潤沢な資金で、苦労なく学園は生き残れる……」


 俯きがちに話す急にしおらしくなったレオンに、フィオナは静かにソファーに座り直した。

 

「……レオン、もしかして心配してる? 私がヒースと結婚するんじゃないかって……」

「俺は……!」


 顔を上げたレオンに、フィオナはニッと笑みを浮かべる。

 

「心配しないで、レオン! 雇ってすぐ無職にしたりしないから!」

「……無職って……そんな心配をしてるわけじゃねーよ」


 親指を立ててドヤ顔をしていたフィオナは、レオンが呆れたように言葉を飲み込むのに首を傾げた。

 

「じゃあ、何の心配してるのよ? やけに結婚結婚って言うけど、まさかヒースとの結婚を勧めてるわけじゃないわよね?」

「……そうじゃない! そうじゃなくて……ただ無駄に苦労しなくてもいいってことだ。無駄な努力を二年続けた挙句、結局結婚することになるかもしれない。フィオナは学園を守りたいんだろ! それならもっと楽な道もあるから……」


 苛立ちながら黒髪をガシガシとかき混ぜるレオンに、フィオナは眉根を寄せた。

 

「何言ってんの? 苦労しなくていい道なんかないし、無駄になる努力なんてあるわけないじゃない」

「そんなのは綺麗事だ……途中で諦めるって言い出されるくらいなら、最初っからいってくれ……俺は無駄に苦労したくない……」


 頑なに視線を逸らしたままのレオンに、フィオナはますます首を捻った。全く、レオンは何を言っているのか。

 

「あのさ、レオン。ヒースよ? 腹黒ヒースなのよ? 結婚ってことはつまり王太子妃よ? どう考えても楽なわけないじゃない。苦労しないわけないでしょ? 同じ苦労するならしたくもない苦労より、断然学園のために苦労したいに決まってるじゃない」

「それは……」

「毎日着飾るのよ? 王宮でドレス以外の女の人見たことある? 正装姿以外に人権はないのよ? 絶対、息が詰まるに決まってるわ!」

「そこかよ……我慢しろよ……」

「いやよ! ドレス嫌いなの! それにね、何よりも私が引き継ぎたいのは「万人のための」学園よ。でも王家が引き継いだら、それは王家のための学園になる」

「……わからないだろ。ヒースは学園の決定権はフィオナに渡す。それなら……」

「そうだとしても、万人のための学園でいられる確実な方法は別にあるじゃない。アレイスター所有のままでいること。それが一番確実でしょ。軍権集約もできるなら避けるべきだと思うし。一番楽な方法かもって結婚を選ぶには、私自身が自分を納得させられる言い訳が必要だわ」

「言い訳?」

「レオンだって一度くらいない? したいことじゃなく妥協して確率が高そうな、良さそうな道を選ぶための言い訳探し。結婚を選ぶなら私は探さなきゃないわ。だって私は結婚が確実な方法だって思ってないから。したいことも、確実なのも結婚じゃないもの」

「それは……」


 レオンが痛そうに顔を顰めた。


「でもどの選択をしても努力は必要になる。楽な道なんてないもん。それなら言い訳を探すより、したい努力をした方がいいじゃない。ルディオ叔父様にだって、何度負けても挑み続けたから勝てたんだし。無駄なかった。負けたから強くなる努力ができたし、叔父様が魔術構成を変えないことにも気づけた。諦めてたら得られない成果だった」


 勝てた瞬間の高揚感を思い出し、フィオナはニヤニヤと笑みを漏らした。


「んふふ……あ、でも本当はもっと早く勝つ予定だったから、望んだ時に望んだようにとはいかなかったけどね。でも努力してる自分を知ってたから、いつかはって頑張れた。もう一度挑もうって思えた」

「……脳筋だな。報われたからそう言えるんだ」

「んー? そうかな? でも少なくとも私はずっとそうしてきたから、自分がどこまで頑張れるかをちゃんとわかってる」

「……一応聞くけど、どこまでやるつもりなんだ?」

「もちろん負けるなら勝てるまで、やれるなら最後まで、よ! ずっとそうしてきたのに、今更変える気はないわ。私は死に物狂いで二年後の黒字転換を目指す! それが一番したいことだもん!」

「そうかよ……本当にいいのか? 腹黒でも王国一の美形だぞ?」

「そうね。髪は本当に綺麗だと気づいたわ」

「金貨色、だもんな」 


 ちょっと笑ったレオンに、フィオナはムッと眉を顰めた。


「……何よ……金貨、綺麗じゃない。キラキラで……心から褒めたのに……」

「そうだな……フィオナ。わかってると思うが、相手はヒースだ。あいつは相当根に持つ。抵抗の末、二年後に結婚するより、今折れておいた方が結婚後は確実に平和だ」

「でしょうね。でも二年後に黒字転換できたら、なんの問題もないわ!」

「黒字にできればな」

「大丈夫! 絶対黒字にできるから!」

「どこからその根拠のない自信は出てくるんだよ……」

「当然、レオンがいるからよ!」


 フィオナの言葉にレオンが一瞬黙り、次いで赤くなった顔を逸らして片腕で隠した。

 

「俺がって……な、なに、言って……!」


 動揺するレオンの赤くなった顔に、そんなに驚くことかとフィオナは首を傾げた。


「え、だってこれ以上ないくらいの改善案を出してくれたじゃない。ヒースだって似たようなこと考えてたんでしょ? それってつまり今の改善案が現状の最適解ってことじゃない」

「だからって……」

「レオンがどれくらい優秀か間近で見てきたし。ヒースもそれを知ってる。レオンを横取りしたって、嫌味たらたらだったじゃない! レオンはそれだけ優秀で、汎用魔術にも精通してる。今私に一番必要なのはヒースじゃなくてレオンよ。だから無職にしたりなんかしないわ!」

「だから無職の心配じゃねーんだよ……全く楽観的すぎるだろ。ちゃんと最悪も想定しておけ」

「じゃあ、最悪の想定はレオンがしておいて。私は最高を想定して頑張るから!」

「なんだよそれ……」

「バランスが取れていいでしょ? 私は絶対途中で投げ出したりしない。最後まで抗うわ! だからレオンもよくわからない心配なんかしないでいいから、全力で黒字を目指してくれていいから!」

「……わかった」


 まだちょっと赤い顔でじろっと睨んできたレオンに、フィオナは迷うことなく満面の笑みを浮かべた。

 

「ふふ……ちゃんと私との約束を守ってよね?」

「約束?」


 よっと弾むように立ち上がったフィオナに、レオンが眉を顰めた。


「まさかもう忘れたの? レオンが言ったんでしょ? 私がずっとアレイスターのままでいられるようにしてくれるって」

「あ……」


 虚をつかれたように目を見張ったレオンに、フィオナはふんと鼻息を吹き出して腰に手を当てた。

 

「私がアレイスターでずっといられる一番の方法は、学園を健全経営にすることでしょ? 今更取り消させないからね。最悪ばっか考えるてるから、ヒースとの結婚した方がいいとか血迷った考えが浮かぶのよ!」

「そうだ、な……そうだ、約束した。大丈夫だ、忘れてない……」


 片手で顔を覆って呟くレオンに、フィオナは気合を入れ直した。

 

「よし! じゃあ、早速始めるわよ! 借用書にサインしてヒースに送り着けたら、すぐに学園に乗り込むわよ! まずは経費削減から開始ね!」

「ああ……そうだな」

「十分後に玄関で!」


 顔を上げたレオンが柔らかく笑みを浮かべて頷いた。その表情は少しだけスッキリしたように見えて、フィオナは頷き返して手早く荷物をまとめ始める。

 玄関で合流したフィオナとレオンは馬車に乗り込むと、エディに見送られながら最初の改革案着手のために屋敷を後にした。

 


  

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