第18話 王家の青写真


 

 フィオナとレオンの帰ったヒースの私室で、ラルゴがくすくすと笑いをこぼした。


「……やはりフィオナ様は手強かったですね。想像の斜め上でした」

「アレイスターだからって限度がある。金貨色が本気で褒め言葉だと思えるとか。おまけにレオンは王家の黒歴史で爆笑だ。散々だよ」

「殿下は学園でこうして毎日賑やかに過ごされていたのですね……」

「……うん。そうだね。毎日毎日本当に騒がしかったよ」

「そうでしたか……」


 うんざりした口調とは裏腹にヒースは愛しげに瞳を細めた。国の重責を背負う王太子となるまでの最後の自由時間を、随分と楽しく謳歌できていたようだ。それを知れた嬉しさに、ラルゴは小さく微笑みながら頷いた。


「……それに良き出会いもあったようです。殿下の仰る通りでしたね。レオン君はを察していました……確かにあの頭脳は侮れません」

「ふふ……だから言っただろ? 僕のは僕の数年の苦労を一ヶ月で追いついてみせるほど、優秀でいやになるほど厄介なんだ」


 誇らしげなヒースにラルゴが小さく眉を下げた。

 

「……よろしかったのですか? 見たところレオン君は……」

「そのほうが楽しいだろ? ずっと傍観者だったんだ。でも傍観者から奪うより、全力の相手の方がずっと面白い」

「殿下……嫌われますよ? 数少ない友人と思える方なのでしょう?」

「だからこそさ。全力で挑んでダメな方が、諦めだってつく。遺恨なく僕の右腕になって欲しいからね」

「ずいぶん欲張るおつもりなのですね。自信満々でいらっしゃいますが、まだ金貨色と気づいたところですよ……?」


 ラルゴの小声での付け足しに、ヒースはちょっと苦い顔をした。

 

「……相手がフィオナなら、金貨色でも大進歩だと思うんだ」

「そう、かもしれませんね。理由はともかく、フィオナ様が容姿に興味を持たれるとは……ですがレオン君も黒字の漆黒で絶賛でした。その上レオン君の瞳は金貨色でしたね」

「……瞳……ねえ、ラルゴ。フィオナって宝石の価値を知ってると思う……?」

「どうでしょう? ですがにご興味はなくても、魔石ならばお好きかもしれません」

「魔石か……エメラルドに似た高純度の魔石ってあったかな……?」


 いそいそと書架に向かうヒースに、ラルゴは苦笑をこぼした。


(今代こそは王家の悲願が遂げられるといいんですが……)


 幼少期からのヒースの想いを見守ってきたラルゴは、熱心に魔石図鑑を眺める姿にそっと祈りを込めた。


※※※※※


「これでよし!」

 

 フィオナは届いたアレイスター魔術学園長就任証を掲げ、一人誇らしげに見上げて頷いた。

 正式に学園の経営権限を勝ち取り、資金の目処もついた。立て直しの本格始動に向けて指折り優先順位を考えていると、叩音と共に扉が開きエディが顔を見せた。その後ろには出勤してきたレオンの姿もある。フィオナはちょっと顔を顰めた。


「……おはよう、レオン」

「ああ……おはよう……」


 挨拶を返してきたレオンは、ちょっと眠そうなだった。じろりと睨んだフィオナに、レオンが眉根を寄せる。


「……なんだよ?」

「別にー! ただレオンの顔を見たら、昨日は完全にヒースの味方だったなって!」

「はぁ? ちゃんとフィオナの味方をしてただろ?」

「最終的にヒースの味方になってたじゃない!」

「いや、あれは別にヒースの味方してたわけじゃない。フィオナに呆れただけだ。俺に腹を立てるより、自分の脳筋を反省すべきだろ?」

「なんでよ! 私は聞かれるからには大事なことだろうって、正直に……!」

「フィオナ様、そのヒース殿下から書類が届いておりますよ」


 エディが絶妙に間に入り、フィオナはむすっとしながら渡された書類を受け取った。届いたのは昨日の貸付条件の締結書。ソファーに座って内容を、再度確認し始める。


「仕事が早いわね……」

「昨日のだろ? 俺にも見せてくれ」


 フィオナが差し出した書類を受け取りながら、レオンもソファーに腰を下ろす。


「……やっぱり腹黒って治らないのね……まさか結婚を持ち出してくるなんて……」

「そうか? フィオナに提示する条件としては、妥当な上にかなり良心的だったろ?」

「結婚を条件にするなんて、全然良心的じゃないでしょ! 一生の問題なのよ!」

「そうだな。でもヒースにしては手ぬるかった。かなり良心的だったろ? できたのにしなかったんだからな」

「逆? やけにヒースの肩を持つのね?」

「持ってねーよ。ただ事実を言ってるんだ。言ったろ? にもできた。それなのに、こっちを選んだ。それだけで十分良心的だ。政治的に考えてみろよ」

「政治的にって……」


 レオンは目を通していた書類を置いて、フィオナに顔を上げる。


「いいか? まず前提としてフィオナの家柄、能力、魔術核からして、王家の婚姻相手の筆頭で名前が上がるのは当然だ」

「……まあ、貴族的な結婚観ならそうかもね……」

「特に魔術核は遺伝要素が大きい。場合によっては家柄より重視される。その家柄だってフィオナは王国の功臣・アレイスターだ。最有力候補にならない理由がない。むしろ結婚の話が出るだろうことに、全く思い至ってなかった方がおかしいんだよ」

「……だって有力家門なら他にもあるじゃない。本人達もヒースとの結婚したがってるのよ?」

「だから、政治的に考えろって言ってるだろ。いいか、アレイスターは単なる有力家門じゃない。学園の創立一族なんだ。穀倉地帯のエベント家にも、鉱山の覇権を握るランカスタ家も、アレイスター魔術学園は持っていないだろ?」

「それはそうだけど……」

「最悪輸入で代用できる穀物と鉱石とは価値が違う。なんせ他国の結界もアレイスター最高位防御結界なんだからな」

「……確かに代用は効かないかもしれないけど」

「アレイスター最高位防御結界は、王国でも他国でも命綱だ。その功績で王国はどの国にも、大抵の交渉は常に優位に立てる。そしてそれはなにも他国だけに限った話じゃない」

「他国だけじゃない?」


 眉を顰めたフィオナに、レオンは少し迷うように瞳を揺らして、一呼吸置いてから口を開いた。


「……二年後黒字転換できなかったら、学園は王家が引き継ぐって言ってただろ?」

「うん。でも実際立て直せないなら、王家以外は無理でしょ? 他家門は赤字製造所はいらないだろうし」

「いや、手に入るなら欲しがろうだろうさ。学園の名声はそれだけの価値があるからな。ただ、他家門じゃ今の学園の水準すら保てない。できるのは潤沢な資金と、学園卒業生の大半を抱えてる王家だけだ。結界外の掃討作戦を担う王家は絶対に、アレイスター以外に引き継がせるようなことはしないだろうしな」

「まあ、そうね。でも王家だって赤字を抱えることになるわ」

「でもそれ以上のメリットがある。多分それが莫大な赤字の学園を引き継いでも有り余る、王家がアレイスターとの婚姻を結ぶ最大のメリットだ」

「……最大のメリット?」

「軍権の掌握」

「軍権の掌握……?」


 グッと瞳の色を濃くしたレオンに、フィオナは少し口ごもった。

 降って湧いた人生で一度も考えたことのなかった結婚。単なる借金する条件だったヒースとの結婚に、急に不安感が押し寄せてくる。


「えっと……」

「今の王国に魔獣と渡り合える戦力はなんだ?」

「えっと……傭兵ギルド、王立騎士団……あ、王立魔術団も研究職だけど、戦力ではあるわね」

「そうだ。つまり戦力の大半が王家の意向に左右される王宮付き。民間なのは傭兵ギルドのみだ。で、その全ての戦闘魔術は、民間であるアレイスター学園が担ってる。現状の軍権はこのバランスで成り立ってる」

「え……待って……じゃあもし学園が王立になったら……」

「王家にほぼ全ての実質的な軍権が集約される。その時点で王家は国民全ての命を握ったも同然だ。まともな戦力は王家だけの所有になるんだからな」

「それって……大丈夫、なの?」

「フィオナはどう思う?」


 レオンに問われてフィオナは、体温が下がった気がした。急に重みを増したヒースが提示してきた結婚に、ごくりと唾を飲み込む。


「……王家は代々賢君を輩出してきた。現陛下もヒースも命を盾に独裁政治をするようなことはないと思う」

「……それはそうよ。ヒースは腹黒だけど、絶対にそんなことはしないから。でもその先の未来までは保証できない……」


 よく知る国王とヒースは問題なくても、でもまだ見ぬその次に立つ王をフィオナは知らない。顔色が変わったフィオナが口を閉じ、シンと落ちた沈黙に、レオンがため息をついた。


 

 

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