第40話 猪突猛進
「んふ、うふふふふ……」
帰宅の馬車内で不気味に笑うフィオナに、レオンとヒースが眉を顰めた。
「まさかあんなにたくさんの人が来てくれて、その上訓練参加希望をしてくれるなんて……! やっぱり強いって正義なのね。みんなわかってる!」
参加希望申込書の束を握り締め、ニマニマするフィオナにレオンとヒースは顔を見合わせた。
「んー、全然違うんだけどね……」
「とんでもない勘違いしてるな……」
失敗しかけていた魔術核強化訓練計画の、息を吹き返させた最大の広告塔であるフィオナは、自分自身にまさかの女子力を見出されたことには気付いていないようだった。
「訓練内容の最終調整と参加要項の取りまとめ。あとは奨学金制度用の運用方法を早く詰めないとね!」
「まとめるには時間かかるぞ。三ヶ月は見ないと。全力で仕上げたとしても冬に間に合うか、だな」
「え! なんとかならないの? そんなに待たせたら考え直す人も出てくるかもしれないわ!」
「あはは、あの場の熱気に流された人もいそうってことは理解してるみたいだね。確かに時間をかければ、冷静になって訓練の脳筋さに辞退者も出てくるだろうねぇ」
本当のことばかり言ってくるヒースを睨みつけ、フィオナはレオンを振り返った。
「レオン、なんとか短縮できない? もう明日にでも……」
「明日とか、アホか。できるわけないだろ。でも別にそこは心配しなくていい」
「え? だって……」
「忘れたのか? 訓練には肉体強化のスクロールが必要だろ? それならすぐにでも始められる。肉体強化は無料だが、魔術核強化訓練とセットが条件なんだ。座学に参加すれば冷静になっても投げ出せなくなる」
レオンの計画にフィオナは感心したように目を丸めた。
「……確かに。作成できるようになった頃に、訓練を始められるように準備すればいいのね。でもなんか……」
「悪徳商人みたいだよね。まあ、名案だとは思うけど」
「人聞きの悪いことを言うな。悪徳とかヒースにだけは言われたくないね。別にいらない商品を無理やり売りつけてるわけじゃない」
「そう、よね……少しでも早く訓練を開始したいって要望に応えてるだけよね」
ちょっとヒースと同じことを持ったフィオナは、自分を納得させるように呟いて小さきを息をついた。興奮しているだろう状態を理解して、間髪入れず無料講習を受けさせ辞めづらくなるようにするのはちょっと気が引ける。それでもフィオナはたくさん集まった、訓練希望申込書を見つめて笑みを浮かべた。
「すごく嬉しい……絶対ウケると思ってたのにドン引きされて、一時はダメかもって思ってたから……でも見学にたくさんの人が来てくれて、こんなに興味をもってもらえて……本当に良かった……! やっぱりみんな強くなりたいと思ってるのよね!」
「いやー……」
「それは……」
検討はずれの脳筋勘違いに、レオンとヒースは眉を顰めたが、久しぶりにみるフィオナの嬉しげな笑みに口を閉じた。
「それにさ……ダニーさん達も来てくれて……一度は挫折したのに、それでもやっぱりって今日参加してくれて。さすがレオンの友達よね」
「今回は肉体強化のスクロール使ったんでしょ? 効果は問題なかったみたいだし。あれだけの努力が無駄にならなくて良かったよ。なかなか根性あるよね」
「別にあいつらは、単に負けず嫌いな奴なんだよ。下位貴族にできるならって。おまけに周りに散々煽られたらしいし」
憎まれ口を叩きながら誇らしげなレオンに、フィオナはヒースと顔を見合わせ思わず苦笑する。レオンの素直じゃないところは、学生時代から変わってないようだ。
「あ、フィオナ。ダニー君たちにお礼言えてないんだろ? それならクジラ亭だっけ? 今度お礼がてらランチに行くのはどう?」
「それいいね! 直接お礼を伝えたいし! おすすめのオニオンスープ、飲んでみたい!」
「王太子が平民街でランチ食べるとか本気か?」
「本気だよ。平民街の味とか興味あるし」
「ついでに庶民派王太子ってことで好感度稼げるしって?」
「ふふふ、爆上がりしそうでしょ?」
言い合う二人を眺めながら、フィオナはもう一度申込書の束に視線を落とした。
「……でも来てくれて本当に助かった。多分ダニーさん達がしっかりやり切った姿を見せてくれたから、見学に来てくれた人もやれるって思ってくれたのよね」
「それはあるね。いくら勢いに飲まれたからって、同じ平民の彼らがやり切れなかったら無理だと思っただろうからね」
「……まあな」
照れくさそうにそっぽをむいて頷くレオンに、フィオナはちょっと笑ってダニー達の姿を思い返す。彼らが来てくれなかったら、これほど希望者は現れなかっただろう。
「……一度挫折したことに、もう一度挑戦するのって大変だったはず……それなのに来てくれて……」
しんみりと響いた自分の声に、よりその思いが強くなった。
「簡単にはできない難しいことを頑張ったから、いい結果になったんだよね。感謝しないと……今日の成功はダニーさん達のおかげ。私も……逃げてちゃダメだよね……!」
言ううちにフィオナはみるみるとやる気がみなぎってくるのを感じた。ずっと落ち込んでいた気持ちが急速に上向いて、久々の全力疾走に血液が元気に体内を巡り脳が活性化したような気さえする。
「そうよ! ちょっと失敗したからってすぐに諦めたらダメよ! それなのに私ったら柄にもなく落ち込んだりして! 今ならなんでもできる気がするわ! 私もダニーさん達を見習って、失敗に再チャレンジね!」
メラメラと燃え上がるやる気に拳を握るフィオナに、レオンとヒースは顔を見合わせる。やる気十分のフィオナとは裏腹に、二人の顔は不安げに曇った。
「あー……フィオナ? 今日の成功体験でハイになってる……? 元気になったのはいいことだけど、何か始めるなら少し落ち着いてからがいいと思うんだ」
「そうだな。今のフィオナは興奮状態だ。疲れてるだろうし今日は一旦休んで、何かするにしても明日になってから……」
「何言ってるの! 全然疲れてないわ! むしろ絶好調! 今の私なら、どんな無理難題でも片付けられる気がするの!」
「いや、うん。それが興奮状態になってるってことだから……」
「ちょっと訳わかんないテンションになってるから。落ち着け。今日じゃなく明日やれ」
「ううん! 今日よ! 今よ! 今を逃したら絶対ダメ! 決めた! 私、帰ったらお父様と話をしてみる! 今なら絶対、ちゃんと話し合えるわ!」
むんっと気合いが入ったフィオナの言葉に、レオンとヒースは慌てて身を乗り出した。
「え? 本気? アレイスター全開の、今のそのテンションで話す気でいるの? 草食動物の代表みたいなローラン教授と?」
「そうだぞ! わかってるか? 今のフィオナはスタンピート寸前の魔獣みたいだぞ? それなのに草原でまったり草を食んでるヤギみたいな教授に、突っ込んで行くとか失敗する未来しか見えねーって」
「二人こそ本気? どうみても絶好調じゃない! おまけに失敗寸前だった魔術核強化訓練の見学会も、大成功したの! つまり今日はイケる日ってことじゃない!」
「いや、見学会の成功と全く関係ないでしょ? そんなふうに思えるってことが、もうおかしいんだって……」
「悪いことは言わないから、今日はもう大人しくしておけ」
「だから私は冷静だってば! 二人も頑張れって言ってたじゃない!」
せっかく頑張ろうとしているのに励ますどころか、二人は必死に引き止めてくる。止められるほどに、今日じゃないとダメだとフィオナは意固地になっていった。
「フィオナは疲れてるんだよ。明日になれば冷静じゃなかったって気がつくと思うから……ね?」
「肉体強化を重ねがけして暴走なんかするから、アドレナリンが出過ぎたんだよ。頭を冷やして、何を話すか決めてからにしよう? な?」
「そんなのんびりしてたら、またお父様が旅に出るかもしれないでしょ! 応援してくれると思ったのに、もういい! 私は今日決着をつけるって決めたんだから!」
決着とか言い出すくらい完全な脳筋状態になっていると気づけないまま、ちょうど邸にたどり着き止まりかけた馬車からフィオナは飛び出した。
「あ、ちょっとフィオナ!」
「おい! 待ってって!」
そのまま玄関を走り抜け、まっすぐローランの部屋へと走り出す。廊下を曲がったところで、ちょうどエディがローランの部屋から出てくるのが見えた。
「エディ!」
「……フィオナ様? どうされました? そんなに慌てて……」
「お父様、中にいるんでしょ?」
とんでもない勢いのフィオナがローランの部屋を目指している。それを理解したエディは、慌ててフィオナを宥めにかかる。
「お待ちください! ローラン様はまだご気分が優れずに……」
「ちょっ! エディまで!」
レオンとヒースばかりかエディまで止めようとすることに、フィオナは完全に頭に血を上らせた。素早く邪魔しようとするエディの隙をつき、強引にドアノブに手をかける。そのまま力任せに押し込み強盗の勢いでドアを開け放った。
「……お父様!!」
「え? フィオナ……?」
乱暴に開かれたドアの音に肩を跳ね上げたローランが、ベッドの上で膝を抱えて座ったまま恐る恐る顔を上げる。その姿にフィオナはニヤリと笑った。
「逃げても無駄ですよ? さあ、今こそ決着をつけましょう!」
決闘でも申し込んでいるかのような宣言に、やっと追いついたレオンとヒースが額を覆った。無駄に騎士団長とデットヒートを繰り広げ、勝利に酔うスター気取りだったフィオナは、ダメな方にテンションがマックスだ。わけも分からないように呆然とするローランに、勝ち誇ってフィオナはスッと息を吸い込んだ。もう止められそうにないことは、誰の目にも明らかだった。
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