第41話 積年の想い



 静まり返ったローランの部屋で、レオンは間に合わなかったことに顔を苦く顰めた。フィオナはなぜか脳筋全開でドヤ顔している。こんな顔をフィオナがしでかした後は、たいてい惨憺たる結末を迎えるのだ。経験的に思い知っているレオンに、学生時代が走馬灯のように蘇った。

 入園式の日に誰よりも注目を浴びていたのは、美しい金髪の王太子のヒースではなかった。誰よりも注目を集めていたのは、ヒースがさりげなく周囲から隠すように並び立っていた薔薇色の髪の美少女だった。レオンはその美少女が滅多に社交の場に行くことのない、学園後継者一族・アレイスター家の直系息女だということを後から知った。

 未来の王太子妃と囁かれながらも知らせがないことを希望に、貴族の子息たちはこぞってフィオナの気を必死に引いていた。半年くらいの間は。

 学園生活が始まると実技と学業両方において、フィオナは美貌と家柄だけの令嬢ではないことをすぐに周囲に思い知らせていった。致命的な欠点と同時に。

 さすがアレイスター家と、やっぱりアレイスター家だなは同時に広まっていった。フィオナが手に負えないほど根本的に脳筋アホと周りが理解するまで、もしかしたら半年も掛からなかったかもしれない。ヒースがさりげなく牽制などしなくても、誰よりも率先して白目を剥いてゲロって倒れる令嬢の、婿になろうとする猛者はすぐにいなくなった。そりゃそうだ。

 今だって突然完全脳筋思考に達したかと思えば、筋肉超理論をぶち上げ馬車から逃亡。実父に襲撃をかまし、何やら勝ち誇って鼻息が荒くドヤ顔をしている。なぜなのか。

 レオンは疲労感を感じながら、生き残った数少ない猛者の筆頭をそっと振り返った。そして衝撃を受けた。


(……ヒース……お前……すごいな……!)


 レオンは素直に感心した。未だなんでこうなったか考えるレオンと違って、ヒースはすでに達観し静観する姿勢に移行していた。その姿は泰然としてさえいる気がした。全てを諦めたようにも見える。さすが王太子、脳筋に対する年季が違う。


(まあ、確かにもうどうしようもないもんな)


 早々に諦めたヒースに倣ってレオンも成り行きを見守る姿勢に移行した。そんなレオンにヒースがちょっと口角を上げる。そんな外野などもう目にも入っていないフィオナは、オロオロと見上げてくるローランを見据えた。

 ずっと溜め込んでいた気持ちを言ってやる。その一心で急襲したローランの部屋で、父親の姿を見つけた瞬間、もう勝利したような気持ちが湧き上がってきた。

 ずっと家にいなかったローラン。たまに帰ってくると、嬉しそうな母のために二人にしてあげた。次はきっと自分の番だと思っていたから。でも順番は来ないうちに、旅に出る背中を見送った。そうしてろくに顔を合わせることなく、自分から逃げ続けているかのようなローランを今やっと捕まえた。言ってやるんだ。フィオナは息を吸い込むと、ずっと溜め込んでいた思いを吐き出した。


「お父様! お父様が買ってくるお土産の趣味は最低最悪です!」

「あ……ごめ……」


 フィオナの第一声に、ローランは傷ついたように瞳を潤ませた。呟くような謝罪を遮るように、フィオナは堰を切ったように言葉を並べ立てる。


「呪いのお面なんて要りません! 首が取れかけた人形も、なんかジメジメしてる呪符も全然欲しくありません! もう二度と買ってこないでください!」

「う、うん……本当にごめ……」


 完全否定に涙目になったローランが、顔を隠すように俯いた。そんな姿がまずます苛立ちを募らせ、フィオナは声を荒げていく。昂る感情に呼応して、ゆらりとフィオナから魔力が立ち上っていた。


「死ぬほどいらないものを厳選する時間で、手紙の一枚でも書こうとは思わなかったのですか!? 旅の間、私のことは思い出しもしなかったのですか!? 私が心配をしているとは思わなかったのですか!?」

「フィオナ……違うんだ。僕は……」


 ヒートアップする自分の声に煽られるように、感情が昂っていくのを感じながらフィオナはそれを止めようとは思わなかった。ずっと溜め込んで、押さえ込んで、我慢していたことだったから。


「私、首席になったんですよ……お母様みたいに三部門は無理だったけど、実技首席になったんです……すごく頑張って、嬉しくて。ルディオ叔父様にも勝ったのよ! 今は私が学園長。でも、でもお父様はいなかった! 卒業の時も、学園長になった時も。伝えたいことがある時、お父様はいつも近くにはいなかった! 困ってても、悩んでても、寂しくても……!」

「フィオナ……ごめん。ごめんね、フィオナ……」

「お母様の時だって帰ってきてはくれなかった!」

「…………っ!!」


 必死に謝罪をしようとしていたローランは、その一言に痛みを堪えるように押し黙った。決定的に傷つけたのだと分かった。分かった瞬間、フィオナは少しだけスッと心が晴れた気がした。フィオナはやっと自分が、エレインの死に間に合わなかったローランを、少しもゆるしてなどいなかったのだと気がついた。

 だからこそフィオナは、刃を振り上げ続ける。ローランを最も傷つけられるから。自分の痛みを少しでもわからせたくて。


「お母様はいつも言ってた。お父様を分かってあげてねって。でも何をわかればいいの!? ろくに話も聞いてもしてもくれない人の何をわかれっていうの!? 私は……私は……!」

「フィオナ……」


 叫ぶような言葉の数々に、ずっと抱えていたフィオナの痛みを感じて、レオンはすぐにでも止めたいと思う衝動を必死に堪える。本当に何も知らなかった。口出しできる問題でもない。そう分かっていても、これ以上は言わせたくない。チラリとヒースを伺うと、苦い顔で眉根を寄せている。

 

「ちょっとまずい、かな……」


 呟いた声のトーンの不穏さに、フィオナに視線を振り向けヒースの言葉の意味を理解した。フィオナの顔色がよくない。


「わかってなんてあげないから! ちゃんと納得できるまで絶対に! わかってもらう努力もしないなんて卑怯よ! そんな努力すら惜しむお父様なんて、大っ嫌、い……」


 激昂していたフィオナの言葉が掠れて途切れる。フッと糸が切れるように、崩折れたフィオナを駆け出したレオンとヒースより先に、ローランが抱き止める。魔力切れだった。肉体強化を重ねがけして、全力疾走してきたフィオナ。感情の制御が効かず、残り少ない魔力が漏れ出して枯渇し、フィオナはとうとう限界を迎えた。


「ごめんね、フィオナ……ごめんね……心配してくれてるなんて、思ってもいなかったんだ……」


 気を失ったフィオナをローランがぎゅっと抱きしめる。


「悩んでいるエレインの力になりたかった……エレインとフィオナに相応しくなりたかった。それなのになんの成果も上げられなかった。その上、エレインの最期にも……それなのに心配をしてくれていたなんて……」


 涙声のローランはそっとフィオナを離し、顔にかかった薔薇色の髪を優しく払いのける。


「エレインそっくりのフィオナを見るのが辛くて……何もできない僕なんかいらないって言われるのが怖くて……ごめんね、フィオナ……ごめんね……」


 意識のないフィオナに縋るローランに、ヒースが近づきそのまま取り上げるようにフィオナを抱き上げる。


「……フィオナは教授のことを、フィオナはバルトル君にしか相談できなかった。みんなわかってやれとしか言わなかったんです。でも教授がもっと早く帰ってきてくれていたなら、フィオナはわからない自分を責め続けずに済んだでしょうね」


 ヒースのいつもの静かな声に、ヒヤリとするような怒りを感じてローランは唇を噛み締めた。


「……王家は……第二王子殿下は、僕を恨んでいるでしょうね」

「さあ? 叔父上は今の生活に満足していますよ。そして僕はフィオナと出会えたことに感謝しています」


 にっこりと笑みを浮かべると、ヒースはそのまま踵を返した。肩を落としたローランを振り返りながら、レオンもその後を追う。言いたいことを言ったはずのフィオナの表情は、ひどく悲しそうで襲撃前の根拠のない自信はもうどこにも見当たらなかった。

 

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