第50話 狂喜乱舞



「あ、レオン。学園からの戻り?」


 書類を覗き込んだまま玄関を潜ろうとしていたレオンは、ヒースの声に顔を上げた。


「ん、ああ。ヒースは? 王宮からか?」

「うん。どう? なんとかなりそう?」


 レオンの書類を覗き込み、ヒースがニコニコと首を傾げた。


「なんとかな。でも最初は少人数で行くしかなさそうだ……」

「まあ、思い込みが簡単に解消できるなら、もっと早くできてたことだもんね」

「まあな……」


 魔術開発の壁になっていた固定観念。新生アレイスターは単純に汎用魔術を教えるのではなく、そびえていた壁をぶっ壊してオリジナル特化魔術を経営の要に据えることになった。新登録魔術の話題性もあり、新生アレイスターへの期待は大きい。

 問題は固定観念は簡単には打ち壊せないこと。優秀なアレイスターの教授陣を持ってしてもそれは同じで、どんな魔術にするかの面談と魔術式構築で徐々に、固定観念を壊してもらうしかない。

 こうしたいの希望を汲み取りつつ、どの魔術をどう組み合わせて改良するか。一番要の部分を担えるのが、レオンだけという問題は一刻も早く解消しなければならない。そのために今レオンは奔走していた。

 苦笑したヒースにため息をつきながら、レオンは並んでフィオナの執務室へと歩き出した。


「なんとかなりそう?」

「ああ。貴族より平民の方がその辺の思い込みは少ない。魔術核の限界を考慮して、何とか刻印できるように魔術式をいじくり回すからな。おかげで提携学校の教授に一人、あとはダニーの紹介でよさそうな人材を見つけた。何としてでもきてもらう!」

「あはは、レオン一人じゃ、無理だもんね」

「ヒースは? 魔術刻印関係の法案会議だったんだろ?」

「うふ。もちろんなんの問題なかったよ」


 一際美しい笑みを浮かべたヒースに、レオンは不安そうに顔を歪めた。


「おい……やりすぎてないだろうな?」

「どうだろうね? 最初の案より貴族家門に課す貢献金が値上がりすることになったけど……」

「大丈夫なのか? やり過ぎれば謀反とかの火種になるぞ」

「んー、でもそうしたのって僕じゃないから。公爵位の全家門がブチギレてて、没にした方の貢献金計算方法を押し通したんだよね」

「……その没にした方をなんで公爵家門が知ってるんだよ」

「うふふ……どうしてだろうね? でも賛成多数で可決されたんだし、大した問題じゃなくない?」

「……ま、まあ、そうなれば刻印技術師以外にって、学園に再入学者も増えるかもな」


 楽しそうなヒースにレオンは肩をすくめて口を閉じた。


「それで……」

「やったわーーーーーーー!!! ふふふふっ! ざまーないわね!!」


 階段を登り終え別の話題を口に仕掛けたレオンとヒースは、廊下にまで響いてきた奇声に足を止めた。それが目的地であるフィオナの執務室であることに、二人は顔を見合わせ何事かと足を早める。


「おい! フィオナ! 一体何……」


 急いで扉を開けたレオンとヒースは、書類の束を掲げてくるくると狂喜乱舞しているフィオナに動きを止めた。その姿をメイが真顔で見守っている。


「メイ、フィオナどうしたの?」


 ヒースが話しかけると途端に満面の笑みを浮かべたメイが、にっこりと頷いた。


「はい。来年度の帳簿の作成をされていたようなのですが……」

「レオン! ヒース! これ見てよ!!」


 メイが言い終わらないうちに、二人に気づいたフィオナがものすごい勢いで書類をグイグイと押し付ける。ドン引きしながら受け取ったレオンとヒースは、その書類に目を通しゆっくりと顔を上げた。


「目標生徒数大幅増! 魔術核強化訓練も、新学科も定員オーバー!! 何割かの辞退者が出ても、確実に黒字よ!! やってやったわーーーー!! 赤字帳簿め!! 色移りざまぁ!! とうとう黒に染めてやったわ!!」


 大はしゃぎするフィオナに、レオンが無言で詰め寄り力一杯抱きしめる。

 

「……やったな! フィオナ!」


 肩を掴んで叫んだレオンは、驚いたように見上げてくるフィオナに、はっとして顔を逸らした。


「す、すまん……つい……」


 肩を掴んでいた手を離なし距離を取ろうしたレオンが、フィオナに飛び込むように抱きつかれふらりとよろける。


「うん! ありがとう、レオン! やったわ! やってやったわ! 来年度から黒字運営よ! レオンが手伝ってくれたからよ! 本当にありがとう!」


 感謝の抱擁に固まるレオンをぎゅっと抱きしめると、レオンを話してフィオナはくるりとヒースに向き直った。そしてそのまま腕を伸ばして、ぎゅっと抱き締める。


「ヒースも……お金と猶予をくれて、ありがとう! チャンスをくれて、本当にありがとう!」

「あ……うん、フィオナが頑張ったから……」


 驚いたように戸惑っていたヒースが、優しく抱きしめ返してくれる。フィオナは顔を上げて嬉しそうに笑みを浮かべると、パッとヒースからも離れた。


「……ふふふ、やったわ……! 二年待たずに黒字転換……わかってる、ヒース? これで結婚なんてしなくて済むわよ! どうよ? レオン。やり遂げたわよ! クビになる心配なんて要らなかったでしょ? ふふふ、二人とも私に感謝して平伏して崇めてもいいのよ?」


 高笑いを始めたフィオナに、ヒースがそっと首を傾ける。

 

「……平伏したフィオナに僕がお金を貸してあげたおかげだよね?」

「俺がいなくても新設学科を回せるんだな?」

「うっ……! ちょっと調子に乗りすぎた、かな……と、とにかく、約束通り黒字転換だから! 結婚なんて馬鹿げた条件は無効よ! 無効! バリバリ働くわよ!」

「うん、借金はまだ丸々残ってるもんね?」

「借金なんてすぐよ、すぐ! なんて言ったって黒字になったんだから! あ、こうしちゃいられないわね! エディとお父様にも報告しないと! 私ちょっと行ってくる!」


 パッと笑みを閃かせるたフィオナが、書類を二人から素早く回収し軽やかに駆け出した。


「お待ちください、フィオナ様。エディとローラン様は、ルディオ様のお屋敷にいかれてます。上着をご用意いたしますから!」

「そうなの? じゃあ、ルディオ叔父様にも報告しないと!」

「「…………」」


 ざんざん騒いで風のようにフィオナが去った執務室に、レオンとヒースが取り残される。しばらく無言で立ち尽くしていた二人は、ヒースがポツリと呟いた言葉で睨み合い始めた。


「……レオンってはずいぶん図々しくなったんじゃない?」

「は? ちゃっかり自分も抱きしめ返しておいて?」

「僕はフィオナから抱きしめてきたから」

「友情ハグだろ?」

「どうだろうね? 僕は幼い頃からずっと一緒の幼馴染だしさ。学園からの付き合いのレオンとは違うと思うんだよね」

「そうかよ? 学園で過ごしただけの俺と、周りをうろついてただけの幼馴染との扱いに、なんの違いも見出せなかたけどな?」

「そう見えた? 違いがわからないようじゃ、幼馴染の僕には勝てないんじゃない?」

「どんな違いか言ってみろよ? 言えるわけないよな? 違いがそもそもねーんだし。おまけにあんなに嬉しそうに、契約を盾に迫った結婚の無効を言い渡されたくせに」


 ドヤ顔で顎を逸らしたレオンに、ヒースも不穏に笑みを深めて迎えうつ。

 

「なんか勘違いしてる? やっとスタートラインが同じになっただけだよ?」

「は?」

「あのね、レオン。確かに契約での結婚は無くなった。でもさ、結婚の可能性自体がなくなったわけじゃない。フィオナが僕に恋をするかもしれないだろ? ただ単にレオンと僕が対等になっただけ」

「……懲りないな」

「レオンこそ」


 ジリジリと睨み合った二人は、しばらくすると吹き出した。


「ほんとだよな。あんな脳筋ありえねーだろ。ヒースもヒースだ。よりどりみどりの王太子殿下のくせに」

「僕のことを言えないだろ。レオンなら伯爵家でも両手を上げて大歓迎なんだからさ」

「あんなに鈍いって、なんかもうちょっとした病気なんじゃないか?」

「うーん、アレイスターだからなぁ。ファリオルだってあんな感じだし、あるとすれば遺伝病なんじゃない?」


 ひとしきり笑い合った一息つくと、レオンはヒースに片眉をあげた。


「……よかったのかよ。フィオナと結婚する唯一のチャンスだったかもなんだぞ。散々手伝ったりして、敵に塩を送りまくって。王家の悲願だったんだろ?」

「別にいいよ。契約を盾に結婚しても意味ないしね。フィオナのことだから絶対ヘソを曲げるでしょ? 悲願はちゃんと自力で達成するから。レオンも持参金として持ってきて欲しいし」

「いいぜ、そうなったら大人しく持参金として献上されてやる。まあ、そうなることはないだろうけど」

「金貨に勝てると思う?」

「黒字を舐めんなよ?」


 肩を揺らして笑いあうと、ヒースは伸びをした。

 

「ふふ……あーあ、じゃあ、追いかけよっか。フィオナってば何も聞かないで飛び出して行っちゃったし……」

「だな。全く……もうちょっと落ち着きってもんを持って欲しいもんだ」

「フィオナだからね」

「フィオナだもんな」


 報告するはずだった書類を手に、レオンとヒースは戻ってきたばかりの玄関へと戻って行った。

 

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