第51話 ようこそ、アレイスター魔術学園へ!



 花の香が混じる柔らかな春風。舞い上がる薔薇色の髪を押さえながら、フィオナは学園長室のバルコニーから賑やかな正門を眺めていた。

 真新しい学園の制服をきた新入生と、親しげに同級生たちに声を掛け合う在学生。それらを不安そうに私服で眺める、一部受講のための平民生徒たち。制服組の貴族と、自由服装を許可した平民たちで見事に分断されてしまっている。


「……やっぱり貴族と平民で溝があるな」


 左隣で呟いたレオンに、フィオナが顔を上げる。


「馴れ合えばいいってわけでもないよ? 貴族は貴族、平民には平民の生活と役割がある。仲が悪いなら悪いなり、いいならいいなりにやりようはあるしね」


 右隣でさらりと腹黒発言をするヒースに、フィオナは顔を顰めた。


「国家を運営する視点はそうかもね。でもここ学園だし。貴族だ平民だの前に魔術師だから」


 手すりにもたれながらいつものセリフを言い放ったフィオナに、レオンとヒースが頭上で顔を見合わせ笑い出した。


「……そうだな」

「魔術師、だね」


 何がおかしいのかとムッとしながら、フィオナは再び階下に広がる光景を見つめる。


「……去年までは私も学生だったんだよね。まだ一年なのになんかもう懐かしい……」

「じゃあ、もう一回学生に戻る?」


 笑いながらキラキラの金髪を揺らして覗き込んできたヒースに、フィオナはちょっと考え込んだ。

 

「……ううん。懐かしいけどやめとくわ」


 古い石壁の住み慣れた寮の個室。同級生たちと駆け回った廊下。魔術が染み込んでいるかのような教室。ゲロを吐きまくった訓練場。過ごした青春の日々を思い出すと、懐かして愛おしくて取り戻したくなる思い出。でも、費やした努力も過ごした時間も、未来を掴み取るためのものだった。

 正直、期待と不安が入り混じった表情で、正門をくぐり抜けてくる生徒たちが羨ましくもある。でもフィオナにも等しく与えられていていた、蜜月のような日々はもう終わりを告げた。未来を掴むために過ごしてきた時間だった。大切だったからこそ、無駄にするわけにはいかない。


「私はこれから夢を叶えるんだから」

「そうだな。問題はまだまだ山積みだ」

「うん」

「僕への借金も返し終わってないもんね」

「わかってるわよ……」


 黒字に転換することはできたけど、それを維持し続けなければならない。借金もそのまま残っているし、新しい試みが想定通りに進んでくれるかも確実ではない。トラブルに適切に対処しなければ、来年はあっという間に赤字に逆戻りしてしまうかもしれない。


「……はぁ、大人の世界って想像以上に世知辛いのね」

「ふふ……まだまだ序の口なんじゃない?」

「これで序の口? ならもっとがっつり乗り越えられるようにしないとね!」

「なんだよ、まだ何かやるつもりか? やっと黒字化したのに」

「レオン、現状で満足するつもり? 満足して停滞したらまたあっという間に赤に色移りされちゃうわ! 学園は進化を続けるわ!」

「するにしても少し様子を見ながら慎重にだな……やっと黒字になったところだし……」

「ふふふ……甘いわね。たかが多少の黒字と赤字が油断している今こそ、畳み掛けるのよ!」

「なんの話だよ……」


 やる気に満ちたフィオナに額を覆ったレオンに、ヒースがニコニコと笑みを向けた。


「大丈夫だよ、レオン。また赤字になったら僕がお金を貸してあげるから。もちろん条件付きだけどね?」


 光り輝くヒースの笑みに、レオンがうんざりとため息を吐き出した。


「ヒースに金を借りるのは人生を終わらせたい時だけだって……」

「じゃあ、人生を無事に終了する覚悟ができたらおいで?」


 バルコニーで騒いでいると、こんこんと扉が叩かれた。エディと満面の笑みを浮かべたメイが、静かに礼をとる。


「フィオナ様、お時間です」

「……うん!」


 すっと息を吸い込み気合を入れ直して一歩踏み出そうとしたフィオナを、レオンとヒースが呼び止めた。


「フィオナ! 頑張ってこい。俺らも講堂で見てるから」

「ふふ……気合を入れすぎて転んだりしないようにね、フィオナ学園長」


 陽光を背に笑顔を浮かべる二人が、眩しくフィオナの瞳に眩しく映る。かけられる声にやる気が満ちてくる。なんでもできそうな気がしてくる。フィオナはパッと笑みを二人に浮かべた。

 

「任せといて! バッチリ決めてくるから!」


 二人に指を立てて、フィオナは軽やかに駆け出す。颯爽と部屋を出ていったフィオナを見送り、レオンとヒースは顔を見合わせ苦笑した。


「……やらかさないといいけど」

「賭けるか?」

「賭けになると思う?」

「そりゃそうだ」


 輝くような晴天に吹き抜ける風が二人の髪を静かにゆらす。バルコニーを離れた二人は陽光を背にしてゆっくりと歩き出した。

 赤字発覚からの怒涛の一年を経て、新生アレイスター魔術学園は本日無事に入学式を迎える。


※※※※※


 講堂では厳かに入学式が進行している。学科の紹介が行われ、アレイスターが誇る教授陣が次々と登壇していく。緊張し切って手と足が同時に出ているローランに、フィオナは心配そうに眉根を寄せた。


(お父様……大丈夫かしら? 転んだりしないわよね?)


 不安げにフィオナが見守っていると、ローランがフィオナを振り向き、励ますように頷いてみせる。


(自分の方が死にそうな顔をしてるのに……)


 小さく頷きを返しながら、フィオナは内心で苦笑する。一緒に食事をする程度のことも、まだまだぎこちない。それでも一生懸命歩み寄ろうとしてくれるローランをみるたびに、エレインとルディオの語る「不器用だから」に実感が増していく。講義を避けがちだったのも、そういう性格のせいだったのかもしれない。


(……でも、お父様には今までの分もしっかり働いてもらわないとね!)


 ルディオの元に頻繁に通い、講義の相談をしているそうなローラン。明確に変わろうと一生懸命に努力する姿を、応援したくなる。


(お母様もこんな気持ちだったのかな?)


 そんな一面もあったローランをエレインも、今のフィオナのような気持ちで見守っていたのかもしれない。


「では最後にフィオナ・アレイスター学園長より、挨拶をいただきます」


 ハッとしてフィオナは立ち上がり、つい慌てたことを誤魔化すように咳払いをして登壇する。間違ってもローランと同じように、手と足が同時に出ないように気をつけながら、無事に登壇を終えて教卓の前に立つ。

 第一関門クリアと気を抜いたのが悪かったのか、勢いよく頭を下げすぎてゴンと音が講堂内に響き渡った。拡声の魔石を嵌め込んだマイクとぶつかった額がジンジンと痛み出す。


「……プッ!」


 会場の端で噴き出す声が聞こえ、フィオナはムッとして顔を上げた。講堂の入り口脇で、レオンとヒースが声を押し殺して死ぬほど笑っているのが見える。


(くっ……!)


 レオンとヒースに湧き上がる怒りを飲み込み、フィオナは深呼吸して生徒たちを見まわした。生徒たちも俯いて肩を震わせる必死に笑いを堪えている様子に、フィオナは緊張しているのがバカらしくなった。今更取り繕っても遅い。もう伝えたい言葉をそのまま伝えよう。フィオナは用意していた、いい感じの挨拶のメモを取り出すことなくマイクにそっと近づいた。


「えー、今年度より学園長に就任したフィオナ・アレイスターです。新入生の皆さんと同じ、新米学園長です。私も去年までは皆さんと同じ席にいました。だからこそこれから皆さんがどんな学園生活を送るかを知っています。初日だろうと容赦なく課題まみれになって、ゲロまみれになっても走らされ、むかつく同級生たちに所構わず口述問答を仕掛けられます」


 肩を震わせていた生徒たちが、不安そうに顔を上げてフィオナを見上げる。フィオナはにっこりと笑顔を浮かべてトドメを刺してやる。


「おまけに今年度は新学科に魔獣討伐実習、魔術核強化訓練の外部受け入れ。と間違いなくこれまで以上に、魔術まみれの学園生活を満喫できると保証します」


 別の意味で肩を震わせ始めた新入生たちに、フィオナは瞳を細めた。


「……大人の世界は手強いです。色移りとか色移りとか色移りとか。でも大丈夫です。学園で好きなだけ学んで努力してください。いつか困難に立ち向かう時、乗り越えていけるだけの力を思う存分学んでください。がむしゃらに未来の自分のための努力ができる場所を、私が用意します。だから安心して最高に楽しい学園生活を送ってください!」


 フィオナは自分を見上げる生徒たちをゆっくり見まわした。まだ不安そうな生徒たちに、励ますように笑顔を送る。


「ようこそ、アレイスター魔術学園へ!」


 パラパラと講堂の入り口脇から拍手が上がる。その音に釣られるように徐々に拍手の音が大きくなる。アレイスター学園の扉は、求める全ての者に今その扉を大きく開いた。


※※※※※


 ここまでお付き合いいただきありがとうございました。黒字転換となったことで、物語は一旦完結としたいと思います。また書きたくなった、引っ張り出してきて借金返済を目指そうかと思います。その時はまたのんびりお付き合いいただければと思います。

 改めて、完結までお付き合いありがとうございました。


 宵の月

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ようこそ! アレイスター魔術学園へ〜脳筋令嬢の学園再建奮闘記〜 宵の月 @yoinooborozuki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ