第49話 新生アレイスター学園



「あ、えっと……本日はお日柄も良く……お足元も万全なところ、問題なくお越しいただき……」


 何度も唾を飲み込み深呼吸をしたローランが、消え入りそうな声で第一声を放つ。ドヤ顔で新魔術の紹介を迎えたフィオナの顔が、ピクリと引き吊り、ルディオが心配そうにローランを見守っている。教授陣たちもどうやら慣れているようで、大会議室の緊張が緩んで生暖かい空気が漂った。


「あー……補佐として俺も開発に関わったので、よければこの後の説明を俺がしましょうか……?」


 一生終わらなそうな挨拶を続けるローランに、伺いを立てるようにレオンが口を挟んだ。ローランがパッと顔を輝かせて大きく頷くと、即座に用意されていた椅子に駆け寄って腰を下ろす。よくやったとフィオナがこっそり親指を立てると、レオンは片眉をあげて息を吸い込んだ。そして理路整然と、特に画期的な開発魔術の説明を始める。


「……以上が登録魔術の概要になります。これらの魔術開発は、いずれもローラン教授が東大陸にて収集した、汎用魔術を応用、または基礎としています。日々生活の中で使用される汎用魔術だからこそ、自然と魔力の効率化、効果の増大に対し先鋭化がなされています。その工夫を基礎とし、または応用し既存戦闘魔術に転用したことで今回の魔術開発に至りました」


 レオンの説明の切りに、魔術技術教授のプレデスが手を上げた。


「では今後は、その東大陸から収集してきた汎用魔術を、新設学科の講義として実施するということになるのかな?」

「いえ、収集された魔術はどれも、使用効果が限定的で幅広い使用は望めません。つまり習得希望者も限られることになります」

「そうだな。確かにトマトの完熟を見分ける魔術は、トマト農家しか必要としないだろう。んー、では使用目的がある程度広範囲に渡るよう改良した上で、その魔術の講義を行うということかね?」

「今後も魔術開発自体は続ける予定ですが、これまでの講義とは別の方法を検討しています」

「別の方法……?」

「他校との連携です。すでに仮契約は完了しているので、今日の教授会の合意が得られればその時点で本契約になります」


 レオンが答える前に、フィオナが声を張り上げ教授陣を見まわした。


「他校との連携……? なぜわざわざ……」


 ざわざわと顔を見合わせる教授に、フィオナは椅子から立ち上がりゆっくりと机を迂回する。


「汎用魔術に関しては、アレイスターより他校の方が強い。必要とする魔術に関しては他校で講義を受け、アレイスターでは面談形式の自由発想の推進と、最終調整を担当する予定です」

「面談形式の自由発想の推進……?」


 訝しげに首を傾げた教授陣に、フィオナは頷いた。


「新登録した魔術に関してですが、すでに開発されていてもおかしくなかったと思いませんか? 実際、開発を阻んでいたのは、これまでの魔術学習による固定概念が原因でした。魔術核の限界が低い平民は、会得すべき魔術に関して我々貴族より、しっかりと厳選できているのが普通です。なのでより汎用魔術に精通している他校に基礎を担当してもらい、アレイスターでは「もっとこうだったら」と洗練できる箇所の改良案の提案。最終的に刻印する魔術までの仕上げを担当するつもりです」

「ふむ……確かに応急処置の魔術は、術式は複雑だが発想自体は単純だったな。概要を知ると今までなかったのが不思議に感じる……」

「それこそが固定観念でしょうな。治癒しなければいけないという思い込みと、治癒魔術は特異魔術のみという刷り込みは確かにあった」

「実際、汎用魔術の取り入れで戦闘魔術の性能に、ここまで影響が出るとは思いもしてませんでしたしねー。まるっきり別魔術の感覚でした」


 口々に述べ合う教授たちに、フィオナもうんうんと同意する。


「なので面談形式でこうだったらという自由な発想を引き出し、より希望に沿った魔術に昇華させる。アレイスターならそれができるはずで、アレイスターでしかできないことのはずです」


 ニヤリと笑ったフィオナに、教授たちはぴたりと口を閉じる。その瞳にはアイレスターの教授というプライドが灯っている。


「新設する学科はローラン教授と、レオン・スタンフォードを中心に据える予定です」

「ふむ。異存はないな。だがそれであればいっそ学科の規模を広げ、基礎となる汎用魔術講義もアレイスターが担当すれば良いのではないか? そのほうが確実に儲けにつながる」

「いいえ、汎用魔術の基礎講義は他校との連携とします。汎用魔術だけではなく、戦闘魔術も提供しより深い連携を目指すつもりです」

「理由は?」


 キッパリ言い切ったフィオナに、リブリーが鋭く切り込む。フィオナはリブリーの気迫に、飲まれないように息を吸い込んだ。


「汎用魔術全般の学科を新設するとすれば、他校から教授を引き抜くことで実現はできるでしょう。でもそうすれば生徒の取り合いと質の低下で、他校の経営が立ち行かなくなります」

「だがそうなれば、アレイスターの経営は安定する。経営とはそういうものだろう」

「そうかもしれませんね。ですがそんなことになれば、貴族と平民との軋轢はより深まります。そして何よりだと思ったのです」


 挑戦的に見つめてくるリブリーの瞳を、フィオナは睨みながらはっきりと言い切った。


「今回、なんとか立て直しの希望ができました。でももし見つけられなかった時は、王国の魔術教育はアレイスターの手を離れることになります。言い換えれば王国の安全を支える戦闘魔術の全てが、別の運営者に渡ることになる」


 教授陣の視線が一斉に優雅に座るヒースに向けられる。ヒースはとびっきりの笑みを浮かべて、教授たちに小さく手を振った。一斉に教授たちの顔色が悪くなる。王太子が在学中の悪夢を思い出したのかもしれない。


「……アレイスター学園が最高の学園だと思ってます。最高水準の教授陣、最先端の魔術、充実した設備。でもそれでも破綻の危機に陥った。正直、アレイスター一族って、経営に向いてないのかなって……」


 フィオナは学園が大赤字だと知った時の衝撃と悲しみを思い出し、しょんぼりと肩を落とした。そして誰もがそれはその通りだと黙り込む。フィオナは気休めの言葉すらかけてもらえないことに、ぐすりと鼻を啜った。


「アレイスターは最後まで足掻くつもりです。でも……どうにもならない時が来るかもしれない。でも人の手に渡った学園は『求める全ての者に、その扉は開かれている』の理念を失うかもしれない。守るべきものは理事長の椅子ではなく、魔術教育の在り方だと思うんです。だから仲間を作ることにしたんです」

「仲間?」

「連携して助け合える仲間です。志を共にした魔術教育を守る仲間がいたら、いつかアレイスターがなくなっても、仲間が踏ん張ってくれるはずです。生徒が自由に学ぶ選択肢を守ってくれるはず。より多くの儲けを出すことより、私にとって大事にしたいことなんです」


 フィオナは息を吸い込んで、顔を上げるとキッパリと言い切った。

 

「願った未来を自分の手に掴み取る力を得るため、がむしゃらに自分のための思う存分で努力できる。人生最高の瞬間にこの日のための努力だったと、思い出せる場所。私にとって学園がそうです。そういう学園こそが、私が守るべき場所です。貧乏になって気づきました。いつまた貧乏になってもおかしくないと。その時のために私は生徒を取り合うライバルではなく、共に魔術教育の在り方共有する仲間を作りたい。それがアレイスターの決定です!」


 ルディオが笑みを浮かべて頷いてくれた。でも静まり返った大会議室に、フィオナの鼓動が早くなる。


(そんな理想論を語るより、経営を健全化する方が先だろうと言われたらどうしよう……)


 アレイスターは経営がダメダメなのはバレてしまっている。ヒースには駄々こねをこねればなんとかなっても、さすがに教授たちには通用しない。より多くの利益を出す道より、理想を追求しようとすることに愛想をつかすかもしれない。内心冷や汗をかきながら、静まり返ったままの教授たちが反応を待つ。


「……私の行き詰まっている研究も、汎用魔術を取り入れたらうまくいくかもしれんな」

「うむ……私も開発中の魔術式の魔力効率をなんとかしたいと思っておった」

「そうさな、教育理念の共有も互いの専門魔術に関しても、密な交流があってこそ。定期的にお互いの教授陣と交流会を開くべきじゃろうな。どう思う、?」


 驚いて顔を上げると、リブリーがニヤッと笑みを浮かべる。みるみる歪む視界を乱暴に拭って、フィオナは力一杯頷いた。


「は、はい! 早速聞いてみますね! あ、それで魔術核訓練の日程なんですけど……」


 フィオナの返事を皮切りに、計画書の内容をわいわいと検討し始めた様子に、ヒースはホッとしたように息をつく。


「ま、こうなるよねぇ」

「……アレイスターだからな」


 レオンの同意にヒースも小さく笑って同意した。

 

「はは、まあ、魔術教育を丸ごとは欲張りすぎだった?」

「軍権の掌握の上に、魔術教育までは流石にな」


 肩をすくませたヒースは言葉とは裏腹に満足そうで、レオンはそんなヒースに片眉を跳ね上げる。素直じゃない。

 今日までどん底赤字経営を耐え忍んできたアレイスターは、この日とうとう起死回生の大改革を決定した。

 

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