第48話 改革会議



 怒涛の魔術整理が終わっても、学園立て直しのためには休む暇などない。フィオナは慎重に契約書に目を通す紳士を見守る。


「本当に良いのですか? 王家からの説明も受けてはいたんですが、そちらにメリットはほとんどないでしょうに……」

「王家からも? そうなんですね……契約はぜひお願いしたいと思ってまして……」


 ヒースは乗り気じゃなかったのに? 首を傾げたフィオナに、紳士は嬉しそうに笑みを浮かべた。


「……こちらこそぜひ契約をお願いいたします。実は噂は聞いていたので、今後どうなるかとヒヤヒヤしていたんです。どうかよろしくお願いします」

「あ、はい! こちらこそよろしくお願いします!」


 フィオナは急いで笑顔を浮かべると握手を交わす。サラサラと署名された契約書を持って、フィオナは立ち上がった。丁寧に見送られ玄関を出ると、一陣の風に薔薇色の髪が舞い上がる。


「ううっ……風がずいぶん冷たくなったわね……」


 準備に奔走する間、季節はもう木枯らしに身を縮めるまでに移り変わっていた。風に攫われる髪を押さえていたフィオナは、ふと自分の指に絡まる髪を見つめる。


「いつの間にか赤字恐怖症も良くなったみたいね」


 自分の髪色さえも発症していた赤字恐怖症は、すっかり改善したようだ。黒字化への希望が明確になって、その上黒字のレオンと金貨のヒースがいつも近くにいる。もう完治と言っていいかもしれない。フィオナは交わした契約書に笑みを浮かべて、待たせていた馬車に乗り込もうとした。


「フィオナ!」


 呼び止める声に振り返り笑顔を浮かべる。


「レオン! どうだった?」

「無事に成立だ。フィオナは?」

「バッチリよ!」


 一緒に馬車に乗り込みながら、無事に交わした契約書を掲げて見せる。


「まあ、相手にとってメリットしかないからな。でもよかったのか? 分散しない方が学園は儲かるぞ」

「ヒースに賛成なの? でもヒースがどうやら改心したみたいよ? 事前に話を通してくれてたみたいで、変に深読みされなくてすぐに契約してくれたわ。どういう心境の変化かしら?」

「フィオナが適材適所だって言い張ったからだろ。もう何言っても聞くわけないとヒースも早々に諦めて、協力に切り替えたんだよ。フィオナはヘソを曲げるとめんどくさいからな」

「ふん! なんとでも言えばいいわ。どう考えても間違いなくこれが最良だもん。時には儲けより優先すべきことがあるわ!」


 一才の迷いなく言い切ったフィオナに、レオンが小さく笑みを浮かべた。


「……アレイスターだもんな」

「そう、アレイスターだからね! さて、準備は整ったわ! あとは教授たちに了承を得るだけよ!」


 全ての準備は終わった。あとは新生アレイスターの展望を、面倒臭い教授たちに納得させるだけ。フィオナは帰宅するなり挑むような気持ちで、二回目の教授会の招集を通達した。


※※※※※

 

 大会議場の扉に手をかけ、フィオナはごくりと喉を鳴らす。


「レオン、ヒース、準備はいい?」

「ああ」

「いつでもどうぞ」


 二人の返答に頷きを返すと、フィオナは重い扉をゆっくりと開けた。学園長の時よりも学生の時間の方が長いフィオナにとって、恩師である教授たちとの対峙はどうしても緊張してしまう。何せ学生時代のように、教授たちは新米学園長に一切の手加減もしてくれないから。

 ずらりと王国の重鎮魔術師が居並ぶ大会議場に足を踏み入れる。席の前で重苦しい空気の中教授陣に向き直ると、ルディオとローランの姿が見え少しだけ緊張が和らいだ。


「では、学園改革の最終案決議会議を始めます。まずは学園の修繕管理についてですが、現状の進行で問題ないと思っておりますが、何かご意見があればどうぞ」


 レオンが緊張が滲む固い声で問うと、ルディオが張り切って手を挙げた。周囲の教授たちが恨みがましい視線をフィオナに投げかける。フィオナはニヤリと笑みを浮かべながら、にこやかにルディオを促した。


「ルディオ前学園長、どうぞ」

「うむ! 修繕管理責任者・ルディオじゃ。実施からすでに数ヶ月経過をみておるが、現状の運営で大きな問題はない。汎用魔術を楽しく、理解を深めることに大いに役立っておるぞ! なんなら池の清掃や学園内清掃なんかも追加を検討してもいいだろうな!」


 キラキラと楽しそうに報告するルディオは、汎用魔術の楽しさに目覚めたらしい。フィオナはニヤリと口元を歪めた。衝撃を受けたように一斉にルディオに振り返る教授陣に、フィオナはにっこりとよそ行きの笑みを浮かべた。

 

「まあ! 順調なようで何よりです。追加に関してはこちらでも検討しておきますね。引き続き修繕管理の責任者をお願いできますか?」

「任せておけ!」


 絶望に目を見開いた教授たちが、一斉にフィオナを睨みつけてきたが抗議に口を開くことはなかった。


(さすが叔父様)


 フィオナは澄ましてきずかないふりをして、レオンに次の議題を促した。


「あー……では「魔獣討伐実習と奨学金制度」に移りたいと思います。資料はお配りしてありますが、ご意見がある方は挙手をお願いします」


 移った議題に教授たちの表情が変わり、真っ先に挙手してきたのはリブリーだった。


「実技教授・リブリーじゃ。魔獣討伐実習と奨学金については概ね賛成する。討伐経験を積むこと、平民向けの奨学金は意義深い。安定した奨学金の担保として、軟弱貴族に金銭で責務を贖わせる案は個人的にも支持したい。だが、一つ確認したい」


 ギラリと視線を鋭くしたリブリーに、フィオナはごくりと喉を鳴らした。


「なぜ、総指揮権が騎士団となっておるのだ? それと安全区域を前提としておるようじゃが、研鑽を積むことが理由であるのに中位エリアを対象外とするのはなぜじゃ?」

「安全性を最優先にするためですよ?」


 リブリーに賛同する教授たちの鋭い視線の中、ヒースがにっこりと笑顔を浮かべて頷いた。


「安全性? 騎士団の小童どもはわしらから、戦術と戦闘魔術を習ったのではなかったかな?」

「その通り。学園が誇る教授陣の研鑽を受けた者が、騎士として騎士団に所属してます。魔獣をいかにぶち倒すかの訓練を受けた騎士たちは、騎士団でという訓練を積みます。ぶち倒すだけが安全確保の方法ではありませんので。中位エリアは、それだけ万が一が起こりやすいということですよね?」


 美しい笑みを浮かべたまま、ところどころ言葉を強調したヒースに、リブリーはぐぬぬと口を閉じる。王国最高峰の魔術師で構成される教授陣は、中位エリア程度で万が一を起こさないという自信のもと、ちょっとでも質のいい魔石がいっぱい欲しいらしい。レオンは険悪になった空気にため息をついた。


「実習に協力いただいた教授には、手当の支給を検討しています」

「魔石は相場に左右されるけど、手当は得た魔石、出向いたエリアに関わらず一律です」


 レオンの言葉を後押しするように、フィオナも笑みを浮かべた。

 

「手当……」


 しばらく考え込んでいたリブリーが、咳払いすると頷いた。


「……うむ。万が一が起こってはならんからな。騎士団の指揮の監督をしようではないか」

「はい。不測の事態が起こった時は頼りにしていますよ」


 ヒースが愛想良く答えて、教授たちも手当という響きにちょっと浮かれながら同意した。レオンはやれやれと議事録を捲ると、次の議題に移ることにした。


「では次に「魔術核強化訓練」についてとなります。ご意見のある方は……」


 レオンが言い終わらないうちに、マクレンがものすごい勢いで手を挙げた。


「理論教授・マクレンです! 魔術核強化訓練自体は意義深いものであると理解しております。ですが! 「肉体強化」を無償講義というのは、我々魔術理論の教授陣への負担が非常に大きい!」


 そうだそうだと声を上げる理論学の教授陣たちに、ローランだけが困ったように同僚をオロオロと見つめている。当然の抗議だ。魔術強化訓練の監督が大好きな、ドSリブリーはいいとしても講義が単純に増える魔術理論の教授は怒るだろう。フィオナはうんうんと頷いて、ちらりとヒースを見た。


「それについては国民への安全対策の一環として、王家から学園に要請した内容でもあります。なので、無料講義については王宮魔術師が担当しますよ」


 一致団結して抗議の声を上げていた理論学の教授たちが、ぴたりと口を閉じて顔を見合わせた。講義の時間が増えないとわかった教授たちは、にっこりと笑みを浮かべて頷いた。


「それであれば問題ないですね。国民の安全対策も魔術核強化も、王国のためになるものです。受講希望者も思った以上ですしね! 我々も最大限協力として、講義室の提供をしたいと思っています!」

「……ありがとうございます」


 研究時間が確保されるとわかるや否や、見事に手のひらを返した教授たちにフィオナもさすがに呆れて返事を返した。正直すぎる。


「……では最後に、前回会議で保留としていた「汎用魔術取り入れ」に関しての、説明及び意見交換を始めたいと思います」


 一瞬にして大会議場の空気が変わり険しく見えるほど、真剣になった教授陣の表情にフィオナは小さく息を吸い込んで気合いを入れ直した。本日最大の山場だ。

 武者震いにふるりと体を小さく震わせ、静まり返った大会議質にゆっくりと視線を巡らせる。視線が合ったローランに小さく頷いて、フィオナはゆっくりと口を開いた。


「まずは汎用魔術を今後取り入れる利点が明確になるように、先日新たに登録された新魔術の説明から始めたいと思います。ではローラン教授、レオン、登録魔術の説明をお願いします」


 停滞気味だった現代魔術に、大きな変革をもたらしたいくつかの新登録魔術。その開発者たちに熱い視線が注がれる。オズオズと椅子を鳴らして立ち上がったローランが、壇上にあゆみ出てレオンがその横に立って教授陣に向き直った。

 一流魔術師たちが一言も聞き漏らさないよう、息を詰める重苦しい空気の中、注目される視線にちょっと顔色を悪くしたローランが、震える唇をこじ開けた。


 

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