第47話 連名魔術登録



 ダンダンと廊下を踏み鳴らしローランの私室に向かっていたレオンは、ちょうど部屋の前でエディに遭遇した。


「レオン様?」

「ローラン教授にお会いできますか?」

「お急ぎのようですね。もう眠ってしまわれそうでしたのでこのままどうぞ」


 レオンの持つ魔術式の束に頷いて、エディは閉めかけていた扉を開ける。


「……エディ……? どうかしたのかい?」


 眠そうなローランはのそのそと起き上がり、部屋にいるレオンに少し驚いたようだった。


「あ、何かあったのかい?」


 魔術式に不備があったのかと、少し心配げに顔を曇らせたローランにレオンは慌てて口を開いた。


「いえ、魔術式の登録の許可をいただきたくて! 特に「応急処置」に関しては急いでて……人命に関わる魔術なので国際公開しようという話になってて……」

「あ、そうか……うん、構わないよ。わざわざ来てもらってありがとう。でもそうか、国際公開か……そんな魔術を僕と君とで作れたなんて……もちろん連名で出すんだよね? 僕と一緒で構わないかい?」


 当然のように連名と考えていたらしいローランに、優しく微笑まれレオンは気まずそうに視線を逸らした。


「……すいません。これほどの魔術に連名なんて……俺はほとんど何もしてないのに……」

「何を言ってるんだい? あの場にいた殿下もフィオナも、もちろん僕も君が何もしていないなんて思ってないよ。君がいてくれなかったら、僕が集めた魔術がこんなふうに日の目を見ることはなかったはずだ」

「……でも教授の功績に便乗するようで……すいません」


 悔しそうに絞り出したレオンに、ローランが驚いたように目を見張る。


「それを言うなら僕だって同じだ。君の柔軟な発想に便乗させてもらってる。もっと言えば生活をちょっと便利にと、魔術を生み出してきた先人たちの知恵に便乗させてもらっているんだ」

「…………」


 俯いたまま答えられないレオンに、ローランは優しく瞳を細めた。

 

「……マクレン教授ご自慢のレオン・スタンフォード君は、聞いていた通りとても負けず嫌いのようだね」


 戸惑ったように顔を上げたレオンに、ローランは教授の顔で小さく笑った。


「魔術理論にとても優秀な魔術師が入学してきたと、マクレン教授は僕にいつも自慢していたんだ。きっとその負けず嫌いが、正しく上を目指そうとするプライドが、君を上に押し上げる最も素晴らしい才能なんだろう」

「あの……」

「便乗なんかではないよ。君には紛れもなく名を連ねるだけの功績を上げた。君なしでは生まれなかった魔術式だよ」

「でも……」

「賞賛は素直に受け取らないと、一生後悔することになる。僕のようにね」

「あ……」

「僕がもっと向けられる賞賛を素直に受け取れていたら……エレインやフィオナにもっとできることがあったはずだ。とても後悔してるんだ。でももう遅い。君には僕のようになって欲しくない」

「でも俺は……」


 俯いたレオンにローランが困ったように、少しだけ眉尻を下げた。


「納得いかないかい? でも本当に君の功績でもあるし、それにアレイスターの人々はそれすらも本当に気にしないよ?」

「え?」


 顔を上げたレオンに、ローランが小さく笑った。


「本当に信じられないくらい、アレイスターの人々は気にしないんだ。功績も、出自も、身分も。全く気にしないからこそ、こちらは気になってしまうんだけどね……」

「え……あの……?」


 問うように見つめるレオンに、ローランは首を傾げた。

 

「君はフィオナが好きなんだろう? レオン君は平民出身だと聞いている。きっと身分とかすごく気にしていると思ってね。違ったかい?」

「や! 俺……!」


 ローランの不意打ちに、レオンは一気に顔が熱くなるのを感じた。咄嗟に取り繕えずにレオンは、ワタワタと意味もなく両手を振り回す。


「ちゃんと君の功績でもあるから、便乗なんて思わずに自信を持つといいよ。ヒース殿下は強敵だからね。戦える武器は多い方がいい」


 うんうんと一人頷くローランに、レオンは抵抗を諦めて振り回していた手を下ろした。


「……わかってます。でもずるい気がして……」

「そう……僕とレオン君は似たタイプのようだね。その気持ち、よくわかるよ。じゃあ今の気持ちを忘れないように、あえて登録すると考えてみてくれ。自分の功績だと言える魔術式を開発するまでのやる気に変えるんだ。きっと納得できる魔術を開発できたら、登録したことも胸を張れるようになるだろうから。君ならきっとできるよ」

「教授……」

「ふふ……僕はレオン君にとても感謝しているんだ。学友として、秘書としてフィオナを支えてくれた」

「……俺なんかよりヒースの方がずっと……」

「そうだね。殿下は幼い頃からずっとフィオナのそばにいてくれた。いつも怒らせてたけど。ふふ……でも少なからず王家と因縁のある僕としては、レオン君を応援したくなるのは仕方ないと思うんだよね」


 肩をすくめたローランに、レオンは思わず笑って頷いた。エレインに夢中な王弟殿下に、超草食のローランもハラハラさせられたのかもしれない。自分のように。


「君はもう少し図太くなるといいよ。目的を達成するための手段なのに、それに惑わされると僕のようになる。僕はフィオナの選ぶ人に反対するつもりはないけど、散々悲しませた父親失格の僕のような男はフィオナはきっと選ばないと思うな」

「……わかりました。ありがたく連名で登録させてもらいます。でもいつか、名前を連ねていることが恥ずかしくない功績を打ちたて見せます。フィオナの側で……」

「うん。大変だと思うけど頑張って。フィオナはエレインにそっくりだからね。レオン君の気持ちにも、ヒース殿下の気持ちにも全く気づいていないだろうから」

「そうですね……」

「真正面から告白しても伝わらない可能性すらあるからね」

「えっ!? そんなにですか?」

「うん。少なくともエレインには伝わらなかったよ。「女としての好き? んー、それって友達の好きとどう違うの?」と返され愕然とした王弟殿下という前例があるんだよね」


 懐かしそうにくすくすと笑うローランに、レオンはアレイスターの脳筋ぶりに唇を震わせた。


「マジか……真正面からもダメって……じゃあ……どうすれば……」

「ふふふ……それは君たちがどうにかすることだろ?」


 絶望に肩を落としたレオンに、ローランはすっと表情を改めて向き直った。


「レオン君、フィオナのそばにいてくれてありがとう。君たちのおかげで、僕はフィオナに償うチャンスをもらえた。僕もこれから全力で頑張るつもりだよ。もう間違えたりしないように」


 穏やかな笑顔を浮かべるローランの目元は、フィオナが難解な魔術式を解いた時に見せる笑顔に似ている気がした。レオンは口元を引き締め頷く。


「ありがとうございます。それと……これからもよろしくお願いします」

「こちらこそ」


 ローランの穏やかな笑みに見送られて、レオンは部屋を後にしかけふと足を止めて振り返った。


「……収集した魔術のほとんどは東大陸のものなんですね」

「ん、ああ、そうだね。東大陸は春夏秋冬、四季があるんだ。とても綺麗だよ。季節によって生活様式に変化が起きるから、その分魔術も他大陸より多彩でね。だからどうしても東大陸に足が向いてしまうのかも」

「そうなんですね。だからフィオナはあの時、迷いなく東大陸って……」

「レオン君?」

「フィオナが何もかも投げ出して逃げるなら、行きたいのは東大陸なんですよ。教授が良く行く大陸だと知っていたから……」

「え……」


 驚いたように目を見開いたローランが、瞳を揺らし咄嗟に俯いた。レオンは礼をしてそのまま静かに部屋を出る。ズルをするような気持ちはもう消えている。その代わりに滲むように腹の底から湧き上がる闘志を感じる。


「……図太くか。そうだな。フィオナは功績なんて気にしないけど……」


 でも目玉が飛び出るような魔術を開発したら、きっととびっきりの笑顔を浮かべるはずだ。釣り合う身分も、正しく誇れる功績も、何のために求めていたのか間違えてはいけない。目的を見失って手段に惑わされてはいけない。ローランの助言を刻み込み、レオンは顔を上げた。


「こうなるとフィオナが脳筋なのは助かるな……」


 胸を張って想いを伝えられる自分になる前に、ヒースに横から掻っ攫われる心配がないのはありがたい。正面切って告白しても伝わらないとか、一体アレイスターの遺伝子はどこまで脳筋なのか。でもそのおかげで全力で挑むだけの猶予が生まれる。


「まずは黒字転換だな」


 ヒースの計画を台無しにしてやろう。レオンはみなぎるやる気を胸に、魔術登録に出向くべく足早に歩き出した。

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