第4話 魔術理論首席者様による口述問答
フィオナはポツポツと現状を語り出した。
意気揚々と後継修行を始めようとしたら、帳簿が真紅に染まっていたこと。
必死に原因を探るうちに赤色がトラウマになり、黒色に安らぎを覚える体質になったこと。
具体的な再建計画を立てるために、学園で卒業を目指さなくなった理由を把握する必要があること。
途中、赤の悪夢を思い出し不整脈が起きかけた。幸いレオンとララは美しい黒髪。見ているだけで心が安らぐ黒。辛くなったら二人の黒髪を凝視して、フォオナは不整脈の危機を乗り越えた。
じっと話を聞いていたレオンは、腕を組んだまま黙り込んでいたが、やがてふっと息を吐いて頷いた。
「……なるほどな」
「卒業しなくても結局は魔術刻印のために、目的の学科は修了しなきゃいけないでしょ? うちに来ないのなら当然ライバル校に流れてるはず。じゃあ、どうして他校を選択するのか。その理由を理解しないと、対策も改善もしようがないって……」
「まあ、その通りだが理由は、探りを入れなくてもはっきりしてるだろ?」
「ふぇ? さっぱりだけど?」
「いやいや、すごくはっきりしてる」
「え? わかるの? 本当に? 魔術理論首席、すごい……」
「いや。首席じゃなくてもわかるって。まあ、フィオナは魔術一辺倒の脳筋だからな……でも間違いなくヒースにもわかってるはずだぞ?」
「……ヒースも? 何にも言ってくれなかったんだけど……」
顔を顰めたフィオナに、レオンは肩をすくめた。
「まあ、今ピンッと来てないなら、路地裏で一生不審者をしてても理解はできないだろうな。世話が焼ける……仕方ない。ララ、よく聞いておけよ。アレイスター魔術学園の
「え、う、うん……!」
ポンと頭を撫でるレオンに、ララが慌てて顔つきを改めた。レオンはそのままフィオナに向き直り、ニッと笑みを閃かせる。
「始めるぞ、フィオナ。口述問答だ」
「え、何よいきなり……!」
「問い。魔術の発動方法と特徴を述べよ」
「え……えっと、解。一つ、スクロールでの発動。スクロールは使い切りで、一度の使用で終わり」
「正解。他は?」
唐突に学園時代散々やった、対面式の口述問答にフォオナは戸惑いながらも答えを返す。
学園では問答は当たり前。でもそれ以上に問いを投げられ、答えないという選択肢はなかった。特に相手が首席を争うライバルでもあった、目の前のレオンやキースなら尚更だ。二人からの問題に、答えられない以上の屈辱は存在しない。
「……二つ。魔石や魔道具に魔力を流して発動する方法。魔石に刻印した魔術式が壊れない限りずっと使用できる。三つ。自分の心臓にある魔術核に、魔術式を刻印して発動する方法。発動させる魔力がある限り、最も効率も負担もなく発動できる。ただし、魔術核に刻印した魔術式の変更には神殿で刻印の消去の必要があるわ」
「正解」
「すごい……!」
瞳をキラキラさせるララに、フィオナは照れながら頬を掻いた。純粋な尊敬を向けられて、堪えきれない笑みが浮かぶ。
「じゃ、次行くぞ。問い。魔術核を説明せよ」
「解。魔術核は心臓に備わった器官で、呼吸などで取り込んだ空気中の魔素を魔力に変換してくれる。生まれつき誰にでも備わっていて、主に魔素の取り込み量、魔力への変換効率、魔術式を刻印できる容量に、遺伝による個人差が出てしまう」
「正解。問い。じゃあ、優れた魔術素養とは?」
「解。魔素の取り込み量が多くて、魔力変換効率がよくて、魔術式の刻印容量が大きい魔術核を持っていることね。ある程度鍛えられるけど、生まれ持った素質が大きいわ」
「正解。問い。一般的に優れた魔術核を持つのは?」
「解。貴族階級よ。家門、容姿、魔術核の性能。馬鹿らしいけど遺伝に関わる内容だけに、貴族間の結婚では必ず提示される条件にまでなってる」
肩をすくめたフィオナに、レオンが顔を顰めた。
「正解。余計な愚痴までダダ漏れだぞ」
「そうだった? そう言うレオンだって、求婚者の列ができてるんじゃない? その魔術核だもの」
レオンは王国奨学金を受けられるほど、魔術核の素質に恵まれた。家門はなくても美貌と素養はピカイチだ。メイも笑み崩れている。リンバーグ魔術学校に通うララは、レオンほどの素質には恵まれなかったようだがものすごい美少女。レオンと同じくきっとモテモテだろう。
ニヤニヤと笑みを向けるフィオナを、レオンは軽く睨んで一蹴した。
「……くだらない。それよりまだわかってないみたいだな? それなら次だ。問い。アレイスター最高位結界術とは?」
「解! 魔術形態を構築した魔術の始祖、シーザ・アレイスターの直系子孫、護国卿・セルバ・アレイスターが構築した魔術式よ! 最初は戦闘魔術として開発されたけど、現在は特異魔術に分類されている。粘性と屈曲性のある結界で、衝撃に形状を変えるから物理攻撃に特に強い。特に魔獣からの襲撃に対して有効! ちなみに私の母方の祖父!」
「……正解。でも「魔術式を組み込んだ魔道具に転用が成功したことを機に、クロイゼン王国を始め他国でも防御結界として採用されている」まで付け加えたら完璧だった」
レオンが補足を付け加える。ララに賞賛の眼差しを向けられ、祖父の功績に得意げに胸を張るフィオナに、レオンは呆れたようにため息をついた。
「……超基本学術程度で、そんなに威張るな。それよりまだわからないのか? 脳筋もここまでくると笑えないんだが……」
「さっきから何? 口述問答には正解してるけど?」
「フィオナ、俺が今更基礎学術の答えを、お前から知りたいと思うのか?」
「まあ、それはそうね……
きょとんと首を傾げたフィオナに、レオンはやれやれと首を振る。
「……じゃあ、最後だ。
「ビースト・アラート……? そういえばいつだったっけ……?」
空気中の魔素から自然発生する魔獣・ビースト。魔素が凝縮して魔術核となり、できた魔術核がさらに魔素を取り込んで魔獣へと成長する。魔獣にとって魔術核を所有する「人」はご馳走。魔術核の強化という本能に従って、他の魔術核を取り込むべく魔獣は人の住む土地を襲撃してくる。魔術核、つまり心臓を食べるために。
王国を覆うアレイスター最高位結界術がそんな魔獣の侵入を防ぎ、規定値以上の損傷を受けると、警報「ビースト・アラート」が危険を知らせる。あの心臓が縮むような警報を、言われてみればしばらく聞いていなかった。
記憶を必死に探っていたフィオナは、結局思い出せず適当に答えることにした。
「三年前?」
「正確には三年半前だな」
即座に訂正されたことに、イラッとしてレオンを睨んだ。
「……細かいのね。でもそれって重要?」
「別にいつだったかは重要じゃない。重要なのは正確に思い出せないくらい、ビースト・アラートが鳴っていないってことだ」
「平和でいいじゃない」
「結界のおかげでな」
ふふんと得意げになったフィオナに、レオンはとうとう片手で額を覆った。
「……お前ってバカじゃないけど、すごいバカだよな。いいか? つまりお前のじいさんの結界のおかげで、王国はとっても平和になったわけだ。どれくらい平和になったかというとだな、魔獣から身を守る戦闘魔術の習得が必須じゃなくなるレベルに、だ」
「必須じゃ、なくなる……?」
「歴史講義でやったろ? 結界ができる以前は、自分の身は自分で守るしかなかった。襲撃が頻繁すぎて王宮騎士団も、対応しきれていなかったからな。だから攻撃なり防御なり、戦闘魔術の習得は必須だった。でも今は結界のおかげで、定期的な王立騎士団の掃討作戦で対応できている。ビースト・アラートが鳴ることはほとんどない」
「それって……つまり……?」
「戦闘魔術の需要がなくなったってことだな」
「死活問題じゃん!!」
やっと口述問答の意味を理解できたフィオナから、ゆっくりと血の気が引いていく。アレイスター魔術学園の主要科目は「戦闘魔術」と、特殊な大規模魔術の「特異魔術」だ。それも最高位の。
「た、確かに言われてみれば、帳簿が赤くなり始めたのって結界展開後だったかも……」
結界展開の三年後から、じわりじわりと黒字額が減っていき、五年後には赤字に転落。それから三十五年間、学園の年々赤字額は増え続けている。
「え、じゃあ……
頷いたレオンにフォオナは、声にならない悲鳴をあげ両頬を手で覆う。なんという皮肉。アレイスター一族の誇り、王国に平穏をもたらした画期的な結界術の功績が、学園を真紅に染め上げるきっかけだったとは。
「で、でも……戦闘魔術は必要でしょ!? 特異魔術はかっこいいし!」
「まあ、王宮付きになるならな。あとは傭兵なり、結界外に出る必要があるなら今でも必須だ」
「でも……でも……」
往生際悪く助かる理由を探そうとするフィオナに、さすがのレオンも気の毒そうな顔をして見せた。
「フィオナ。落ち着け。例えば使用人を雇うとしよう。でも刻印容量の限界まで使って習得してるのが、戦闘魔術の「炸裂」ってだけの奴を、お前はお茶汲みとして雇うか? 炸裂しかしないんだぞ? 何を炸裂させるんだ?」
「それは……」
気の毒そうな顔をしながらも、レオンはトドメを刺してきた。フィオナとしては炸裂だけもあり。かっこいいから。でも普通は使用人として、雇用はしないだろうことは分かっている。汎用魔術に精通している使用人を探すか、習得させるだろう。
うるりと瞳を潤ませたフィオナに、メイがそっと紅茶を差し出してくれた。でもその顔は目の前の兄妹の美貌のせいでニッコニコだ。今は空気を読んだ表情でいてほしい。
「習得できる魔術は限りがある。魔術核への刻印容量が少ない平民なら、なんの魔術を習得するかで人生が左右されるんだ。貴族よりはよっぽど慎重に、習得する魔術を厳選してる。魔術刻印された魔石は、平民にはそうそう手が出ないからな」
刻印魔石の材料は、討伐した魔獣の魔術核だ。そのため基本的に希少で高価。財力のある貴族が魔術核に刻印できなかった魔術式を、補うため装飾品に加工して使用している。
貴族のように刻印魔石で補えない平民は、確かに習得する魔術は厳選するだろう。その結果戦闘魔術は、真っ先に除外されるようになってしまった。祖父が開発した結界が、超強力なおかげで。フィオナはしょんぼりと俯いた。
「じゃあ……もう……」
学園はその役目を終えたということだろうか。王宮勤めをするためには、まだアレイスター魔術学園は必要とされている。でもごく一部にだけ求められている状態が、創設理念でもあり母が誇りにしていた「万人のための学園」と言えるのだろうか。
目の前が真っ暗になったような気がして、フィオナが俯く。赤い髪がさらりと肩からこぼれ、真っ赤な帳簿と格闘した時間が無駄になったことに自嘲がこぼれた。
「……そんな顔するなよ」
「…………」
そう言われても笑うのは無理だ。ずっと夢見ていた未来に踏み出した途端、最大の目標を見失ってしまったのだから。俯いたフィオナが思わず鼻を啜ると、レオンはやれやれとため息をついた。
「立て直すために、偵察に来たんだろ? 赤字の原因がわかったんだから、そんな顔をする必要はないだろ?」
「でも……戦闘魔術は必要ないって……それなら、アレイスター学園はもう……」
呆れたようなレオンの声に思わず顔を上げたフィオナは、本当に心底呆れた顔をしていたレオンにムッとした。
「何でそんなバカを見るような目付きなの! レオンが言ったんじゃない! 戦闘魔術がいらなくなったって。アレイスターは戦闘魔術の最高峰なのよ?」
「そうだな」
「ごく一部にはまだ需要があっても、万人のための学園じゃなければ……!」
「変わればいいだろ?」
「え……?」
「万人のための学園でありたいなら、そうあるように変わればいいだけだ」
「でも……」
「なぁ、フィオナ。開発以来一度も手を加えられなかった魔術式なんてあるか?」
「そんなの、あるわけない……最適化して刻印するのが常識だもの……」
威力を抑えて魔力消費を減らしたり、逆に膨大な魔力と引き換えに威力を限界まで引き上げたり。自分が望む形にオリジナルの修正を加えて魔術核に刻印する。だからこそ刻印する魔術式は、完全理解しなければならない。その理解のために魔術学園は存在する。
「それがわかってるのに、どうして絶望するんだ?」
「でも……戦闘魔術はもう需要がないなら、どう立て直していけば……」
「いや、そもそも……って、ああ……フィオナも貴族だったな。全く貴族らしくないからつい忘れる……そうだな、それならまあ……」
「レオン? 悪口言ってる? 今、絶望してる私の悪口言ってる?」
「フィオナ、お前は魔術の基礎の基礎が理解できてない。だから普段は脳筋のくせに、この程度でそんな絶望顔をする羽目になってる。もっと勉強したらどうだ?」
「は? 私は実技の首席よ? 魔術の基礎くらい……」
「いーや、全く理解できてないね。理解できてたら脳みそ筋肉のフィオナが、今そんな顔をするわけがない。その筋肉でできた脳みそに魔術の本質は何かを今すぐ問え。そうすりゃ、学園の立て直しに必要なものは、言われなくてもわかるはずだ」
「は? だから基礎は理解できてるってば!!」
アホを見る目のレオンに、フィオナは八つ当たり気味に声を荒げた。ララがビクッと肩を揺らしたが、フォローを入れる心の余裕はない。
「いくら
「いや、さっぱり理解できてないね」
「できてるってば!」
「なら、確かめてみるか? もう一度、口述問答だ。本当に理解できているか、答えてみろよ」
「上等よ! 受けて立つわ!!」
せせら嗤うレオンを睨みつけ、フィオナはバンッとテーブルを叩いて臨戦体制に入った。
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