第11話 決戦前夜



 ルディオに叩きつけた挑戦状に返事が届き、レオンは呆れ返った。


『姪だからと言って手加減はせん! 生意気な鼻っ柱を我が風神で切り刻んでやろう! 神官を連れてくるんだな!』

 

 現アレイスター学園長で、フィオナの叔父、ルディオ・アレイスターもちゃんとものすごく乗り気らしい。


「なんでノリノリなのか……」


 アレイスター家に蔓延る野生動物のルールに、レオンは悲しそうにため息を吐いた。そんなレオンを尻目にフィオナは、神殿に出向き魔術刻印のリセットを経て、新たに刻印した新魔術と構成を入念に確かめていた。

 汎用魔術の技術を組み込んだ魔術は、威力が増していたり発動が早くなっていたりと、改良の手応えをわかりやすく実感できる。発動するたびにドヤ顔でレオンを振り向くが、呆れ顔をちょっと顰めるだけであまり興味はなさそうだった。


「レオン! 無反応はひどくない? 明らかに魔力効率上がってるでしょ! もっと興味を持ってよ!」

「興味がないんじゃなくて、呆れてるんだよ。もう三日も試し撃ちして遊んでる。明日は対戦なんだから、その辺にしておけって」

「遊んでるんじゃなくて試してるんだってば!」

「散々無駄打ちして肝心な時に、魔力切れを起こしてもいいなら好きにしろ」

「わかったわよ……」


 フィオナは渋々手を止め、演習場から飛び降りた。汎用魔術を組み込んで改良した魔術は楽しくて、試し撃ちと言えない程十分打ち込みまくった。確認作業は十分だろう。


「フィオナ」

 

 名前を呼ばれて振り返ったフィオナに、レオンがタオルを投げ渡してくれる。


「魔術構成は問題ないな。ちゃんと防御魔術も組み込んであるし、新魔術も調子が良さそうだった」

「そうね。調子はいいから、いちいち黒歴史を掘り起こすのはやめて……」

「神官も手配するくらいガチでやり合うのに、防御魔術を全捨てしたままはな」

「……私が防御を捨てたのは、レオンのせいでしょ……あの雷撃がなければ……でも大丈夫! 神官も手配したし! 神殿はウチの対戦には慣れるの。ちゃんといつもの人が来てくれるって!」

「いつものって……アレイスター係を作らせるほど、頻繁なのかよ。迷惑かけるのやめろ」

 

 顔を顰めるレオンと屋敷に戻りながら、フィオナは夜空を見上げながら伸びをした。久しぶりに身体を動かして、気分が晴れやかだ。


「そうは言ってもねー。うちの一族の伝統だし。当主の継承や領地の運営方針とか対戦で決めるのよ。たまに夕飯のメニュー決めって時もあるわね。揉めたらとりあえず対戦。基本でしょ?」

「いや、基本じゃねーよ。夕飯のメニューは話し合え。神殿に迷惑かけるな」


 タオルで汗を拭うフィオナに、レオンは小さく笑った。

 

「しかしまあ、簡単に魔術構成を変えられるあたり、さすがアレイスターだ。刻印消去が常時無料は、ご先祖様々だな」

「うん。ご先祖様と神殿と、あとは当時の国王陛下ね。親切。ぜひヒースにも見習ってほしいわ」

「無理だろ」


 肩をすくめたレオンに、フィオナも眉を顰めて頷いた。親切だった王家のどこで、あの邪悪な遺伝子が紛れ込んだのか。

 魔術核に刻印した魔術は、神官の「刻印消去」が唯一の手段だ。特異魔術の中でも特に特異と言われる「治癒」と「刻印消去」。理由は魔術核の刻印容量に比例するから。刻印容量が大きい者が「治癒」か「刻印消去」に、どれだけ容量を割くかで効果に影響する。そのため神官は優秀な魔術核を持つ者だけが就ける仕事だ。

 神官となった者がその優秀な魔術核に刻印するのは「治癒」か「刻印消去」のみ。魔術核が優れているほど、治癒効果は高まり高位の魔術刻印を消すことができるから。

 治癒にも刻印消去にも結構な寄付金が必要なのは、優秀な魔術核を持つ者がたった一つの刻印だけに捧げる献身へ値段といえた。そんな治癒も刻印消去も、アレイスター家は無償で受ける特権を与えられている。


「でもまあ、アレイスターの地位と功績を考えれば、そのくらいの特別待遇は当然かもな」

「うーん。でも王家がその特権を与えてくれたのって、うちの一族がしょっちゅう対戦して常にボロボロだったからなのよね。魔獣がきた時困るからって。でも対戦は伝統だし、対戦する選択肢しかないじゃない?」

「しない選択肢しかねーよ。そんなアホな理由とか王家も大変だな。まあ、結果的にはラッキーだ。刻印消去のコストを考えた結果、苦肉の策として今の魔術構成に落ち着いた俺としては羨ましい話だからな」


 汗を拭いていたフィオナは、レオンの言葉に衝撃を受けて振り返った。

 

「え!? そうなの? どの属性で挑んでものらくらかわして長期戦に持ち込む、いやらしい戦法を狙ったわけじゃなくて?」

「いやらしいって……立派な戦略だろうが。失礼な奴だな。学園では神官が常駐してて刻印消去を好きにできたけど、卒業したらそうはいかない。だからなるべく変更をしなくて済む、万能型を目指した結果だ」

「そうだったんだ……苦肉の策の割に強すぎない? 変えたいの? もったいない……」

「いや、構成自体は気に入ってる。俺には合ってるからな。いくつかは再編成して必殺魔術は検討したい。ただ基本路線はこのままでいいと思ってる」

「そっか。じゃあ、何を刻印するか決まったら、好きな時に神殿に行ってきていいからね」

「いや、だから寄付金がかかるだろ。別に今すぐじゃなくていい。やるとしたらララが卒業して……」

「あ、言ってなかった? そういえば契約書に書くと面倒になるからって、記載はしないことにしたのよね……ごめん、忘れてた。あのね私の秘書になってくれたじゃない。だからレオンは治癒も刻印消去も、アレイスター持ちでできるようになってるの」

「……は?」


 ぴたりと立ち止まったレオンに、フィオナが振り返った。

 

「神殿に行って申告するだけで大丈夫よ。刻印消去はレオンまでだけど、治癒はララちゃんもお母さんも適応内。遠慮なく活用して。でも雇えって押しかけてくる人が出てくるから、外部には口外禁止でお願いね」

「いやいやいやいや……何言って……」

「アレイスター家で働いている人はみんなそうよ? だから気にしないで気軽に……」

「みんな!? アレイスター家門の使用人分の、刻印消去と治癒の費用をアレイスターが持ってやってるのか!?」

「え……うん。そうだけど?」


 目を剥いたレオンに、フィオナは戸惑いながら頷く。

 

「……アレイスターの一族は王家から特権があるし。だからウチで働いてくれてる人にその分還元しようって。そしたら本人も家族も元気で、なんの心配なく働いてもらえるし。結果アレイスター家も助かるっていう。いい制度でしょ?」


 レオンの形相につい言い訳がましくなりつつ、フィオナはレオンに同意を求める。レオンは同意どころか、金色の瞳をクワッと釣り上げた。


「そんなことしてるから、帳簿が真っ赤になるんだろ! アレイスター一族より、使用人の方が圧倒的に多いじゃねーか! 他の貴族家門みたいに、賃金だけで十分だろ!? そうすりゃ脳筋経営してても、余裕で存続できる! 学園はアレイスターの誇りなんだろ!?」


 とんでもない功績に見合うだけの褒賞と豊かな領地。そこから受け取れる莫大な資金を、学園に注ぎ込めば問題なく存続はしていける。それなのに赤字なのはどう言うことかと思えば、使用人にアホほど注ぎ込んでいたらしい。結果学園に回す資金は底をついてしまった。どこまで脳筋バカなのか。と激昂したレオンに、フィオナはムッと眉を顰めた。


「……なんで怒るのよ。レオンだけじゃなくて、ララちゃんもお母さんだって使えるのよ? 怒る必要ある?」

「わかってるよ! 俺たちにしたら助かるさ! でもな、そのせいで肝心のアレイスターが助かってないだろうが! 一族の誇りの学園は、絶賛瀕死中だ! 使用人全員に大判振る舞いしてる場合じゃないだろ!! お人好しがすぎる! アレイスターはアホなのか!?」

「……だって……じゃあ、使用人の誰かやその家族が病気になった時はどうするのよ……」

「それは自分たちで……!」

「その時余裕がなかったら? レオンだって絶対痩せ我慢して後回しにするタイプじゃない! いいでしょ! お得で助かる制度なんだから! それに別にお人好しでもない! だって使用人限定だもん。一族の手の届く範囲だけだもん!」

「だもん、じゃない!!」

「何よ! うちで働く人がどれだけ優秀かわからないの? その上思う存分魔術に打ち込めるように、心から尽くしてくれてる! うちはそうするだけの価値のある人を、ちゃんと選んで働いてもらってるの!」

「質が高いのはわかってる! でもだからってそこまで……」

「人材と財産なら人材なの!」

「は?」

「赤字は怖いわ! もう全身が赤色を拒否するくらいにね! でもアレイスターは人材を優先する! だって学園は最悪存続できなくても、必要なら誰かが代わりを作るもの。でもエディやメイ、そしてレオン。人材の、みんなの代わりなんていないでしょ?」

「……代わりがいないって……でも……学園はアレイスターの……ずっとお前にとって……」


 勢いは弱まってもまだ言い募るレオンに、フィオナはジェット噴射の鼻息を噴き出した。

 

「アレイスターは優先順位を、とうの昔に決めたの! 一度だって違えることなく、先祖代々誇りと敬意を持って受け継いできてるの! そして私も喜んで受け継ぐわ! だって私もアレイスターだもの! たとえ学園が破綻しようとも、絶対に変えるつもりはないわ!」


 キッパリと言い切ったフィオナに、呆然としながらレオンが呟いた。


「赤色に拒絶反応が出ているのにか?」

「ええ! 帳簿から赤を排除すれば済むことだわ!」

「……ヒースに土下座することになってもか?」

「うっ……ど、土下座することになってもよ!」

「相手はヒースだぞ? 何を巻き上げられるかわかんないんだぞ?」

「じょ、上等よ! 受けてたつわ!」


 ヒースの名前に一瞬詰まったフィオナは、ヤケクソ気味に叫び返した。目を丸くしていたレオンは、ゆっくり肩を震わせるとやがて笑い出した。


「ふっ……はははっ……! わかったよ。フィオナ、ごめん。口出しして悪かった。余計なお世話だった!」

「そんなことない。心配してくれてるのはわかってる……でもアレイスターがアレイスターであるために、絶対に必要なことだわ」


 優先順位は間違ってはいけない。キッパリと言い切ったフィオナに、レオンが小さく笑みを浮かべた。

 

「……そうか。アレイスターはかっこいいな。それなのに俺はバカなことを言って侮辱した。お詫びはしないとな」

「別にそれは心配してくれたからで……」

「俺が腹黒ヒースから守ってやる。フィオナがボロ雑巾にされないように全力で。フィオナがずっとアレイスターのままでいられるように、な」


 ひどく優しいレオンの声に、フィオナはゆっくりとレオンを見上げた。月明かりの下で、柔らかに細まった金色の瞳が輝いて見える。その瞳がとても綺麗に見えた。薄闇に溶けかけた、黒字の漆黒の髪よりも。

 

「……それって、つまり……私の代わりにボロ雑巾になってくれるという……?」


 そっと聞き返したフィオナに、レオンはあっという間にいつもの顰めっ面に戻ると、呆れたように腕を組んだ。

 

「全然ちげーよ。どう聞いたらそう聞こえるんだよ。言語変換機能まで脳筋なのか!?」

「え、違うの? 紛らわしい言い方して期待させておいて? じゃあ、どういう意味だっていうのよ!」


 プリプリと怒り出したフィオナに、レオンが小さく笑みを浮かべた。

 

「全力で抗うってことだ。逃げずにな」

「何よ、それなら今までと何も変わらないじゃない。そんなこと言ってていざボロ雑巾にされそうになったら、見捨てて逃げたりするんでしょ?」

「しないさ。なんなら最悪俺が担いで逃げてやる。例えば国外とか、な」

「国外、は考えてなかったわね……じゃあ、国外に逃げるしかなくなったら、大陸の最東端にしてくれる? 珍しい魔術があるらしいの。いつか行ってみたいって思ってたのよね」

「そうか。じゃあ、万が一の逃亡先は大陸の最東端だな」

「じゃあ、レオンが担ぎやすいようにダイエットでもしておくわ! 最近太っちゃって……」

「そうか? ああ、でも最近はずっと閉じこもってるのに、ケーキをもりもり食べてるもんな」

「ううっ……でも脳みそが甘いものを欲しがるのよ……太ると浮遊魔術に支障が出るのよね……痩せなくちゃ!」

「気にするほどでもないけどな。まあ、それよりまずは経営権限だ。勝たなきゃ逃亡以前の問題だし」

「そうね、絶対勝つわ! 叔父様にはちょっと負け越してるけど、今回は大丈夫! 絶対に風神を防いで見せるわ!」

「負け越してるのかよ……とにかくまずはコツを掴め。フィオナならコツさえ掴めばできるはずだ」

「わかってる。負ければヒースに土下座どころか、学園立て直し計画も無駄になるもの。出し惜しみする気はないわ! 全力で行く! 大船に乗ったつもりで見ててよ!」


 夜の帳が降りた決戦前夜。屋敷に向かって辿る道で感じる夜風には、ほんの少しだけ夏の気配が混じり始めた。まずは最初の一歩だとフィオナは気合いを入れて、明日への決戦に拳を握りしめた。


 

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