第10話 経費削減案



「本日はベリーのタルトをご用意いたしました。それに合わせて茶葉はニルギリをお持ちしております。果物を感じる香りの、適度な渋みがタルトのカスタードによく合うかと」


 ワゴンを押して入室したエディに、フィオナが急いでソファーへと着席する。待ちきれない様子のフィオナに、エディは穏やかに笑みを浮かべた。

 

「フィオナ様、ミルクをお入れいたしますか?」

「うん! たっぷりお願い!」

「レオン様はいかがいたしましょう?」

「あ、俺はストレートで……」


 丁重な対応にまだ慣れない様子のレオンに、エディが小さく苦笑して頷く。早速モリモリとタルトにかぶりつくフィオナに、エディはミルクたっぷりのお茶を差し出しながら目を細めた。

 

「順調のようですね」

「うん! 順調! レオンってば想像以上に優秀で助かってるの!」

「左様でございますか」


 ご機嫌なフィオナにエディが嬉しそうに頷いた。居心地悪さを誤魔化すように、フィオナの報告書に再び目を通していたレオンが、ぴくりと眉を震わせて顔を上げる。


「……フィオナ。この経費費削減案だけど、本気で実行するつもりか?」


 差し出してきた報告書を覗き込んでして、顔を顰めたレオンにニヤリと笑みを返した。


「いい案でしょ?」

「……確かに悪くない。悪くないが……大丈夫なのか……?」

「……私もよろしいですか?」


 やりとりを見守っていたエディが、レオンから報告書を受け取りさっと目を通す。ニコニコするフィオナとは反対に、レオンはエディの反応を難しい表情で見守っている。


「なるほど……補修や整備を業者に代わって、教授たちに任せる、と。これなら維持管理費の大幅削減が見込めますね」

「でしょ!?」


 ドヤ顔で身を乗り出したフィオナに、レオンは腕を組んで片眉を上げた。

 

「削減はできる。けど教授陣は貴族だぞ? 刻印魔石か刻印容量を使わせてまで、庭師や大工仕事の強制はどう考えても反発されるだろ」

「でも必要だし問題もないわ。教授としての雇用契約条件は学園と教育、魔術への貢献と尽力。学園の維持管理は学園への貢献と尽力の範囲内じゃない」

「でも今までは業者に頼んでたんだ。それを急に……」

「業者の代わりに教授陣が維持管理を担えば、その分の費用が丸々削減できるのよ? 維持管理の協力ついでに平民の仕事を体験すれば、汎用魔術と平民事情への理解も深まって一石二鳥じゃない!」

「理論上はな。でも問題はそこじゃない。面子の問題だ。プライドの高い貴族が、平民の仕事をすることをあっさり受け入れると思うか? 下手すりゃ怒って辞めると言い出しかねないぞ」


 同意を求めてレオンがエディを振り返る。視線に気づいたエディがニコリと微笑んだ。


「私はフィオナ様に賛成です。赤字で瀕死でも王国最高峰のアレイスター学園。その学園の教授の座は伊達ではありません。維持管理を強制されたからと、簡単に手放さないかと……」

「でも……」

「国内のみならず他国でも戦闘魔術の最高峰として、アレイスター学園の名は轟いております。教授になれるなら無給でもいいという者までおりますからね。だからこそアレイスターは、教授の人選には相当力を入れてきました。ちゃんとの基準で」

「…………」

 

 フィオナがふふんと鼻を鳴らしているのが相当むかついたが、他ならぬエディの自信ありげな返答にレオンは渋々頷いた。

 

「うちって待遇も手厚いの。高額賃金の上に研究費支援もしてる。それは変えるつもりはないわ。能力に見合う報酬であるべきだし、魔術の発展に研究費は必須だから。でも現実問題、学園の経営は危機に直面してる。できることは協力してもらわないとね」

「まあ、学園がなくなれば維持管理の強制どころか、失職することにはなるな」

「そ、できるだけ待遇の現状を維持を続ける分、協力の要請はさせて貰うわ!」

「……でも自分の父親を解雇するのはどうなんだ?」


 貴族である教授に平民の仕事を強制する以上に、レオンが気になったのは教授陣に名を連ねる、フィオナの父・ローランの解雇だった。渋い顔をするレオンに、フィオナは瞳を釣り上げた。

 

「それは当然よ! これだけ学園からの研究費を使って、全然授業も受け持ってないのよ? 年がら年中研究旅行で、さっぱり学園の仕事してないなら、父親だろうと解雇対象です!」

 

 鼻息を荒くするフィオナに、エディはレオンに言い訳するようにまつ毛を伏せた。


「ローラン様は生粋の学者肌で……エレイン様はローラン様の魔術研究を、全面的に応援しておられました。半年に一度は戻ってこられていたのですが、エレイン様が亡くなられた傷心で今はほとんどお戻りになっておりません」

「もうすぐ帰るって連絡があったんでしょ? お父様には帰ってきたらその時に話すつもりよ!」

「……ですが、フィオナ様。ローラン様の研究支援は、エレイン様の遺言でもあります。現状でフィオナ様は経営権をお持ちではない。ルディオ様も反対なさると思いますよ。他ならぬエレイン様の遺言なのですから……」


 エディの言葉にレオンが顔を上げた。


「え? フィオナ、経営権限はまだ継承してないのか?」

「ああ、うん。言ってなかったわね。経営権限を持ってるのは現状、お母様の弟のルディオ叔父様のままよ。私は未成年だったし、お父様はアレイスターの血筋じゃないから」

「じゃあ、学園長に上申して、この立て直し計画を実施していくってことか?」

「ううん。叔父様は伝統を愛する保守派なの。この計画案を実施するなら、私が経営権限を継承しないと無理ね」

「……問題なく継承できるんだよな?」

「もちろん。ボッコボコにして、叔父様にはたっぷり地面を拝んでもらう予定よ! そのための魔術構成も考えてあるの! あ、せっかくだから後でチェックしてもらっていい?」

「は? おい、待て。ボッコボコってなんだよ。果たし合いでもする気か?」

「そうだけど?」

「は?」


 当然のことをなんで聞くのかと首を傾げるフィオナに、レオンは速攻見切りをつけてエディを振り返る。エディは上品に苦笑を浮かべて頷いた。


「アレイスター一族の伝統なのですよ」


 エディの穏やかな肯定に、レオンは衝撃に目を見開いた。本当に果たし合いをするらしい。

 

「えぇ……脳筋すぎるだろ……」


 ドン引きするレオンを尻目に、フィオナは気合いに満ちて拳を握る。


「ルディオ叔父様の、魔術構成はほとんど変わってないはずよ。保守派だし。でも「風神」がとにかく厄介で……いつも押し負けるのよね。でも今の私は汎用魔術を知ったわ! 今までは「土壁」で対抗してたけど、汎用魔術でもっとしっかり対策できると思うの!」

「いや、冗談抜きで対戦の勝敗で経営権が決まるのか? 適性じゃなく?」

「そうよ? 強い者がボスになるのは当たり前でしょ?」

「野生動物かよ……」


 レオンは学園が経営難に陥った、本当の理由がわかって肩を落とした。

 アレイスターは間違いなく、優秀な魔術師を輩出する栄誉ある名門だ。でも脳みそではなく筋肉で思考している。アレイスターでは強い魔術師こそ正義で偉いという、完全に野生動物のルールが適応されているらしい。

 魔術に一途なその姿勢は、時に偉大な功績を打ち立てるが、筋肉だけで経営できるほど商売は甘くない。筋肉で打ち立てた偉大な功績に、筋肉だけで対応し続けた結果、帳簿は手遅れなほど真っ赤になった。


「難解な魔術式になら脳みそフル回転にさせるくせに……」


 賢いはずの頭脳は魔術式にしか反応しない。ほんの少しでも帳簿にも機能させれば、ここまで手遅れになることはなかったはずだ。


「レオン様、それでこそアレイスター一族です」


 そっと励ますように置かれたエディの手と、浮かんでいるどこか誇らしげな表情に、レオンはため息を吐いた。


「……そうですね。それでこそ、ですね……」


 レオンの返事に小さく笑ってエディが頷いた。それでこそアレイスター一族。レオンも苦笑をエディに返す。

 魔術の開祖にして、歴史にいくつもの足跡を残す偉大な一族。でも本質はとにかくただ魔術が大好きな脳筋一族なのだ。だから王国は平和でいられた。

 どれほど莫大な利益と権力を生み出す魔術を開発しても、簡単に共有して分け隔てなく誰にでも平等に恩恵をあっさり分け与える。より面白い魔術になるかもしれないとワクワクしながら。

 恵まれた素質、向けられる賞賛、与えられる権威。もしアレイスターが権力に欲を見せていたら。そのために持てる力を振るっていたなら。王国の歩んでいた歴史は大きく変わっていたかもしれない。

 でもアレイスターは誰一人、政治に興味を持たなかった。魔術師としてより高みを目指すことを喜びとした。そんな一族だから王家は無償で支援し続けたのだろう。エディのような有能な執事が、生涯をかけて心から尽くすのだろう。


(そして俺も結局ここにいる……)


 どうしても見たくなかった。だから抜け出してしまいたかったのに。

 しつこく魔術構成について、意見を求めてくるフィオナに苦笑をこぼした。その声が心地いい。楽しいと感じてしまう。


(アレイスターは生まれつき、人たらしの特異魔術でも使ってんのかもな)


 フィオナに付き合ってやりながら、らしくなくレオンはそんな下らないことを考えた。


 

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