第26話 討伐作戦
「じゃあ、行ってくる」
早朝、しっかりと耳に通信魔石をはめ込み、フィオナはふわりと飛び上がった。音もなく真っ直ぐ上に浮かんだフィオナを眺めながら、レオンが感心したように腕を組む。
「飛行が役に立つことってあるんだな」
「実際、偵察にはすごい役に立つよ。騎士団でも刻印魔石を確保してるしね」
フィオナは森林地帯の聳える木々を超える高さまで浮き上がり、目の前に広がる光景に眉根を寄せた。木々の隙間は蠢く黒色に覆われていて、圧迫するような魔力を発散している。
『あー……だめだわ。群れ内でもうブースト起きてる』
黒い姿の群れは一つの大きな塊と、三つの塊に分かれていてどうみても統制が効いている。最初にブーストを起こしたボス魔獣はすぐにわかった。ブーストを起こしたことでかなり巨大化している。ボスの周囲を群れが固め、その群れを守るようにボス個体より、一回り小さなブースト個体が三つの群れを統率している。
『場所はここから真っ直ぐ、森林地帯の三キロ先。規模は千五百匹程度。中規模ね』
もっと近くで見たいが、通信魔石は離れすぎると通信が途絶えてしまう。目を凝らして確認した光景を報告するフィオナに、ヒースからの返答が返ってくる。
『中規模か……ウェア・ウルフだと喜べないな』
『スタンピートまでは猶予はありそうか?』
『うーん、周辺に魔獣はもう見当たらない。多分そろそろ動き出すかも。でも……』
通信魔石から魔力に乗ったレオンのため息を聞きながら、フィオナは空中でくるりと振り返った。抜けてきた安全区域の草原地帯に、土埃が舞っているのを確認する。
『その前にファリオルが到着できるわ』
『よかった、間に合ったね』
ヒースのほっとした声を聞きながら、フィオナは地上へと戻ることにした。
「殿下。お待たせしたしました」
騎士団モードになったファリオルが、ひらりと愛馬を降りると王立第二騎士団の面々と礼を執る。ヒースは頷くとフィオナを促した。
「待ってたよ。フィオナ、早速状況を説明してくれるかい?」
ファリオルが広げた地図を覗き込みながら、フィオナは群れの正確な位置を提示する。
「見た感じ群れ内ですでにブーストが起きてるわ。最初のブースト個体は、最後方で五百規模で本隊を形成。前線は三百規模の三小隊が守ってる。もう周辺に魔獣が見当たらなくなってるから、スタンピートがいつ起こってもおかしくない。統率力はかなり高いと思うわ」
「そうか……殿下。各個撃破よりまずは撹乱を狙って、一気に数を減らしたほうがよさそうです」
「そうだね。じゃあ、騎士団を三部隊に分け、最初に前線の小部隊を包囲しよう。それぞれに二名の飛行要員を配置。飛行要員は通信中継も兼ねてくれ。包囲が完了したら一斉攻撃で撹乱。統率するブースト個体の討伐を優先する」
頷いたファリオルが、早速騎士団の部隊分けに取り掛かった。ヒースはフィオナとレオンに振り返り、小さく微笑みを浮かべた。
「フィオナは中央で空域待機してくれる? 包囲を抜け出そうとする魔獣は倒していい。空中援護ができるのはフィオナだけだから頼んだよ」
「わかった。任せておいて」
「レオンは左翼部隊で。攻撃開始と同時に雷撃をかまして欲しい。右翼部隊は奥に配置させるから、全力で頼むよ」
「了解」
「……二人とも、危なくなったら即撤退してくれ。特にフィオナ。くれぐれも単身で、ボス個体に突っ込まないでくれよ」
「わかってる。じゃあ、二人ともまた後で!」
ふわりと舞い上がったフィオナを見送り、レオンとヒースはこぶしを軽くぶつけ合う。
「……じゃ、後でな」
「うん、また後で」
笑みを交わしてレオンは左翼部隊に、ヒースは中央部隊に合流して行った。
バタバタと上着が風で煽られる音だけが聞こえる上空で、フィオナは騎士団の部隊配置が完了したのを確認した。耳に押し込んでいる魔石を指先で触れ、通信を開始する。
『こちらフィオナ。通信状況確認。各部隊配置完了と視認。すでに群れは異変を察知、臨戦体制をとってるわ』
『こちら中央部隊、ファリオル。通信状況良好。状況確認。各部隊報告開始』
『こちら右翼部隊・シーズ。通信状態良好。配置完了しました』
『こちら左翼部隊・ラフェル。通信状態良好。いつでも行けます』
中央部隊の先頭にいるファリオルが、振り返ってヒースに頷き魔剣を抜き出した。
『ヒースだ。騎士団の王国への献身に感謝する。これより南部森林地帯における、ブースト個体の討伐を開始する。レオン、ド派手なの頼むよ』
『……了解』
レオンの低い声での返答に、騎士団がグッと緊張を高めた。その空気を察知したように、臨戦体制に移行していた群れが、警戒を強めた。その瞬間、森林地帯を切り裂くように、一直線に閃光が群れを最前線を真っ直ぐに射抜いた。
『攻撃開始!』
ファリオルの掛け声が響き、一斉に魔術が展開を始める。
「うわ……何あれ……えっぐい……」
防御魔術を貫通する一点突破型のレオンの雷撃は、硬い毛皮に覆われているはずの魔獣を貫通して真っ直ぐに伸びている。最終防衛ラインを示すように保たれ、触れた魔獣が吹っ飛ばされながら蒸発していく。雷撃を飛び越えて前線を突破した魔獣は、待ち構えていたファリオル達魔剣部隊に一掃されていく。
ドンと爆発音が響き中央部隊からフィオナが振り返ると、右翼部隊側から黒煙が上がっていた。風に乗って焦げ臭い匂いが鼻につく。
『……ブースト個体、爆裂魔術で討伐確認。負傷者五名』
通信する右翼部隊のシーズの右側面から、ウェア・ウルフが飛びかかるのが見えた。
『右!!』
咄嗟にフィオナは叫んで火球を放った。飛びかかったウェア・ウルフの爪がシーズの肩に食い込むも、そのまま燃え尽きていく。
『すまない。助かりました』
『右翼・シーズ部隊長、右肩負傷。魔力切れ多数』
『左翼、ブースト個体沈黙確認! これより、うわっ……』
通信に左翼を振り返るとブースト個体を失ったウェア・ウルフが、四方から闇雲に騎士団に飛びかかっているのが見えた。統率されていた動きから一変。本能剥き出しの攻撃に、騎士団の対応が遅れている。慌てて火球で援護するフィオナに、ヒースの叫び声が鼓膜をつんざいた。
『フィオナ! 後ろ!!』
咄嗟に振り向いたフィオナの眼前に、無属性の魔力の塊が真っ直ぐに飛んで来ていた。一瞬ですっと心臓が凍りつき、無意識の条件反射だけで顎を上げた。ひゅっと音を立てて首元の薄皮を切り裂いて行った魔力に、じわりと冷や汗が背中を伝う。
緊張に体を動かせないまま目だけで魔力の出所を探ると、空中に浮かぶフィオナに真っ直ぐに狙いを定めている最初のブースト個体の巨体が見えた。
ボス個体と視線があった瞬間、威嚇するようにウェア・ウルフ特有の遠吠えが、森林地帯を揺らすように響き渡る。ビリビリと魔力の波動を持って響く遠吠えに、咄嗟に耳を塞ぐ。
キーンと耳奥に響く耳鳴りが治るのを待って、フィオナはゆっくりと耳を塞いでいた手を下ろした。
「……あったまきた」
俯いていた顔を上げると、フィオナは息を吸い込み声を上げた。
『ファリオル! 全部隊を撤退させて! ヒース! 周囲一キロに「水壁」! できるでしょ!』
『フィ、フィオナ……?』
『レオン! ヒースと合流。雷撃、準備!』
少しだけ戸惑うような沈黙の後に、通信魔石からヒースの声が流れだす。
『……全部隊中央部隊に合流開始。飛行部隊。周囲一キロ範囲内から部隊の撤退を誘導して』
『は、はい!』
ボス個体を真っ直ぐに見据えるフィオナに、礫のように無属性の魔力が向けられる。それを最小限の動きで避けながら、飛行部隊の撤退誘導を聞き流す。
『フィオナ、撤退が完了した。水壁を張る』
ゆらりと周辺の魔力が一瞬不安定になったのを感じ、吹き出すように分厚い水壁が出現する。フィオナに向けて魔術を放っていたボス個体が、出現した水壁に攻撃を止める。周辺のウェア・ウルフたちはパニックを起こしたように、水壁に吠え始めた。
「さすがの精度ね、ヒース……」
残りのウェア・ウルフたちをしっかり囲い込んだ水壁に、フィオナは上空の風に煽られて炎のように薔薇色の髪を靡かせながら、ゆっくりと口角を上げ両腕を広げた。
『おい……フィオナ……お前、まさか……』
滑り込んできたレオンの声を無視して、フィオナは睨みつけてくるボス個体を見下ろすと、広げていた両手を正面で握り合わせた。
『魔獣如きが私に逆らったことを後悔するといい……業火!!』
水壁内部にじわりと滲むように火炎が渦を撒き始め、熱風を吹き上げながら勢いよく火力を増していく。ボス個体が怒りの咆哮を上げ、無属性の魔力の塊がフィオナに向けられる。フィオナは薄ら笑いを浮かべながら、指をクイっと上に上げる。呼応するように正面の火が燃え上がり、飛んできた魔力を飲み込みフィオナは高笑いを響かせた。
「あー……だめだな。ありゃ、完全にキレてやがる……」
ファリオルが騎士団が呆然と高笑いするフィオナを見上げる中、呆れたように髪をかきあげ空中でドン引きしている飛空部隊に声をかけた。
『おい、リード。状況を報告しろ』
『あっ……はい! フィオナ様は高笑いを続けながら、業火の火力を増し続けております。包囲網はジリジリと中央に向かって規模を縮小中。残党のウェア・ウルフと一緒に森林ごと焼き払われています……』
通信の報告にレオンがチラリとヒースを見やった。
「……なあ、ヒース。水壁、高くしておいた方がいいじゃないか?」
「そうだね……」
ヒースが眉尻を下げながら業火の火炎の炎に沿って、水壁の範囲を狭めながら高度を上げる。
『リード、そのまま待機しながら、ボス個体の位置を随時報告してくれ』
『は、はい! 包囲網縮小中。ボス個体はやや南西の岩場に移動!』
上がる火柱が範囲を狭めるたびに、断末魔と生木がミシミシと音を立て倒れる地響きが続く。その頃になると騎士団は完全にドン引きしていた。
『業火、ボス個体に接触します』
『レオン!』
リードの報告の声に続き、やや高度が下がったフィオナが叫んだ。
『了解』
レオンが大きく息をつき、雷撃を放った。それと同時にファリオルが愛馬に飛び乗り走り出す。レオンの放った雷撃は水壁と火柱となった業火を真っ直ぐに貫き、次いで悲痛な咆哮が響き渡った。魔力限界の近いレオンの額から汗が流れ落ちる。
『雷撃、右胸部に命中! 損傷甚大!』
『ヒース!』
フィオナの叫びに聳え立っていた水壁が中央に向かって倒れ込む。ジュワッと音を立てながら、煙をかき消すように水蒸気が立ち上った。未だボス個体の咆哮は続いている。その咆哮の合間から蹄の音が接近していた。
『これで止めだ!』
ファリオルが馬上から咆哮を上げるボス個体に飛びかかり、魔剣に刀身に発現させた水の刃を突き立てる。一際甲高く断末魔が響き、シュウシュウと音を立てながら、ボス個体が蒸発を始めた。
『……ボ、ボス個体、討伐確認……残党ともに壊滅しました……!」
リードの報告に治療を受けていた騎士団が立ち上がり、神官も一緒になって歓声を上げた。
「あんまり人間を舐めないでよね……」
その歓声にニヤリと笑みを浮かべながら、魔力切れ寸前のフィオナもフラフラと地上へ降下する。
節約しようとピクニック気分で出発した探索は、まさかのブースト発生の事態に遭遇し、森林地帯の一部を焼け野原にする暴挙とともに幕を閉じた。
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