第33話 時は金なり



「「……ごめん!!」」


 顔を合わせるなりフィオナは勢いよくレオンに頭を下げた。てっきり怒っていると思っていたレオンにも同時に謝られ、驚いたように顔を上げると目が合った。慌ててもう一度頭を下げ、結局レオンと謝罪合戦へと発展していく。


「エディさんが説明してくれた。俺、事情を知りもしないで感情的になって……!」

「そんな! 完全に私の都合だし! 最初から説明しておくべきだったのに、私はちゃんと伝えてなかったから……」


 怒ってはいない。それがわかってほっとしながら謝っていると、ヒースがやや呆れたように割って入った。

 

「はいはい。いつまでそうしてるの? 二人ともごめんねしてもう気が済んだでしょ? 不毛に謝り合ってる時間がもったいなくない?」

「まあ、そうだけど……」


 子供の喧嘩の仲裁をするようなヒースの態度に、フィオナとレオンは謝罪をやめて顔を上げた。視線が絡んで苦笑を浮かべ合い、もう一度謝罪を伝え合うとようやく謝罪合戦が終息する。ニコニコとエディにお茶を勧められ、改めてソファーに座り直した。


「……じゃあ、とりあえずこの件はローラン教授が戻ったら、フィオナはちゃんと話をするってことで解決!」


 偉そうにまとめたヒースにフィオナは渋々頷く。にっこりと笑みを浮かべて、ヒースがレオンを振り返った。


「で、刻印魔石に関しては王宮の技術部が引き継ぎして、魔獣討伐実習に関しては実技教授たちと騎士団が詰めてくってことでいいね?」

「ああ、奨学金制度に関しても草案通りで今のとこは特に変更はないな」

「そうね。教授たちからも特に反対はないわ。後から細かい修正は入ると思うけど、まずは資質よりも経済状況を重視する運用にするつもり」

「大幅な変更がないなら、学園の事務局と王宮の戸籍窓口との連携ってことで今のところ大丈夫そうだね」


 取りまとめに頷き合うと、レオンはソファーの背もたれに寄りかかって安堵のため息を吐き出した。

 

「……王宮と連携できたのはラッキーだったな」

「僕が顔を出した時には嫌そうな顔だったけど、レオンも僕のありがたみがわかったみたいだね」

「いや、急にくるからだろ。最初から新制度の立ち上げに、専門家を引き連れて手伝いに行くって連絡してきてたなら、諸手を挙げて大歓迎してたさ」

「トラブル起きたら時に僕に押し付ければいいんだもんね」

「当然だろ? そういう口実で居座るなら、ちゃんと働くべきだ」


 バチバチと笑みを交わし合うヒースとレオンに、相変わらず仲良しだなとフィオナはお茶を啜った。

 

「……とりあえずあれね。王宮が思わず手伝いたくなるような、私の天才的な発想のおかげで順調に進みそうね」

「天才的って……ま、まあそうだな。俺らもようやく少し手が空くな」

「あ、レオン、手が空くの? じゃあさ、僕も魔術構成見直そうと思うんだけどちょっと手伝わない?」

「は? なんで俺が……」

「フィオナの業火の火力アップって汎用魔術を応用してるんでしょ? 僕もちょっと見直そうと思って」

「いや、だからなんで俺が手伝わないといけないんだよ」


 王宮の協力を得て今までの奔走から解放されそうな余裕に、レオンとヒースがギャーギャーと騒ぎ出した。フィオナはカップを置くと、そんな二人にニヤリとして勢いよく立ち上がって宣言する。


「ヒース、レオン。勝手に手が空いたって思ってるみたいだけど、残念ながらそんな時間ないから!」

「フィオナ?」


 騒いでいた二人がフィオナに振り返り、訝しげに眉根を寄せた。きょとんとしている二人の表情に、フィオナは深々とため息をつく。


「あのね、二人とも。手伝ってくれる人が現れたからって、手が空くわけないでしょ? 学園は現在進行形で赤字なの。やれることは全部やらないと。余ってる時間なんてないんだから!」

「いや……でも、俺たちみたいな素人じゃなく、専門家が進めるんだぞ? 今のところは大してやることは……」

「何言ってるの? やる事だらけよ! 天才的な制度ができても、その存在すら知られてないならないも同然なんだし!」

「それは……まあ、そうだね……」


 戸惑いながら頷いたヒースに、フィオナはふふんと胸を張った。


「でしょ? なら早速始めなきゃ!! 二人とものんびりしてないで手伝って!!」


 ポカンとしている二人を促して、フィオナは早速仕事に取り掛かり始める。勢いに呆気に取られるままの手伝わされるヒースとレオンは、フィオナ脳筋が張り切っている時は危険だと翌日には思い知らされることになった。

 

※※※※※


 抜けるような青空が爽やかな晴天の空の下、輝く太陽よりも明るい声が忙しなく行き交う平民街の人々を振り返らせた。


「皆さんこんにちはーー!! アレイスター学園からのお知らせでーーす! 資料をお渡しするのでぜひ周りの皆さんにもお伝えくださーい!!」


 驚いてビクッと足を止めた人々に、フィオナは満面の笑みでビラを差し出した。


「アレイスター学園で魔術核強化プログラムを開始予定なんです! 奨学金制度も導入する予定もあります! ちょっとでも気になったら気軽に学園を覗きにきてくださいね!」


 目を白黒させている人々にフィオナはビラを強引に押し付ける。受け取らされたビラよりも、人々はフィオナの背後が気になって仕方ないようだった。


『なぁ、アレ……王太子、殿下……だよなぁ?』

『多分……あの美貌に輝かしい金髪は間違いないはず……でもなんで平民街にいらっしゃるの?』

『一緒にいるのってスタンフォードのとこの倅だよな? なんで王太子殿下と一緒にいるんだ?』

『そうね。スタンフォードのとこのレオンよね。優秀で学園に行ってたから、多分その時に知り合ったんじゃない? 友達ってわけではないとは思うけど……』

『アレイスター学園って……じゃあ、あの赤毛の美人がアレイスター家のご令嬢か? イメージと随分違うな……』


 通りかかった人々は遠巻きに見つめ囁き合う。フィオナの元気な声と鮮やかな薔薇色の髪は無駄に目立っていた。しっかりと注目を集められていることに満足して振り返ると、ヒースとレオンは存在を必死に消そうと俯いている。ムッとしてフィオナは二人に喝を入れた。


「ちょっとヒース! レオン! しっかり宣伝してよ! せっかくいろんなことをし始めてるんだから、ここでバッチリ宣伝しておかないと!?」

「それはそうなんだけどね……でも僕さ、王太子なんだよ……?」

「そうだ。俺はここが地元なんだよ……」

「だから?」

「ちょっと目立ちすぎてるし、特定の家門に肩入れしてるって思われるのは良くないというか……」

「……いや、ヒースはちゃんとやれよ? 刻印魔石の技術水準統一と魔獣対策は平民に利が大きい、協力と理解を得るのが不可欠な政策なんだ。王宮全面協力をアピールして王家の支持を上げとけよ。ってことでヒースは頑張れ」


 ニッと口角を上げたレオンに、ヒースはにっこりと笑みを浮かべた。


「そういうレオンこそ頑張るべきだよね? 今まで貴族の巣窟だった学園が、平民生徒の積極受け入れを始めるんだから。地元の有名人のレオンが、賛同と協力してるってアピールは不可欠だよね? つまりレオンの方こそ真剣に宣伝すべきって思うけど?」

   

 ヒースがふふんと顎を逸らし、レオンは吊り上げていた口角をぴくりと引き攣らせる。言い合う二人にフィオナはうんうんと頷いた。


「二人とも、ちゃんとわかってるじゃない! つまりヒースもレオンももっと積極的に宣伝しろってこと! 私のために! ビラを全部配り終えるまで帰らないからね!」


 あと三箱分残っているビラに、ヒースは悲しそうにため息をついた。

 

「……新聞広告じゃダメなのかな?」

「それもやるわ! 新聞を見ない人にも伝えないと!」

「今時ビラって……中央広場の掲示板で十分だって……やり方が脳筋なんだよ……」

「だって文字だけじゃ、この情熱は伝え切れないでしょ! それに……うふっ。さっきから若い女の子達がこっちを見てる。二人からならビラを喜んで受け取ってくれるわ! 二人の美貌は今存分に活用するために、神から与えられたの!! さぁ、やるわよ!!」

「「美貌……」」


 やる気に満ちて拳を握り締めたフィオナに、ヒースとレオンが顔を見合わせた。


「ま、まあ、どうせフィオナは言っても聞かないんだ……やればいいんだろ……」

「そうだね……もう恥ずかしいし、早く帰るには配り終えないとね……」


 ちょっと嬉しげに顔を赤らめてそそくさとビラを配り始めた二人に、フィオナは鼻息荒く満足げに頷いた。本当に役に立つ美貌だ。


「さて、私もやるわよ!」


 再び元気に声をかけながらビラ配りするフィオナを横目に、ヒースはふとビラに視線を落とした。

 

「魔術核強化プログラムって……大丈夫なのかな?」


 一刻も早く羞恥プレイから解放されるために、笑顔でビラ配りに戻ったヒースの呟きはもっと早めにすべき心配だったとのちに気づくことになる。

 


 

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