第37話 すれ違う親子
他を寄せ付けない圧倒的な脚力で、フィオナは私室に駆け込んだ。追いかけていたレオンとヒースは、暴走する最中のフィオナには追いつけず、息を切らしながら私室の扉の前で呼吸を整える。
ヒースがノックもなく扉を開けようとし、レオンが目を見開いてヒースを睨んだ。
「お、おい! ヒース! 勝手に入る気か? 一応女子の部屋だぞ。断りもなく……」
「僕だってフィオナの部屋じゃなかったら、入るどころか近づきもしないよ。
にっこりと笑みを浮かべて、ヒースは躊躇いもなくフィオナの部屋に入っていく。
「……ヒース! 勝手に入ってこないで!」
すかさずフィオナの涙声と一緒に、ふかふかの枕が飛んでくる。ヒースは慣れた様子で枕を叩き落とし、構わずずかずかと部屋に入っていった。全く気にする様子もなくむしろ部屋の主ばりに堂々と踏み込んでいくヒースに、レオンは逡巡しながらも部屋に踏み込んだ。意外にも花の香りがする部屋に緊張しながらも、ここで遅れをとるまいとヒースの後を追う。
「入ってこないでって言って……! ……え、レオン……!?」
第二弾の枕を投げつけようと顔を上げたフィオナは、ヒースの後ろにいるレオンの姿に手をとめた。振りかぶっていた枕を手放し、慌てて涙を拭うことを優先するフィオナにレオンは少し悲しくなった。
「今回も怒っちゃったね。でもフィオナにしては頑張ったと思うよ」
フィオナが一生懸命涙を拭う間に、ヒースは優しく声をかけながら隣に座り込んだ。ベッドの上で近すぎる距離に、レオンはギョッとしてヒースを睨んだ。ヒースはレオンに見もせずに、フィオナの頭をそっと撫で始める。
「……ど、どっから見ても不気味すぎる呪いの面までは我慢してた。お、俺も頑張ったと思う」
離れる気配のないヒースを見切り、レオンも覚悟を決めてフィオナの隣に腰を下ろす。
「……お父様のお土産はいつもあんな感じよ」
フィオナはヒースとレオンに、毒気を抜かれたようにしょんぼりと肩を落とした。近すぎる距離は特に気にならないらしい。
「いつもなのか……」
「教授のセンスって昔から独特だよね……だけどね……」
「わかってる……病気しないようにって気持ちで買ってきてくれたんだって。でも……」
「うん。まあ、僕もまさかの常時携帯推奨なのには驚いたけどね」
「アレを常時携帯してたら通報されるだろ……」
フィオナは二人の言葉にちょっと笑った。
「思わずお父様の目の前で投げ捨てちゃったのも許されるデザインだったよね……」
そう言ううちに語尾が震え、フィオナは慌てて顔を伏せた。
「手紙ってさ、そんなに大変? 連絡を入れることってそんなに面倒? 毎日しろなんて思ってない。ただ半年も寝込むほどの病気の時くらい、連絡するべきだって思うのはおかしいこと? 知らないままなら会いにも行けない……知らないままお母様の時みたいに……」
その先は言葉にならなくなったフィオナが、グスッと鼻を啜った。レオンが顔を伏せてフィオナの震える肩に、思わず手を伸ばしかけた。それを阻むようにヒースがスイっと腕を回し、フィオナを軽く引き寄せる。
「フィオナは? 大変だと思う? 連絡一本入れることが面倒だと思う?」
「私は……」
「僕はそんなことないけどね。でもローラン教授がどうかはわからない。それは本人に聞かないと」
ヒースの言葉にそろっと顔を上げたフィオナに、ヒースがにこりと笑みを浮かべる。続けて何かを言おうとしたヒースの腕をフィオナの肩から振り払い、レオンがフィオナの頬に手を伸ばし顔を向けさせた。
「フィオナ。あのやばいお面を一回は我慢したのはなんのためだ? まんま伝えればいい。怒ってもいいから逃げ出さないで、最後まで話せよ。そうしないとローラン教授は、いつまでもフィオナの気持ちがわからないままだと思うぞ」
「レオン……私……」
頬に感じるちょっと冷たい指先と、真摯な眼差しがレオンの真剣さを伝えてくる。その気持ちがジワリと沁みてきて、礼を伝えようとしたフィオナは、もう片方の頬を伸びてきたヒースの手に引き寄せられる。ぐいっと顔を向かされ、視界がレオンからヒースに変わった。
「そうだよ、フィオナ。なんで連絡をくれなかったのか。フィオナがどうして欲しかったか。ちゃんとローラン教授に伝えないとね。責めないことには失敗しちゃったけど、しなきゃいけないのは対話だから。言い逃げしないで、今からでも話をすれば大丈夫」
「ヒース……そう、だよね……私……!」
言いかけたフィオナの言葉は、ムニっとレオンに頬を引き寄せられて途切れる。そのままレオンに向きかけたフィオナだったが、ヒースが添えている手が力を込めてそれを阻止した。その瞬間レオンの手にも力が入り、ヒースに向きかけた顔は両方からの圧迫で正面を向く。二人がお互いに全く力を緩めないせいで、フィオナの唇がむにゅっとアヒルのように突き出される。
「レオン、手を離してくれる? 僕、まだ話してる最中だったんだけど? ほら、フィオナがアヒルみたいになっちゃってるから」
「いや、先に話を邪魔したのはヒースだろ? フィオナがアヒルになってるのはヒースのせいだ。手を離せよ」
「いやいや、ここは昔からアレイスター家の事情も、フィオナのこともよく知ってる僕に任せてくれればいいから。よくわかってないレオンは引っ込んでて」
「学園の経営にも関わる問題なんだ。フィオナの私設秘書が蚊帳の外にいるわけにはいかないだろ? 学園経営に関係ないヒースこそ引っ込んでろよ」
言い合いを始めた二人に頬をグイグイと引き寄せ続けられて、正面を向いたままフィオナの唇はアヒルを通りこしてタコになっていた。止めようにも言葉も話せない上に、ほっぺたの痛みも限界に近くなったフィオナは、二人の手を振り払うように勢いよく立ち上がった。
「手を離すのは……二人ともよぉーー!」
びっくりしたように目を丸める二人を睨みながら、フィオナは痛む頬を両手でさすった。
「両方からグイグイひっぱられたら、タコの口になるってわからない? なんなの? 嫌がらせなの? 私を変な顔にして楽しいの?」
むすっとしながら頬をさするフィオナに、ヒースとレオンは顔を見合わせておかしそうに歪む口元を必死に引き締め始めた。
「ごめん。嫌がらせなんかじゃないよ。つい、力が入っちゃっただけ。フィオナを励ましたかったんだ……」
「そうそう。慰めようとして……ぷっ……悪かったって。変な顔にしようとしたわけじゃない」
「…………」
二人が本気で心配しているだろうことはわかっているフィオナは、ムッとしたまま頬をさすった。わかっていても痛いものは痛い。
「それでフィオナは、もう一度ちゃんと教授と話すよね?」
「まさか一回失敗したからって諦めないだろ?」
「…………」
言い逃げしたことはなんでもないかのような、二人の態度にフィオナは視線を伏せた。
「でも……」
また失敗するかもしれない。今度はもっとひどいことを言ってしまうかもしれない。それこそもう修復できないほど。不安そうに俯くフィオナに、ヒースとレオンがベッドから立ち上がった。
「考えてから行動するなんて、
「フィオナはいつだってまず行動、だったろ?」
「うん……でも……ううん、そう、よね……? やってみないと何も変わらないわよね……」
自分に問うように呟いたフィオナに、ヒースとレオンがにっこりと笑みを浮かべる。
「失敗してもめげないのがフィオナのいいところだよ」
「始めたらいつもやりきってた。何かあっても必ずなんとかしてきた。それがフィオナだ」
「う、ん……そうよね……まずやってみてからよね……そうよ。一回の失敗でめげてるなんて私らしくない!」
「「そうそう」」
二人かかりで調子に乗せると、フィオナは信じられないほどのチョロさで元気を取り戻し始めた。
「私! もう一回お父様に自分の気持ちをちゃんと話してみるわ!」
キリッと顔を上げて完全復活したフィオナは、気合を入れて踵を返すと扉に向かって突撃していく。その後ろをやれやれとヒースとレオンがついていく。
しかし気合を入れて突撃したローランの私室前で、エディが申し訳なさそうに眉尻を下げた。
「申し訳ありません……その、旦那様は寝込んでしまわれまして……」
「え……」
娘の拒絶に一発KOされたローランは、すっかり気落ちして寝込んでしまっていた。不屈の脳筋メンタルで再突撃したフィオナだったが、この日もう一度ローランと対面することはできなかった。
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