第29話 奨学金制度と魔獣討伐の現状



 簡単な調査と報告書をまとめて叔父宅に突撃したフィオナは、執務室に通され難しい顔で計画書を眺めるルディオを見守っていた。


「……魔獣討伐実習か……うーん……信じられんな……」


 難しい顔で眉根を寄せるルディオに、フィオナは不安そうに身を乗り出した。


「だめ、ですか?」

「ああ、いやそうではない。奨学金制度はいい案だと思う。そっちではなく魔獣討伐経験がないのが普通だというのがな……皆、刻印魔術の試し撃ちはどうしているんだ?」

「あ、そっちですか。なんか演習場で済ませるみたいです。私も信じられなくて使用人たちに聞いて回ったんだけど、どこの家門は普通はそうだって」

「そうなのか……」


 腑に落ちない表情のルディオに、フィオナも頷いた。アレイスター家では試し撃ちに魔獣討伐に行くのは基本だ。演習場で済ませるのは、どうしても時間が取れない時くらいだけ。対戦も頻繁にしている。戦闘魔術を実際に試さないで習得できた気になれるのは、フィオナにとってもわからない感覚だ。


「父上、それ、騎士団の人手不足のせいでもあるらしいぞ」


 ノックもなく入り込んできたファリオルの声に、振り返ったフィオナは目を丸くした。


「ヒース!? なんでここにいるの?」

「ああ、フィオナがおもしろいことを始めようとしてるってファリオルから聞いてね。学園長、お久しぶりです」

「殿下。元気そうですな。だがもう私は学園長ではないぞ?」

「そうでした。ですが僕の学園長はルディオ教授でしたので」

「そうだな」


 びっくりしたように挨拶を交わすルディオとヒースを横目に、フィオナはファリオルを睨みつけた。

 

「ちょっと、ファリオル! 叔父様に送った計画書を盗み見たの? なんでヒースに教えてるのよ!」

「別にいいだろ? 魔獣討伐実習で儲けて奨学金制度っていい案だと思うし、騎士団も無関係じゃない」

「は? 計画書見てないの? 魔獣討伐実習はアレイスター騎士団と教授が引率するわ。そもそも騎士団の人手不足を補う目的でもあるんだから、騎士団は関係ない」

「それが関係なくないんだよなー」


 ファリオルが胸を張ると、後の説明を譲るように大袈裟な仕草でヒースに騎士式の礼をして見せる。ファリオスの様子に苦笑しながらヒースがフィオナに向かい合ってきた。


「フィオナ、奨学金制度すごくいい案だと思う。その資金の根幹となる魔獣討伐実習に関しては、騎士団もぜひ参加させてほしいと思っててね」

「いや、だから騎士団は人手不足でしょ? その解消のためでもあるのに意味がなくなるじゃない」

「うーん、あのね、フィオナ。騎士団の問題は人手不足だけじゃないんだ。騎士たちの経験不足も深刻でね。その原因は魔獣討伐を経験したことのない者が増えてるからなんだけど……」

「あ、うん。それは知ってる。あちこち聞いて回ったの。どこもほとんど演習場の試し撃ちだけで魔術確認を済ませるんでしょ?」

「それなんだけどな、騎士団の人手不足が原因なんだってさ」


 ファリオルが腕を組み、ヒースは困ったように頷いた。


「アレイスター家はピクニック気分で魔獣討伐に行きがちだし、教授たちは金策のために目の色を変えて魔獣を追いかけ回す。だけど普通は不測の事態が起こりやすい魔獣討伐は、王立騎士団に同行の依頼がきて実施されるものなんだ」

「そうなの?」

「らしいぞ。各家門の私設騎士団訓練もなんだと。なんのための騎士団なんだろうな」


 呆れたように肩をすくめるファリオルに、ヒースも苦笑を浮かべる。

 

「でも騎士団は人手不足だから、そういった護衛系の依頼は後回しにせざる得ない。そのせいで魔獣討伐の経験がある家門がほとんどなくなったんだ。結果騎士団に入団してくる新人も、結界外に出たことがない者ばかりになった」

「そうなんだ」

「だからね、魔獣討伐実習に騎士団の新人も同行させて、実戦経験を一緒に積ませてもらえるとありがたいなって」

「あ、そういうこと」

「うん。小隊長クラスの騎士を指揮官として同行させて、あとは実践研修という形で参加させる。共同事業として連携しているなら、学園の奨学金制度への出資も賛同を得やすくなる」

「出してくれるの!?」

「もちろん。こっちとしても利益の大きい制度だからね。騎士団を目指してくれる者が増えるかもしれない。新人教育ができて下位と中位エリアの定期討伐の人員を減らせる。空いた人員を上位エリアに回せるようになる。ゆくゆくは家門の騎士団の訓練との連携もできるようになれば、いいことずくめだからね」

「いいわね! じゃあ……!」

「ただし、引率の総指揮官は同行させる王立騎士団に任せてほしい」


 キッパリと言い切ったヒースに、フィオナは首を傾げた。


「それは別に構わないけど……でもアレイスター騎士団は経験豊富で実力も十分よ? さらに教授たちも同行させれば問題が起こることはないと思うけど……」

「うん。僕もアレイスター騎士団と、教授たちの実力や経験になんの不安もない。問題は別にあるんだよ」

「別に?」

「わからない?」


 きょとんとするフィオナに、ヒースはにっこりと笑みを浮かべた。


「君たちには理性に問題があるんだ。アレイスター騎士団だよ? 学園の教授だよ? もし実習中に希少上位魔獣が出てきたら? 実習中なのに希少魔石だ、大金だって騒ぐ教授を止められる? 珍しい魔獣だって喜んで追いかけ回して、ちょっと反撃されたからってブチギレして深追いしないって言える?」

「そ、それは……でも実習中だし……討伐が初めての生徒だっているし……」

「つい最近、中位エリアを焼け野原にした奴は黙れよ」

「はぁ? 希少魔獣を追いかけ回すうちに部隊を置き去りにした挙句、迷子になって捜索隊出してももらった奴に言われたくなんですけど?」

「いや、希少魔獣だぞ? 討伐するだろ? 過ぎ去った過去を掘り返すな!」


 言い合いを始めたフィオナとファリオルに、ルディオは疲れたようにため息をついた。

 

「……ファリオル、フィオナ、やめなさい。一撃で仕留めない程度の腕前だから、追いかける羽目になって迷子になどなるんだ。フィオナも十倍返しではなく、三倍返しくらいで我慢するようにしなさい」


 合ってそうで合ってないルディオの脳筋教育に、渋々頷いたフィオナとファリオルにヒースは眉尻を下げた。そうじゃない。

 

「……まあ、でもこれで実習の総指揮を任せられないのはわかってくれたよね?」


 しょんぼりと頷くフィオナに、ヒースは苦笑をこぼした。


「じゃあ、今後は実習参加基準とか実習エリアの算定とかに関しては、騎士団側の意見は僕が取りまとめて詰めていくから。これからは毎日フィオナの顔を見れるね」

「……毎日くるの?」

「そうだよ。ふふっ、一大事業だしね」


 いやそうに顔を顰めたフィオナに、ヒースはニコニコと向けていた笑みを引っ込めた。


「あ、そうだ。刻印魔石できたからついでに持ってきたんだ。予備分も用意させておいたよ」

「あ! ありがとう! やったわ! これで教授たちをこき使えるわね!」


 はしゃぐフィオナにフィオナとの対戦以来、汎用魔術に興味津々のルディオが身を乗り出した。


「それはあれか!? 学園維持管理用の汎用魔術の魔石か!?」

「うん! 業者の職人さんたちが教授たちを指導するのに協力してくれることになってて」

「なんと!? フィオナ、私も参加させて欲しい!」


 ルディオの勢いにフィオナは目を丸くした。


「え? 叔父様が? でもアレイスター騎士団の仕事に専念するのでは?」

「汎用魔術の指導を受けるチャンスはそうだろう? ぜひ参加したい!」


 驚いていたフィオナはにっこり笑みを浮かべると、快く頷いてルディオに魔石を差し出した。


「わかりました。では叔父様は学園管理の責任者をお願いしますね。魔石はその旨と一緒に、ルディオ叔父様から教授たちに渡しておいてください。教授たちがサボらないように、しっかりと見張ってくださいね!」

「任せておけ!」


 力強く頷くルディオに、フィオナはニヤリと笑みを浮かべた。

 つい最近まで生徒だったフィオナとは違い、実力を兼ね備えた前学園長だったルディオが責任者になるなら、何かと不満を垂れ流す教授たちも逆らえないだろう。

 大収穫に満足しながら屋敷に帰ろうとするフィオナをヒースが呼び止める。


「フィオナ、屋敷に戻るなら僕も乗せてってくれる? 刻印技術者の件でレオンと話があるんだ」

「……いいけど、奨学金制度だけじゃなくてそっちにも関わるの? 忙しいんでしょ?」

「大丈夫だよ。実は父上もこの案が気に入っててね。最優先するように言われてるんだ。それに下位中位の貴族が嫌がりそうな、すごく面白そうな案件だからね。気晴らしにちょうどいい」


 美しく優雅な笑みを浮かべたヒースに、フィオナはひくりと口元を引き攣らせる。


(……人間はそう簡単には変わらないのね)


 フィオナはヒースの笑顔にノリでちょっと怠け者の貴族たちに、嫌がらせをしてやろうと思ったことを、ちょっとだけ申し訳なく思ったのだった。

 

 

 

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