第28話 一石三鳥



 大急ぎで屋敷に帰り着いたフィオナは、執務室に飛び込むと紙とペンを引っ張り出す。もどかしそうに手を動かすフィオナに、後を追ってきたレオンが戸惑ったように声をかけた。


「おい、フィオナ一体何事だ」

「名案を思いついたの! それも一石二鳥どころか、三鳥四鳥を狙える超名案!」

「名案?」


 フィオナは興奮にキラキラと輝かせた顔を上げ、レオンに身を乗り出した。


「ねえ、レオン。今回の魔獣討伐どうだった?」

「どうって……」

「魔獣討伐初めてだったのよね? 今回経験してもしまた行く必要ができたとしたら、魔獣討伐に参加するつもりはある?」

「そうだな……今回討伐に参加して、放置がどれほどまずい事態になるか実感した。必要になれば参加することに異議はない。もし次があるなら、今回の討伐よりは役に立てると思う」

「そうよね! 今回経験を積んだ分、次はもっとどうすべきかわかるわよね! それに魔石の換金、思った以上の金額だったわよね?」

「そ、そうだな……」

「もしこの先どうしてもお金が必要って時には、魔獣討伐を検討する価値があるほどの金額になったわよね?」

「……フィオナ?」


 何を言わんとしているのか訝しんで眉を顰めるレオンに、フィオナは立ち上がってレオンを見据えた。


「今回の討伐での騎士団の動きをどう思った?」

「どうって……ブースト個体の討伐確認の辺りから一時総崩れしただろ? 正直、危なかったと思う」

「うん。実際危なかったわ。原因はブースト個体討伐で統率された組織的な動きから、奇襲への怒りとパニックで本能的な攻撃に切り替わったことから。攻撃の変化への対応が遅れたの。でも騎士団クラスの実力があれば、すぐに立て直せたはず。原因は単純に人数不足よ。人が少なくて包囲網が不完全で隙が大きかったことと、攻撃を受けた団員に対してフォローに回れなかった」

「そうか……教授たちも王宮付きを目指す生徒が減ってると言っていたな」

「ええ、特に中位と下位の貴族たちは、安全な結界内にとどまる進路を選ぶようになってる。ビースト・アラートが鳴らなくなって、安全神話に腑抜けてるの」


 フィオナが討伐前に見つけた資料を押し出すと、刻印技術者ばかりが並ぶ資料にレオンが渋い顔をした。


「騎士団の人手不足は深刻よ。今回のブーストも定期討伐に余裕を持って人員を避けたら、もしかしたら避けられたかもしれない。でもヒースは強制徴兵を考えていない。生死に関わる問題だから、本人の決断に委ねる気でいるわ。でも現実的に絶対的に騎士団員は足りてない」

「……そうだな。でも徴兵する気がないならどうしようもないだろう?」

「本人の意識が変わったらどうかしら?」

「どういうことだ?」

「討伐に参加して結界内にいれば安全なんて幻想だって理解したら? 今までは遭遇も討伐したこともない魔獣を、もし討伐する成功体験を得る機会があったら? 魔石は意外とお金になるってわかったとしたら?」

「フィオナ?」

「レオンも言ったよね? 今回の討伐経験で、危機感を持った。次はもっと上手くできるって。まさにそれだと思うのよ。現実を知らないから安全だと信じ込める。見たこともないから必要以上に恐ろしいものだと思い込む。なら実際に体験してみたらいい」

「おい……まさか、魔獣討伐経験をさせようとか思ってるのか?」


 喉ぼとけを上下させたレオンに、フィオナはニッと笑みを浮かべた。

 

「そのまさかよ。学園に実地訓練として、結界外の魔獣討伐を取り入れる。そうすれば騎士団で手が回らない分を、学園の実地訓練で補えるようになる。討伐経験で意識を変えて、王宮付きを目指す生徒が出てくるかもしれない。元々騎士団を目指す生徒なら、討伐経験をもつ人材として早くに戦力になれる」

「ああ……そうだな! 経験のあるなしじゃ、雲泥の差がある!!」

「それだけじゃないわ。魔獣を討伐すれば魔石が手に入る。換金すればそこそこの金額になるわ。その資金は平民のための奨学金制度に利用するのよ! そうすれば資金に余裕のない平民でも、学園での教育を受けやすくなると思うの! 生徒数問題も解決できるわ! どう思う?」

「……フィオナが考えたのか? 脳みそが筋肉なのに? 魔獣討伐の時にでも入れ替わったわけじゃないよな……?」


 一石二鳥どころか三鳥四鳥だろうと、ドヤ顔を向けていたフィオナは不満そうに鼻にシワを寄せた。


「何よ! メリットだらけの最高の改革案じゃない!」

「ああ……本当にな。あえて懸念点を挙げるとしたら、生徒の結界外活動に同意を得られるか。それと奨学金資金の不安定さか……魔獣討伐の経験を得ることを主眼に置くなら、魔石の相場に資金力が左右される」

「同意はいけると思うのよね。なんと言っても天下のアレイスター。王国屈指の魔術師の教授陣の引率を確約すれば、少しは安心できるはず」

「まあ、そうか。平民の生徒も討伐に参加させるのか? 平民は汎用魔術が主流なんだ。討伐においてはかなり厳しいと思うぞ」

「参加の方向で考えてるわ。戦闘に関しても大丈夫だと思うわ。戦闘魔術も汎用魔術も同じ魔術。それぞれの刻印魔術が、攻撃手段に転用できるかもしれない」

「まあ、本質は同じ魔術だからな。そうか……学園における汎用魔術の導入は、汎用魔術を新たに開発ってより、刻印魔術の用途を増やして、状況により柔軟に対応できる方向性で考えた方がいいかもな」

「それ、いいわね! 日常にも戦闘にも使える、応用の幅を広げるって感じで! やっぱり平民でも少しは戦闘にも対応できるようにしたいの。結界の安全神話に関しては、アレイスターに責任があることだし……」

「……そうか。魔獣討伐に関してはヒースの協力も得られるはずだ。奨学金の資金についてはどうする? 魔石の相場はかなり変動するだろ?」

「そこよね……安定運用するなら最低ラインを決めて、その金額を下回らないようにすべきだし……」


 考え込んだフィオナに、ふとレオンが修了生の進路資料に目を落とした。じっと資料を見つめていたレオンが、ニヤリと口元を上げた。


「なあ、フィオナ。貴族は恩恵を受けている分、果たすべき責任があるよな? この資料から見ても、上位貴族はその責任を十分に果たしているし」

「うん、全くその通りよ! それなのに中位、下位の貴族連中はなんなのかしら! 魔石を回収してくる騎士団の人数が足りないってのに、刻印技術者ばっかりいても意味ないじゃない!」


 プリプリと怒り出したフィオナに、レオンはうんうんと頷いた。


「だよな? だからしっかりと責任は果たさせようぜ」

「……どうやって? ヒースは徴兵する気はないのよ?」

「命を賭けるのが無理って言うなら、別のもんを賭けさせたらいい」

「別のもん?」

「ああ。家門ごとに王宮付きとなって貢献すべき人数を決めるんだ。その人数より下回る場合は、金銭でその不足分を補わせる。爵位に対して貢献が不足してるんだからな。その資金を自分たちは避けた騎士団の資金とすべきだが、そこはヒースと交渉して一定額を奨学金に回してもらおう」

「……それって……名案じゃない!!」


 きょとんとしていたフィオナも、意味を理解してニヤリと笑みを浮かべた。


「だろ? ついでに本当に刻印技術者として、貢献できているかも証明させるといいかもな? 大人気の刻印技術者なんだ。そろそろ品質の均一化を可視化したほうがいい。等級づけするなり技術力がわかるようにしてな」

「ふふふ……そうね。日頃、貴族であることを誇りにして、多大な恩恵を受けているんだもの。当然それ相応の実力を証明できるはずよね」


 フィオナとレオンは金貨をむしり取るばかりか、ついでに嫌がらせする気満々でニヤつく顔を見合わせた。


「大雑把な技術等級の基準が必要だな。フィオナ、俺はちょっと平民街まで行ってくる」

「わかった。私は叔父様に魔獣討伐実習について相談してくるわ!」

「了解!」


 魔獣討伐から戻ったばかりなのに、疲れなど吹っ飛んだように、バタバタと早速仕事に取り掛かり始めた。


※※※※※


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ようこそ! アレイスター魔術学園へ〜脳筋令嬢の学園再建奮闘記〜 宵の月 @yoinooborozuki

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