第13話 赤龍の再来



 王国内で「飛空」の魔術を刻印しているものはほとんどいない。

 理由は術式が膨大であること。最上級の魔石でなければ刻印できないほど、術式が大きく刻印してしまうと他の魔術を圧迫する。そしてもう一つは魔力消費の膨大さ。術式容量だけでなく消費魔力もバカにならない飛空は、発動してもあっという間に魔力が枯渇する。

 それでも貴族たちは「飛空」の刻印魔石が出回ると聞けば、資産をかき集めてオークションに参加する。それはなぜか。理由は単純、「最高にかっこいいから」だ。浮遊でただ浮かぶだけではなく、自由に飛べたら超かっこいい。

 そんな理由で使い所があんまりない、でも所持してたら最高にかっこいい三大魔術の一つを、フィオナはずっと刻印している。理由はもちろん、超かっこいいから。


「フィオナ……! この私を相手にまだ飛空を刻印したまま挑むとは! 叩き落としてやる!!」


 威力は抑えつつも浮かぶフィオナに向かって風神を乱発し始めたルディオに、


「ルディオ叔父様、叩き落とすのでは? 全然当たる気がしなんですけど? 老眼でよく見えないんですかー?」


 フィオナは高笑いしながら空中をちょこまかと飛び回りながら避けていく。

 

「これはむかつくな……」


 飛び回るフィオナに、ファリオルが顔を顰める。レオンも渋い顔で頷いた。


「はい。本当にあれ、むかつくんですよ……」


 飛空魔術を刻印するアホはいない。だからこそ一度飛空されてしまうと、地上との目測のズレで狙いを定めるのが難しくなる。その上フィオナは攻撃を交わすたびに、ドヤ顔してくるので非常にうざい。


「フィオナのやつ、もう飛空を発動してるが魔力は保つのか? いくらなんでもちょっと早いだろ……」


 フィオナの魔術核は非常に優秀だ。飛空を刻印しても必殺魔術も刻めるほどの容量があり、膨大な魔力蓄積と高い魔素変換効率を誇る。性格に見合った脳筋魔術核だが必ず限界はくる。威力が落ちた風神と呼応するように、フィオナの飛空高度も少し下がって見えた。

 

「……準備してるんですよ」

「準備? あ、まずい! 直撃するぞ!」


 ブチギレしているルディオが叩き落とそうと乱発する風神の一つに、進路を阻まれ避けきれず飛空するフィオナに直撃する。うわっと観客席から上がった声に、ファリオルも痛そうに顔を顰めた。レオンだけは真っ直ぐに見つめたまま、猛烈に渦巻く空気の塊を見つめる。


「もう、最初の勢いはない……それにコツは掴んだよな? フィオナ」


 そっと呼びかけるようなレオンの声に応えるように、空気を切り裂く甲高い炸裂音が響き渡る。最初の風神より早く魔力の渦は消え、ガッチリと両腕で防御姿勢を取った、無傷のフィオナがニヤリと笑みを浮かべた。ルディオの瞳に衝撃の色が灯る。


「……また防いだ!! おい、レオン君! マジでどうやってるんだ!!」


 目を見開いているファリオルに、レオンはニッと口角を上げた。


「防げないなら、いなせばいい。逆らわずに委ねて耐え忍ぶ。自然の脅威への対処と同じですよ」


 螺旋を描きながら巻き上がる上昇気流が、全てを巻き込み弾き飛ばしながら飲み込んでいく竜巻。風切りはその原理を魔力で再現している。魔力に風属性を付与して、術式で制御して。


「風神は威力が桁違いなので、別魔術で止められないし防げない。潰されるだけだ。自然災害と同じ。なら対処法も同じです。逆らわずにいなして耐えるしかない。フィオナが発動してるのは「送風」です。威力も回転もしょぼくても風神と同じ風属性。あの炸裂音はフィオナの送風と、学園長の風神がぶつかる音です」

「ああ、そうか。同属性魔術ならより威力の高い方に取り込まれるからか……じゃあ、フィオナは発動でできる隙間を利用して、風神の中心に潜り込んだのか」

「はい。風神は渦巻く風の柱。台風の目と同じですからね」

「なるほどな。中心で同属性の魔術を吸収させながら、風神の終わりまで耐えてるのか。フィオナの魔力量なら問題ない」

「……はい、でも」


 言葉を切ったレオンはちょっと眉を顰めた。またしても凌がれたことに、子供のように地団駄踏むルディオをニヤニヤ見下ろすフィオナを見つめる。切れた左頬からは、最初の風神で切れた頬がまだ血を流していた。


「……最大威力の風神は、さすがに完全にはいなせなかった……」

「いや、十分だろ!? 父上の風神を喰らって倒れなかったんだから! そっか……いなすねぇ……そんな方法が……」


 ぶつぶつ呟きながら考え込んだファリオルに、さすがフィオナの従兄弟だと苦笑した。風神対策を練っていた時のフィオナと、全く同じ反応をしている。

 魔術特化型頭脳のアレイスターらしく、少ないヒントで正解に辿り着いて見せる。問題はまず相手の魔術を完璧に潰すことを前提にしている脳筋ということ。言われないと「いなす」という発想がないところまで全く同じだ。


「いや、さすが理論首席……父上が君の入学を喜んでいた理由がよくわかったよ」

「学園長が……?」

「ああ、優秀な生徒が来たとご機嫌だった」

「そう、ですか……」


 そんな風に自分を認められていたと知って、レオンは少し申し訳なくなって演習場を振り返る。

 演習場ではルディオが真っ赤な顔で怒り狂って、空中から「火球」を時々打ち込んで、挑発しているフィオナに拳を振り回していた。そうなるように手を貸したのは、他でもないレオンだ。


「発案はレオン君なんだろ? 真っ向勝負が取り柄だったフィオナに、頭脳がつくならマジで初勝利もあり得そうだな!」

「……風属性付与はフィオナが言い出したんですよ」

「フィオナが? 風属性を? なんで?」

「元々は別の目的のために言い出したんです……それでちょうど風神の防御にも使えるって……って、ああ、フィオナの準備が終わったみたいです」

「準備?」


 飛空しながら「火球」を時々打ち込んで、ますますルディオをキレさせていたフィオナが、太陽を背に薔薇色の髪を靡かせてニタリと笑みを刻んだ。ルディオは演習場の左端に追い詰められている。逆光を背に笑うフィオナに、ルディオが驚いたようにゆっくりと目を見開いた。


「……姉、上……?」

「ルディオ叔父様、地面の砂を数える準備はいいですか? これで終わりです!!」


 すっと両手を合わせた手を前に出すフィオナの発動動作を、ルディオは雷に打たれたようにただ見入っていた。

 

 「「業火」!!」


 すううと大きく息を吸い込んだフィオナが、突き出した手を開き高らかに叫んだ。その瞬間、差し出した両手から、フィオナの必殺魔術「業火」が二匹の龍のように絡まりながら、真っ直ぐにルディオに襲いかかった。


「おお! やっと勝負に出たか! 業火はいつ見てもかっこいいな!」

 

 興奮気味に身を乗り出したファリオルに、レオンは引き攣った愛想笑いを浮かべた。全く叫ぶ必要のない術名を叫ぶのがかっこいいと思う感性は、アレイスターに共通しているらしい。レオンには存在しないセンスだ。


「あぁ……! くそ、だめか……」


 真っ直ぐに飛び出した二匹の絡みあう炎龍は、ルディオの繰り出した水壁に阻まれる。シュウーという音と共に、盛大に上がる水蒸気に会場にも落胆のため息が漏れる。


「いいえ、これからです。そのための飛空と風属性ですから……!」


 レオンが身を乗り出すようにして演習場を見つめる様子に、ファリオルも頭を抱えるのをやめて演習場に顔を上げた。


「……ふふっ……! 甘いぞフィオナ。その程度の業火で叔父さんを焼こうとは! 赤龍姉上に毎日燃やされていた私が、この程度の業火で……!」


 ルディオの勝ち誇った声を遮るように、フィオナが左手を垂直に薙いで叫んだ。


「……からのぉー……「炎舞」!!」


 絡まりながらルディオを貫こうとしていた炎が、フィオナの声に反応するようにするりと解け、水壁を取り囲むように円を描き始めた。予想外の動きにちょっとびっくりしたように炎を見つめていたルディオが、絡みを解いて勢いの衰えた炎に笑い出した。


「なんだフィオナ、この程度の火炎で包囲したつもりか?」

「まさか! この程度で叔父様を閉じ込められるとは思ってませんよ。せめてこれくらいじゃなきゃ!」


 言い終えると同時に左手を勢いよく掲げたフィオナに、呼応するように観客席に熱風が迸る。顔あげた時には演舞場には、水壁を嘲笑うように火柱が聳え立っていた。


「火力が……上がった……!! すげぇ……まだ魔力が残ってるのかよ……だが、まずいな結界が壊れ始めてる……」


 ファリオルが渋い顔をしていたが、カッコイイポーズを決めたフィオナは、アドレナリン全開ですの顔で口角を上げている。

 

「……さぁ、行きますよ、ルディオ叔父様……!」


 天を舐める蛇の舌のように揺らめいていた炎が、ゆっくりと時計回りに回転を始める。回転速度が上がるたびに火力は増していき、渦巻く熱風がフィオナの薔薇色の髪を巻き上げ、炎のゆらめきのように靡かせた。


「ぐっ……!! 風属性を加えたか……!」


 今までただ高出力の魔力に火属性を付与するだけだったフィオナが、風属性を取り入れたことにルディオが顔を歪めならも楽しそうに吠えた。炎の熱だけでなく、噴き上がる熱風にも炙られながらルディオが歯を食いしばる。


「確かに熱風の分、攻撃力は上がるな! だが私の水壁を破るほどではない!」

 

 取り囲む炎の渦は厚みを増しながら水壁に迫り、ジュッといういう音と共にとうとう接触する。渾身の力で抵抗するルディオに、紫の眼に炎が反射して爛々と燃える瞳でフィオナがニヤリと笑みを作った。


「熱風を起こすため? いいえ、ハズレです。ここまできてさらに水壁を厚くするのはさすがですが、汎用魔術を理解していない叔父様に勝ち目はありませんよ……」


 勝ち誇ってドヤ顔するフィオナに、レオンはぴくりと眉を引き攣らせた。ちょっと前まで自分もそうだったくせに、もう熟知しているかのような物言いだ。

 食い入るように演習場に身を乗り出していたファリオルが、眉根を寄せる。


「……汎用魔術……?」

「さあ、叔父様。火力はまだまだ上がりますよ。そのための風属性です……どこまで耐えられるか見ものですね」

「ぐっ! フィオナ! 叔父さんを舐めるなよ!」


 同時に残りの魔力を解放したフィオナとルディオの魔術がぶつかり合い、一気に湧き上がった熱を帯びた突風に思わず顔を逸らした。

 

「まだ火力が上がるのか!? なんでだ!?」


 顔を背けながらレオンを視線を向けたファリオルに、レオンが顔を腕で庇いながら頷いた。


「魔力の少ない平民は、属性の特性を利用して威力を上げるんです。火力に必要なのは空気でしょう?」

「……あっ、じゃあ、火力上げに風属性を使ったのか……!」


 驚愕に口を開けて固まったファリオルに、レオンは笑みで肯定を返した。風属性の魔力を少し追加するだけで、制御と火力は何倍にも跳ね上がる。

 今まで死に魔術だったフィオナこだわりの飛行も、これほど業火の威力を上げるなら無駄にはならない。自身の立ち位置を気にせず、最大火力をぶっ放せるのだから。


「ぐぬぅ……なん、のこれしき……!!」

「い、い加減……倒れてくださいよ!!」


 残りの魔力で全力で押し切ろうとする二人が、食いしばった奥歯から声を軋り出す。


「おい……! やばい……防御魔術を出せ! 結界が壊れるぞ……!!」


 観客席を守る結界は衝撃に歪みを大きくして、漏れ出る熱風は勢いを増している。


「フィオナ……!! 押し切れ!!」


 レオンが叫んだ瞬間、ドンと演習場全体を揺らすような衝撃と共に、二人の魔力の均衡が崩れ去った。しんと一瞬静まり返った演習場に、どさっと鈍い音が響き甲高い声が響き渡る。


「ルディオ……!」


 ローザの声にハッとしたように、観客席に避難して呆然としていたキルケが走り出す。

 場外に投げ出されたのはルディオだった。真っ向勝負の決着は、宣言通りフィオナがルディオを地面に叩きつけて終わりを迎える。


「……フィオナが……勝った……」


 誰かの呆然としたつぶやきに、徐々に覚醒が広がり歓声が上がった。フィオナがその声に飛空したま、残火のようにゆらめく炎を背にしてゆっくりと振り返る。

 薔薇色の髪は風に煽られて舞い踊る火のように乱舞し、ゆらめく炎が反射する瞳は輝きを増している。目があったような気がしたレオンは、呻くように小さく嘆息した。


「あぁ……」


 綺麗だ。


「……赤龍を従えてるみたいだな……まるで一族最強の赤龍のエレイン叔母上の再来だ……」


 ファリオルの震える声での呟きに、熱風のせいかレオンは目の縁がうっかり熱くなった。笑みを浮かべたフィオナは勝利を宣言するように、天高く拳を突き上げ笑顔のままゆっくりと傾いでどさりと演習場に墜落した。


 

 

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