報いを受けろ!

「おじ様、反省してください」

「大変申し訳ございませんでした……」


 姉妹の感動のサッカー対決からはや2週間が経過したその日。俺はすっかりきれいになった居酒屋『郷』の床で正座していた。目の前に仁王立ちするのは若干隈が出来たアヤメちゃんだ。柱に隠れるシゲヒラ議員はきらきらとした目でこちらを見つめてくるが、別にそういうプレイでは無いので勘弁して欲しい。


 それはさておき、正座させられている理由は簡単だった。


「『実験場』は様々な企業が秘密裏に実験を行っているんですよ、おじ様。私がなんとか隠蔽したから良いものの、もし隠しきれなかったら今頃ここには無数の傭兵が詰めかけています。まったりするのがおじ様の目標だったのではないのですか?」

「返す言葉もございません……」


 俺が戦った『実験場』は、例えば『未来流刑』を執行したように、様々な組織が表に出せない実験や、社内で行うにはリスクがある行為をあそこでやっている。そのためあの場所には数多の秘密施設や機械が隠されていたらしい。


 が、ゴ〇ラの如き熱線で大地を焼き払った結果、色んなものが巻き添えになってしまったらしいのだ。牙統組が上手く隠蔽し、ネゴシエーターのせいにしてしまったから良かったものの、もし俺のせいだとバレたら平穏な暗黒街生活がアヤメちゃんの言う通り終わっている所だった。


 ……うん、昔暴れたとはいえ、緘口令敷かれたこともあって、一部以外は俺のことをしっかり知らないからね。何も理解せず突っ込んで爆死する哀れな兵士が出なかった事だけよしとしよう。


「とりあえずこれで今回の件は終わりと言うことでOKだな?」

「ええ、肝心の制御技術が無くなり、ネゴシエーターが確保していた装置も破壊されたことで時間転移の再現は不可能になりました。よって変な野心を持っていたオーサカ・テクノウェポン社の一派やネゴシエーター達は完全に手を引いた形ですね」 

「まあ奪い合いをしているときに肝心の景品が無くなればそうなるよなぁ」

「因みにネゴシエーターはアメリカの人間、という所までは判明しましたが詳しい所属企業までは判明しませんでした。申し訳ありません」

「いいよ、謝らなくても」


 アヤメちゃんは深々と頭を下げる。まあ俺まだ床に座ってるからアヤメちゃんの方が頭が上なんだけれど。彼女にとっては一番の元凶を捕まえられなかったことが相当悔しかったのだろう。まあ、次に生かして欲しい物である。


 まあそんなわけで、今もトキは緩慢な時間の流れの中で高速で空を飛翔している。もう誰も手出しをできない状態である以上、あとは蜥蜴の尻尾切りが残るのみ。こうして案外あっさりと今回の任務は完了したのであった。


「ちょっと寂しくなってしまったけどな」


 懸命な掃除により原状回復したトキの部屋は、立つ鳥跡を濁さずという言葉を体現している。3階に上がるときに、シゲヒラ議員とトキの会話が聞こえてこなかったり、スーシキゼミの鳴き声が聞こえなくなかったりすると少し寂しさを感じてしまう。


 短い間だったが良き隣人であった。でも、所詮は俺も人間。どうせ1か月もすればトキのいない生活にも慣れてしまい、そのまま思い出すのも忘れてしまうのだろう。まあそれが人間の出会いと別れだ、と言われればそうかもしれないけれど。まあ彼女の未来が明るいことを祈ることくらいしか、俺にはもはやできないけれど。


「そういえば『実験場』でどんな研究してたの?」

「貧民街からさらった子供に違法薬物を投与したり、過剰な身体改造で意図的に自我崩壊を起こしたりしていたようですね」

「じゃあ俺ファインプレーだったのでは……?」


 やっぱり今度ステルスモードで焼き払ってくるべきかもしれない。そんなことを思っていると、店の外から人間サイズほどの大きな箱を背中に括り付けた四つん這い全裸女が現れる。そういやこいつ、アヤメちゃんの護衛を全力でやってたからあんまり姿見てなかったけど、相も変わらず変態プレイを続行中らしい。


「緊縛宅配便ドエムアサルト、ただいま参上です!」

「最悪な宅配便だなおい」


 ドエムアサルトは荒い息を吐きながら、店内で背中の箱を紐解く。箱の中から出てくるのは、凍結された数多の魚たち。ぶり、マグロマン、かんぱち、と多様な魚は、これらすべて漁船『債務者御一行』から届けられたものである。なんか一匹足生えてるけどそれは気にしないことにする。ゴールポストの親戚でしょ、知らんけど。


 そしてこれこそが、今回の一件の報酬であった。


「おおぉ、来たなお魚!」

「おじ様、話を逸らそうとしないで下さい。……まあうれしいのはわかりますけれど」

「添付データは、運用費の請求書と動画データか、どれどれ」


『未来流刑』が終わった後。牙統組を経由したオーサカ・テクノウェポン社の依頼は達成し、『PCW計画』の産物は完全に時の彼方に放逐された、ということでようやく報酬が支払われることになったのだった。中古の船を改造し、船員は債務者から選出して乗せることで、たった2週間の間で準備は完了。今は早速太平洋で魚を獲ってくれている。これにより、ケミカルバー全盛期の23世紀において希少品であり高価だった鮮魚を、直接安価に確保することができるのだ。


 そして請求書に書かれた数字は、信じられないほど安い。石油頼りのエネルギーではなくなったので、21世紀と比べて航海に出る費用が大幅に減ったのは当然と言えば当然だ。ただ人件費の欄に0円と書かれているのは明確に違法なのだが、まあ債務者たちにとっても人体実験よりましなはずだ、見なかったことにしよう。


「これで珍味の原価が下がって利益が出せるようになる……!」

「これで経営改善なのじゃ! 漁船の細かい運用については儂の方で詰めておいたから、安心して今まで通りの価格で珍味を提供してのじゃ」

「……しれっと契約書に危ない文言を仕込んだりしようとしたのに、止めるとは流石シゲヒラ議員。ですがおじ様の隣は譲りません……!」

「アヤメ様、そもそも隣に立てていないと思うのですが……」


 因みに受け渡しの際に契約やらなにやらあったが、面倒なので全てシゲヒラ議員にぶん投げてみた。23世紀の契約書、マジで何書いてるかわかんねえし。今までは何となくでやってきたし、嵌められても暴力で解決してたんだけど、そろそろきちんとこういうのもできるようになっておきたかったんだよな。一家に一台メス堕ち世襲議員。後で契約書のやり取りについて詳しく教えてもらおっと。


 そう思いながら、添付されてきた端末の動画ファイルを開く。一分ほどの動画を開くと、馴染みのあるネットと、荒れた海、その中に浮かぶ船が映る。


『ごめん、サッカーの試合には行けません。今、私は太平洋で魚獲りゴールポストとなっています』

「魚獲りゴールポスト……?」


 画面の中で、ゴールポストが船の先頭に立つ。魚獲り用の大きな網が括り付けられた足の生えたゴールポストは、ネットをはためかせて海に飛び降りた。


『ごぽごぽごぽごぽ! ふり、はぐろはん、あび!』

『カメラ付きの義体で潜ってくれるの、本当に助かるべ! 魚がしっかり網にかかったタイミングで合図欲しいべ!』

『お前ら、気合入れろよ! 今日はバイス班長特製、マグロマンのフライドチキンだ!』

「人なのか魚なのか鳥なのかはっきりしろよ!」


 マグロとか言われると一本釣りのイメージがあったが、どうやら彼らは特殊な電気網を利用して魚を獲っているようであった。


 そう、あのあと捕まったゴールポスト……の操縦者であるソラは、結局漁船『債務者御一行』送りとなった。流石に他国企業と内通して機密を盗もうとした不届き者を、オーサカ・テクノウェポン社が許すわけもなく。かといってトキの遺言を無視するわけにもいかず。


 結果として、牙統組の監視下に置かれて海の上で労役を課される、という形で処遇が決定したのだった。実際に動くのは義体の方だけれど。流石に軽い記憶洗浄は受けさせられて、裏の仕事をした時の記憶は曖昧になってはいるらしい。ただそれ以外の記憶は健在で、未だにタツノオトシゴを見ると変身状態の俺を思い出してトラウマが発症するらしかった。解せぬ。


 まあ折角の機会なので、姉が消えたことによる心の傷を癒すついでに、新たな視点を獲得して欲しい物である。ほとぼり冷めて地上に戻ってきたときに上手くやれるようにね。


「というかモヒカン共も船乗ってるのかよ」

「他の方は希望者だけですが、彼だけは強制ですね。あまりに脱走するので」

「あーでも海だったら逃げ場ないもんな」

「そうですね、脱走が週3まで減りました」

「2日に一回!? 太平洋だよねあそこ!?」


 ぎゃあぎゃあ騒ぎながら、俺はヒラタクワガタを参考にした単分子ブレードを爪上に生成し、冷凍した魚たちをいい感じに分割していく。その上で今日食べる分は解凍の準備をして、他は明日以降の分に回す。


 今回の事件の発端は、居酒屋『郷』の経営が危うい、という問題だった。しかし最も赤字を出していた存在である珍味、すなわち刺身の価格が改善されることにより、俺の財布に光が差しつつあったのであった。


 となればもう荒事は終わり。良き隣人はいなくなってしまったけれど、それでも日常は続く。まったりと居酒屋のマスターとして変態の相手をする日々が、再び始まるのであった。


「それじゃあ、居酒屋『郷』を再開するか!」

「……おじ様、ネゴシエーターの処遇を忘れていませんか?」


 アヤメちゃんはぼそりと呟く。が、それについては問題ない。


「大丈夫だ。あいつにも反省が必要だと思ってな。もう手配してある」






 ◇◇◇◇◇◇







 日本より遠く離れた地、アメリカでネゴシエーターと名乗る男は目を覚ます。そこは衛星を介した遠隔通信用施設。海を隔ててもラグ一つなく義体を動かすために造られた場所である。


 ネゴシエーターと名乗る老人は、身体感覚共有用のプラグを引き抜き、立ち上がる。


「クソ、まさか日本での失敗の後始末がここまで面倒とは思いませんでした……。上層部からの損失の追及に監査部の介入。そろそろこの立場も潮時ですかね」


 彼にとっては今所属している企業すら自身の忠誠を捧げる対象ではない。彼の目的はただ一つ、混沌を生み出すこと。そのために企業に潜入し、立場を利用して日本の『龍』に干渉し、そして失敗した。


 幸いなのは報復を考えなくても良いこと。そもそも義体を使用していたネゴシエーターの特定は極めて難しい。アメリカ国内の企業であれば、輸出記録を賄賂で手に入れて……などすれば、義体の方の販路をさかのぼってネゴシエーターに辿り着くことは可能かもしれない。しかし、牙統組も『龍』も所詮は日本という島国の中の強者。海を隔てたこのアメリカには何一つ彼らの恨み言は届かない。


「『PCW計画』の技術は本物でしたが、『龍』の戦力が想定を遥かに超えていました。次に介入する時は、核の同時点火による焼却も視野に入れなければなりませんね。我らが盟主に伺いを立てておかねば」


 そう、ネゴシエーターはとある組織に所属している。彼はその支援を受けて企業に潜入し、日本に介入し、混沌を引き起こそうとした。ネゴシエーターは端末とケーブルだらけの部屋を、大きく手を広げて歩き出す。


 彼らは、混沌を求めている。彼らは、地獄を求めている。彼らは、誰もが諦めた夢物語に未だに手を伸ばしている。


「ああ、我らが秘密結社イ「どうも、メス堕ち世襲議員メーカーのものでーす」……!?」


 が、ネゴシエーターの思考を遮る変態たちがそこにはいた。いつの間にか、厳重なセキュリティで守られた扉が開かれている。扉の向こうの数人の兵士と研究者の胸元に光るエンブレムは最近話題になっている、メス堕ち世襲議員メーカーのものである。彼らは一切の容赦なく、施設にどすどすと踏み込んでくる。ネゴシエーターは強い口調で制止するが、直ぐにその表情が驚きに染まる。


「あなたたち、誰の許可を得てここに入っているのですか」

「すでに管理企業の許可はとっております。『勝手なことをして損害を与えた者に、弊社が庇う義理などない』とのことです」

「なっ!」


 彼らの躍進は知っている。メス堕ち世襲議員メーカーというと聞こえが悪いが、つまるところ不死計画の副産物。本物の人格移植を行う最先端の新興企業だ。そして何より、顧客のメス堕ち世襲議員達を介して、数多の影響力を行使し始めていたという話は聞いていた。


 だが、一切の脈絡が無い。『龍』との闘い、上層部の追及の回避とメス堕ち世襲議員メーカーのどこに関係があるのか。何故このタイミングで上層部と連携してまで彼らが入ってきたのか。……そこまで考えて、ネゴシエーターは思い出す。そうだ、メス堕ち世襲議員メーカーの長であるアルタード研究員は──


「加えて、『龍』からの警告です。『お前だけ悠々一人だけ逃げるのを許すわけないだろ。まあこれ以上揉めたくないし、アメリカごと火の海に沈めるのは勘弁してやる』」


 ネゴシエーターは楽観していた。まさか『龍』の影響力がここアメリカまで届くことはないだろうと。だからこそ、この事態を想定することはできなかった。


「『でもお前、黒幕の癖にキャラ薄いんだよな。というわけでもうちょっと属性足して出直せ!』とのことです」

「り、理不尽……!」


 確かにこれは警告だ。『龍』の力は、日本国内に留まらない。海外からちょっかいをかければ安全だ、などということはなく。海外だろうと調査を行う能力もあり、必要であれば報復を行えるという誇示。


『龍』の能力をもってすれば距離など関係ない。場所さえ特定されてしまえば、破滅が目の前に顕現する。本人の暴力ではなくメス堕ち世襲議員メーカーを通したのはせめてもの慈悲なのだろう。ネゴシエーターの体が兵士たちにより固定されていく。


 が、『龍』も生ぬるい、とネゴシエーターはほくそ笑んだ。そもそも23世紀、方式は大きく異なるが性転換自体は一般的だ。たかがその程度で『龍』からの報復を回避できるなら、安い物である。




「ご注文を確認します、感度3000倍と強制数式ア○○仕様、加えて各種オプション盛り沢山コースで手術を強制執行させていただきます」

「『龍』──────-!」


 叫びは届かない。そうしてネゴシエーターの姿はメス堕ち世襲議員メーカーの地下にあえなく消えていくのであった。

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