賭博黙示録モヒカン編
「さあ始まるぞ地獄のチンチロ、バイス班長のイカサマを見破ることはできるのか!」
「……読む小説間違えたかな。というかこの時代でもなんでまだチンチロやってんだよ」
「モーヒカン、モーヒカン!」
ここは地下、光の届かぬ吹き溜まり。その一か所に人々の熱気が集中していた……! ぼろ布を着たモヒカンは震える手で賽を投げ続ける。が、勝つことは不可能!
人だかりの中心で、目立つ大男とモヒカンが賽を振る。モヒカンはどんどん顔色が青くなり、手元にあるチップは凄まじいスピードで減っていくのが見えた。
「何見せられてるんだ俺」
ゴールポスト来店の翌日。牙統組の事務所地下。彼らの保有する収容所に俺は入っていた。因みに牙統組はここのことを「刑務所」と呼んでいたがお前らが法を振りかざす側な訳が無いだろう。
この刑務所? にはいわゆる債務者や彼らの言う犯罪者が収容される。ただし罪としては比較的軽度~中度であり、特定の『業務』をこなせば出してもらえることも多い。具体的には抗争の鉄砲玉とか。そういった『業務』をこなし釈放されるまでの間、彼らは爆弾を首に着けてこの地下で生活する、というわけである。そしてまたしても脱走したモヒカンは、今回はここに収容されたと聞いたのだ。
周囲は暗く、まるで洞窟のようだった。ただし脱走防止のために壁はコーティングされ、至る所に監視カメラが取り付けられている。壁には落書きや痰を吐いた跡が目立つ。
「この刑務所から脱出するには100万クレジット必要、だが牙統組の『業務』で貯めるのはかなり厳しい。そこでギャンブル、再配分により脱出のチャンスを増やす、地下賭博、開幕!」
そう叫びながらモヒカンからチップを奪うのは、ランバーよりも巨大な、片腕が銃に置換された改造人間だった。顔には傷がいくつも入っており、その年季を思わせる。バイス班長と呼ばれる彼こそがこの地下を取り仕切る囚人のようで、彼の周囲には幾人もの取り巻きがニヤニヤと笑いながら立っている。
「さあいよいよ種銭も尽きたんじゃねえのか、モヒカン!」
「ぐぐぐ……」
「もうお前の種銭で借金を返せるギャンブルなんて、命がかかったものしかねえもんな! せいぜい最期のチャンスに賭けるんだな!」
今日はモヒカンに話を聞きに来たのに、なんでこんなことになっているんだ。俺はひっそりと近くにいる囚人の一人に聞いてみる。
「おいおい、命を賭けるとは物騒だな。これ、どうしてこうなっているんだ?」
「あんた新人か。ここではさまざまな権利を売り買いしている。バイス班長が管理人に賄賂を贈ることで、見逃してもらえるという仕組みだ。牙統組からしても金を搾取できるし、ムショ暮らしの人間としては娯楽と一発逆転のチャンスができるしwin-winというわけだな」
「本当にこういうのあるんだな、漫画の中だけかと思ってた」
「銃の購入権は200クレジット、ダブルチ〇ポ権は70万クレジットだぞ」
「それは流石に漫画でも見たことが無いぞ!」
どう考えてもこんな場所で増設したら感染症とかかかるだろう。そう話しているといよいよ追い詰められたモヒカンの前に、ボンと骨董品のリボルバーと銃弾が置かれる。ただしその銃弾は特殊仕様であり、確か戦車すら貫くと謳われた代物だ。
時代錯誤だな、と思う一方でこの地下だから当然ともいえる。即ち物資が入手しにくいのだ。だからギャンブルの内容も自然と原始的な物に回帰する。電脳ハッキング対決とかだったらわけわからないから助かるぜ。俺はハッキング(物理破壊)専門だしな。
バイス班長はにやりと笑い、モヒカンの目を覗き込む。
「さあモヒカン、デスゲームに参加するか? 血も肉も臓器も死体も、高く売れるからな。しっかり内通している黒服経由で市場に流してやるぜ」
「ぐ、髪型権を買うためには戦うしかないべ……」
「そんなもののために戦ってたの!?」
悲痛な呻くモヒカンに流石に突っ込んでしまう。まあそうだよな、お前セルフ脱獄できるもんな。でもそんなもののために命かけるなよ。馬鹿と天才は紙一重と言うけれど馬鹿の比率が高すぎるだろ。
俺の声に聞き覚えが無かったのだろう、バイス班長と呼ばれた大男がこちらに視線を向ける。そして彼はにやりと笑った。
「新人か、私語権もないのに喋るなよ。マイナス7000クレジットな」
「何でそんなに上から目線なんだよ。あとモヒカン、お前何でこんな所にいる」
「いやー、25年前とは流石に違ったべ。23層で捕まってしまったべ」
「かなりいい所までたどり着いたな!?」
「おでも依頼を受けて潜ったけど、警備が昔と比べてきついのと何より彼女を持ち帰る方法がなかったべ。あと「アレ」が兎に角鬼門で」
がバイス班長の話は割とどうでもよい。今問題なのはしれっともう23層まで潜入している異常者の方だ。お前本当にどうなってんだよやばすぎるだろ。
あと『未来流刑』が才能をあるものを対象に、なんて聞いたが今回は正に適材適所とも言えるだろう。何といっても経験者。ぜひその経験と知識にあやかりたいものである。穏便な方法(当社比)で要塞を突破できるならそれに越したことはないわけだし。
「おいおい無視するなよ新人。ルール違反は実力行使で分からせないといかんからな」
「モヒカン、もっと詳しく教えてくれるか?」
「立体機動乳首の店に行くお金をくれるならいいべ」
なんでこの状況で強気なんだ、こいつ。一方バイス班長の目はどんどん舐めたものになっている。俺とモヒカンは、この地下で、彼らの権力下であるということすら理解できない低能だと思われているのだ。そんなことはないんだけど。
まあモヒカンから話を聞く必要はあるんだよな。
「お前もあそこのリピーターなのか……。まあいいか、店の金を使いたくないしここで稼ぐか」
「新人。いい判断だ、どのゲームを選ぶ?」
もうこの男には俺のことが完全にカモにしか見えていないのだろう。バイス班長は幾つものゲームを提示する。その中で俺は迷わずゲームを選択するのであった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「地獄のロシアンルーレット! 5発に1発戦車砲、死なずに引き金四回引けるのか!」
「バンバンバンバンバン、はい死なずに4回引き金引いたので勝ち」
「5発打つなよ!?」
「でも死んでないで勝ちね。デスゲームは死ななきゃ勝てるんだよなぁ」
「デスゲームは死ぬからデスゲームなんだよ!」
俺は引き金を下ろし、おでこに出来た弾痕をひょいひょいっと治しながら一息つく。流石に至近距離からの戦車砲は少し跡が残っちゃうな。ほら、腕を枕にして机で寝たら跡つくじゃん。あんな感じ。俺の連勝を見て流石に周囲もざわつき始める。
「『流血麻雀』で何リットル血を流しても死ななかったの、どうなってるんだ……?」
「遺伝子改造なら再生限度や途中でのエネルギー補給が必要なはずだが、何もしてないだと……」
「ざわ……ざわ……」
「デスゲームに一番いちゃいけない人種だろこいつ」
それはそうとして、俺の手元には大量のチップが転がっていた。デスゲームの敗北条件は基本的には死ぬことなので、全部耐えればどうにかなるってジャンケット・バンクで学んだからな。死のリスクを潜り抜けた結果オッズもとんでもないことになっており、モヒカンの僅かな手持ちはいつの間にか何千倍にも膨れ上がっていた。あまりにもな事態に、大男はよろめきながらそれでも威厳を保とうとしてくる。
「お、俺は強盗殺人に加え牙統組の支部を半壊させた戦士だぞ。お前みたいなよく分からん奴には……」
彼にも長年ここの主をやってきたというプライドがあるのだろう。単なる犯罪自慢にとどまらず。ここで法を作りその主になれたという自負は、とても大きなもののはずだ。
「牙統組の本部を全壊させたくらいだな、俺は」
「お世話になっております、必要なものがございましたらいつでもご用命ください」
「変わり身早すぎるだろ!」
が、そのプライドは一瞬で砕け散ったようであった。多分頑張って支部を壊したからこそ難易度が分かったのだろうし、何より『龍』についての噂も耳にしていたのかもしれない。周囲も急な態度の変化に戸惑うが、一方で数人は怯えながら去っていった。意外と広まってるんだなぁ、俺の悪名。
「聞きたいのはオーサカ・テクノウェポン社本社ビル最深層第28機密隔離室についてだ」
「それでしたら私も多少は存じております」
流石に知識は豊富らしく、モヒカンが口を開く前にバイス班長が情報を提示してくる。モヒカンは最近の情報や歴史には疎いだろうし、聞いておく価値があるだろう。オーサカ・テクノウェポン社が誇る隔離室、さぞ素晴らしい歴史があるに違いない。
「あれはオーサカ・テクノウェポン社本社ビルが合体変形していた頃の話です」
「待て待て待て待て!」
本社ビルが合体変形ってどういうことだよ! 変形して飛翔したのは見たことあるけどあれ合体も出来たの!?
俺が慌てる中バイス班長は大まじめに頷く。嘘だろ、合体変形する会社に勤めてる人がたくさんいるのか、23世紀では。会社のPR文に「本社は美しく清掃されており、合体変形することもできます!」なんて書いてあるんだろうか。絶対エントリーシート送りたくねえ。
「最深部は40年前の戦闘時に、戦火を避けるべく合体ロボ『超合金オーサカ』より切り離され射出されました」
「もう滅茶苦茶だよ」
「その際に暗黒街付近に落下し、以降それを防衛すべく増築が繰り返されています。ですので本社ビル最深部ではありますが本社ビルと同じ場所にはありません」
「ややこしいな!」
ま、まあ合体変形とかいう訳わからないワードはさておきとして、一部機密について本部と離した所に置くのはよくある話だったりする。というのも襲撃犯が真っ先に狙う可能性があるからだ。幾ら防衛設備が固くても、物量で押し切られると巻き添えが出るし、何かあった際に一網打尽にされてしまう。
そういった意味では暗黒街は適した場所だ。何かあっても簡単にもみ消せる。だが一方で、作為を感じるのも事実である。機密を隔離するだけなら、他にも山ほど場所があったはずだ。なのにわざわざ俺の近くに彼女を配置したのは妙な話である。
「『PCW計画』を中止したくない派閥の差し金か……?」
「どうされましたか」
「いや、こっちの話だ。それで、モヒカン。どうやって侵入したんだ。あと地図データをくれ、無いなら今作れ。店に行く金やるから。脱走は自腹で頼むぞ」
「了解だべ! ふんふふふ~ん、りったいりったい、立体機動乳首!」
「テーマソング!?」
◇◇◇◇◇◇◇◇
そうやって半日ほど収容所の中で過ごした後、俺は外に出る。黒服のお兄さんたちに挨拶をして外に出るが、日差しが実に清々しい。間もなく夕方ではあるが、夏の日差しはあと1時間くらいは衰えを知らなさそうである。今日はシゲヒラ議員が仕込みもしてくれてるし、さっさと帰って居酒屋で働くか。
「会話を拒否して逃げ出したと思ったら、こんな所に……!」
そう思っている俺の目の前に一人の巨漢が立つ。その男は背は高くないが筋肉質な体つきをしており、整えた髪と髭は男性らしさと高貴さを感じさせる。
そして最大の特徴として、男はバニーガールの衣装を着ていたのだった。
「貴様が父上をメス堕ち世襲議員にした男だぴょんね!」
……見なかったことにさせてくれないか?
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