桃次郎電鉄の時間だ!
「桃次郎電鉄やるのじゃ!」
夜の11時。今日は比較的早くお客さんがいなくなったのを見て、メイド服を着たシゲヒラ議員がそう宣言する。因みに早く帰らせた張本人はこいつだったりする。ちょっと酒を多めに注いだり度数高めの酒をお勧めすることで退店を早めたのだ。無駄にテクニカルなの、ちょっと腹立つな。
「良いでしょう父上、受けて立ちますぴょん!」
そしてそこに登場したのがバニースーツの巨漢、シゲヒラJr.である。初めは何の冗談かと思ったがマジで父と子供らしい。シゲヒラの血はどうなっていやがるんだ。何故か桃次郎電鉄に乗り気なシゲヒラJrに俺は待ったをかける。
「おいぴょん吉、話があってきたんだろ?」
「ぴょん吉……いい名前ぴょんね……!」
「おい嫌味を無視するな、あと早く用事を終わらせて帰れ」
俺はあまりこいつに長居して欲しくない、というのが実情だった。その理由の一つは変態をこの店に集め過ぎたくない、という点である。シゲヒラ議員の時点で過剰なんだよ、変態女装ガチムチバニーガール服次期世襲議員が増えてたまるか。情報量で店が潰れてしまうぜ。
そしてもう一つの理由が、シゲヒラ議員からぴょん吉への微妙な空気感だった。
「……」
そういえば、シゲヒラ議員が肉体換装おじさんになった理由の一つが家と仕事の問題だったな、とふと思い出す。シゲヒラ議員にとっては彼? の存在はもしかしてとても嫌なものかもしれないのだ。
「……よし、三人モードでやるのじゃ」
そういってシゲヒラ議員は店内のモニターにゲーム画面を映し出す。この桃次郎電鉄というゲームは俺の前世でも馴染みのある非常に有名なゲームだ。
桃次郎電鉄とは簡単に言うとすごろく形式で日本各地を走り回り、一番資産が大きいプレイヤーの勝利、というゲームである。その中で止まったマスにより様々なイベントが発生するので、上手く移動方法やアイテムの使用方法を考えなければならないというわけである。
二人は脊髄置換による遠隔操作でコントローラを握る必要はないらしく、俺から見るとまるで超能力かの如く画面を操作していく。とりあえず俺も名前を入力しながら、最速でぶっこんでいくことにする。
「んで、ぴょん吉はなんでそんな恰好をしてるんだ? シゲヒラ家は『伝統的』なんだろ?」
これは俺が思っていた最大の疑問点だった。そもそも女装するという行為この23世紀に許されない異常な家庭だからこそこいつは歪んだ、という話だったと思うのだが。
「その通り、シゲヒラ家の男は『男らしく』振舞うべきぴょん。でも家長がメス堕ちしたことで気づいてしまったのじゃ」
「もう読めてきたぞ」
「女装は男にしかできない最も男らしい行為! シゲヒラ家に訪れる大女装時代!」
「大航海時代みたいに言うんじゃねえ!」
ぴょん吉はそう叫びながら画面に映る自キャラを操作していく。スタート地点は真トーキョーだったが、早速暗黒街に足を踏み入れてしまう。その瞬間、画面いっぱいに8つの首と26本の腕を生やした黒い影が現れる。
『ががーん、正体不明の大怪獣に行く手を阻まれる! 1ターン休み!』
「おー再現度高くて照れるなぁ」
「これマスターなのじゃ!?」
そう、このゲームの最大の特徴は時事ネタをふんだんに取り入れている、ということだ。元になったゲームが当の昔に特許切れということもあり、アップデートは有志の手で行われている。そのため数少ない、企業の魔の手を逃れたゲームとなっているのだ。たまにマジであるんだよ、主人公が手に入れる最後の武器がバリバリ広告の商品でげんなりすることって。しかもガチの銃。
以前プレイしたのは旧版だったし一人プレイだから遭遇できなかったけど、マジで反映されてることにちょっと感動を覚える。母ちゃん、俺ゲームに出演したんだ。腕が26本? それは見なかったことにしてくれ……。
それはさておきと俺も自分のターンになり、移動を行う。さっそく向かったのは暗黒街の外れにある『実験場』と呼ばれるところだ。ここは現実では色んな激ヤバ廃棄物が放置されている超危険ゾーンなのだが、同時にそれを利用して人に知られたくないナニカを試していることも多い。そのためかこのゲームではランダムでイベントが発生するゾーンとなっていた。
『悪徳企業の範囲攻撃に巻き込まれる! 7マス戻る!』
「……儂がいない間、家はどうじゃった」
俺がそうやってプレイしている合間に、シゲヒラ議員はぽつりと呟く。確かにお前そうだよな。ここでまったり居酒屋店員していてはいけない立場の人間じゃねえか。職務放棄してそのまま逃走した奴なら、むしろ力づくで取り戻しにきても当然だ。そう考えれば、ぴょん吉が訪れた理由も分かるというものだ。
「いえ、別に問題なかったですぴょん。むしろ家の中の空気は和らいでいますぴょん」
「そ、それはよかったのじゃ……」
「ええ……」
あまりにも酷い言いぐさであるが、シゲヒラ議員は否定せずにがっくりと肩を落とすだけ。そこは反論しろよ。昔やたらと嫌われてた先輩の送別会を思い出してしまうだろうが。
「……ご自覚はあられたのですぴょんね」
「無論じゃ。その上で結果が全てを肯定すると思っておった。が、まあそう簡単な話ではないらしい。儂自身も結局金と地位を手に入れた所で何一つ安らげなかった。儂のやり方に付き合わされたものの怒りも当然じゃろう」
「私も憤る気持ちがありましたぴょん。でも、自分で父上の代わりに動いてみると、自身の仕事への取り組みが如何に甘かったかを思い知らされましたぴょん」
「家内はどうしているのじゃ」
「母上は父上がいない隙に遊び惚けていますぴょん。余りに酷いのでナカシマのおばさまがこの前注意していましたぴょん」
『アイテムマスで『24層』をゲット! 全て集めて巨大ロボ『オーサカ・テクノウェポン』を完成させよう!』
こいつら何かしんみりとした話をしてはいるんだけど、片方は肉体換装変態世襲議員看板娘だしもう片方はバニーガール女装変態次期世襲議員なんだよな。マジで見た目と語尾さえなければいい話として誤魔化せるのに。
『目的地マスにマスターが一番乗り! 報酬としてアイテムカード、債務者10ダースをゲット! バラしてもよし、使いつぶしても良しの便利素材!』
「で、結局なんでお前は来たんだよ、ぴょん吉」
俺がそう聞くとぴょん吉はこちらに向き直る。巨漢の真っすぐな視線が俺を貫いた。
「シン・父上には」
「ちょっと待てなんだその呼び名は」
「儂が母上か、照れるのじゃ」
「二人纏めて破砕するぞ!」
「冗談だぴょん、マスターに頼みたいのは例の『未来流刑』の件に噛まないで欲しい、という話だぴょん」
急に室内の空気が下がるような感覚が俺を襲う。モニター上では相も変わらずキャラクター達が日本中を駆け巡り、俺がトップ、続いてシゲヒラ議員、最後にぴょん吉と資産集めを続けている。
因みに戦術としては俺がとにかく物件……ではなくアイテムカード『債務者』を集めては使いまくる債務者ビートダウンと呼ばれるスタイル、残り二人が丁寧に物件の独占、賄賂カードや恐喝カードを活用して資産を積み上げていく汚職ミッドレンジと呼ばれるスタイルだった。……なんでカードゲームみたいな表現なんだよ、と思うかもしれないが、アイテムカードが4千種類あって効果もインフレした最新版桃次郎電鉄は実質カードゲームみたいなものだったりする。ドローソースはマジで大事、強欲な花瓶は手に入れたら即使おう。
なお同じスタイルでもシゲヒラ議員の方が順位は上なあたり、手腕の違いが見える。因みに俺が勝っている理由はシンプル、豪運によりマイナスイベントをほとんど踏んでいないからだ。くくく、リスクは現実にさえならなければノーダメージなのだよ……!
「それには同意なのじゃ。あのゴールポストは信用ならぬ」
「どういうことだ?」
そんな話はさておき、意外にもゴールポストに対しての疑念を呈したのはシゲヒラ議員であった。
「奴には動機が無いのじゃ。本当に大事な姉なら、もっとエピソードを語る、説明の際に言葉が揺れるなどあったはずじゃ。しかし奴はあくまで淡々としていたのじゃ」
「……まあ、それなら仲が悪いだけで……いや、なら救出を頼まないよな。わざわざ上層部の方針に逆らってまで」
「そうじゃ。一方でシアンが紹介したということは素性は間違えていないはずじゃ」
「お前アイツのこと知ってるんだな」
「知ってるのじゃ、公安の中でも最上位のエージェントじゃ」
「あの悪臭好きのド変態が……?」
と、話がずれたが言いたいことは概ね理解した。
「つまりゴールポストは嘘をついていた、ということか」
ぴょん吉はその言葉にうさ耳を揺らしながら重々しく頷いた。
「我々が掴んでいるのはオペレーター、トキが現在オーサカ・テクノウェポン社から逃走しており行方を追っているぴょん。私は今回、オーサカ・テクノウェポン社主流派の代理人として来ているぴょんね。裏切り者の行動に加担しないで欲しいぴょん」
「他の情報は?」
「与えられていないぴょん」
世襲議員の仕事も大変である。多分俺と関わりたくないから生贄として呼ばれたのがこいつ、ということなのだろう。あとシゲヒラ議員の親戚ということで交渉を進めやすくするため、という意図もあるのだろうが。
確かにシアンも言っていたが今回は明確に情報が絞られている。各人がどのような思惑で動いているのかいまいちよく分からない。オーサカ・テクノウェポン社の上層部、それに反対する者、トキ、アヤメちゃん。
やっぱ考えても無駄だわ、と俺は頷いた。
「よし、明日救出に行ってくるわ」
「「!?!?」」
「いや、だってもし問題あったら戻してくればいいし……」
「戻す!? 二回突破する気だぴょん!?」
「モヒカンができるんだし俺にもできるさ、多分」
そう、俺の目的はあくまで救出。別にそのあとどうしようがこちらの自由だ。……恐らくアヤメちゃんがそこについて引き渡しを条件に入れなかったのは意図的なのだろう。そして牙統組は俺に対して本気で罠にはめるような真似はできない。本当に一撃で俺を潰せるならともかく、そうでない場合第二次本拠地爆破事件が発生するだけだからな。報復の火は信頼の灯なのだ。知らんけど。
あとまあ、結局千年もの『未来流刑』が執行されるのが俺にはやはり気に入らないのだ。200年の断絶を味わった人間としては、記憶の一部漂白や思考制御あたりでなんとか抑えて欲しいと思ってしまうのだ。勿論、博士みたいな人間をダース単位で消費するカスなら未来へグッバイしていただくことになるのだが。
というわけでぴょん吉の話を頭に入れた上で、俺はやはり今回の救出を決行することを心に決めたのであった。
「父上、やっぱりこの
「うむ、我々と同じ天秤を持っていると思わない方がよいのじゃ。これでもまだリスクがない状態だと本気で思っているようじゃからの……」
「まあ実際死なないらしいぴょんね……」
「待ってろよ漁船、債務者御一行……!」
『デデーン、マイナスイベント発生! 大企業の怒りを買ってしまい、戦車部隊に襲われる! プレイヤーは瀕死になり、治療費を支払う!』
「それぐらい無傷でしのげよ!」
「流石に無茶なのじゃ!」
因みに最終的に勝ったのは汚職ミッドレンジを遂行しきったシゲヒラ議員であった。「褒美としてバニースーツが欲しいのじゃ!」などと言っていたが絶対嫌だよ。なんで親子のバニースーツ姿を見ないといけねえんだ。地獄のペアルックにも程があるだろ。
親子丼希望などと叫ぶ異常者を黙らせるべく俺は軽く蹴りをゲシっと入れる。鳴り響く嬌声から耳を逸らし、俺は明日のオーサカ・テクノウェポン社訪問計画を立てるのであった。
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