流石ですモヒカン様

「ピピピ、どうもゴールポストです」

「歩くな喋るな足を生やすな!」

「ピピピ、それはゴールポスト権侵害なのでは」

「人権みたいな口ぶりで言うんじゃねえ」


 翌日昼。居酒屋『郷』は通常、この時間帯は開店していない。が、市場の帰りに出会ってしまったらしく、変態議員と一緒にチューザちゃんが訪れていた。因みにチューザちゃんもこの『未来流刑』関係で情報収集を頼まれていたらしい。そこに偶然、というか恐らく狙って現れたのが先ほど言ったように例のゴールポストである。


 うん、マジでゴールポスト。音声に合わせてネットが動いたり謎になまめかしい脚が動いたりするが、それはそれとしてゴールポスト。怪奇存在とかいうレベルじゃねえ。


 しかも店内に入れないだろ、と思ったらなんと体をギュギュっと縮小しやがった。どうなってんだその体、意味分かんねえぞ。カウンターにシゲヒラ議員とチューザちゃんとゴールポストが並ぶの、異常すぎる。


 だがゴールポストの隣に座るチューザちゃんはその姿、というか仕組みに見覚えがあるらしく、ポンと手をうった。 


「オペレーターなんやね」

「……なるほど、聞いたことはあるな」

「ピピピ、この体はサッカー選手として活動するためのものです。私は末席ではありますがオーサカ・テクノウェポン社所属。休日とはいえ、暗黒街のサッカーへの参加などもっての外です。故にこの体を作成、操縦して匿名で参加しています」

「えーと、ゴールポストは世を忍ぶ仮の姿。本体はオーサカ・テクノウェポン社の技師兼オペレーターなんだな?」

「ピピピ、その通りです。趣味は機械弄りですので、暗黒街のサッカーはその成果を確かめるのにも便利です。あとシンプルにサッカーが好きです」

「じゃあ足を生やすなよ」


 オペレーターとは機械を外部操縦する者のことだ。最近ではAIにお株を奪われつつあるが、それでもプログラムという形で証拠を残したくなかったり、多数の異なる特注兵器を連携させる際には用いられていたりする。


 具体的にはこの前アルタード研究員が襲い掛かってきたときの機動戦車、あれはオペレーター操縦のものだった。だから気軽に薙ぎ払えたんだけど。


 オペレーターの特徴としては遠隔からデバイスを通して義体を操縦する。そのため現地にいる必要は無いし自身の肉体を拡張するわけではないから自我崩壊の心配もない。代償に精密な操作が難しく、また遠隔であるが故にジャックされるという問題もあるが。議員とチューザちゃんはひそひそと話始め、「判決、ヤバいのは店主さん!」などと決めつけてくる。どう考えても逆だろ、歩くゴールポストの方が異常存在じゃん! 


 背番号9番、回避型ゴールキーパーのゴールポストはこほん、と咳払いをして話を進めた。


「ピピピ、それはそうと話を進める。初めまして、私は製造番号B10983-104、ソラ。今回の件の依頼人」

「オーサカ・テクノウェポン社のB番、ということはシンプルなクローン人間だな」


 B番と呼ばれる、Bから始まる製造番号を持つクローン人間。トーキョー・バイオケミカル社と比べてオーサカ・テクノウェポン社は生化学に関する技術が浅い。そのため技術を深める方向ではなく、安く多く造ることを模索した結果がこのB番だ。


 やっていることは単純で、優秀な人間のクローンをそのまま大量生産する。価格を抑えている関係で、個体によっては寿命や性能に問題が発生する一方、時たま『アタリ』の個体ができることも知られていた。


「ピピピ、今回の救出依頼はB10983-103、トキ姉さんを助けて欲しい。一緒に育った、唯一の肉親と呼べる人物」


 そして彼女の口にする個体番号は、なるほど104の一つ前。同一遺伝子ではあるが製造が少し前だった、ということらしい。となると、何があっても確認しなければならないことがでてきた。俺はゴールポストの目……というか操縦用のカメラを見る。


「お前の姉もゴールポストだったりする……?」

「ピピピ、失礼な。私は生態がずれてるだけ、姉さんは代わりに性癖がおかしい」

「代わりにってなんだよ代替できるもんじゃねえだろ」


 ゴールポストと比較可能な性癖って何なんだろう。シゲヒラ議員よりやばかったら許さんぞ。因みにそのシゲヒラ議員は片付けをするべくひらひらと手を振ってから二階に戻って行った。大人しくしていて大変偉い。


 改めて話を戻すべく、ゴールポストに目を向ける。ゴールポストはこほん、と咳払いをして話を戻すのであった。


「ピピピ。それはそれとして『龍』にはストライカーになって欲しい」

「任務の話はどこにいった!? 話を右往左往させるな!」

「ピピピ、それはそれ。これはこれ」


 前言撤回、全く戻す気はないらしい。ゴールポストは身を乗り出して俺に熱弁する。


「ピピピ、ストライカーに必要なのは防弾性能と圧縮可燃ガス砲。『龍』はその両方を満たしている」

「そこは運動神経とか体格とかだろ! サッカー選手に求める性能じゃねえ!」

「ストライカーは機動戦車と正面戦闘する必要あるねんで、店主さん」

「戦車と戦うのはサッカーなのか!?」

「ピピピ、『龍』、考え方が時代遅れで古風で頑固でおじさん臭い。最近流行の戦術は空中戦」

「サッカーで絶対聞かないと思ってたワード出てきたな……」


 ゴールポストのおじさん臭いという致命的なワードに崩れ落ちる。いや、おかしいのは俺であることは理解してるんだよ。23世紀キッズの風習に対して21世紀の観点から突っ込むのはずれていることは分かってるんだよ。だけど戦車と戦うことに対して時代遅れと言われるとは思わねえじゃん……! 


 俺は絶望しながら、それはそれとして彼らに試作品を食べさせるべく皿に盛り付けを始める。いつもならこの時間帯にカウンターに立っていること自体あまりない。にもかかわらず今日こうしているのは、新たな開拓を行うためであった。


「話をする前にまずこれを食べてみてくれないか。俺が開拓した新料理なんだ」

「何故このタイミングなんや……?」

「出来たのがついさっきだったからな。一刻も早く感想を聞きたいんだ。ゴールポストの姉の話は後でも聞けるだろ」

「ピピピ、逆です逆。それにさっきから話が右往左往しています」

「急に選手に勧誘したお前が言うことではないだろ! とりあえず俺の開拓した新料理、感想聞かせてくれ!」


 ……まあ俺にとっての開拓であって、彼らにとっては懐古にあたるのだろうけど。でもこれを作ったのは俺にとってとても大きな進歩だと思うのだ。机の上に置かれたまかないを見て、チューザちゃんは眉を潜める。


「店主さんが好きなゲテモノやん」

「ゲテモノって言うな、これはマグロの刺身!」

「生の食物ってだけで終わっとるねん。……っていつもの調味料とはちゃうねんな」


 純日本人の癖にあろうことか醬油という単語が出てこなかったらしいチューザちゃんにため息をつく。確かに彼女ら23世紀キッズにとっては刺身や醤油というのは生臭く変な風味がするゲテモノに他ならない。だからこそ、それ美味しくするための術が味覚の転換期にあったはずなのだ。


 そして見つけたのがこれ、ケミカルソルトである! 


「敢えて洗浄度を下げて薬品臭さを残し、魚の青臭さを消す謎の取り組み! 正直理解できないが試してみる価値はある! 一週間かけて岩塩と薬品を混ぜ合わせた俺の努力の結晶!」

「何一人でテンション上げとるねん。まあ食べるけど」


 不味さを覚悟した表情のチューザちゃんは少し目を瞑り、塩をつけて刺身を口に入れる。そして目を見開いた。


「普通に美味しいやん」

「うっしゃ!」

「ピピピ、まあ不味くはない」

「お前の口はどこなの!?」


 ケミカル感全開だが、青臭さが嫌いな23世紀キッズには大うけらしい。あのチューザちゃんが躊躇なく刺身を食べるとは正直思わなかった。


 彼らが嫌いなのはあくまで青臭さの類であり、それらを排除すれば食べられないことはない……のかもしれなかった。良質の物なら舌触りの良さでむしろ高評価を得られる。トマトは嫌いだけどケチャップは好きな人って多い理論は案外正しいかもしれない。


 そんな俺を見て、ゴールポストは不思議そうにネットを揺らす。


「ピピピ、『龍』のスタンスが良く分かりません。居酒屋を栄えさせるのにも、金や栄誉を得るのにも寄っていません」

「よく分からんがどういうことだ? 俺の目的はまったり居酒屋経営、それだけだぞ。あと話を右往左往させるな」

「本題から話を逸らす天才やな、二人とも……」


 何を言ってるんだこいつ。いきなりなゴールポストの言葉に眉をひそめる。だがチューザちゃんは納得がいったようでポンと手を打つ。


「あーなるほどやな。普通、隠れてまったりしたいのなら今回の依頼なんて受けへんやろう? でも金や名誉とかの欲が目的なら調味料作りや居酒屋経営をせえへんやん」

「漁船『債務者御一行』は理由にならないのか?」

「ピピピ、目的と手段が違い過ぎる。オーサカ・テクノウェポン社を敵に回すメリットがない」


 ゴールポストの言葉でようやく理解した。恐らくアヤメちゃん(とシゲヒラ議員)は理解しているが、それ以外は全く理解できていない俺の行動原理。それが見えていないからこそ、俺の行動が奇妙に見えるのだ。


 これ、割と困ること多いんだよな。俺の当たり前と他人の当たり前が違うことはとても多いが、ここについては猶更だ。結果妙に勘違いされてやたら好戦的だと思われたりすることもある。つまるところ、俺の戦闘力の話だ。


「オーサカ・テクノウェポン社と敵対しても負けることはないからな」

「……え?」

「問題は泥沼の勢力争いに巻き込まれて嫌がらせや刺客とかを送られたり、挙句の果てには俺が人を殺さないといけない状況に陥ることだ。逆に言えば、そうでなければ日常と大差ない。勝ちが確定してる状況で緊迫する奴はいないだろう?」


 チューザちゃんは目を丸くする。なるほど、彼女にとって大企業やその戦力は絶対の存在なのだろう。だが俺にとっては何とかなる存在でしかない。ましてや今回はアヤメちゃんが尻拭いをしてくれる。


 これが俺と彼女たちの認識の差。


「『運動』して漁船が貰えるなら、まあやってもいいだろう?」

「……滅茶苦茶すぎるやろ……?」


 まあ彼女たちから見れば居酒屋経営してるかと思えば事件にいきなり顔を突っ込むヤバい奴に見えるのだろう。以前のアルタード研究員の時は向こうから突っかかってきた、という言い訳が効いたが今回はそうもいかないし、まあそう思われるのも仕方がないけど。


 俺にとって機動戦車と戦うのも、大企業と敵対するのも、ケミカルソルトを作るのも、そう大差はないのだ。まあ大企業の陰湿さは大嫌いなんでこういう場合でもなければ手を出さないが。


 そういう意味ではこの前のアルタード研究員の件は本当に最悪であった。客であるランバーに被害が行くわ、動機がシンプルな逆恨みだしやたらと技術力あるしでやりにくいことこの上なかったんだよな。今回くらいの方が俺のデフォルトの姿勢なのである。



 それに、どうしても果たしたい『目的』は前世に置いてきてしまったしな。スタンスが定まっていないと言われるのも、まあ当然なのだろう。






 ◇◇◇◇◇◇◇◇





「ピピピ、『龍』の行動原理については納得はできないが理解した。では改めて今回はよろしく。あと話を右往左往させすぎ」

「おう、よろしく。あとさっきから話に割り込んでるのはお前だ」

「マスターさんも刺身を割り込ませてたやん……」

「ピピピ、同類」


 目を丸くして固まっていたチューザちゃんをちょっとからかった後、俺たちは話を戻す。この場で俺はどうしても聞かなければならない情報があった。それが無ければ始まらない重要情報。すなわち。


「救出対象の居所は?」

「……ピピピ、誰も手出しできないよう、オーサカ・テクノウェポン社が厳重に収容している。無数の重合金の装甲に数百人と無数の自動兵器からなる要塞に、姉さんはいます」


 俺達は息を呑む。近いうちに忍び込むことになるその場所の、無敵の要塞の名を聞いて。




「オーサカ・テクノウェポン社本社ビル最深層第28機密隔離室です」

「もしもしモヒカン、ちょっと聞きたいことがあるんだが」

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