サッカー観戦に行こう!

『全日本暗黒街サッカー決勝戦、いよいよ開幕です!』

「暗黒街に全日本もクソもないだろ……」


 翌日。情報集めに俺が訪れたのは他でもないサッカースタジアムであった。暗黒街の片隅にあるこのサッカースタジアムには人がひしめき合い、試合開始前にもかかわらず既に歓声が沸いている。


 俺はスタジアムの片隅にある席に腰を下ろす。同伴の人間がドラッグの匂いが嫌だから人気の少ないところが良い、と言って聞かなかったからだ。それに歓声に紛れて、俺たちの秘密の会話も聞こえなくなる。


 しばらくすると待ち合わせをしていたお目当ての人間がやってきた。 


「シアン、いきなり呼び出して悪いな」

「いえ、こちらとしても助かっていますので」


 現れたのは黒いコートに身を包んだ長身の男、シアンだった。遺伝子改造により嗅覚を強化された彼は、時折鼻を動かしながら不快な表情をする。


 前回の競馬場は場所の性質上、上が開けていてドラッグの煙は外に逃げていた。だがここは雨天でも試合ができるようある程度閉められてしまっている。結果、匂いが籠ってしまっているというわけだ。


 とはいっても流石に匂い対策はある程度しているらしく、嗅覚を強化していない状態ではそこまで気にならないのだけど。シアンはどうやらオンオフが効かないらしく、大変そうである。


「おや、今日は顔が晴れませんね」

「ああ、関係ないことだから気にするな。……クソ、まさかあのキャラが消えていたとは……完全な未来ではなく、似て非なる異世界だということを忘れていた……!」


 因みに俺が言っているのはこの前ドエムアサルトが入手したレトロゲームの話である。てっきり前世と同じかと思いきや、まさかの一番好きなヒロインが見覚えのない別キャラに置き換わっていたのだ。絶望のあまり数十分動けなかったよ、グッズとか買ってたのに……。


 そんな俺を不思議そうに見ながらシアンは軽く一礼した。


「今回の件、我々では掴むことすらできていませんでした」

「事態も始まったばかりみたいだし、そりゃそうだろ。それにまだ案件の規模も分からない。……まあ、だから提供した分の見返りは寄越せよ」

「勿論です。こちらの情報網を利用して早速調べさせました」


 こいつらの所属は日本国。だが企業の台頭により権力は著しく落ちた。パワーバランスが崩れ企業の違法行為が横行するどころか法律そのものの改正を押し込んでくる始末。強制捜査をしようにも企業の保有戦力が強すぎてそれすらままならない。


 とりあえず大企業で人間がダース単位で消費されている事実(by博士)とかは何とかして欲しいし、 俺はある程度こいつらと協力している、というわけである。あと弱いからいざという時にボコりやすいし。


 シアンは俺の隣に腰を下ろす。そうこうしているうちに試合が始まろうとしていた。


『選手紹介です! 脚が8本、キック力は64倍! オクトパス選手!』

「もう驚かんぞ」

『続きまして機動戦車!』

「戦車!?」


 アナウンスにびびって慌ててコートを見ると確かに機動戦車が鎮座してやがる。分厚い装甲と砲台、無限軌道と金属の脚部がサッカー選手の隣に当然かのように立っている。それでどうやってサッカーするんだよ。


『機動戦車にPKされずに試合を進められるのか!?」』

「PKはペナルティキックではなくプレイヤーキルです、マスターさん」

「スポーツマンシップとは一体」


 21世紀のサッカー少年が見たら卒倒するぞ。なんでサッカーボールより砲弾に注意を払わなければならないのか。よくスタジアムを見るとしれっと全員拳銃を腰に下げている。手元にあるガイドブックを読むと「ファールが発生しても試合進行は停止しない。代わりにファールした選手の射殺を許可する」とある。こんなもんガイドブックに記載するんじゃねえ。


『さあ始まりました、キックオフです!』

「ではこちらからの情報公開をさせて頂きます」

「背後の爆発音で全然集中できねえ……」


 スタジアムではボールを蹴る音ではなく爆発音ばかりが鳴り響く。ロケットランチャーと砲弾による爆破ドリブルと呼ばれる技巧らしい。爆発でボールを運べば妨害も難しいが、代わりに制御も難しい。だが選手たちはこのクソ技を完璧に使いこなしているらしかった。


 が、こんなものは日常らしく、シアンは平然とした様子で話を進める。


「まずマスターさんを牙統組が雇用する、という時点で相当な案件なのは間違いないと判断しました。そこで調べたところ、オーサカ・テクノウェポン社内部で奇妙な派閥抗争があったことが発覚しています」

「トーキョーバイオケミカル社でもあったけどこっちでもか」

「いえ、少し性質が異なるようでして。ここ数年で進行していました『PCW計画』と呼ばれるものの賛否で上層部が割れたようです。結果として責任者は職務停止、社に不利益を与える行為をしたとして『未来流刑』1000年を課された、とのことでした」

『早速反則による退場2名、戦闘不能が3名と波乱の試合になっております! 解説の中田さん、どう見ますか?』

『まだまだですよ。昨年は全員が退場になり、ボールが風で動くのを眺めるだけの試合がありましたから』

「それはサッカーなのか……?」


 アホな試合はさておきとして、なるほど多少は見えてきた。『PCW計画』はよく分からんが、やらかした研究者が未来に追放されるという話らしい。となるとアヤメちゃん達の目的はその研究者を回収し、『PCW計画』とやらを引き継ぐこと……とは限らない。


 例えば俺とオーサカ・テクノウェポン社が揉めている隙に、別の作戦を進めるなんてことも十分あり得る。研究者を捕まえ、人質交換の形で権利を確保するなんてこともあるだろう。いずれにせよ、まあ考えすぎても仕方がない。


「オーサカ・テクノウェポン社の上層部はどうだ?」

「現在相当仲が悪いですね。……なるほど、変なことをしても」

「ああ、そういった状態なら俺がやらかしても利益を得る奴が必ずいる。あとはアヤメちゃん経由で話を落ち着かせれば、今後の関係が悪化しすぎることはないからな。勢力争いをやるのだけはご免なんだよ。俺以外がいっぱい死ぬから」


 傲慢極まりない発言だが、シアンはそれにツッコミを入れない。まあ実際過去に酷いことになったからな。俺は殺さないよう立ち回ったのだが、それはそれとして各組織の刺客がブッキングして勝手に潰しあったりしてたんだよ。本当にあれは駄目。倒せない相手の為に命を懸けるのは馬鹿らしすぎる。


 そんなわけで仕事終わりの後始末も考えておく必要があったが、これなら依頼主が何とか対応してくれそうな形にはなりそうだ。ならまあ多少の犯罪行為も大丈夫でしょう。知らんけど。


「『未来流刑』は才能がある奴がどうこう、と聞いたが?」

「その研究者は飛びぬけて頭が良かったそうで、『PCW計画』も主軸は彼女だけしか担えないほど複雑なものだったようです」

「……でも計画と言うからには実際の装置が必要で、それを動かすのは技師だろ?」

「だから謎なんです。その計画で何故彼女だけを飛ばすのか。記憶消去や殺害ではなく、どうしてコストのかかる『未来流刑』を選択するのか。そこに牙統アヤメさんの目論見はあると思います」

「羊を狩るのに龍を使うわけがないからなぁ」

『さあ機動戦車のファールです、しかしその装甲は他選手からの射撃を受け付けず、ゴールに向かってボールを真っすぐ運んでいきます! 解説の中田さん、どう見ますか!?』

『シュートの上手い2番、射殺の上手い3番、関節技の上手い4番とバランスの良い構成に加えて機動戦車。サッカーチームとして完璧な布陣と言えるでしょう』

『さあいよいよゴールにボールが撃ち込まれます! 』


 現時点では謎ばかりだ。まあそもそも簡単に分かるような案件であれば俺を呼ぶようなことはしないだろう。つまりそれだけ絡み合っていて、何らかの利があるといえる。


 そして俺としても漁船『債務者御一行』を造るという目的においては非常に都合が良い。後腐れが(恐らく)無いのは勿論、正直な話をすれば『未来流刑』の執行、というのがあまりにも不快だったのだ。


 たった200年ですら、全てと隔絶したような感覚を長く味わう羽目になった。1000年など、余りにも認めがたい。


「とはいっても、研究者がマジの極悪人の可能性もあるからなぁ。まあなるようになるか」

「……お話されていた漁船の件に釣られすぎでは?」

「いいんだよ。それに牙統組が代わりに行くとなると、絶対に死人が出る。黒服君たちが可哀そうだしな。ああ、いいように使われているわけじゃないから安心しな」

「目がドルマークになっている人に言われましても」

「向こうももう一度本拠地を瓦礫にされたくはないだろうからな」

『おっと、ゴールに足が生えて走り出した!!! シュートを華麗に回避!!』


 ふ、と格好つけて笑いながら売店で売っていたポップコーンを口に入れる。うわまっず、なんか薬品の味するんだが……。あと最後に何か聞こえた気がするが気のせいだったことにしよう。


 数秒で崩れた俺のキメ顔に苦笑しながら、シアンは最後の情報を渡してくる。 それこそが今回の事件の最初の鍵であったのだった。





『機動戦車のシュートを避けて、カウンターで走り出す! 足の生えたゴールに誰も追いつけない! シュート!!!! 足の生えたゴール選手のネットが雄たけびを上げます!!!』

「あれが救出対象の妹です」


 ……サッカーゴールが救出対象の妹????

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