『未来流刑』
「赤字かぁ、大変そうだべ」
「いや何でお前が今日もいるんだよモヒカン!」
2日後の夕方、俺は居酒屋『郷』にて肩を落とす。目の前には茨城弁モドキを喋る、例のモヒカン野郎。この前アヤメちゃんに引き渡したばかりなのにあっという間に脱獄成功したらしい。
因みに本名を聞くとマジでモヒカンと言うらしい。冗談かと思ったのだが順序が逆らしい。即ち親がモヒカンという名前を付けたからわざわざ古い髪型であるモヒカンにしているのだとか。モヒカンはモヒカンという名前だからモヒカンのモヒカンになったのだ。……だめだ、頭が混乱してきた。
モヒカンのモヒカンを見ながら、名前としては酷すぎるだろ……と思うが常連の中にもっとひどい奴がいるのを知っているので黙っておくとする。無言で合成酒を注ぐと、モヒカンは「久しぶりの娑婆の空気は最高だべ! 『未来流刑』マジクソ!」と言いながら飲み干す。
「そもそもお前娑婆の空気最近吸ったばかりだろ」
「おでの罪はそんなに重くないべ。だから警備もゆるいべ」
「どれくらい?」
「最初はおで一人に警備46人だったべ」
「それはゆるいとは言わないだろ! それにそんなに逃走したら面子立たなくなるだろ」
「だから牙頭組に委託されてるんだべ」
「……そういえばオーサカ・テクノウェポン社でやらかしたんだったよな。アヤメちゃんが連れて行ったのはそういうことか」
そういうことか、で片付けて良いものか困るが筋は通ってるんだよな。アヤメちゃんとしても名目上拘束してれば金が入るわけだから、良い商売というわけだ。
「新素材『バンデイン多重構造複合金』、好評発売中! 核爆弾でも大丈夫!」
店内にはモニターから流れる良く分からない広告と、俺が料理を仕込む音だけが響く。因みにシゲヒラ議員は客の呼び込みで外に出ている。モヒカンは相も変わらず合成酒を飲み、ふぅとメニュー表を覗き込んだ。そして何度かごしごしと目を擦り、記載されている価格を見直すが現実は変わらない。モヒカンは大声を上げる。
「合成酒が30クレジットから3000クレジットにあがってるべ!」
「当店はただいま990%値上げセールをやっております!」
「セール!?」
「残念ながらこの天然刺身盛り合わせは対象外なのですが……」
「逆! 普通は逆!」
やかましいモヒカンを一瞥しながら「ちっ、冗談ですよ」と言って元の値段が書かれたメニュー表を置く。やはりこの戦略は駄目か。脱獄囚に見せて反応を確かめてみたわけだが、やはりこれでは客足が0になってしまう。
昨日シゲヒラ議員が計算してくれた帳簿によると、原価割れしているのは主に俺が買ってくる天然食材たちだった。他の料理も原価割れこそしていないが利益は薄い。唯一合成酒だけは元値が安い関係でそこそこ利益が出ていたが。
……いや違うな。これ、値段が低いからと料理だけを食べてたら結局酒が欲しくなっちゃって値段を見ずに注文しちゃう奴だ。だからこの合成酒で料理たちの利益を回収している、というのが当店の仕組みになっている。
「なあモヒカン、簡単に大金を稼げる方法って知らないか?」
「店主さん、それ悪い詐欺に引っかかる奴だべ。……あの別嬪さんと結婚すればいいんじゃねえか?」
「嫌だよ、『俺の客はお前一人だけだぜアヤメちゃん~おじ様陥落マゾ堕ち全裸監禁作戦~』に負けたくねえ……!」
「妄想も大概にするべ」
呆れた顔でモヒカンがため息をつく。まあ一般的な観点からすればその考えは正しいだろう。だがそれを否定する悲しき証拠が最近発見されてしまったのだ。
「この前、全裸の変態から自撮りが送られてきたんだが」
「もう情報が爆発してるべ」
「その背景に俺の名前が書かれた檻が映りこんでたんだ……やたら豪華な……」
「……もう監禁する気満々!?」
画像を見た時を思い出して身震いする。だってまだ居酒屋店主と客という関係性なんだぞ。どうしてもう牙頭組邸内に俺の居場所があるんだよ。しかも檻っていったい何をする気なんだよ。
ちなみに全裸の変態から自撮りが送られてきた理由は至極シンプルで、レアなレトロゲーを買った自慢、ということだった。自分の姿を映す理由はさておき、映りこんでいたのは前世で遊んでいたシリーズ物のゲームの最終作。以前全裸四つん這い女とのチャットで話題に上がった作品である。
あの伏線をどうやって回収したのか気になりすぎる。遊び終わったら貸してくれるらしいので今から待ち遠しい。まさか200年前のゲームが公式販売も海賊版も軒並み途絶えた後に手に入るとは奇跡に等しいんだよな。
モヒカンは俺の話を聞いて軽く身震いする。そうか、こいつ滅茶苦茶馴染んでるけど普通に脱獄囚だもんな。牢屋を連想させる話題はそりゃ嫌か。
「まあ可愛くても檻は怖いべ」
「親父さんに叱られてバージョンアップ予定らしいけどな。『バンデイン多重構造複合金』程度で未来の旦那を拘束できるわけないだろ! ってな」
「『核爆弾でも大丈夫』!?」
親父さんが完全にこっちをロックオンしてるのは全力でスルーしたいところである。……確かにヤクザからすれば超良物件なんだよな、俺。絶対死なない最強兵器で、最低限のモラルも持ち合わせている。神輿として担いでもよし、兵器として運用しても良し。サーモンの刺身と日本酒で働くゴ〇ラと考えると便利にもほどがある。範囲攻撃する能力だけは流石に負けるけどね。
それにアヤメちゃんは俺の性格を理解している。本気で嫌な仕事を無理にさせようとはせず、俺の得意な部分を活かしてくれるだろう。多分俺の天職はヤクザの次期組長。
ただしその代償は俺の性癖と尊厳。ドエムアサルトとシゲヒラ議員と合わせてマゾのジェットストリームアタックする未来だけは避けたいものである。
「となると、結局大赤字を出してる天然食材たちを何とかしないといけないんだよなぁ」
「店主さんは何故そんなにこだわるんだべ?」
俺が頭を抱えていると、モヒカン野郎がそう聞いてくる。まあ聞く意味は分かる。天然食材の提供を止めて利益率の高い製品の提供だけにすればあっさり黒字化が見える。……シゲヒラ議員がいなければ直ぐ赤字に戻るという現実には目を逸らすとして。
「……前の場所と俺を繋ぐ数少ない物の一つだからな」
この23世紀では全てが変わってしまった。倫理観も社会の制度もエンターテイメントも、俺の知っている21世紀とは別物だ。
何を見ても断絶を感じる。何を見ても違和感が消えない。人々が当たり前に受け入れるそれを、俺だけが受け入れられない。当然の前提条件が共有されていない。
そんな中でなお、こういった天然食の類だけは昔と変わらない。文化に依存せず変わらない、懐かしい味を提供してくれる。……時たま怪奇生命体に出くわすことはあるが、それはさておき。なんだよウォーキング本マグロって。100gで98クレジットだったの、安すぎて怖すぎる。
それはさておき。俺が居酒屋、という料理を提供する店を営もうとしたのはそういう理由があるわけだ。遠い目をしながら感傷に浸る俺を見て、モヒカンはため息をつく。
「そんな大事な話は一章エピローグとかで話すべきだと思うべ」
「やかましい。……それにお前だけは分かるだろう?」
「……おでと店主さんでは比べ物にならないけど」
こいつも25年。俺の1/8とはいえ世界との断絶を味わったもの同士だ。こんな感情を共有できる人間そうそういないんだよなぁ、理解はできるかもしれないが体感は難しいし。そうやってしんみり頷きあっていると扉がコンコンと叩かれる。お、通報してたけどようやく来たか。意気投合するところはあるがそれはそれとしてこいつは脱獄囚。とっとと牢屋に戻れ。
扉を開けて入ってくるのは昨日見かけた黒服のお兄さんたちである。厳つい様相の彼らの眼光はサングラスに隠れて見えない。モヒカンの肩に傷だらけの分厚い手が置かれる。
「モヒカンさん、脱獄するときは報告・連絡・相談ですよ!」
「絶対違うだろ」
「は~い、了解だべ」
信じられないくらい軽い雰囲気でモヒカンは連れていかれてしまう。いや両方とも適当すぎるだろ、と思うがあれは違うな。モヒカンは脱走する余裕が常にあり、黒服から害意を感じてないのだ。事実黒服の方から感じられるのは半ば諦め。実際もう手錠外してるし。嘘だろ鍵かけてから10秒経ってないぞ。
天才と呼ばれる奴はどこにでもいるんだな、と俺は本当に感心する。が、それはさておき。
「赤字なのは変わらないんだよな……」
「私と結婚すれば解決ですよ、おじ様」
「でたな妖怪ドS変態娘」
黒服と入れ替わるように現れたのはアヤメちゃん。どうやら学校帰りらしく、そのついでにモヒカンを回収しにきたとのこと。……言われてみれば確かに黒服の皆さん、俺をチラチラ見てやがる。多分アルタード研究員をこんがり肉にしたときの映像データを見られたんだろうけど。それで怯える黒服さんのためにわざわざ来たんだな、アヤメちゃん。
「お前も怯えていいんだぞ」
「恋は盲目と言いますよね」
「恋にしては性欲がどす黒すぎるがな。檻はないだろ」
「眼球交換プレイまでは一般性癖ですよ、おじ様」
「流石に高度すぎるだろ。嘘だと言ってくれよなあ!!! 目を逸らすな!!!」
おじ様に檻のことは教えていないはずなのに、一体どこから……と呟くアヤメちゃん。ドエムアサルトからボロボロ情報がこぼれ落ちていることは流石に知らないらしい。あと檻の件はマジだったのね。幻覚の類だと信じたかったよ。
アヤメちゃんは席に座る様子は無い。今日は完全に仕事目的で来たらしい。
「犬曰く「ドエムネットワークで確認しました、あの店大赤字です!」とのことでしたが」
「最悪なグループだな」
「実は根本的な解決手段があります。提供料理を変えず、黒字にする方法が。つまり、天然食を安価に仕入れればいいのです。もっと言えば、直通で購入すればよいのです」
「……その手があったか」
ポンと俺は手を叩く。何故刺身とかが高いか。それは元々需要が極めて少なく、流通が限られる上に大量生産が利かずコストが高くついてしまうからである。
だが俺の店であれば毎月一定量を必要とする。余ったら俺が食うし、そもそも冷凍してしまえばそれで終わりだ。例えば売れ行きの良い魚数種類を安定して仕入れるだけで相当に利益率は変わるはずだ。
しかしそれには一つ大きな問題がある。
「だがこの時代に汚染されていない魚を得られる箇所は限られている。そこに行くコスト、漁師の確保、輸送費を考えるとそんなに安くはならないぞ」
「漁船『債務者御一行』を作るのであれば、試算ではコストはここまで下がります」
「これが反社パワーか……」
表示されている金額を見て、なるほどと頷く。しれっと人件費と言う項目が無い点から目を逸らして考えるとまあ悪くない案である。使い道ない債務者は人体実験からの廃棄ルートが一般的だから、それと比べると五億倍くらい人道的だしね……。
「となると、この漁船を作るための元手がいるわけだな」
「ええ、そこでおじ様に依頼がありまして、とある刑罰の執行を妨害し、対象を確保して欲しいのです」
話が早い、とアヤメちゃんは俺にウインクする。うーん、彼女の口車に乗せられるとマジで痛い目見る気がするんだよなぁ。どう転んでも彼女の利益になるというか、あと外堀をじりじり埋められてしまうというか。マフィアに協力した実績とか解除したくないんだよ、俺は一般暗黒街市民だぞ。何より勢力争いとかマジで面倒なので一秒たりとも関わりたくない。
だが続く言葉に俺は降参せざるを得なかった。なるほどそれは確かに興味が出てしまう。居酒屋の店主としての活動を多少逸脱してでも、関わる気にさせられてしまうのであった。
「1000年に及ぶ『未来流刑』。それが彼女に課された罰です」
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