第二章

居酒屋『郷』閉店のお知らせ

「なあ、25年前にいたあのアイドルグループ、今はどうなったんだべ!? 可愛い娘いっぱいいただろ!?」

「方針変更で全員チ〇ポがついて両性具有系中年アイドルになったのじゃ!」

「何ぃいいい!!! でもアリがもしれねえべ!!!!!」


 居酒屋『郷』に悲鳴(?)が響き渡る。俺はため息をつきながらカウンターに座る訳アリの客を見た。


 汚い茨城弁っぽい何か……というよりは200年のうちに混ざってぐちゃぐちゃになってしまっただけなのだろう。訛りがキツイ、金髪モヒカンでサイズの合わない白黒のパーカーを着た男は、絶望しながら目を輝かせる。店で変な性癖を開拓してるんじゃねえ。


 アルタード研究員を叩き潰してから一か月ほど。季節は夏になり、俺の着る服も半袖に切り替わっている。すっかり店は落ち着き、シゲヒラ議員の尽力もあり店に来る人は絶えない。場所の割にはかなり繁盛していると言えるだろう。


 ただしここは暗黒街。まともな客ばかりというわけではない。


 アヤメちゃんに連絡を終えた俺はカウンターに座る客に向き直る。こいつは開店して直ぐに駆け込んできたため、店内には俺と変態、そして覚醒し始めている変態だけだ。


「あの娘だぢの膝裏のために何百万クレジットも詐欺したのに……」

「膝裏一点特化型かよ」

「『額』と『肘』と『耳たぶ』……社会は変わっちったよ……あとおでの性癖も……」 

「性癖で呼んでるの!?」

「儂が仲間じゃったら『肉体交換メス堕ちドM野郎娘』と呼ばれることになるんじゃな……」


 カウンターで泣き崩れるモヒカンと、それを慰める変態世襲議員ことシゲヒラ議員。一応シゲヒラ議員は行方不明という扱いになり、しばらくの間はシゲヒラ家の次期当主が代行を務めることになったらしい。なのでまだこいつは議員というわけである。


 店内はこいつが清掃してくれたこともあり、かなり綺麗だ。照明の色も調整され陰鬱な雰囲気が取り払われリラックスできる空間が生まれている。……なんでこいつこんなことできるんだ、と一瞬思うが議員だもんな。接待はお手の物というわけだ。


 ひらひらのメイド服と最近気に入っているらしい猫耳をつけた美少女ことシゲヒラ議員(恐らくアラフィフ)は、モヒカン野郎の器に合成酒を注ぐ。モヒカン野郎はぐいっと飲み干した後、乱暴に器を叩きつけながら叫んだ。


「オーサカ・テクノウェポン社はケチすぎるべ! たかだか数百万クレジットを引っこ抜いただけなのに!」

「それで25年? 捕まっていたのか。にしては……」


 叩きつけられた器が割れなかったことに安心しながら、俺はモヒカン野郎の顔をまじまじと見る。顔を見る限り年齢は20代。若返りの手術をすれば話は別だが、獄中にいたのであればそのようなものは受けられないはずだ。


 となると5歳にもならないうちに強盗? に手を染めたことになるわけだが……。そう思っていると帰ってきたのは奇妙な回答だった。


「『未来流刑』って知ってっか?」

「なんだそりゃ、未来へ流刑? タイムマシンでも使うのか?」


 まさか、と思っていたが本当に言葉の意味通りだったらしい。変態世襲議員とモヒカン野郎はうんうんと頷く。


「タイムマシンといっても一方通行じゃがの。過去に戻る手段は見つかっておらぬが、重力場への干渉と光子束縛装置を利用することで、宇宙船に乗って戻ってきたら〇年後、という現象を生み出すことに成功しているというわけじゃ」

「……わかりにくいな、要は浦島太郎的な?」

「そうだべ。ネオ竜宮城で鉄骨渡りした後、そんな感じだったべ」

「浦島太郎は賭博漫画じゃないはずだぞ!?」


 後で23世紀の浦島太郎がどうなってるか絶対確かめよう。そう思いながら話を聞いていくと、まあなるほどという感じだった。


 オーサカ・テクノウェポン社が開発した、タイムマシンを目指して作られた一方通行の欠陥品。だが不治の病を持つ人を治療法が確立する未来に送ったり、あるいは特殊な医薬品の保存を行ったりと多少は使い道があるらしい。


 だがその中の利用法で一際ユニークなのが『未来流刑』というものだった。


「25年経づと家族や友人には忘れられているし、財産やデータも消えているし、挙句の果てには好きだったものも全て変わっている。社会から切り離されたみたいで、凄いダメージだべ……」

「……まあ気持ちは分かるな」


 正直俺の転生は実質『未来流刑』みたいなものだ。200年後の平行世界に転生し、過去の社会から完全に切り離されてしまう。


 幸い俺には力があったから立ち位置を確保することができた。だがこいつみたいな一般犯罪者だと再就職も儘ならず、暗黒街で犯罪行為を重ねるか企業の使い捨ての駒として生涯を送るしかない。


 カウンターの向こうからシゲヒラ議員が背伸びしてこっそり俺に耳打ちする。


「……ついでに言うのじゃが、『未来流刑』を課されるのは凄まじい才能の持ち主が多いのじゃ。その時代では絶対に対抗不能じゃが、使い道のあるものに対して」

「洗脳は?」

「あれは馬鹿になる可能性があるから嫌われているのじゃ」


 ……なるほど、なかなかえげつない刑罰である。未来に飛ばすことで社会と切り離した所を確保、依存させるという企業の戦略。


 とはいってもその時代で絶対に対抗不能の才能、と言われてもピンとこないが。目の前の泣き崩れるモヒカン野郎がそんな才能を持っているようには見えない。


「アイドルグループにはチ〇ポが生えだし、遊んでいたゲームは軒並みサービス終了。好きなジャンルは廃れて良く分からない流行作品の広告ばかり流れる。挙句の果てには人間が皆良く分からない機械を体に入れている。おではこの世界に一人ぼっちだ……」


 そういえば25年前となると身体改造が爆発的に普及してからまだ10年やそこら。そこからさらに25年が経った今は魔界にしか見えないだろう。身体改造も多様性の時代だからな。コーカサスオオチ〇ポがあるんだぞ。


 モヒカンに慰めの言葉をかけながらしばらく待っていると扉の前に客人が現れる。俺がどうぞ、と言うと黒服の男5人とアヤメちゃん、スーツを着たドエムアサルトが現れる。


 アヤメちゃんは学校の制服ではなく和服を改造し露出を多くしたような服を着ている。特に太もものスリットがかなり目に毒なのだが、牙頭組の女性が良く着る服の一つらしい。16歳にしては完成され過ぎた肢体を晒し、艶やかな黒髪を紐でくくったアヤメちゃんは俺に向かって深く一礼する。


「おじ様、私の部下が逃した犯罪者を見つけてくださり感謝します」

「おう、事前に言われていたやつが来たからびっくりしたぜ」

「ちょっと待っでくれよ店主さん! あっ、そこ触らないで敏感だから!」


 身長2mはあるだろう黒服たちが俺に無言で一礼した後、モヒカン野郎を全力で拘束する。モヒカン野郎は抵抗するがそれも虚しくあっさり手錠をかけられてしまい、項垂れた。


 つまり、会話をする前にアヤメちゃんに連絡していたのはこれだ。この近辺で輸送中の犯罪者を逃がしたから見つけたら教えてくれ、という頼みに応えたというわけだ。


 あっという間に猿轡を噛まされ、えっさほっさと輸送されていくモヒカン野郎。

 尻目に、興味本位で俺はアヤメちゃんに奴の罪状を尋ねる。確か話では凄まじい才能がどうこうと言っていたが、あいつにそんな才能があるのか気になってしまったのだ。まあまさかそんなことはあるまい。


「あいつ何したの?」

「数百万クレジットの強盗と」

「あーそれは聞いたな」

「それに加えオーサカ・テクノウェポン社本社ビル最深層第28機密隔離室への単独潜入ですね」

「よく分からんけど凄すぎるだろ!!!」


 前言撤回。そりゃ『未来流刑』にされるわけだわ、と俺は頷くのであった。





 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇







 その夜、全ての客が帰った後俺とシゲヒラ議員は片づけを始める。今日は比較的珍味の注文が多くて嬉しかったな、と刺身の残りを食べながらホクホク顔で歩く。


「……マスター、とても大事な知らせがあるのじゃ」


 が、そんな俺にDHMOを差すようにシゲヒラ議員が深刻そうな表情で俺の前に立ちふさがる。彼女? の表情は暗い。


「一体なんだよ」


 俺はシゲヒラ議員の暗い表情を吹き飛ばすべくわざと明るい声で返す。が、次に出てきた言葉に俺の顔は真剣なものにならざるを得なかった。


「……今月末で居酒屋『郷』は閉店じゃ」

「……なんでだよ」


 俺は問い返す。というか閉店を告げる権利があるのはお前ではなく俺のはずだ。憤る俺に対してシゲヒラ議員は帳簿を手に持ち、叫ぶ。


「マスターが買う珍味のせいで店が大赤字なのじゃ!」

「何をそんなわけが貯金はまだ……底を突きかけてるだと──!」


 シゲヒラ議員が見せてくる帳簿を覗いて俺も絶叫する。何度も見返すがどの出費にも見覚えがある。サーモン刺身1万5000クレジットが6回、天然牛肉6万クレジットが二回……。だめだ21世紀のソシャゲでガチャを回しまくった翌月の請求を思い出してしまう。確かに全部使ったわ。


 しかもそれを暗黒街の客が手を出せるほどの低い値段で今まで提供してしまっていた。つまり赤字まみれなのだ。今までは昔手に入れた資金でやりくりしてきたが、客が増えた今では遂に耐えきれなくなってしまったのだ。


 ここ最近は客足も増え、店として進歩してきた。だが俺たちは大事なことを忘れていたのである。即ち。


「やるぜ、赤字脱却!」

「その前に刺身買うのをやめるのじゃ……」


 だが断る。天然食は俺の心の拠り所なので。

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