居酒屋『郷』
アルタード研究員をボコボコにしてから一か月後の夕方。俺は店にて料理の仕込みをしながら、流れてくるネットニュースに耳を傾ける。
『怪奇、フライング機動戦車! 1か月前に発生した空飛ぶ機動戦車の謎は未だに解明されていません。自治組織によると、目撃者はクソデカい腕が12本ある力士が投げ飛ばしたのではないかなどと妄言を吐いていたとのことです』
『長引いた日本経済会議は、失踪したシゲヒラ議員の代理として一時的にナカシマ氏が票を投じることで決着が付きました。軟着陸という形で終わった今回の会議ですが、裏では陰謀が渦巻いていたなどの噂もあり……』
『トーキョー・バイオケミカル社の派閥抗争は保守派の勝利に終わりました。これに伴い大幅な人事異動が──』
季節は間も無く夏、この暗黒街にも緑が生い茂る時期だ。既に夕方のはずだが未だに外は明るい。
「マスター、集客にいってくるのじゃ!」
「おう、頼んだ」
扉からシゲヒラ議員がひょこっと顔を出し、直ぐに外に出ていく。すっかり馴染んだ彼? 彼女? は既に店の一員だ。
非常に残念ながら、アルタード研究員との一戦以降、この近辺には化け物が出るという噂が流れ客足が再び遠ざかってしまった。シゲヒラ議員が直に集客してくれなければまともに客が来ることもない。
「アルタード研究員といえば、結局残念な結果だったな」
俺はそう呟く。あれからアルタード研究員はあっさりと連れていかれてしまったらしい。あいつが取引していた革新派とやらはこの一件を機に完全に壊滅し、トーキョー・バイオケミカル社がまともになったのが唯一の救いか。ハヤサカが「ごめんなさいっす~」なんて言ってたから「次やったら社長をこんがり肉にしてやる」と返しておいた。今、社長室は4000度に耐えられるよう改修中らしい。
派閥抗争が終わったことで自然と問題は収まった。シゲヒラ議員は集客に行ってるし火種であるアルタード研究員はもう牢屋の中だ。とはいっても、あの研究自体は数多の可能性を感じるのも事実だった。良い方向に使ってくれればなぁ、と思っているとネットニュースからまた良く分からない音が飛び出してくる。
『本日はアメリカにてメス堕ち世襲議員を量産しているアルタード氏にお話を伺いに来ました!』
『私の原点は人から尊敬される人になりたい、というものでした。それで、高い技術力で人を幸せにするメス堕ち世襲議員メーカーを設立することに決めました』
「原点に立ち直れたのはいいんだけどまた迷走してないか!?」
『メス堕ち、という前時代的な表現をあえて使っているのは対象が古い伝統に縛られ、そういうことを忌み嫌うことを義務付けられた人々だからです。アメリカでも伝統に縛られ逃げられない世襲議員の方が多数います。そういった方に培養素体を利用したメス堕ちを提供することこそが──』
とんでもない化け物を世に解き放ってしまったのかもしれない、と俺は頭を抱える。というかしれっとお前トーキョー・バイオケミカル社から脱走してんじゃねえよ。そして脱走して作るものがそれかよ。
「まあでも、変な思い込みから抜け出して、自分のやりたいことに邁進できてるんだよな。それで幸せになる人もいるのなら、まあ相手をした甲斐もあったか」
何はともあれ、楽しそうでよかった。それに『不死計画』が生んだのは死体ばかりだと思っていたが、その中の一つだけでも人の願いを叶えるものに応用されたというのは俺としても歓迎するべき事だった。
『続いてのニュースです。アメリカに向かって飛翔する謎の一般ミドリガメについて専門家は「凄く速くて凄い」などと語っており──』
また訳が分からない情報が入ってきて俺がカウンターで項垂れている中、扉のベルが鳴る。その先に居るのは見慣れた常連客だ。彼らは俺を見るや否や直ぐに声を上げる。
「マスター、オレのコーカサスオオチ〇ポについてなんだが」
「いきなり変な話が始まったな」
店前でそんなことをいきなり言うなよ、と突っ込みながら俺はランバーを中に入れる。席に座ったランバーの股間は……超もっこりしていた。まあ3倍あるのなら当然だけどさ!
「お前、何でまた増やしたんだよ!」
「最近アメリカ製の格安チ〇ポが入荷したらしくてよ」
「何か話が繋がってきたぞ!?」
最悪すぎる繋がり方である。培養素体ってやつは確か脳機能を停止させたクローン人間みたいなやつのはずだったから、それを使うなら確かにチ〇ポが余る。でも格安ってどういうことだよ。……メーカーって言うくらいだから、実は結構依頼あるのか? 23世紀のアメリカ、歪みすぎだろ……。
幸いにも今回のチ〇ポはマーキングされているような事実はないらしく、まったりと話は進む。まあ二本も三本も大して変わらないからな。どうせ六本未満だ。そんな風に内心でマウントを取っているとは知らないランバーはぼそりと呟いた。
「……マスターは変わらねえな。結構暴れたんだろ? 噂だけは聞いているぜ」
「まあな。別にこの程度なんてことは無いし」
「それだけ強いのなら、英雄にでもなんでもなれるだろう? 新しく企業を立てるのも、国家を作るのも思い通りじゃないのか?」
「お前、さては映像データでも入手したな」
ランバーのお節介に苦笑しながら俺は合成酒を注ぐ。確かにやろうと思えばできるだろう。だがそれでは目的と手段が逆だ。あのメス堕ち世襲議員メーカー勤務の変質者と同じ扱いを受けることだけは流石に避けたかった。
「英雄願望は無いからな。それに人の上に立つのって面倒くさいだろ? 横から適当に口出しするぐらいが一番楽しいのさ」
「違いねえ。最近チューザに怒られちまうんだ、年長者なのに適当すぎるって。教える立場ならきちんとしてくれと言われて今や模範的な暗黒街の住人さ」
「暗黒街に模範なんてないだろ」
「違いねぇ」
二人で静かに笑いあう。自分用の合成酒も用意し、軽く器をぶつけて飲み干す。妙な塩素臭が気持ち悪いが、それでも以前ほどの嫌悪感は無い。なるほど慣れれば好みではないが飲むことはできそうだ。
「古臭いマスターもちょっとずつ変わりだしたな。いいことじゃねえか」
「まあもう23世紀の住人だしな。いい加減馴染んで行きたいところだ、博士に馬鹿にされるのだけはもう勘弁願いたい」
「あ、そういえばその博士?とやらが最近オレのケツを痔に追いやったジャックっていうやつを改造したと聞いたが」
「サンバイザーしてて分からなかったのか。今度紹介するよ、コンセプトカフェ人質がややこしくなってしまうぜ」
そんな話をしていると、新しい客が扉から入ってくる。
「おじ様、マイ牢屋を見に行きませんか?」
「マスター、私の以前の部下に変な事吹き込んでませんよね!?」
騒がしい二人に俺は苦笑する。まあでも、俺はこんな日々が好きなのだ。酒を注ぎ、客と話し、翌日の準備をして寝る。だから俺はこの居酒屋を守るためならどんな敵とも戦う。だがこの店に手を出さないのであれば放置だ。正義のヒーローではなく、居酒屋のマスターとしての日々。それこそが俺の望んだものである。
そういえばランバーに言うのを忘れていた、と思い出した俺は本心からの笑みを浮かべながら、彼らに向かって軽く一礼する。また楽しい時間が始まろうとしていた。
「──ようこそ、居酒屋『郷』へ」
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