中忍試験を受けよう!

「夏と言えば受験対策、受験対策と言えばカンニングですよね」

「急に中忍試験みたいな話が始まったな……」


 ノコギリクワガタを探しに行った翌日。俺とトキ研究員は居酒屋『郷』にて開店準備を始めていた。トキが掃除担当、俺が人気メニューの準備担当だ。シゲヒラ議員は呼び込みということでメイド服のまま外に出て行ってしまっている。


 トキはシゲヒラ議員のお下がりのメイド服を着て作業をしている。ひらひらが控えめなレトロなものだが、服のサイズが小さいせいで所々露出が大きくなっている。だが絶対俺はそこに目を向けない。相手は正真正銘のド変態だ。


「続いてのニュースです。昨日、オーサカ・テクノウェポン社製製品の一部が突如消失する事件が発生しました。監視映像によりますとシン東京市第7区画警備隊に配備された特殊耐薬栓等が消失しました。結果、区画に可燃ガスが充満する事態となり」


 壁に掛けられているモニターに映るのは燃えた街。合成音声(とはいっても最早普通の人間と区別はつかないが)によると、幸いにも死者は0人だったらしい。まあ今どきの医療技術があれば大体の傷は治る。


 というか消失って変な話だな。さては俺のステルスモードみたいな能力を持つ奴がいたのかもしれないな。


「おー、いい感じに昨日の件もかき消されてるかな? 少なくとも俺に今の所連絡は来てないし」

「……そうでしょうね、社の威信に関わるから隠したいはずでしょうし。まさかノコギリクワガタ一匹見つけられない男に負けたなんて、誰も認めたくないわ」

「うっせえ青く光る奴は見つけただろ!」

「あれをノコギリクワガタとは認めたくないわ……甲虫は中性子ビームを撃たないのよ……」


 昨日のノコギリクワガタの結果は、トキの言う通り惨憺たるものだった。レアメタルノコギリクワガタの専門家たちが乱獲を行った結果、見つけられたのは価値のない青く光るノコギリクワガタと角(単分子ブレード)を振り回すヒラタクワガタのみ。稼げないわ対被曝薬を買ってくる羽目になるわ、あまりにも悲惨な結果であった。


 因みに対被曝薬とは文字通り中性子ビームなどの放射性物質による被曝が発生した際に、症状を無効化するという画期的な薬である。遺伝子の欠損修復がどうこう……という理論らしいが詳しくは知らない。


 ただこの薬は「もっと放射性物質を使いまくりたい→対策の薬できれば使い放題だよね! しかも研究者の消費サイクルも長くなるし完璧!」とかいうクソ理論から作られていることだけは知っていた。消費サイクルってなんだよ、今までどうやっていたんだよ。


「まあ面白かったわ。また機会があれば行きましょう」


 だが彼女からすればかなり高評価だったらしい。どうやら暗黒街の全てが、まして廃棄区画の森林などもう物珍しいにも程があるらしく。トキは目を輝かせてキョロキョロし続けていたのを覚えている。まあ楽しんでくれたのなら何よりだ。


 そんな話をしていると、ガラガラと居酒屋の扉が開かれる。まだ開店より10分は早いが、その客は見覚えのある娘だったので俺はよう、と迎え入れた。夏場なので薄いTシャツと短パンといった格好の、丸い耳の生えた少女は気安い様子で店内に入ってくる。


「試験期間やから勉強部屋貸してー」

「あいよ。何か注文してけよ。珍味とか珍味とか珍味とか」

「じゃあこのケミカルバー一本たのむわ」

「確かに俺にとっては珍味だが……」


 そう、チューザちゃんは時たま勉強のためにここに来ていた。拠点ではランバーのがさつな笑い声と外から聞こえる騒音が喧しいし、それ以外の場所だと夜は危険で襲われる可能性がある。


 となると絶対安全で、シゲヒラ議員の手による防音設備の施されたこの店が一番集中できる、というわけだった。


「でも匂いは消えないぞ」

「まあそれはうち的には許容範囲やな。お腹一杯やったらそこまで気にならへん」


 そう言いながら彼女は早速カウンター近くの個室に入り問題集らしきものを端末に表示する。ちらりと覗き込む限りでは、それらは何らかのコードのようであった。恐らく情報技術演習とかそういう類の試験なのだろうな。


「勉強しているとは、偉いもんだぜ」


 俺はうんうんと頷く。学生時代、授業を睡眠学習の時間だとはき違えていた俺は大学進学時に痛い目を見たという過去がある。そのため常日頃から頑張る学生の姿は眩しくて仕方が無いのだ。


 だがトキはため息をついて、俺の考えを遮るのであった。


「『龍』、あれは違うわ。カンニング用のコンタクトに仕込む映像解析ソフトよ」

「感心してた俺が馬鹿だったぜ」


 どうやら全く俺の想像は違っていたらしい。トキは「私は自前で解いた方が早かったから使わなかったけれど」と前置きしたうえで自身の端末を触りだす。トキの端末に映し出されていたのは何かの過去問のようであった。


『問1,フェルマーの最終定理を証明せよ』



「これ高校の2年中間試験ね」

「流石に駄目だろ!? というか問一で出すにはカロリー高すぎるぞ!」


 たしかあれだよな、フェルマーの最終定理って3世紀くらい後になってようやく解かれた超難問で、絶対証明が答案用紙に入りきらないくらい長いやつだったと思う。


 それが高校二年生?? 微積とかベクトルとかじゃなくて??? 


「美人さんようわかってるやん。せやねん、だからこそ中間試験と言うのはいかに試験監督にバレずにカンニングするか、という競技になるわけや」

「有名なのはコンタクトレンズ型盗撮機やモールス信号による答え共有、超小型ドローンとの視界共有とかよね」

「本当に中忍試験じゃねえか!」

「最近の流行は賄賂と問題用紙の窃盗やね」

「カンニングをそもそもしなくてすむようにする、賢いわね」

「賢くねえよそもそもカンニングすんなよ」


 俺の中の試験のイメージが次々に破壊されていっている。夏休み前、熱い部屋の中で問題用紙に向かって頭を捻るあの空気はどこにいったんだよ。


「そもそも試験会場を爆破できれば中止になるから楽なんやけどな。試験中止で課題式に切り替われば相当楽になるし」

「そんなの試験の意味ないだろ! あと暴力はいけないことだぞ!」

「あなたがそれを言うのかしら……?」


 そもそも試験とは学習の定着度や応用力を測るものであって、イカサマ大会の会場ではない。第一そんなやり方で得た成果の何が良いのか。だがやはりそれも21世紀的な思考であったらしい。


「そもそもはイカサマをしてでも入りたい一部の学生、イカサマを見つけられなかったことを認めたくない企業の存在があったわ」

「まあ恥だし、過去の合格者にケチをつけることになるからな」

「問題はそれが常態化し、イカサマをした受験者が上層部まで上り詰めたことね。つまり「イカサマをしてとった点数」が合格の基準になってしまったのよ」

「うわー……」


 本末転倒にも程がある。この世で最もひどい中忍試験の一つだろう。競争社会は様々なものを成長させるとは言われるが、歪んでしまうとこんなことになってしまう。


「因みになんの試験なんだ? チューザちゃんが高校にいっている、みたいな話は聞いた記憶がないが」

「通信教育の類やね。というのも数年前に買った市民IDを『育成』せなあかんから。とはいってもテストは現地で受けなあかんけど」


 市民IDの育成、というのは暗黒街のみで使われる言葉である。暗黒街で数多取引される他社の市民ID。暗黒街の市民権を持たない人間が市民になるには、これらを購入し偽装して入り込まなければならない。


 市民IDがあれば各社の敷地内に入ることができ、各種専門店や娯楽施設に出入りすることができる。利便性が大きく広がるため暗黒街ではよく買われているものの一つだ。


 しかし偽装したところで基本的にすぐにばれてしまう、と言う問題もあった。だってそもそも別人なのだ、顔が違うし声も違う。そこで通信教育や各種イベントに定期的に顔を出し、過去からこの顔であったという履歴を作るのだ。


 そうすればAIの簡易検査も「数年前の写真と同一である」と潜り抜けられるようになる。……まあ実際にはもっと様々な手続きがあるらしいが、そもそも各所から出禁にされている俺には関係のない話だ。もう二度と行きたくないけどな。だって次行くときはあそこの本社燃やす時だし。


 そう話していると、意外にも表情を暗くして考え込むトキの姿が見える。別に今の話に後ろ暗い点はないと思うのだが(暗黒街基準)。


「……そう、暗黒街の人はそういうことをする必要があるのね」

「別にそんなことないで。大企業の連中が地獄のハードワークをこなすために、自ら薬漬けになっているなんて知っとる話やしな」

「私たちは才能があったから、そんなことをする必要はなかったわ。凡人は大変らしいけど。それより気になったのは、私がここまでスムーズにこれたのは、前提がきちんと整っていたからなのだ、と思って」


 それは嘆きだった。


「……ソラも私も、もう偽装IDを使わないといけない立場の人間なのよね」





 ◇◇◇◇◇◇◇◇





 因みに数日後の話である。そういえば今日はチューザちゃんの試験期間だったと思い出す。何か会場で起きていないかな、と端末を開いた。


『試験会場にて、不審な脚の生えたゴールポストを取り調べしたところ、偽装IDを使用して試験に登録していたことが発覚しました。試験官は偽装IDをどこで手に入れたかを調べるとともに……』


 偽装ID育てる必要あるのは分かる。でもその姿は流石に無理だろ……。


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