虫取りに行こう!

「ミーンミーンミーン」

「オーシツクツク、オーシツクツク」

「スーシキイーグイグググググイクゥ」

「ジー、ジー、ジー」


 蝉の鳴き声で目を覚ます。21世紀では異常気象とされていたものも23世紀では正常気象。現代日本は2季、夏と冬があるのみだ。一応アルタード研究員と騒いでいた5月の頃みたいに春のようなものは残ってはいるが、1か月程度のそれを四季の一つに数えていいのかは疑問が残る。もはやただの狭間だ。

 

 そんな中でも蝉は逞しく生き続けている。地面に染み込む薬物により異常な巨大化や変異は発生したが、根本的な生態は200年前と変わらない。あと一匹変な鳴き声の奴がいた気もするけど気にしないことにする。俺の精神状態のために。


「さて、今日は虫取りの日だな」


 トキ研究員救出作戦の翌日。俺は布団から起き上がり服を着替え、歯を磨く。そして壁に立てかけてある虫取り網を持って一階に降りた。


「おはようなのじゃ!」

「おう、仕込みありがとな」


 一階には既に料理の仕込みを始めているシゲヒラ議員がいた。こいつも寝起きらしくパジャマのままで、鶏肉や魚に下味を付け始めている。その中の幾つかは、最初の時点からケミカルソルト君を使用している。こいつ、やたらと売り上げがいいんだよな。ただ鍋に変な匂い(俺とシアン基準)が付くのが難点だが。


 カウンターには朝食として目玉焼きとベーコン、白米にキャベツと俺が良く食べる朝食が並んでいる。味覚が違うこともあり、自分の料理は自分で造るのが基本だったが、最近はシゲヒラ議員が完コピできるようになったこともあり、こいつが作ることが多い。本人曰く、各社独自の法律や契約を覚えるより遥かに楽とのこと。比較対象が酷過ぎるだろ……。


 朝食をささっと食べて、「ごちそうさま」と言いながら食器を食洗器に叩き込む。流石23世紀、洗い物という概念はほぼ過去のものとなり、食洗器に突っ込むだけで全て終わり。技術の進歩はとても便利な物である。


 そうこうしているうちに、上の階からトキが下りてきた。目は半分閉じており、髪は乱れている。やたらと薄いネグリジェは彼女の豊満な肢体を強調する……が、あれはシゲヒラ議員の個人所有物である点だけは名言しておきたい。彼女の名誉の為に。


 俺が21世紀サッカーの力でモヒカンアゲイン(隠語)をした後。結局マジで救出するまでが任務だった俺としてはこれ以上何かする気もないし、一歩出たら拉致されかねないトキ研究員が外に出たがるわけもなく。そんなわけで彼女は至極当然かのように我が家の居候と化していた。


 部屋はシゲヒラ議員と同じ2階。様々な面で元おっさんと生活空間を共有しないといけないのはどうなんだろう、と21世紀思考で心配してしまったが、案外問題はないらしい。ちなみにその時の会話は以下のとおりである。


「昔のルームメイトが元男で性転換した娘だったんだけど、両性から無性、最後はシックスおっぱいになったから慣れてるわ」

「経験って寛容を生むんだなぁ……」


 そんな彼女は、食洗器の前に立つ俺の様子を見て目を丸くする。多分昨日の21世紀サッカーの姿しか見ていないから、戸惑いを隠せないらしい。


「おはよう……って何かしらその装備は」

「おう、今日はノコギリクワガタ取りの日だからな」


 俺の服装は半袖に麦わら帽子、虫取り網とどう見ても居酒屋の店主ではなく近所の悪ガキスタイルである。「これが『龍』のやること……?」などと呟いているトキには、なるほどこの暗黒街の風習が分かっていないらしい。俺は親指を上げながらしっかりと説明してやることにする。


「この街にはレアメタルノコギリクワガタがいることは知っているな?」

「その二つの単語は繋がらないわよね!?」

「ちっちっち、これだから物理学者は」

「偏見が酷過ぎないかしら?」


 まあこれは暗黒街独自の生態なので、知らないのは仕方がない。何なら俺もつい最近ランバー経由で知った。勢力争いとか不死計画の関係で転生後しばらくは忙しかった関係もあり、こういうところはやっぱ知識が足りないんだよな、勉強になるぜ。


 この街は無法地帯と言うこともあり、数多のゴミが投棄される。最近は牙統組が取り締まっていることもありそこまで多くは無いが、古くは産業ごみが数多投棄されては埋め立てられていった、という経緯がある。


 つまり、数多のゴミと一緒に貴重な金属も埋め立てられていった。そしてそれを回収しているのがレアメタルノコギリクワガタ、などと呼ばれる種類のクワガタである。


「こいつらは放射性物質と数多の異常な薬物たちによって生態が変化していてな。巨大化しただけではなく強靭な外皮を得るために金属を取り込み表皮としている。動きは遅いが銃弾すら弾くのが特徴だ」

「暗黒街の生態系が心配になってきたわ……」

「つまり捕まえればそこそこまとまった重量の貴金属が得られる、というわけだ。これで余剰資金ゲットだぜ……!」


 まあ幾らデカい、硬い、重いといっても得られる金属量はたかが知れている。ノコギリクワガタが幼虫時代に蓄えられる程度の量でしかない。だがこいつらの特徴は、貴金属を得られること。少ない労力の割には比較的金になる仕事なのである。


「ま、まあ確かに、乱獲で資源も少なくなった今、必要な仕事なのかもしれないわね。私も実験用のイットリウム錯体が資源枯渇で一時期手に入らなくなったときは困ったし」

「因みに青く光るノコギリクワガタには気を付けろよ。中性子ビームは回避困難だ」

「デーモンコアノコギリクワガタ!?」


 最近の生態系、マジで終わっているので注意が必要である。だって21世紀から考えると、ノコギリクワガタなんて当の昔に滅んでそうなのに生き延びてるんだぜ。今は樹液じゃなくて肉食にシフトしているし、あれだけいたカナブンを滅ぼしているらしいし。23世紀は魔境だぜ……! 


 なお。これだけ生態系が終わっているのはこの暗黒街くらいである。ここは色んな実験生物を解き放ったり逃がしたりしちゃってる関係で、他地域の100倍くらい環境がやばい。だって俺も逃げちゃってるんだぜ。特定外来種とかいうレベルじゃねえ。


「という訳でお前も手伝え。金属探知機と虫網は渡すから、サポートをよろしく」


 そんなわけで手伝いを依頼したのだが、トキから返ってきたのは驚きの表情だった。賢さの塊っぽそうな彼女ではあるが、俺の発言は割と想定外だったらしい。

 

 恐らく昨日の件だな、と辺りをつけたがトキの回答は若干ずれたものだった。


「『未来流刑』の件については色々と、話したければ話せばいい。話したくなければそのままでもいい。30ダースくらい人殺した、みたいな話が出てきたら別だが。言っただろ」

「……そうじゃないわ。私は頭脳を求められることの方が多かったから。より高い点を取れば雑務は免除され、その代わりさらに研究に邁進することを義務付けられる。他人の手伝いをするなんて、随分久しぶりだと思ったのよ」

「おいおい、箱入りお嬢様みたいなことを言ってるな」

「そうね、私もソラも。外に出るのは20年ぶり」


 ぼそり、と呟くようなその言葉は、彼女の環境の異様さを想起させる。加熱する技術競争、学習装置を利用した脳に負荷のかかる頭脳増強。俺も博士からの又聞きでしかないから詳しいことは言えないが、歪んでいるという言葉がぴったりだ。


 だからなのか、重たい言葉に反して彼女の目は輝いている。元々研究者、好奇心は旺盛なのだろう。そんなトキに対して俺は親指を立てる。


「じゃあ折角だし色々体験していけよ。これを逃したら一生体験できないかもしれないぞ」

「デーモンコアノコギリクワガタと出会うのは生涯勘弁して欲しいところだわ。とりあえず、分布調査用のコンピューターを……」

「おいおい、虫取りに数式は不要だろ。それに思わぬ出会いもフィールドワークの楽しみの一つだぞ、物理学者」


 俺はそう言って、壁に立てかけてあるもう一本の虫網を投げつける。天井近くまで飛んだ虫網は、ぽんと彼女の手に落ちるのであった。




「万有引力の法則でイグゥゥゥゥゥ!」

「これでも反応するの!?」



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