ネゴシエーター登場!
翌日。俺とトキは『未来流刑』の件でアヤメちゃんに呼び出されて、牙統組の本拠地に向かっていた。
この暗黒街は横だけじゃなく縦にも広がっている。中心部は牙統組や各社の支部である高層ビルが立ち並ぶ一方で、地下には核シェルターを増築・魔改造した迷路の如き空間が広がっている。今回呼び出された牙統組の本部はそんな地下空間の中にあり、それ故に地下鉄を利用したのであった。
この時代、車輪と電気で走る電車はそこまで一般的ではない。だが地下は兎に角コストの低さと輸送性の高さを求めた結果、21世紀同様のレトロな電車が走っているという経緯がある。
駅のホームはがらんとしている。老朽化してボロボロになったホームは塗装が剝がれており歴史を感じさせる。黄色い線の内側で俺とトキはじっと電車を待っていた。
「イグググググぐぐぅぅぅぅ」
「時刻表でもイケるのか……15分置きだから等比数列とかそんな感じなのかな」
「バインデリッヒ第7振動減衰方程式ぃぃぃぃ!」
「何が見えてるんだよ!」
前言撤回、じっとはしていなかった。時刻表を見ながら小刻みに震える変態女はさておきとして、俺は何度も手元の端末を見る。だが時刻表の時間になっても列車が来る様子は無い。
「久々の列車なのに全然来ねえな。日本人は時間に厳しいという文化はもう過去の物か」
「昔は1分遅れたら怒る人もいたようね。今では考えられないわ」
「まあ数分の遅れくらい許容するほうが健全だよな」
「数秒遅れただけで暴動が起こるのを知らないようね」
「悪化してる!?」
ショートの青髪を軽く撫でながら、白衣を着た23世紀女は平然とそう言ってのける。トキが言うってことは暗黒街の外もそうだって話なんだよな。終わってるぜ23世紀。
手元の端末を見ると、既に5分遅れ。流石にそろそろ案内の一つでもあるんじゃないかと思っていると案の定、スピーカーからひび割れた声が聞こえてくる。
『乗客の皆様にお知らせします、撮り鉄による被害のため、列車が遅延しております』
「撮り鉄ねえ、それにしても主語が大きすぎないか、やばいのはその中のほんの一部だけだろ」
撮り鉄。俺の時代では初めは熱心な奴らがいるな、くらいの認識だったが徐々に一部の問題行動が話題になった。とはいっても全体の一部を切り取ればヤバいのはどれも同じである。サッカーや野球などのメジャーなやつでも駄目な奴は駄目な行動をするしな。
『電車を破壊し部品を盗むのはおやめくださいますよう、よろしくお願いいたします』
「盗り鉄……?」
前言撤回、一部じゃなくて全員ダメだった。なんだよ盗り鉄って。頭の中のイメージが全員モヒカンへ変化してしまったのだが。一方トキは手元の端末を思考操作で動作させ、何やら調べ始める。
「この街の地下鉄道は古いので、現在手に入りにくい部品を多用している場合があるみたいね。それに、警備も緩く脱走も簡単。だから今一大ムーブメントが来ているんですって」
「暗黒街の劣悪さがここに出てきたな。というか一大ムーブメントとか勘弁してくれよ」
「盗り鉄スターターキットの広告もでてるわ」
「広告ブロックしたいランキングNo.1にランクインだよそれは」
というかトキ、お前暗黒街にあっという間になじんでないか。あれだけノコギリクワガタ程度に驚いていたくせに、もう俺に教える側になってるじゃねえか。知らない奴に上から目線で暗黒街の常識を教えるの、滅茶苦茶楽しかったのに……
そんなおっさん的な思考は置いておくとして、とにかく列車が来ない。結構ぎりぎりの時間に出発しちゃったから、アヤメちゃんの指定の時間に間に合わない可能性が出てきた。
「マッハで走ると周囲壊れるしな……」
「心配するのはそちらなのね……」
当然である。秘技:防護膜展開で自分への衝撃波は何とでもなるんだが、周囲に迷惑すぎる。流石に時短のために設備破壊は可哀そうすぎるし。悩んでいたが幸いにもこの問題は時間が解決してくれるようであった。アナウンスと共に、走行音らしきものが線路の向こうから響いてくる。
『間もなく電車が到着します。破片にご注意ください』
「破片!? ってめっちゃ分解されてる!」
が、想定と異なり。ホームに轟音と破片がまき散らされる。出てくるのは分解された列車。吊り皮や側面の金属板など様々なものが取り外されており、あたかも肉抜きされたかのようである。肉抜きという表現、世代によっては通じないらしいけど。ミニ四駆は必修教科じゃないんだな……。
そしてそんな電車に張り付いているのが全員身体改造しまくった荒くれ者、すなわち盗り鉄であり、彼らの手には数多の部品が握られている。
「この耐熱性ガラス、生産中止だから奪っとくといいぜ!」
「吊り手の皮を忘れるな! もう絶滅した動物の皮だからな!」
「なんか情報交換してる!?」
車内にいる人間にとってはいつものことらしく、目的地に着きさえすればいいかと武器だけ構えておとなしくしている。そして盗り鉄たちもそれは理解しているらしく、誰も列車の運転に必要な電気部品を盗まない。まあ電気部品は正直改良が凄まじ過ぎて、過去のものを盗んでも旨味がないのだろうけれど。
乗客たちは何事もないかのようにホームを出入りし乗り換えを行う。あまりにも異常な、でも暗黒街では正常な光景であった。
俺達も乗らないとな、と思って乗客たちが下りるのを待つ。だが最後に降りた乗客は、階段へ向かわず俺たちの行く手を阻むように真っすぐ進んでくる。
異様な男だった。紳士風の老人、であるのだが髪は半透明の合成繊維に置き換わっており、片メガネの奥では複眼がぎょろぎょろと蠢いている。体は全身義体か、あるいはそもそも人間ではないのだろう。ぎこちない動きで男は俺たちの前に立ち止まり、深く一礼した。
「初めまして、ネゴシエーターという者です。以後、お見知りおきを」
暗黒街においていきなり向こうから声をかけてくる場合、大抵良い話ではないので正直お見知りおきしたくない。まあ目的は察することができるので、俺はため息をつきながら話に付き合ってやることにした。そう、トキが外出すればどこかで必ず接触すると思っていたのだ。今回の事件の、黒幕が。
「お前はあそこの荒くれ者どもの仲間なのか?」
「彼らと一緒にしないでください。私は紳士的な盗り鉄なんですよ」
「具体的には?」
「予告状を出しています」
「事前通告すればよいってもんじゃねえぞ!」
というか紳士的な盗みってなんだよ。アルセーヌルパン以外ではあまり聞かないワードだ。だが、トキには伝わったようで一歩下がりながら警戒した様子を見せる。
「あなた、それ保険金詐欺でしょ」
……なるほど、盗り鉄の謎の一つが解けた。何故被害にあって平然としているのか。運営企業が対策を講じずた奪われるがままになっているのか。つまり、この盗り鉄の一大ムーブメントには地下鉄運営企業も参加しているのだ。
「いえ、私がしたことはシンプル。老朽化した車両の更新をしたい企業と、賄賂さえ貰えれば何でもする保険会社の社員。そして暗黒街の皆様を、『繋げた』だけです」
「ムカデ人間みたいにか?」
「おや、凄く古い映画をご存じなのですね。犯罪という糞を共有し一体となって動くのです、概ね間違いではないでしょう。例えば、トーキョー・バイオケミカル社とソラさんを繋げたように。例えば、アルタード研究員とシゲヒラ議員を繋げたように」
ああ、ようやく謎が一つ解けた。ソラという女が、姉を助けたいと言いながら平然とした様子であった理由。そして彼女一人であったにもかかわらず、なぜアヤメちゃん経由で俺に救出依頼を出すことができたのか。
「やはり、背後に企業がいたわけだ」
つまり、こいつのバックにいる企業の存在を知っていたから、かなりの確率で救出できると踏んでいたわけだ。なるほど、悲壮感溢れる逃避行ではなく単なる転職に近いものと考えればその動きは納得がいく。そもそも牙統組に依頼を出せるレベルの資金はどこからでたという話になるしな。
となれば、確認しておかなければならないことがある。ネゴシエーターを俺は睨みつけた。
「お前自身のバックはどこだ?」
「本国の話はあまりしたくないですね」
ネゴシエーターは軽くそう答える。本国。わざわざ日本でそれを言うということは、海外の企業に他ならない。本人としては隠す気もないのだろう。ネゴシエーターは片眼鏡の下の複眼をぎょろぎょろと動かしながら、しかしその顔には子供のような笑みを浮かべる。
「ただ、目的としてはシンプルでして。こんな小康状態ではなく、もっと日本に盛り上がってほしいというものなんです。以前あなたが暴れた時のように」
「お前……」
「『龍』は全面戦争へのセーフティとして優秀すぎるんですよ。あなたがいるから、正面切っての抗争は厄介なことになる。「常識的な判断」をすれば、全面戦争という『龍』を敵に回すリスクを犯すことなどまあありえない。だから私たちが火種を作り、油を撒いて、彼らの尻を叩いてあげなければならない。そんな「常識的な判断」をしなくて済むように、目を曇らせてあげなければならない」
目的は数多考えられる。例えば各企業の抗争の隙をついて海外企業が日本に進出するため。あるいはシンプルに人材や技術、資源を国外に誘致するきっかけを作るため。だがいずれにせよ、俺の平穏を壊すことには変わりがない。
「つまるところ、お前は俺の敵ってことだな」
「混沌をお届けすることだけはお約束いたしましょう」
さてどうしようか、と悩む。この場所に現れたことを考慮するとソラと同じく外部操作の類、正面切って戦っても何も起こらないだろう。そう思っていると、この事態を予想していたもう一人の人物が現れた。
「あらおじ様、やはり捕まっていましたか」
正装であろう和服を着た少女が、かつんと音を立てながら階段を降りてくる。そこにいたのはアヤメちゃんと、護衛の黒服たち。ドエムアサルトはいないが気配はあるので、恐らく周囲に潜んで警戒をしているのだろう。あいつ、性癖以外は冗談抜きに世界最強クラスだからな。
ネゴシエーターは想像していたのだろう。アヤメちゃんにむかって慇懃無礼に軽く頭を下げる。
「おや牙統組さん、会うのは2回目ですか」
「以前は本国のことは教えて頂けませんでしたし。本性を現してからは1回目ですね。そして何より、報酬未払いですよ」
「なんか債務者の話がこないと思ったらそういうことか」
そろそろ来ないとおかしいとは思ってたんだよ。なるほど、依頼元が支払わないから俺への支払いも滞っているというわけか。ふざけんな、漁船『債務者御一行』は絶対俺の物だ。誰にも渡さんぞ。
が、報酬の話は彼らにとってはあくまで規定事項だったらしい。アヤメちゃんは全く動じず、そうでしょうねと頷く。
「次の任務を完了したときに纏めてお渡ししようと思いまして。『龍』に直接、ね」
「おじ様へのつなぎに使われてしまいましたね。まあそれは私としてもいいのですが。もっと大きな依頼に関われましたし」
そう言って彼らは俺に向き直る。ここまで様々な出来事があって、でもトキは俺のもとにいる。彼らは俺を崩す暴力を持たず、故に俺に回答権が回ってくる。つまるところ、今回の依頼の終着点がようやく明らかになりつつあった。
「『龍』、トキ研究員を、ソラさんと我々、そして本国に引き渡してください」
「おじ様、オーサカ・テクノウェポン社と共に、トキ研究員の『未来流刑』を執行して頂けますか?」
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