世襲議員の強襲!

 この暗黒街では数多の陰謀が繰り広げられている。オーサカ・テクノウェポン社とトーキョー・バイオケミカル社の支配域の中間にあり、倫理が通用しない特殊な街。


 その中で荒事屋たちの仕事は多岐に渡る。誘拐から物資の輸送、ハッキングの補佐に爆破。この街で事件が起きていない日など存在しない。


 アヤメちゃんと変態全裸四つん這い女、そしてシアンが来店した翌日の夕方。俺の店に訪れたのは初めて見る、でっぷりと太った男だった。


 この店は僻地にあるため、他の客の紹介以外で来る客は稀だ。ましてや暗黒街に相応しくない、緩み切ったその体は上流階級のものだ。


 男は見るからに上等なコートを着ており、その右目は身体改造により機械化されている。太った男は店内を一瞥し、馬鹿にしたような表情を見せた。


「ふん、こんな寂れた店とはな。がっかりじゃ」


 がん、という音と共に古びた椅子が蹴飛ばされる。俺はそれを見て顔を顰めた。たまにいるのだ、こういう勘違いしたモンスター客が。太った男は勢いよくどすん、と適当な椅子に勝手に腰を下ろす。


「おい、早く酒を出せ。儂はシゲヒラ議員じゃ、つまらんものを出したら潰してやるからな。お客様は神様というが儂はその上じゃ、ハハハ」


 その言葉でようやくこの男の素性を理解する。世襲議員。とはいってもこれは21世紀の存在とは意味合いが異なる。簡単に言えば昨日行われた日本経済会議などで議決権を持つ人間のことだ。


 その性質上、彼らは企業からの献金を受け私腹を肥やしまくっている。企業達も落ち目の日本国にそこまで関わる気もないため、少額で自分たちの都合の良い方向に投票してくれる彼らは都合の良い存在だった。


 しかも企業の支援を受けているため宣伝力も高く、当選率も高い。政党に入る必要すらなく、無所属という名目の議員が数多存在している。さらに言えば、彼らはその財と役目を自身の息子に受け継ぎ、代々企業からの甘い汁を吸い続けている。


 そんな歪な形で彼ら世襲議員は代々企業の代理人として国政を荒らしに荒らすのである。昨日、政府の要求が跳ねのけられる見込みだと言われていたのはこういうことだ。投票権を持つ議員がかなりの割合で買収されているのだから、一政党が頑張ったところで結末など知れている。


 ……うーん、21世紀の世襲議員も賛否はあったがこんなレベルじゃなかったぞ。親バフ凄いとか勝手に思ってたけど裏では期待に応えるべく頑張ってたんだろうな、21世紀の世襲議員は。


「提供速度が遅いぞ。これだから最近の若造は……」


 俺は少し悩み、結論を出す。居酒屋『郷』は俺がまったり楽しむための店だ。世襲議員さんの横暴を許すための場所ではない。とっととお帰り願おう。



 俺は貯蓄しておいた酒のうちに一つを開け、自作の徳利に注ぐ。そしてそれをバーナーの火で加熱していく。いわゆる熱燗だ。日本酒を温めて飲むものであり、あんまり飲む機会は無かったけれど美味しかったと記憶している。


「提供速度も遅い、店員の態度も悪い。儂が来たのだから女の一人でも出して接待すべきだろうに。これだから暗黒街の屑は」

「お待たせしました、熱燗です」


 俺は嫌味をスルーし、素手で持った徳利をシゲヒラ議員の前に置く。シゲヒラ議員はわざとらしくため息をつき、徳利を手に取った。そして叫ぶ。


「あっつ!!!」


 まあバーナーであぶったんだからそうだよね。シゲヒラ議員は飛び上がり、手に持っていた徳利を落とす。湯気を立てた酒が机に溢れて広がり、高そうなコートにもシミを作る。ざまあみやがれ。俺はわざとらしく姿勢を正し、30度頭を下げた。


「お客様、お酒をこぼすのはマナー違反ですのでやめていただけますでしょうか」

「お前のせいだろ! なんだこの酒は、熱すぎるじゃろう!」

「私は素手で持てましたが……」

「持てるか! 熱探知……97度、この店は客を怪我させる気か!」

「すみません、お客様がこんなに脆弱だとは思わなかったもので……」

「脆弱!?」


 頭に血が上っているらしいが、それでも席を立つ様子は無い。……あんまりやると逆恨みが酷いことになるんだよなこれ。しかも被害を受けるのは主にシゲヒラ議員自身ではなくその部下だし。


 とはいってもここで辞めるのも筋が通らない。こういうクソ客が居着いてしまうとまともな客が離れていってしまう。大きな店ならともかく、こんなちっぽけな店ならその効果はなおさらだ。仕方がない、第二弾を実行する。


「本日のメニューはこちらとなります」

「なんだこの貧相なメニュー表は……おい、この枝豆300万クレジットとはどういうことだ! 他店では100クレジットもしないだろう!」

「最近値上がりが激しく、お客様にはご迷惑をおかけしております」

「限度があるだろう! それに手書きで書かれた0の羅列は何だ! さっき書いたばかりだろう!」

「つい数秒前に原料の値上がりがありまして」

「適当言うな!」

「23世紀です、そんなことも時たま起こります」

「23世紀は理由にならないだろう!」


 シゲヒラ議員は顔を赤く染め。メニュー表を机に叩きつける。よしよし怒ってくれた。これであとは自ら退店してもらうだけだ。


 そもそもこの店は寂れてるから別に悪評が広がったところで今更だ。それよりストレスの元がとっとと出て行ってくれるのが一番。


 シゲヒラ議員は立ち上がり、荒い息遣いで俺を睨みつける。


「わた……儂は世襲議員だ! この意味が分かるか!」

「さあ?」

「金がある! 貴様に殺し屋を100人向かわせても良いのだぞ! いくら『不死計画』の完成体とはいっても、限度があるはずだ!」


 俺の表情がスッと消えたのが自分でも分かった。『不死計画』。俺の体の製造元であり、かつて俺が潰したものの一つ。俺のチート能力の源でもある、懐かしい単語だ。


 俺はカウンターの向こうから手を伸ばし、シゲヒラ議員の胸倉を掴む。


「誰からその単語を聞いた?」


 このワードを知っている者はそこそこいる。例えばアヤメちゃんの親父とかは昔抗争をした関係で情報が伝わっている。だが企業の操り人形風情が得ていい情報ではない。


 俺が強く目を睨みつけると何度もシゲヒラ議員の目が揺れ動き、しばらくして答えを出した。


「せ、先日の電磁浮遊式輸送船爆破事件にて、『不死計画』の参画者が実行犯だと儂は聞いた。儂はあの日、現場に居合わせたからな。事情を聞く権利があったというわけじゃ」

「……そう繋がってくるか」

「輸送中の『不死計画』参画者一名、研究者にして過度なサイボーグ化が特徴の男、アルタード。それが輸送船爆破事件の犯人であり、現在研究データを持って逃走している男の名だ。男は自身を解体し、姿を変えて逃走している」

「それで機密データ狙いの各組織から追手がかかっていると」


 爆破事件と俺の周りを探る『アルファアサルト』。正直どうして彼らが俺に対して今更監視を付けてくるのか意味が分かっていなかった。だが、ようやく全てが繋がってくる。つまりは俺のチート能力と、『2本目』のせいだ。


 この辺りは完全に経験則だ。限られた情報から、今発生している事件の全容を推察する能力。この陰謀だらけの暗黒街で必須のそれは、俺に対して強く警鐘を鳴らしていた。


「その通りじゃ。そしてお前の周辺から、実行犯の反応が時たま探知されていた。故にお前やその周辺が犯人の可能性が高い、というわけじゃ。はぐれものが頼る先としては、お前は最適」

「実行犯の反応は複数あるだろう?」

「おや、何か知ってるのか? まあ良いじゃろう、その通りだ。しかし問題は、多くが不規則な動きをするなか一人だけが『不死計画』完成体の周辺にいることじゃ。襲撃して、もし間違いだったとしても所詮暗黒街の住人、ゴミ箱に死体を放り込めば良い」


 何が楽しいのか、くくくとシゲヒラ議員が笑う。何とも不気味だった。先ほどまでは単なる私腹を肥やす頭の悪い世襲議員に見えていた。だが今はどうだ。俺に胸倉を掴まれてなお笑みを絶やさない余裕と貫禄がある。  


 この店に来た理由も謎だ。単に罪を擦りつけるためならわざわざ店に来る必要もない。恐らくもっと別の、私情の入り混じったなんらかの意図がある。


 だが今はこの男の真意を確認している暇はない。大事な友人であり客である男が、俺のせいで無実の疑いをかけられている。


「マーカーの出現時刻は?」

「2日前の夕方にこの店、昨日の昼に市場」

「やっぱりか」


 その言葉を聞いて俺は全てを理解する。けたけたと笑うシゲヒラ議員を片手で掴み、店外に投げ飛ばす。受け身を取れずべたんと地面に衝突する彼に見向きもせず、俺はランバーに連絡する。通話をかけると直ぐにランバーと繋がる。車の排気音らしい音と共に、音質の悪い声が聞こえてきた。


「ランバー、今どこだ?」

『暗黒街南西の裏道だ。お前も知ってるだろ、よくオレが使う経路だ。 それより一体どうした。遊びの誘いならもう少し後にしてくれ。今仕事帰りなんだ』

「気を付けろ、機密情報を持っていると勘違いされて狙われているぞ!」

『おいおい、仕事柄恨まれているのには慣れているがどういうことだ?』


 全ての辻褄が合ってくる。市場で売られていた奇妙なサイボーグの部品。消された刻印。ランバーの手に入れた物。


 俺は基本客の仕事にはかかわらない。俺には関係の無いことだし、俺がでしゃばることで悪化することもある。だが今回は完全に俺に関わることであり、こればっかりは手出しせざるを得なかった。


「ランバー! お前のチ〇ポはマーキングチ〇ポだ!」

『は? 何を言っていsgvebntr……《お使いの回線は現在接続できません。時間を置いて再度かけ直してください》』

「ちっ、もう来たか……!」


 まったく、平穏に居酒屋のマスターとしてゆったり過ごしたいのにそうは問屋は下ろさないということらしい。


 時間がない。俺は店に鍵をかけ、暗黒街の街を走り出す。ランバーのことだ、大丈夫だろうが万に一つということもある。間に合ってくれよ……! 


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