納豆アタック!
荒事を得意とする何でも屋、ランバーはその日の仕事を終えて帰路に就いていた。
今日の仕事は窃盗グループからの盗品奪還。報酬こそ低いもののマフィアや企業を敵に回さないため安全に稼げる仕事だ。依頼の品を所定の方法で発送し終えたのち、乗り合いバスに乗車する。
この乗り合いバスは暗黒街を走っており、比較的低価格で素早く移動が可能だ。難点としては乗り合いバスは裏道しか通らないという問題がある。というのも一部の表通りを走ろうとすれば牙統組や各企業から通行料を請求される場合があるからだ。仮に払わなかった場合、何らかの罪をでっちあげられて処分される羽目になる。
乗り合いバスに乗車していたのはランバーともう一人、若い少女だった。髪はぼさぼさで身なりも悪い。暗黒街の片隅で密輸や窃盗を繰り返して生きているのだろう。ランバーもかつてはそういった人間だったし、今でも本質はそう変わってはいないはずだ。
『ご乗車ありがとうございます。次は南西区、テックストリートです』
ゴミがあちらこちらに散らかり、浮浪者が仮想世界に魂を売り渡し裸で宙を見つめている。暗黒街の闇の縮図ともいえる道をバスは排気音を鳴り響かせながら進んでいた。
ランバーの顔は仕事終わりであるにも関わらず、憂鬱そうであった。悩みが消えず、頭の中を思考が駆け巡る。
(しかし、最近の監視するような視線は何だ? 一昨日辺りから尾行されているが、正体が掴めない)
ランバーの悩みとは、すなわち一昨日からの監視の目であった。ロケットランチャーを手術で取り付けてもらった辺りから、何かが自身の跡を追いかけていることに気付いていた。
マスターの店周辺では監視の視線が消えたため、彼と敵対もしくは相互不干渉を貫く組織である可能性は高い。故に、相談してみたのだがやんわりと断られてしまい、今に至る。
どうしたものか、とため息をつく。このままでは仕事することもままならない。どうするか、と思っていると目の前の少女がむぅ、と唸り、少し入り混じった関西弁でランバーに文句を言う。
「おっちゃん、臭いで。鼻がひん曲がるから早く出て行ってや」
身なりの悪い少女を見ると一点、通常と異なる部分がある。その少女の特徴的な部位は耳であった。通常の人間には生えない丸い形状の耳は
「ネズミ系の遺伝子強化体か。すまねえ嬢ちゃん。マスターからもらった手作り納豆とかいうやつ、臭すぎて密閉容器に入れても匂いが漏れているみたいなんだ」
「嬢ちゃんって年やないで、もう14や。あとそれはもはや兵器やろ」
「それを言うならオレもおっちゃんって年じゃねえ、まだ29だ」
「おっちゃんやないか」
「…………」
「本気で落ち込むのやめてや、悪臭のおっちゃん!」
「悪臭って言うなよ!」
追撃を食らってランバーは崩れ落ちる。一応この匂いは遺伝子改造型なら受け入れやすい……とはマスターの弁だったがあくまで受け入れやすいだけ。初見でこの匂いを嫌がるのは当然とも言えた。
もし運転手がいれば悪臭に悪態の一つでもついたのだろうが、幸いにもこのバスは自動運転だった。そのせいでランバーに指摘する者もいなかったのだが。
崩れ落ちるランバーを「すまんかったっておっちゃん!」と少女があやすこと数分。ようやくランバーは立ち直り、きりっとした表情で席に座る。漂う悪臭は変わらずだったが、少女は多少慣れたらしい。嫌な顔をしなくなり、むしろ匂いの発生源に興味津々になっていた。
「それ食糧なんやね。今時天然物なんて企業所属のお金持ちしか持ってないと思ってたけど、おっちゃん実は?」
「お前と同じ戸籍も持たないごろつきさ、残念ながらな。そういうお前は盗みの帰りか?」
「まあそんなもんやね。とはいってもうちの専門は追跡や。情報渡してはい終わり、ただ給料が安いのは困るけど」
「そりゃ実行部隊と比べるとリスクが低いからな。まあそれでも食べてはいけるんだろう?」
「その日暮らしやけどな。まったく、遺伝子強化でもっと戦闘系にしとけばよかったわ」
「今からでも遅くないだろ?」
「おっちゃん、そんなことしたらうちは人間の形保てなくなるで。他の動物を利用した遺伝子強化は1種までや。追加する余裕はないで」
「ちっ、ばれたか」
くくく、と笑う二人を乗せてバスは進行する。こういった乗り合いバスでは珍しい事ではない。仕事が終わり緊張が解けたせいで気が緩んでしまうのだ。まあそれも悪い事ではない、とランバーは思っている。思わぬ縁ができるのもこういう時だ。確かマスターと出会ったのもこのバスである。
ゆったり談笑しているとPPP、と電子音が鳴り響く。ランバーは置換脊髄機構を通して通話に出る。かけてきたのは珍しいことにあのマスターだった。偶然みつけた居酒屋の店主であり、一見頼りないが勘は彼が化け物だと訴えかけてくる、この街で最も訳の分からない存在。
そして電話に出ると、内容もまた訳が分からなかった。
『ランバー、今どこだ?』
「暗黒街南西の裏道だ。マスターも知ってるだろ、よくオレが使う経路だ。 それより一体どうした。遊びの誘いならもう少し後にしてくれ。今仕事帰りなんだ」
『気を付けろ、機密情報を持っていると勘違いされて狙われているぞ!』
……本当に何を言っているのか分からない。マスター、ついに天然物の食べ過ぎで頭までおかしくなったか、と思うが直ぐにその意味に気が付く。数日前に接続してもらったチ○ポ。確かあれには
『ランバー! お前のチ〇ポはマーキングチ〇ポだ!』
「は? 何を言ってい……いや刺青……共振回路か!」
ランバーを監視していたのは極めてレトロな仕組みである。やっていることは簡単、電波をとらえて信号を増幅する機構。テレビやラジオなどでもよく使われるものである。だがそれを、追跡機として用いたとしたら?
電波を発生させれば、共振回路から増幅された電波の返信が飛び出てくる。そうすれば大まかな位置がわかる。そしてこれのもっとも重要な点は、極めて構成が簡易だということだ。それこそ2240年の技術であれば薄皮一枚に挿入することが可能なほどに。
通話が不自然に途切れる。電波妨害だと気づくと同時に、ランバーの視界の端に飛翔物が見えた。
次の瞬間、バスの横っ腹が大爆発する。割れるガラスの中を転がって外に退避し、ランバーは襲撃者の姿を見た。
「どこのエージェントだお前ら……?」
路地裏に3人の男女の姿が現れる。全員がかなりの割合で肌を晒しており、手や腰、足などの局所的な部分のみを分厚いアーマーで覆っていた。彼らの手には銃があり、その対物ライフルはランバーが着ている防弾チョッキをいともたやすく貫通するだろう。
紛れもなくこの街の支配者である企業の私兵だ。
「降参だ」
ランバーは即座に両手を揚げる。この暗黒街で生き残るコツの一つは、長い物には巻かれよ、である。無理をする意味はない。隊長格らしい拳銃を持った男は静かに頷く。
「お前の依頼主である、爆破実行犯、アルタード研究員について聞かせてもらう。ついてこい」
ランバーはその一言で概ねの事件の実態に予想をつける。
(つまりアルタード博士とやらは爆破事件を起こし、逃げ出した! その際に発信器付きの自分の肉体を解体・換装した。そしてそれらの訳あり装備が安売りされた、というわけか……。メジトーナが販売していたのがそれで、そして俺はまんまとそれを掴まされ、捜査のかく乱に使われてしまった間抜け、なるほどな)
ランバーは諦めて両手を上げ続ける。現在のこちらの装備はアサルトライフルに拳銃、近接用のナイフにロケットランチャー2本。やりあえないことはないが、失敗すれば死は免れない。
それに、ランバー自身にも策はある。とはいっても単なる賄賂であるが、しっかり額さえ払えば取り調べ後の処分を銃殺から記憶消去に変更することくらいは容易い。こっそり交渉屋に向けてのメッセージを作成していると、彼らエージェントの視線が少女に向く。
「がっ……」
少女は爆発に巻き込まれ、足を怪我していた。流れる血は止まらず、直ぐに動き出せるような状態ではない。少女を見てエージェントは淡々と命令を下した。
「目撃者は」
「消せ。浮浪者一人、記憶消去の手間も惜しい」
そして当然のように、殺人の選択肢がとられる。当然の事態だった。その方がコストパフォーマンスが高く、経費削減を行う社員としては当たり前の行動。
まあ仕方がない。暗黒街とはそういうものだ。昨日まで笑顔だった人間が翌日路地裏で臓器をはぎ取られた死体として見つかる。過度な発展、法を逸脱した行為の容認の代償だ。少女自身も無垢な一般市民というわけではなく、様々な犯罪行為に手を染めている。金もなく力もない人間の末路などこんなものだ。
動けない少女にアサルトライフルが突きつけられる。少女は銃口を見た後、恐怖ではなく諦めの表情を浮かべた。昔からこうなる事態は予想していたのだろう。
「まあ、ドブネズミの末路なんてこんなものやんな」
「処分する」
この暗黒街ではよくある、人間の処分が行われる。ランバーが抗う意味もない。所詮は会ったばかりの相手、そんな命を助けて何になるのか。そもそも大事にするべきなのはまずは自分の命だ。
目を瞑り、その光景を受け入れようとする。昔であれば耳にこびり付く悲鳴も、夢の中で出てくる亡霊も酒と電子ドラッグで押し流せた。
『23世紀の奴らは命を甘く見過ぎなんだよ! いいか、子供は宝、殺人はNG!』
が、諦めるより早く頭の中で思い出されたのは、マスターのかつての言葉だった。居酒屋の席でぼやいていた、暗黒街としての人間としては失格だが一人の大人としては極めて正しい、23世紀の人類が遥か彼方に捨てた矜持。
「おらぁぁぁぁぁ!」
「「!?」」
考えるより先にランバーの体は動いていた。左脚の圧縮ガス式脚力増強機構が稼働し、炸裂音と共にランバーの巨体が宙を翔ける。今にも引き金を引こうとする私兵の右手を横から蹴飛ばすとともに、少女の体を無理やり掴む。
「え、な」
「逃げるぞネズミっ娘!」
「追えっ!」
身体改造で得た身体能力により、少女を抱えているにもランバーの体は通常の人間ではありえない加速を維持し続ける。
「なんで助けたんや!」
「馬鹿が移ったんだよ! それにガキが格好つけて諦めてんじゃねえぞ!」
少女と罵りあいながら路地裏を走り回る。背後から3人の企業の私兵が追尾してくるが、ランバーたちに追いつくことはできていない。単純なスピードであれば過度な身体改造を施した企業の私兵が有利だ。しかし、暗黒街の路地裏を知り尽くしているランバーにとって、その速度差を埋めるのはそこまで難しい話ではない。
背後に向かってランバーが拳銃を抜き、適当に乱射する。企業の私兵たちは銃弾に怯むことはない。むしろ銃弾に向けて躊躇いなく突っ込んでくる。そして銃弾は一発たりとも当たらない。
(おいおい、肌が出てるってことは防弾性能ないんだろう!? ってことはあれか、皮膚器官の感覚増強か! 肌で熱や風圧を感じて、回避性能の方を高めているわけだ。『アルファアサルト』が似たような装備をしていたな)
この一瞬で敵の能力を判別できるのは、ランバーの戦闘経験あってのものだ。ランバーは追手の銃撃を避けるべく、こまめに角を曲がり射線を切り続ける。
「テックストリートまで出れば『牙統組』の支配域、恐らくあいつらも一旦手を引くはずだ! おい、これを言う通りにしろ」
「くっさ!」
だが身体改造の性能差が徐々に出始める。段々と距離が近づき、ランバーの体に銃弾が掠るようになってきた。
「いい加減捕まれ、暗黒街の底辺!」
隊長格らしき男が速度を上げ、遂にランバーに追いつこうとする。この曲がり角の先は直線、ランバーが銃撃を避けられる横道がないことはマップ情報により確認済みだ。
さんざん時間を取らされて青筋を立てた企業の私兵は、嫌な笑顔で銃を構えて曲がり角から顔を出す。瞬間、自身の無数のセンサーからエラーが発生した。体を見ると、糸を引いた豆が肌に張り付いているのが見える。
「くらえや悪臭!」
「あ、があああああああああああああ!!!!」
曲がり角で、ランバーは逃げずに待っていた。知覚不能のタイミングで、少女は練り混ぜた納豆を男の素肌に叩き込んだのだ。瞬間、感覚増強を行った皮膚器官から無数のエラーが発生し、吐き気で男は崩れ落ちた。
感覚増強をしているということは、ありとあらゆる感度が大幅に向上しているということだ。その状態でマスターの作成した激臭納豆が肌に直撃したことにより、感覚器官が一斉に悲鳴を上げた、という理屈である。
本来であれば皮膚器官をシャットアウトすることもできただろう。しかしかなりの時間にわたって追いかけっこをさせられた男の思考は怒りに染まっており、咄嗟の判断ができなくなっていた。
「これが暗黒街流、相手を怒らせてから嫌がらせ! 変な身体改造してるやつには結構効くんだよな! あとマスターすまん! 飯を粗末にした!」
「あれ本当に食べ物やったんや!?」
ランバーは追手を一人ダウンさせられたことに満足せず、直ぐにその場を駆け出す。銃弾のかすり傷から血が流れ落ち、少しずつ自身の死が近づいてきていることをランバーは自覚する。それに加え残り二人もかなり厄介だ。ランバーとしてはもうとにかく逃げ切りたかったのだ。
だが、それはかなわない。
『自動操縦ON。対象知覚、射撃ヲ開始シマス』
がたん、という音と共に道の先から一体のロボットが現れる。四脚歩行のそれは、分厚い装甲と戦車砲、そしてランバーのような暗黒街の邪魔な人間を清掃するための機銃が装備されている。オーサカ・テクノウェポン社やトーキョー・バイオケミカル社が運用する、機動戦車と呼ばれる兵器である。
「まじかよ……」
機動戦車はその名の通り、戦車としての性能と圧倒的な機動力を兼ね備えている。いくらランバーが身体改造を繰り返したとはいえ、戦闘力は蟻と象。機銃の掃射だけであえなく即死するだろう。
加えて道が塞がれる。これによりランバーの地理的な強みは消滅する。そうなれば怪我人を抱えた、所詮一介の人でしかない。少女は痛みに呻きながら、ランバーに吐き捨てた。
「うちを捨てて逃げるんや」
「できねえって言ってんだろ」
がちゃり、とランバーは左手と腰に装着したロケットランチャーを構える。この距離でどこまで精度が出るか、そもそも機銃による妨害を抜けられるかも分からない。ただこのまま死ぬくらいなら、最後に挑戦したい。
「機動戦車と挟み撃ちにしろ!」
「隊長をよくも!」
背後からも企業の私兵たちの声が聞こえる。覚悟を決めて、ランバーはロケットランチャーのボタンを押そうとした。
瞬間。
「「「「!?」」」」
ガァン! という音と共に、機動戦車が炎熱に包まれる。恐らく圧縮可燃ガス砲の類だろう、とランバーは推測する。メタンガスやアセチレンガスを超高圧から解放し、指向性を持たせた爆発を発生させる。
だが、この威力は流石に想定外だ。
『ギギギ、損傷率68%、動作不能、自動停止を行います』
一撃。戦車砲の応酬にすら耐えうる装甲がひしゃげ、内部機構が覗いている。あまりにも火力が高かったからなのか、熱で一部の部品は融解すらしていた。
煙が燻る中、路地の向こうから機動戦車を踏みつけて現れたのは、見覚えのある姿だった。
中肉中背で、無精髭の生えた男。武器を何一つ持たず、サイボーグ化した様子もない。戦場に似つかわしくない姿で彼はよっ、と手を振った。
「おー、ランバー無事か」
「マスター!」
なるほど、とランバーは頷く。恐らくマスターは遺伝子強化人間。ミイデラゴミムシや牛など特殊なガスを生成する生物の遺伝子を入れることで、生身であるにもかかわらず機動戦車を一撃で戦闘不能にする火力を持ち合わせている、というわけだ。
ここまでの火力は流石に初めてだが、可能性としては十分納得がいく。歩く人間砲台とでも呼ぶべきだろうか。自信があるわけだ、と納得していると、マスターは平然とした表情のまま、たんとランバーの隣に立つ。数十メートルの距離があったのに、一瞬で。
「「「「!?」」」」
「おいおい、俺の顔を見ても銃を下ろさないとか、トーキョー・バイオケミカル社も怠慢が過ぎるだろ」
その場にいたマスター以外の全員が驚愕する。単に移動速度が速い、だけならまだ分かる。問題はマスターが恐らく遺伝子改造型の強化人間だということだ。遺伝子改造、特に動物の遺伝子を導入したものには弱点がある。つまり、その動物のスペックを超えたものは発揮できない。
さらに言えば、遺伝子強化した上にサイボーグ化しようとすると通常の人間とは違いすぎるため特注の設定が必要となる。副作用も大きくなりがちなため、大抵の場合はサイボーグ化を併用できない。にもかかわらず、機動力と圧縮可燃ガス砲を両立している。
企業の私兵が、危険を感じてランバーではなくマスターに銃撃を行う。当然のごとく命中し、マスターは吹き飛ぶ。
「やったか……!?」
「最近のアサルトライフルは怖いな、結構響くじゃん」
私兵が喜ぶ隙もなく、ぬるり、と立ち上がったマスターはアサルトライフルを掴む。太くもなければ細くもない、平凡な手は一撃で金属の塊を握りつぶす。
銃器を無効化する技術は幾つか種類が知られている。代表的なものは強化外骨格を纏う、皮膚と筋肉を大幅に強化するなどの方法で点の威力を面に分散し防ぐというものだ。
だが、圧縮可燃ガス砲や高速移動、筋力と両立するなどあり得るものではない。身体改造は所詮人の技、万能には程遠い技術の筈なのだ。
マスターは武器を失い呆然とする企業の私兵に蹴りを入れる。バン、という音とともにビリヤードのごとく撥ね飛ばされる仲間を見て、最後に残った一人がとった行動はやはり攻撃だった。
いつの間にか、企業の私兵はイヤーカバーを付けている。つまり。
「いくら硬くてもこれならっ!」
音響爆弾。咄嗟に耳を防いだランバーはそれでも頭の中に鳴り響く振動に顔を顰める。そして至近距離から音響爆弾を浴びたマスターは、耳から血が出ている。
防御を固めた改造人間に対する最も有効な手法の一つだ。鼓膜や目など柔らかい部分を狙い、戦闘力を削ぐ。最後に残った一人はマスターの耳から飛び出る血を見て、哄笑をあげた。
「は、もう三半規管がずたずただろう! この隙に頂いていくぜ!」
「あ、もう回復したよ」
ばん、と私兵の体に蹴りが入る。企業の私兵はあっけなく吹き飛び、壁にクレーターを作って全滅する。
「よしこれで全員かな」
僅か数瞬の間に、マスターは私兵達を殲滅してのけた。その姿にランバーは戦慄する。
(おいおい、機動戦車を一撃で倒せる圧縮可燃ガス砲、数十メートルを一息で詰める機動力、ライフルを防げる防御力、一撃で改造人間をノックアウトする攻撃力、鼓膜を一瞬で治す再生能力。そんな生物聞いたことねえぞ、一体何の遺伝子で改造すればこんな人間が出来上がるっていうんだ……!?)
ふいー終わった、とマスターはなんてことのない様子で伸びをする。事実彼にとってはこの程度、遊びにすらなっていないのだろう。
マスターには明らかにこちらへの敵意は無く、本当にただ助けに来てくれただけのようであった。それにしては派手すぎるが、まあ助けられたし文句を言うものではない。
それはさておき、一命は取り留めた、と少女と顔を見合わせてランバーはくしゃっと笑みを浮かべる。命の危機があるのはいつものことだが、今日は一際だった。とりあえずゆっくり休み、また対応を考えようとランバーは楽観する。
「なあランバー。俺が渡した納豆、どこに行った?」
前言撤回、本当の危機はこれからのようであった。
マスターは角でまだ納豆に悶えている企業の私兵を見る。……そうだよな、せっかくプレゼントした食べ物を兵器として使われて、嬉しいやつはいないよなぁ、とランバーは思う。
ゴゴゴゴゴ、と効果音が背景についていそうなマスターの怒りの形相に、ランバーは静かに頭を地につけるのであった。
「マジすまなかった──!」
「食べ物を粗末にするんじゃねえ!!!!」
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