交通マナーを守りましょう!

「お、ドエムアサルト」

「あなたですか、ターボチ〇ポ野郎」


 何故それを知っているのかは聞かないことにしよう。クソ腹立つから。目の前のドエムアサルト、本名を知らない変態女はむすっとした表情で乗り合いバスの向かいの席に座る。競馬が終わった後、俺は乗り合いバスに乗って居酒屋方面に戻ろうとしていた。するとこいつが乗ってきた、というわけだ。


「……お前、服を着ていたら可愛いんだな」

「全裸が醜いみたいに言わないでもらえますか!?」


 今の彼女は白いパーカーにジーンズとすごくシンプルな服装をしていた。腰には仕事の道具や成果物などをいれているらしい大きめのバッグがついている。ドエムアサルトは長い髪を弄りながら、静かに窓の外を見つめる。


 正直俺たちはそんなに仲良くはない。この前会ったばかりだし便所を奪われた恨みもある。だから二人そろって沈黙の時間が過ぎていた。最近は疲れたな、と思いながら俺も窓の外を眺める。


 この体になってから肉体的なダメージは大体無くなった。その分精神的な疲労、というものは一層感じるようになってしまった。主に頭がぶっ飛んでいる23世紀キッズどものせいで。全員濃すぎるんだよもっと量産型になれよ。


 さらに明日は懐かしい奴と会わねばならない。ふぅ、と息を吐いて自分の世界に潜ろうとする。すると乗り合いバスの室内から妙な音が流れてきた。


『問題です! ひき逃げするときの注意点は!』

『はい、とどめを刺すことです!!』

『正解!』

「間違いにもほどがあるだろ!」


 流石にひど過ぎるので目を開け、音の発生源を見る。乗り合いバスのモニターから、時間つぶし用の映像が流れていた。


『特別映像「守ろう! 交通マナー!」』

「そんな交通マナー壊してしまえ!」


 俺の時代にもマナー講師と言われるよく分からない講座をする人はいた。勿論、上流層のパーティーや一流の営業マンにとってはとてもありがたい存在だったのかもしれないが、俺たち庶民にとってはよくわからんことを言う人でしかなかった。あと嘘ついてる人も紛れていたのは事実だし。


「うるさいですよ、この町では常識です」

「そんな常識あってたまるか」


 思わず叫んだ俺にうるさいとドエムアサルトがぼやく。いや間違ってるのはどう考えてもお前だろう。そう思っているが彼女は落ち着き払ったような、珍しく嫌悪感を浮かべた表情でつぶやく。


「別に轢かれるときは気持ちいいんですけど」

「マゾの感想は聞いていない」

「タイヤから感じる何トンもの面圧を知らないのは人生の半分損してますよ!」

「肉体も半分くらい損傷するだろそれ」

『続いての問題です。交差点で赤信号です、でも渡りたい。どうすればよいでしょう』

『ロケランで信号機を破壊します!』

『おしい、正解は銃撃で牽制する、でした! マナーをしっかり守りましょう』

「惜しくはないだろ!」



 でもマナー講師がここまで最悪なことはなかった。お前ら免許取得時のテストを受けたことあるのか。本当にこんなこと書いてあるわけないだろうが。


『免許を取る時はウインカーがどうこうとかありましたよね』

『政府と警察が勝手に言ってるだけです』

『じゃあ大丈夫ですね!』

「んなわけないだろ!」


 あまりにも酷い。そういえば俺はこっちに来てから運転をしていない。走った方が早いことも多かったし。最近の奴らはそんなに治安が悪いのか知らなかったぜ、と思っていたが理由は別にあるようだった。


『昨今の運転はほとんど自動運転です。つまり事故が発生すると自動運転のソフト製作会社『ベリーバッド』が訴えられます。そうなるとベリーバッド社は名誉棄損と営業妨害と責任の否定を求めて本気で裁判を仕掛けてきます。企業は各々最強の弁護士を揃えていますから、こじつ……正確な状況判断を元に、乗車している人間を敗訴に持ち込むわけですね』

『大企業と揉めている人間を経営者は社員に持ちたくないので、偶然解雇や強制的な契約解除が相次いじゃうの、困ります~』

『はい、ですので交通事故が発生する場合はしっかり自分の手で上書きしましょう! 発覚してもその方が被害は少ないです!』

「最悪すぎるだろ」


 これもまた企業が生んだ闇だろう。権力が増えるということはこういうこと。道理が引っ込むのを見るのは嫌なものである。まあこの車みたいな『存在しない車(違法改造及び海賊版ソフト使用)』みたいなものも多いから、そんなイレギュラーとの衝突事故まで責任を負えない、というのはまあその通りなんだけれど。


 そしてベリーバッド社はシェアNo. 1の癖に対応も故障率も最悪なことで知られるカス会社である。悪貨は良貨を駆逐する的な理論で他の善良な自動車ソフトメーカーを全て破壊したゴミカス。価格の問題もあり、日本国内で正規の自動運転をする際にはどれだけ嫌でもベリーバッド社の物を使う必要があった。殿様商売の最終進化系である。


「23世紀、こういうの多いよな」

「本当に、これは嫌いです」


 ……お、と思う。このドM野郎は主人を奪われる以外の全てを気持ちよく感じるド変態かと思っていたが、案外そうではないらしい。ちょっと興味が沸いたので続きを促してみると、あっさりと吐き出した。


「……私がアルファアサルトを辞めたのは、他でもない身体改造によるものです。幼いころ、両親が事故に遭いました。しかしベリーバッド社から訴訟を受け、被害者であるにも関わらず偽計業務妨害罪など数多くの罪をなすりつけられ、私の未来も途絶えました。学者になりたかったんですけど、使い捨ての工作員として生きるしか無くなったんです」

「(その頭で学者? と言うのはやめておこう……)」

「戦場で生き延びるための身体改造で、私の心は段々おかしくなっていきました。特に感覚器を増やした関係で、本来の人間の何十倍も情報が入ってくるせいで段々自我が曖昧になるんです。身体改造前の自分と今の自分は同一なのか、どこまでが電気信号でどこまでが実感なのか。どこまでが自分の肉体でどこからが機械なのか」


 その言葉は不死計画でも聞いた単語であった。自我の崩壊。不死を達成するために数多の機能を詰め込み、その結果人としての連続性を失う。酷いときには人の形を失い死んでいく。元々人だったのに遺伝子投入の結果、獣の如き見た目となった哀れな失敗作達を、俺は沢山目にした。処分もできず、研究室の中に放置して去ることしかできなかった。


 だけどこいつ今元気そうなんだよな。


「そこでご主人様に出会いました! 役割と存在の再認識による固定! 鞭の新鮮な感覚! 軽蔑した視線!」

「もういいもういい!」

「ターボチ◯ポ野郎さんも今度のドMミーティングvol.214に出席しましょう! 自我が回復します!」

「これまでに213回もあったの!?」

「マゾヒストは一人見つけたら百人います!」

「ゴキブリ!?」


 急に熱く語り出す変態を制止する。いやーでもそんな手があったのか。じゃあ研究員が全員ドS女王様だったら他の実験体たちは生き延びていたりしたのかもしれないなぁ。……イメージするだけで吐き気してきた、やっぱこいつがおかしいだけです。


 そしてドエムアサルトの言うことにも実は多少覚えがある。俺が転生してから数秒の間は凄まじい情報量と違和感で吐きそうだった。えいや、とねじ伏せてからは一切そんな感覚は発生しなくなったけれど。


「でも自我の崩壊のきつさはちょっとわかるし、ベリーバッド社がクソなのにも同意だな」

「分かってもらえますか! 本当に天罰でも下って欲しいですよね!」


 一切理解不能な狂人の類いかと思っていたが、意外なところで共通点があるものだ。アヤメちゃんがいないにも関わらず、俺たち二人は声を弾ませて愚痴を言い始めるのであった。







 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇






 翌日の話である。ドエムアサルトからメッセージが届く。そういや昨日連絡先交換したな、と思っていたら一枚のネットニュースの切り抜きが添えられていた。


『シゲヒラ議員の乗用車、自動運転中にミドリガメと激突し大破! シゲヒラ議員はマッハ2で走るミドリガメを想定していないベリーバッド社の責任を問うべく訴訟を……』


 そんな理由で訴えられるのは流石にかわいそうだろ。




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