こんなの競馬じゃねえ!
「メス堕ち世襲議員ってなんだよ……」
あれからメジトーナは非常に残念なことに再び仮死状態に戻ってしまった。闇医者曰く、心臓付近の細胞の壊死や腕など末端部の損傷が激しいなどの状況のため、情報を聞き出すのは勘弁してほしいと言われてしまったのだ。
仮死状態のうちであれば一部移植手術が行いやすく、早速今日から回復のために手術室行きらしい。メジトーナから凄く情報が聞きたいのは事実だが、それはそれとして仮死状態からたたき起こした挙句状態を悪化させるわけにもいかない。
そんなわけで俺は今、競馬場にいた。競馬場とは言うが21世紀の時のように整備されているわけではない。メジトーナのいた市場と同じく、廃棄された区画を無理やりそれっぽくしただけの場所だ。故に地面にはむき出しのコンクリートが見えており、殺風景極まりない。
時刻は既に夕方6時、残念ながら本日は居酒屋『郷』は臨時休業である。が、そうしてでも会っておくべき人物がいた。
「マスターさん、お疲れ様です。今日は店は良いのですか?」
「明日の昼に重要参考人を呼ぼうと思っていてな。その関係で今日中に情報を集めきっておきたかった」
ぴょこんと犬耳の生えた長身の男が、俺を見て柔和な笑顔を浮かべる。そう、メス堕ち世襲議員について調べてもらうためにシアンを頼ったのだ。
一応こいつは(恐らく)公安、議員関係の情報網としては最も信用できる。シアンはとりあえず座りませんか、と行ってくるので俺は固いコンクリートのブロックに座った。座席のつもりなのだろうけどこれは尻が固くて嫌だなぁ、と思っているとシアンは真剣に目の前の競馬場に目を向けていた。
「さて何番の馬が勝つでしょうか……」
「依頼のこと忘れてないよな」
「勿論です。ただこういった情報は漏れると困りますので、歓声の中でまぎれてやる方が良いのですよ。僕もマスターさんも色々抱えてますしね」
平然とそう言いながらシアンは目の前のオッズ表とにらめっこする。こいつ、堂々と業務時間内に競馬する気だぞ……! 戦慄するが、よく考えれば俺は競馬というものを良く知らない。21世紀ではギャンブルそのもの、有名芸能人が100万円くらい失う動画だけ見て笑っていたが、23世紀はどうなっているのだろうか。
『第一レース出場場の登場です! まずはジェットエンジン搭載のターボ2451号!』
『解説の田中さん、あれは馬と呼べますでしょうか?』
『4本のタイヤで走っていますので馬ですね』
「じゃあ馬じゃないじゃねえか!」
パドックに登場したのはどう見てもレーシングカー。一応先頭に馬の首っぽい飾りがついてはいるがどう見ても作り物だ。これを馬と言い張る気が知れない。あれ、俺の知っている競馬ってこんなものだっけ?
「一応ここはトーキョー・バイオケミカル所有地ですから。あまり派手な賭けをするわけにはいかないんですよね」
「いや派手だってあれ! 排気音ブンブン鳴っているって! あとあれを馬と言い張る理由にはなっていない!」
『続きまして2番、ナチュラルマッチョ2世です』
『どう見てもムキムキのマッチョです。あれは馬なのでしょうか』
『躍動感があるので馬ですね』
「ほう、彼が来ましたか」
「なんだよそのベテランの感想、というかもうただの人間じゃねえか……」
『3番バイオゴリラ、4番大気圏突入用ロケット、5番罰ゲーム裸踊り営業マン』
「これが21世紀に流行っていたウマ息子というやつですよね、マスターさん?」
「んなわけあるかメーカーに謝ってこい!」
おかしいな、競馬を見に来たはずなのに色物しか集まっていない。というか大気圏突入用ロケットのどこに足があるんだよ。あと罰ゲーム営業マンはなんでこんなところにいる。
全裸で涙目の中年営業マンとレーシングカーが並ぶ異様な光景に俺がドン引きしている中、シアンはウキウキとした顔で俺の肩を叩く。
「マスターさんも出場してみてはどうですか?」
「俺は馬じゃねえ!」
「馬鹿なら出場条件満たせますので、九九を間違えれば一発ですよ」
「そりゃこの電脳化の時代に九九間違えたら馬鹿だけど、判定がガバガバ過ぎるんだよ」
『12番、そこらへんで捕まえたミドリガメ』
『甲羅がついているので馬ですねぇ』
「馬に甲羅はついていない!」
次第に周囲に人が集まってくる。いわゆる闇カジノのような場所であるため、配信禁止、賭けるのは現地のみという縛りがあるらしい。人々はこの時代には珍しく紙の馬券を購入し、各々試合を待つ。
「一番人気は5番、罰ゲーム裸踊り営業マンだな……」
「ああ、営業マンの脚は頑丈だからな……」
誰一人裸踊りと人間が走っていることにツッコまない異常にはそろそろ慣れつつあった。まあせっかく来たのに買わないのもあれだろう。とりあえず12番のそこらへんで捕まえてきたミドリガメに投票する。頑張れ、オッズ1890倍。どうあがいてもジェットエンジン搭載に勝てるとは思えないけど。
『さあ試合開始です、3,2,1、スタート!! 各馬が一斉にスタートを切りました!』
「「「いけぇぇぇ罰ゲーム裸踊り営業マン!!!!」」」
試合開始とともに歓声が上がる。一番賭けられているらしい5番に大きな声援が集まり、俺たちの小さな声がかき消えるようになった。瞬間、シアンは腰をかがめ、こちらに耳打ちを始めた。
「話をする前に、マスターさんは世襲議員についてどれくらいご存知ですか?」
「シゲヒラ家とか十二の家があって、各家の当主や次期当主が議員として権力を握り、企業の操り人形となる対価に金を得ているんだろう?」
「その家については?」
「詳しく知らん、なんか金を持ってるけどメチャクチャ厳格で古臭そう、みたいな話は聞いた。シゲヒラ家の当主がこの前店に来たアホだってことは調べている」
「なるほど、そういった理解なのですね。それではメス堕ち世襲議員についての結果を報告させていただきます」
公安から聞きたくない単語ナンバーワンが飛び出す。血税がそんなことに使われてるとか信じたくないんだが。
「もう状況がカオスすぎて混乱してきたよ。で、結果は?」
「流石はマスターさん、持っている情報が正確です。シゲヒラ議員が自分用のメイド服を買っている痕跡を発見しました。ひらひらで滅茶苦茶かわいいやつです。他にもマスターさんの言うメス堕ち、という表現に近いタイプのコンテンツにアクセスしていたようです」
「……だから何だ、って話だよなぁ」
20世紀であれば性的倒錯なんて呼ばれたそれも、別に23世紀になっては珍しい事ではない。ピエールみたいなやつもごまんといて、カオスだけれど社会は成り立っている。メス堕ちなんて表現は21世紀基準ですらあまり使われない、今では死語扱いの言葉である。
女装趣味やそれに類するもの程度、本当にだからなんだという話だ。21世紀では生産性がどうとか騒がれていたけど、今は人工子宮使えるから自在に人口制御できるし。そう思っていたが、シアンは暗い顔で首を振った。
「いえ、今回の場合はそれに意味があります」
「?」
「世襲議員というのは、そしてその家は『伝統的』なんですよ」
「……なるほど」
『さあバイオゴリラのキックにより大気圏突入用ロケットが吹き飛ぶ、巻き込まれて営業マンが死んだぁぁぁ!!!!』
「「「蘇生準備──!!!」」」
歓声と悲鳴が上がる中で、シアンの言葉の意味がようやくわかる。そういえば俺の時代もそういうやつはいた。つまり、
「性観念が昔ながら、なのか。男は仕事、弱音を吐くな、みたいに」
「そうです。各家の当主、議員となる者はなおさらそれが求められます。彼らが生き延びているのは能力ではなく親の権力と金が理由です。『伝統』にすがらないと精神のよりどころがないのでしょう。そして各家ではそういった伝統を守っているかが何よりも重要視されます。男なら貫録はあるか、黒い礼服を着こなせているか、サイボーグ化をしていないか、儀式の如き礼儀作法の数々を覚えているか、などですね」
シアン、お前むしろ伝統守る側なのに辛辣だなぁ。それにあんまりdisらないでくれ、俺は21世紀人間だからお前たちと比べると頭が固いんだ。もしかしたらこんな風に陰口叩かれてるかと思うと恐ろしいよ……。
そして一方でシゲヒラ議員の気持ちが少し分かった気がした。〇〇であれ、〇〇であれと言われ続けて何十年。長年の疲れと共に自身の作り上げた表層がひょんなことで剥がれ、本質と向き合うことになる。抑圧されてた人の反動、すごいからな。俺とか小さい頃ゲームを禁止されてたせいで解禁された瞬間に一日中遊ぶようになっちまったからな。
そんなことを思いながら、頭がシアンの話の内容を咀嚼するごとにその危うさを理解していく。つまりそういった家の中では、性的倒錯はすなわち犯罪に等しく、強く忌避される存在なのだ。
『さあジェットエンジンが火を吹いてナチュラルマッチョ2世を追い抜いていく、現在先頭ターボ2451号、続いてナチュラルマッチョ2世!』
「お前が言っていい事なのかそれ……。まあ意味が分かった。つまり今回の件は単なる性的倒錯などではなく」
「ええ、当主の座を追われかねない秘密を隠し持っていた、ということなのです。第143回日本経済会議の最中に、強い発言権を持つ議員の一人、シゲヒラ家現当主が」
そういえば今そんな名前の重要な会議をやっていたなー、と思い出す。しかし何とも奇妙な話である。この資本主義全開の時代に生き残る、伝統にしがみつき権力を振るう一族。いや、彼らは資本主義へうまく適応を果たした、とも言えるのだろう。代償に資本主義より苛烈な伝統主義を自らに課さざるを得なくなっただけで。
これで事件はよりいっそうややこしくなった。爆破された輸送船、持ち出された偽装データ、何故か出てくるシゲヒラ議員とその性癖、派閥抗争でまともに機能しないトーキョー・バイオケミカル社。
「なるほど……しかしシゲヒラ議員は俺の店で暴れていたぞ?」
「ですよね、そこが不可解です。だってシゲヒラ議員とマスターさんに関係性はないはずですから。それにメジトーナさんが何故それを知っているのかも分かりません。もし話すのであれば、襲撃犯であるアルタード研究員についての話が出てくるはずなんですよね」
そう、ここが最大の謎だった。メジトーナはあくまで今回の件では末端のはずだ。しかし世襲議員の座を揺るがす情報を持っている。やはりこの事件はアルタード研究員が暴れている、というだけではなさそうだ。
俺たちは首をかしげる。畜生メジトーナめ、面倒な置き土産を残していきやがって。俺は頭を悩ませながら、シアンに感謝を告げるのであった。
『ゴ──────ル! 勝者はそこらへんで捕まえたミドリガメ!!!』
「どうやってジェットエンジンに勝利したの!?」
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