ガチャ引こうぜ!

「よっしゃSSR死体釣れたぞ!」


 最悪な言葉が聞こえてくるこの場所は、暗黒街の広大な下水道である。技術の進歩に伴い、排出される水やゴミの量はどんどん増えている。それらを流すための道がここだった。  


 川の色は汚い緑と青の混合色になっており、その中で暗黒街の住人たちが釣り糸を垂らしている。先ほど叫んでいた男が勢いよく釣り竿を引き上げると、その先には汚水にまみれた新鮮な死体があった。


 そう、この下水道は邪魔なものをこっそり流すのにも最適なのだ。例えば遺体とか。


 だが近年のサイボーグ化技術は進歩しており、汚水に触れた程度ではスリープモードに移行するだけだ。証拠隠滅としては二流の手法であり、にもかかわらずここに死体が流れているのは、そもそも隠滅する必要などないからだ。戸籍が無い者の死は存在しないのと同じ、というのが各企業の見解である。


「マスクしてても臭いんやけど……店長はなんで大丈夫なんや?」

「嗅覚をカットした」

「脊髄置換してないのによくやるぜ」


 そんな中で俺とランバー、チューザちゃんは通称『死体沢山☆爆釣りスポット4号』と呼ばれる位置に来ていた。この辺りは流れの関係で死体が貯まりやすく、可動式釣り針をひっかけやすいのだ。そして今日来た理由は、メジトーナであった。


「ランバー、情報によるとメジトーナの信号がここから出てるんだよな?」

「間違いない。多分、マスターの想像通り、アルタード研究員に殺された。逃走経路を掴まれないためだろうな」


 依頼はメジトーナが契約していた民間保険会社からのものだった。曰く、死亡確認をするために遺体を探して欲しい、ということらしい。


 勿論俺に対してではなくランバーに来たものであり、俺たちはちょっとしんみりしながら釣り竿を垂らし始めた。


「いいかネズミっ娘、使用するのはこのセンサーとアーム機構付きの釣り竿だ。これでサイボーグ化している場所を探知し、磁石で引っ付ける」

「ネズミっ娘言うな! でもサイボーグ化してない人は見つけられないってことなんか?」

「そうだな。部品が売れないし、必要性も薄い」


 部品とは当然、サイボーグ化の際に置き換えた各部パーツである。なんだかんだ言いながら、こういったパーツは高い。仮に中古でも、動作確認さえできればものによっては月収分になったりする。


 また、場合によっては脱走兵のパーツが手に入ることもあり、その場合は機密データや開発中の機構が含まれていたりする。まあそんなものを一介の何でも屋が見つけた日には、企業に消されてしまうのだが。


「なるほど、力が無い場合はこの固定軸とリールを使うんやな」


 チューザちゃんはうんうんと頷く。メモを取っていないが、彼女にそのようなものは必要ないらしい。ネズミの遺伝子で脳機能が多少向上しているらしいのだ。


 そのおかげもあってか会って数日にもかかわらず、ランバーから教わる知識をどんどん吸収していっている。ランバー自身も人に教えるのは嫌いではないらしい。仲睦まじくしている二人が話している内容は死体釣りについてなんだけどな。


「しかし、死んじまった、メジトーナ」

「オレもしんみりしてしまうぜ。もう反政府クイズをしてくれる奴がいないなんてな」

「それはずっと存在しなくてもいいと思うが」

「反政府クイズ……なんやそれ?」

「知らなくていい! それはそうと、メジトーナが爆破実行犯のアルタード研究員の逃走を手伝っていたことは間違いないな」

「おう、市場で売っていたメジトーナの商品は間違いなくオレのチ〇ポと同じくマーキングがしてあった。刻印が上から消されていたのは、メジトーナの加工だろう」


 サーモンを買った時の光景を思い出す。メジトーナはサイボーグ用の部品を幾つも並べていて、ランバーはそれに対して何度も問い詰めていた。恐らく大本の販売業者は別で、そこから一部がランバーが出会った闇医者に、残りがメジトーナの方へ行ってしまったのだろう。


「ランバー、お前のセカンドチ〇ポを施工した闇医者は?」

「連絡は取れたが、トーキョー・バイオケミカルに身柄を押さえられたらしい」

「業務の引継ぎすらできない雑魚の癖に、頑張ったな」

「寂れた居酒屋の店長が何か言っとるで……」


 チューザちゃんのド正論は聞かなかったことにする。うっせえこれから無敵の居酒屋になるんだよ! 全くそんな未来が見えないのはさておきとして! 


 トーキョー・バイオケミカル社、つまりハヤサカや先日の襲撃者、そしてアルタード研究員の元所属先。派閥抗争とやらでごたごたしているわけだが、今回の事件はこれのせいといってもよいだろう。


 つまり、派閥抗争の隙に紛れて脱走することで、追手を撒きやすくしているというわけだ。普通であればこんな簡単に機密情報を盗まれることはない。じゃあ悪いのやっぱりトーキョー・バイオケミカル社じゃん。


「メジトーナは面白い奴だったな。マスターも聞いたことあるだろう、腹いせに企業ビルの便所の水全部逆流させた事件とか」

「あったなぁ。下水経由で機密情報の受け渡しが行われていたことが発覚して逆に表彰されたやつだろ? 金貰えたし許す! って叫んでたよな」

「何やっとるんやホンマに……」


 色々楽しいことがあったし嫌なこともあった。もう何年もの付き合いだ。だけどそれももう終わりである。


「もうアイツについて、新しい話を聞けることはないんだなぁ」

「あいつチ◯ポ生えてるぜ」

「新情報!?」


 馬鹿騒ぎをしながら釣竿を垂らす。悪臭の中で、手元のソナーは数多の死体の反応を示していた。嫌な物だ、これだけの人が死んでいて平然としているこの街が。何事もなく進んでしまうこの社会が。


「データにあった信号と一致、これやな!?」


 釣竿を垂らしてから数十分。急に叫んだチューザちゃんが釣竿を引きあげる。ビビビ、と頑張って持ち上げようとするが、固定具があっても彼女の筋力では厳しいらしい。横から俺とランバーがその細い腕を支えて、勢いよく持ち上げた。 


「せいの、ヨイショっっ!!!!」


 ビヨンと釣竿がたわんでから一気に持ち上がる。汚い水面から飛び上がってきたのは、他でもないメジトーナだった。べちょんと地面に降ろされたその体は長い間水に浸かっていたせいで少し膨れている。胸には弾の通り抜けた跡があり、おそらくこれが死因だろう。


 気持ち悪くて吐き気がするが、それはさておき任務達成だ。


「保険金の為に死を調べる任務か、気分は良くないな」

「えーっと、死亡確認のためにこの薬品を首元から注入して……」

「ランバー、なんだそれ」

「向こうさん指定の薬物だってよ。これを投入して反応が無いことが死亡の条件らしい」


 なんともまあ世知辛い。何をしても人は生き返るわけがないのに。俺を除いて。


 人間は簡単に死んで、物言わぬ肉塊になるのだ。


「「「「なーむーあーみーだーぶーつー」」」」


 注射を完了して、俺たちは手を合わせる。犯罪上等な暗黒街の人間ではあるが、死ねば皆仏。来世こそは幸せな人生を送ってほしい。


 ……ここには三人しかいないはずなのに、念仏が四つ聞こえるぞ? 


 俺たち三人は恐る恐る遺体のはずだった方を見つめる。ぎぎぎ、と嫌な音と共に肉が無理やり動きだしていた。


「「ヒィィィ!!!!」」

「ちょっと、二人とも逃げ出すなや!」

「俺は実体験あるからマジで幽霊怖いの!!! 祟らないで!!!」





 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇





 数時間後、俺たちはふやけたメジトーナを信頼できる闇医者の下へ運び込む。どうやら死亡偽装用の脳及び肉体保護機構をかけていたらしい。つまり機械的な「死んだふり」、解除条件は特定の薬品、ということだった。流石は暗黒街の住人、しぶとい。そりゃあ保険会社がわざわざ確認しにくるわけだぜ。


 とは言ってもダメージが大きいのは事実らしく、足は重く息は荒い。挙句の果てにしばらく水中だ、生きているのはかなりの奇跡と言えるだろう。


「……すまない、肉体のダメージが酷い、シャットダウンする」

「そりゃそうだ、休め」

「その前に情報だ、お前たちはこれを求めて……助けに来てくれたんだろう?」


 メジトーナは爆破実行犯のアルタード研究員と接触、もしくはかなり近い距離にいた人間だ。彼女から情報を得られるならありがたい話だ。


 俺たちは耳を澄ませる。犯人に関する重要な情報が出てくるのを。これこそが事件全てを解決する『鍵』となる可能性がある。


「メス堕ち世襲議員……」

「どういうこと!? やっぱり休むな口を動かせ!」

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