博士襲来!


「人間はもっと美しくあるべきなのだ!」

「具体的には?」

「手が26本、足が1本!」

「それは人間じゃないな」   


 競馬の翌日の昼、俺の店に客が来ていた。白衣を着た背の低い女は席に座り、「分かってないのだ!」と憤慨したような表情になる。赤い短髪と気の強そうな瞳、そして換装したきれいな肌を持つこの女は、つまり研究者だった。『不死計画』の。


「そもそもお前は年下、私を敬うのだ!」

「のだのだ言ってるマッドサイエンティストはちょっと尊敬に値しないですね」

「何を! 私の研究は尊敬すべきものばかりなのだ!」

「じゃあやってる研究教えて」

「高圧縮おならガス利用型嗅覚探知無効化装置!」

「真面目に不真面目だな」


 博士と呼ばれているこの女、研究能力は冗談抜きに世界最高クラスなのだが俺という最高傑作にして大問題作を生み出してしまった結果、左遷されてしまったのだ。まあこいつは他人の命を何とも思わないカスそのものなので、これくらいのしょうもない研究をしてくれていた方が世のためになりそうだが。そう思いながら俺は昼から生マグロの漬け丼を食べ始める。いやーやっぱこれが一番うめえんだよなぁ! 


 こいつには酷い目に遭わされた(主に仲間が)のでお冷の一つも出してやらない。代わりに目の前で美味いものを食べて嫌がらせをしようと思ったのだが……とくに羨ましそうじゃない。クソ、これだから23世紀キッズの味覚は!  


 だが高級そうだということは伝わったらしい。博士は少し首を傾げる。


「随分と贅沢なのだ」

「臨時収入があってな」

「こんな寂れているのに? お前、それだけの性能があるのに商才だけはカケラもないのだ。あとお通しはないのだ?」

「うるせえ! あとてめぇに出す料理はない!」

「居酒屋としてそれはどうかと思うのだ。あんまり開店してないみたいだし……」

「偉そうに言いやがって、お前は自分が実験に使った人間の数を覚えているのか?」

「何ダースだったか忘れたのだ……」

「単位に倫理観が無さすぎる!」


 最近きちんと居酒屋をできてない自覚は確かにある。でもそもそもこの店、客があんまりこないからそれ以前の話なんだよな。まずは居酒屋をするために宣伝から始めなければなるまい。誰かいい売り子でも捕まえたい所だが。


 チューザちゃんは接客業そこまで好きじゃ無さそうなのがなぁ。ヒラヒラの服着てお客様に笑顔で接する事に快感を覚える人いないかなぁ、と思っていると頭の中に「メス堕ち世襲議員」というワードが浮かんでくる。……やめろ、ヒラヒラ着るのは好きだったとしてもあの中年腹で女装は勘弁してくれ。いや今時そう言うのはあれなんだろうけど、俺の感覚は未だに21世紀なんだよ!


 一人居酒屋経営の今後に苦悩はするが、それはそれとしてこいつは今日、一人で来てはいなかった。背後には一人と一つの蠢く物体がある。


「それでお前の背後にいる奴は誰だ?」


 博士の後ろには二足歩行する医療用ベッドに括り付けられて恐怖の顔を浮かべる一人の男がいる。緑のサンバイザーが特徴的な男は、声を震わせながら叫ぶ。


「お、俺をどうする気ダ!」

「ルーレットで身体改造決めようと思ったのだ」 

「ルーレットで!?」

「お前も案を出すのだ」

「嫌だ、変な身体改造だけはやめてくレ!!」


 最悪なワードが飛び出てくる。そんなノリで身体改造しちゃダメだろ。昨日ドエムアサルトの自我崩壊した話聞いた後でそれは賛成できない。と思ったがまあ別に良いか。こいつの腕は超一流だし、そこらへんも上手くやるでしょ。


 博士は絶望した表情のサンバイザーの男を人差し指でつんつんとつつく。


「ジャックという、一応護衛なのだ」

「護衛を括り付けるのダメだろ普通に……」

「護衛依頼の際に契約書に記載しているのだ。如何なる身体改造をされても文句を言いません、と」

「じゃあ仕方ないな」

「んなわけあるか、あんな小さい字で書いといテ! 顕微鏡でしか見えないだろウ!」


 サンバイザーの男を無視しながら、博士は白衣の奥から12個の数字が描かれたアナログゲーム用のルーレットと紙をとり出した。まあせっかくだし付き合ってやるか、と俺もペンをとり出す。


 そんなことをしながら、今日の要件を切り出した。


「アルタード研究員、奴の試していた不死計画のプランを知りたい。それとルーレットの一番はアタリにしたいから……ロケラン追加で」


 不死計画には様々なプランがある。俺の出身であるBプランでアイツの顔をみた記憶はない。つまりバイオ系とは若干アプローチが異なるはずなのだ。


 そしてルーレットの中身を聞いたジャックと呼ばれたサンバイザーの男の表情が明るくなる。ロケラン追加はマジで高いからな。無料でできればそれにこしたことはない。


「アルタードの名は聞いたことがあるのだ。確か過剰な身体改造が特徴の男なのだ。奴は確かMプラン。機械化による不死を目指したグループなのだ。ところで不死計画についての概要は知っているのだ? あ、2番は膝関節増加なのだ。腰、膝、膝、足になるから身長30cmアップなのだ!」


 唐突に異形化の選択肢を提示されたサンバイザーの男の表情が青ざめていく。大丈夫、ロケラン追加と同じ確率だから。でも膝が一個増えると凄いスタイルになるぞ、モデル体型どころの話じゃねえ。あだ名はキリンとかになるんじゃなかろうか。


「不死計画については知っているさ。金持ちや企業上層部が不死を目指すために様々な方向から不死を生み出そうと研究した実験。トーキョー・バイオケミカル社とオーサカ・テクノウェポン社の二社が珍しく手を取り合った事業だ。お前は『龍』を創ろうとした。だが結果として金を無駄に浪費し、挙句の果てに俺を生み出したせいで全計画中止、と聞いている。3つ目は狙撃用視覚強化、かな」

「店主さん、あんた神なのカ……!?」

「正解なのだ。あ、4つ目は超ロングでべそ、なのだ」

「悪魔もいル……!」


 まあ不死計画なんてどこでもあった話だ。21世紀でもたくさん研究されていたし。だが問題はそれに際して数多の人間の命を浪費したことだった。いくら倫理観が違うと言い訳しようにも、数えきれない死者の前では無意味だ。検体を輸入した時の話とかマジで地獄だったからな。


 後ろでサンバイザーを付けた男の顔がどんどん青くなり、暴れ始めるが二足歩行医療用ベッドはびくともしないし博士も平然としている。そのベッドなんなんだよ、というかどうして二足歩行してるんだ。


 博士はしばらく考え込み、指を一本立てる。


「機械化について簡単に説明するのだ。アルタード研究員の関わっていた件は、主に完全電脳化なのだ」

「完全?」

「4527号は、自我がどこにあると思う?」

「魂、かな」

「4527号はそうかもしれないけど、普通は脳なのだ。理論上、脳を完全に電脳化し、自我をコンピューター上に移すことができれば不死が達成できるのだ。肉体という器から解き放たれ、無限の生を謳歌できる。5つ目はアゴブレードなのだ!」

「異形化が止まらなイ!!!」


 博士の悪趣味さが出てきたのはさておきとして、俺はマグロを食べるのをやめて自分の無精髭を弄る。これやると落ち着くんだよな、ざらざらしてて。しばらくそうしていると思考がまとまってきた。


 博士の言う理論は分からないでもない。問題はそこではなく、つまり何故今回の事件が起きたか、であった。繋がらない点と点がある。


 なぜやたらとシゲヒラ議員がでしゃばってくるのか。何故メジトーナはあんな言葉を残したのか。単にアルタード研究員の機密情報盗難というだけでは出てくる情報が不可解だ。


 だから俺は、一つの推論を立てていた。



「メス堕ち世襲議員はアルタード研究員だ」

「情報量の多さで頭がバグってるのだ。そうとしか思えないのだ」


 何言ってんだこいつ、と博士はこっちを見つめる。いや、俺も何を言っているか分からないんだよ。でもこれが成り立てば全ての理屈が通ってくる。


 今逃走しているアルタード研究員の中身はシゲヒラ議員。そしてこの前来店したカス客のシゲヒラ議員の中身がアルタード研究員なのだ。


 つまり何故シゲヒラ議員が俺に対して突っかかってきたか。その答えが『アルタード研究員自身が参画していた『不死計画』を潰されたから』であると仮定すれば、ある程度筋が見えてくる。シゲヒラ議員自身に恨みがなくとも、中身が恨んでいればあの行動も納得だ。


 完全電脳化とは、肉体の枷から解き放たれる技術なのだから。


「もう一個、今朝シゲヒラ議員が衝突事故を起こし、ベリーバッド社を訴えたというニュースがあっただろ?」

「……なるほどなのだ」

「今は日本経済会議の真っ只中だ。ベリーバッド社への訴訟は世襲議員という企業の操り人形の動きとしては相応しくない。何故ならベリーバッド社の親会社であるトーキョー・バイオケミカル社こそが、シゲヒラ議員の最大の後ろ盾なのだから」


 今朝発表された自動車事故のニュースがその推論を裏付ける。普通であればシゲヒラ議員が訴訟してしまうと下手すれば議員としての立場だけでなく、命すら危うい。選択肢に入ることなどありえない。


 にも関わらず訴訟に踏み切った。その理由の一つとしてはまともな判断ができない状況にある、つまりシゲヒラ議員がシゲヒラ議員でなく、別の人間になってしまった可能性が挙げられる。


「さらに言うとメジトーナ、間接的に逃走の手助けをしてしまった女なんだが、そいつが「メス堕ち世襲議員」とか言い出していてな。そんなことを言う理由を考えた時に、逃走したのがアルタード研究員ではなく中身がシゲヒラ議員であれば説明がつくと思ってな」

「推論ばかりなのだ」

「ああ、だからそれを確定させる術が知りたい」


 博士と俺は睨みあう。しばらくしたあと、「契約違反だから隠してくれなのだ!」と言いながら彼女はポケットから数多の道具をテーブルに散らかす。ごそごそとその中の一つを見つけ、俺に手渡した。側面に記載されている文字は「金属探知機ver3.65」。


「スーパーで売ってそうな名前だな」

「違う、私の作った3.65は対人特化なのだ! つまり人に向かってスキャンを行ったときに、どの部位がどれだけ改造されているかが分かる仕様なのだ!」

「なるほど、そしてアルタード研究員の手法で『不死計画』を試した場合」

「そう、脳は機械に置き換えられている、もしくは大きく改造されている可能性が高いのだ」


 これで希望が見えてきた。シゲヒラ議員本人や怪しい奴に対してこの装置を使用すれば、脳の改造率が見える。異常な高さであれば、『不死計画』プランMの利用者である可能性が一気に高まる。


 そう考えていると、トーキョー・バイオケミカル社が彼らを追う理由にも少し説明がついた。つまり、『不死計画』の機密情報の一つが、彼ら自身そのものなのだ。施術したらどのような影響がでるのか、そこも含めてトーキョー・バイオケミカル社は手に入れたいのだ。


 加えてもう一つ、電磁浮遊式輸送船爆破という極めて大きな事件を起こした理由としても説明がつく。単に機密情報を盗んで逃げるだけでなく、シゲヒラ議員(アルタード研究員の体)に目を向けさせてアルタード研究員(シゲヒラ議員の体)から注意を逸らす。


「私としても『不死計画』をまだ続けようとする奴がいるのは困るのだ。仮に表沙汰になれば、左遷で済んでいた処分がさらに悪化するのだ」

「死刑にされても文句は言えないと思うけどな」


 まあ有用な情報を出してくれたので、博士にお冷を特別に出してあげながら考える。シゲヒラ世襲議員が行く次の場所は。


「……チ◯ポをランバーに売ったということは、部品を換装して女の体にしている可能性があるな。じゃあそういうのに詳しい場所を聞いてみるか」


 最も身体改造の闇市について詳しいのは一番がメジトーナ、二番がランバーだ。俺は博士にお冷を飲んだらとっとと出ていけ、と合図をしながらメッセージを送るのであった。





 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇






『それならおっパブ行こうぜ!』


 やっぱこいつ以外に頼むべきだったかもしれん。

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