コミュニケーションに正解はないはず

「なんでメス堕ち世襲議員を探すのにおっパブなんだよ。俺そういう店苦手なんだけど。金払って知らない奴とコミュニケーション取るとかなんの罰ゲームだよ」

「電子ドラッグ愛好家みたいなこと言うなよマスター」

「うっせーこっちにも色々あるの」


 翌日。ランバーに誘われて俺は夜の繁華街に向かっていた。お目当てはランバーの紹介する店。……なのだが、俺はあまり興味がなかった。


 というのも、昔行った店が原因の一つだ。当時ちょっとだけ牙統組と揉めてたせいで店員から完全に化け物扱いされた、それが若干トラウマなのだ。女の子が涙目で震えながら隣に座ってきて、マジ嫌な気分だったからな……。当時はまだ牙統組の支部をロードローラーでひき潰しただけだったのに、過剰反応すぎる。


 それが初めての夜の店だったこともあり、それ以来俺は夜の繁華街へ近づかなくなってしまったのだ。前世は仕事が忙しくていけなかったのが悔やまれる。そんなわけでそこまで興味が無かったのだがランバーの言葉を受けてハッとする。


「まあまあ、確率はそこそこ高いぜ。それに参考になる、電子ドラッグや仮想現実が盛んになった今、こういう類の店が残るのには理由があるのさ」 

「まあそうだろうが」

「商売はコミュニケーションだろ? 相手の需要と関心を捉えて、的確に供給することが必要ってビジネス書には書いてあったぜ」


 確かに俺は今まで、居酒屋を適当に経営してしまっていた。研究所を抜け出す際のごたごたで分捕った金があるから稼ぐ必要は無いし、土地代もタダ。だから売上いくらなどという目的もなく、それっぽい形になればいいやと思ってしまっていた。


 だから客への対応も適当になってしまっていた。居酒屋ではなく俺の拠点(友人が来るのもOK!)みたいな存在になってしまっていたというか。思えば客は、俺の能力目当てで来ている者も少なくない。シアンとかは明らかに監視の目が無くなるからだし。公安は大変だね……。


「客視点から色々学ぶ必要があるか」

「今更過ぎるだろ。マスター、能力は幅広いのに視野が狭すぎるな……。居酒屋の客も少ないし、料理のレパートリーも狭い。シンプルに地味なんだよな」 

「言うじゃねえか、証拠はあるのか?」

「この作品、タイトルの癖に居酒屋回が少なすぎるだろ?」

「何言ってるか意味わかんねえけどグサッときたぞ!」


 今まで俺は23世紀キッズの心に配慮せず、21世紀のノリを押し込み続けてしまった。となればここで学ぶべきは23世紀キッズの歓待方法。


「今日は学ぶ、そして作るぜ皆が笑顔になる居酒屋を!」

「お、見えたぞマスター。あの立体機動乳首が目印だ」

「なんて?????」


 意味が分からない単語に数秒固まる。そして視界の先で本当に立体起動しているそれを見つける。すげえ、ワイヤーとガス噴射で手足の生えた乳首が立体機動してやがる……! 


「ってなんでだよ! 乳首は立体機動しねえだろ!」

「現実を見ろマスター。あと、これには深い意味があってだな」

「どこにあるんだよ! 店前でこんなの走っていたら入りたくねえよ!」

「素早い動きで飛んでいるものを見ると、つい目で追ってしまうだろう? 単に置いておくだけではなく、立体機動することで通常の看板より店をアピールすることができる。いいか、目に留まらなければ入店するしない、味の良し悪し以前の段階で終わってしまうんだぞ」


 ランバーが伊達メガネをかけて講義を始める。何か理屈付けて言われてしまうと、何も言い返せねえ……! 確かに俺の店の前は赤い暖簾一つだけ。あんなのじゃ目にも留まらないしついスルーしてしまう。いくら俺が最高の生サーモンを用意したとしても、それじゃあ食べてくれるわけなどない、俺の店は立体機動乳首に負けてしまっているのか……! 


「いやちょっと待て立体機動乳首に負けるって何だよ」

「さあマスター、店に入ろうぜ!」


 俺のつぶやきを無視し、ランバーは店の扉に近づいていく。店は一見普通のカフェのような形状をしているが、やたらと明かりが灯っておりけばけばしい。その中を立体機動乳首をくぐり抜けて進んでいく。確かにこれなら昼は普通の店に偽装できるし夜は一気に華やかで何の店か一目でわかるようになっている。見習って俺も店の前に納豆をたくさんまき散らしておくべきかもしれない。


 そして扉を開けると、ぽんと俺の腕に柔らかいものが当たる。下を見ると背の低いメイド服を着た女性が、俺の至近距離に立っていた。


「あらランバーさんと、そちらは新規の方ね、いらっしゃい」


 するり、と俺は腕を掴まれる。う、上手い。この状況で「やっぱいいです」とは滅茶苦茶言いにくい。これではもう入店してしまうしかないじゃないか。思えば俺の店を一瞬だけ中を覗き、直ぐに出て言った客はちらほらいた。それはつまり中を見て、「やっぱいいや」となる隙を与えてしまったからとも言える。そうやって初めの一人が入らず、がらんとした店が持続していたのだから。


「嘘だろ、学びが多すぎる……立体機動乳首なのに……」

「また来たぜ、ナナちゃんとミーちゃん呼んでくれや」

「はいは~い。2名様ご来店で~す」


 俺の腕を掴んだメイドさんはそのまま店内に俺達を引っ張っていく。店内はカジュアルな装いで、埃の類はほとんどない。各個室は高い仕切りで覆われており、防音設備も相まって話の内容は聞こえないが笑い声だけは響いていた。


 案内された席は丸テーブルのある個室だ。テーブルの上には甘い菓子が山積みになっている。俺とランバーが向かい合って座っていると、すぐ直ぐに2人の女の子がやってくる。どちらも露出度の高い服を着た成人女性だ。……とはいっても俺の精神年齢よりは若いんだけれど。


「いらっしゃいランバーちゃん」

「来たぜナナちゃん! こいつは金も権力も持っているくせに全然遊ばない脳みそ21世紀堅物おじさんのマスター……えっと、本名は」

「前の名前をこんなところで公開したくないし……じゃあ製造番号の4527号で」

「製造番号!?」


 そんな話をしながらこの店のルールを簡単に説明してくれる。曰く、お触りNG、女の子から手を出すのはOKというのがこの店のスタイルらしい。俺の上司から聞いた話とだいぶ違うな、と思っているとどうやらそれにも理由があるらしかった。


「つまり差別化、ね」

「単に触覚とかを味わいたいだけなら仮想現実の方が安いし過激だろ。今時こういう店に来る層はAIとかじゃなくてリアルの女の子との駆け引きとスケベを楽しみたいわけだ。客から触りにいけたら興ざめだ」

「ふーむ」


 ちらっと席の端においてあるメニュー表を見るとそこに書かれている価格は確かに高いが、そこらへんの一般人でも背伸びすれば届く範囲だ。提供可能な価値と顧客の払える金額を上手く見極めた価格設定と言えるだろう。


「俺、原材料の価格しか考えてなかったな……」


 本当に学ぶべきことが多い。こんな店はスケベなおっさんから巻き上げるだけ、なんて思ってしまっていたがなるほど色々考えてある。電脳化の時代に逆らった実店舗なのに利益を上げているのには勿論理由があるわけだ。


 と、それはそれとして。


「ナナちゃん頼むよ~」

「どうしよっかな、一本くれたら考えるけど」


 ランバーたちは楽しそうにしているが、俺はいまいちこの空気に乗れていなかった。だってこういう場だとしても性欲丸出しにするのなんか恥ずかしいじゃん。暗黒街では普通だとしても21世紀生まれとしてはそんな簡単にマインドセットできねえよ。営業職とかだったらこういう経験あったかもしれないけど、俺の周囲はこういう遊びしてる同期はほぼほぼいなかったからなぁ。


 前世を思い出しそう途方に暮れていると、俺の隣に座った女の子が笑みを浮かべる。


「お兄さん、初回入店キャンペーンとして飲み比べをしませんか? お兄さんが勝ったら今日のお代はタダ、負けてもこっちはサービスしてあげますよ~」


 ただでさえ露出の高い服をはだけさせて女の子はアピールしてくる。これも賢い。共通の話題が無ければ簡単なゲームでもして作り出す。ついでに酔わせることで気分を良くさせ、コミュニケーションを取りやすくする。とりあえず提案に乗るか、と思い俺は頷くのであった。




 ◇◇◇◇◇◇◇







 1時間後。


「ば、化け物だ……」

「嘘だろ、ウォッカが麦茶の如く……」

「あれがシックスヘッドシャーク、肝臓も6つあるのか……?」


 女の子はすでに酔いつぶれて寝てしまっている。実はあの子、肝臓を改造しておりアルコール耐性が高いらしい。まあ毒物完全無効の俺にとってはただの下位互換、瞬殺である。あまりの飲みっぷりに個室の隙間から覗き込む観客まで出現する始末だった。


「ふぅ、いい勝負だった」

「ひひゃへふうふ……Zzzzzzzzz」

「マスター、蹂躙の間違いだぞ」


 この店最後のウォッカを飲み干し、ふぅと酒臭くない息を吐く。もう分解されてるからね。トイレにはさっき行ったからしばらく大丈夫だし、とまったり席に座る。意外と楽しんでしまったな。飲み比べをするときも当然無言ではなく酒についてトークが弾んだし、想像とはだいぶ違った。


 ただそれでも、酔わないせいかどうしても「金を頂いているから愛想よくします」という裏が透けてしまって、最後までこの空気に馴れることができなかった。俺は感覚器をとんでもないレベルまで拡張できるからな、変な所に気付いてしまう時がある。


「マスター、楽しんだか? オレは最高だったぜ!」


 が、暗黒街慣れしていてこういう機微に敏感なはずのランバーは全身全霊で楽しんでいるようであった。コミュニケーションとは難しいものだ。あいつにとっては最高の歓待が、俺にとっては75点。物事は受け取り手によって評価が大きく異なるのだ。


 それはさておき、接客として学べることは多かったな、と酒瓶を片付けていると個室の向こうで観客が散っていくのが見える。その後扉がコンコンと叩かれ、見覚えのある姿が現れた。


「ピエールか」

「9本目到着よ、随分荒らしてくれたわね」

「え、ランバーさんはダブルでピエール支配人は1本だから……4527号さんは6本あるんですか!」

「ねえよ! 今は一本!」

「「「可変型!?」」」


 今は支配人としての立場らしく、ぴしっとスーツを着込み俺に頭を下げてくる。こいつ仕事に関してはプロフェッショナルなんだよな。そこについては本当に信用できる。


「お前の店だったとは知らなかったぜ。すごく勉強になった」

「ドラゴンちゃんにはすべて教えたはずなのだけれど、忘れられていたようで悲しいわ」

「マスターは鶏だからな」

「三歩じゃ忘れねえよ。それに知識が知恵に変わるのには時間がかかるだろ」

「あらいいこと言うじゃない。その口で女の子を口説けばよかったのに」


 凄い辛辣なことを言われてしまう。21世紀、少子化の時代の人間だから仕方ねえだろ。それにこっちにきてからは近づいてくる女が概ね地雷だから磨く暇も無かったんだよ。


 と、それはさておきとして。わざわざピエールが出てくると言うことは理由があるはずだ。ランバーの方を見るとウインクしてきやがる。ウゼエ。でも手配してくれたのはマジ感謝。


「うっせえ。で、要件は何だ」

「この店は性質上、問題を抱えた子が流れ着いてくることが多いの。ドラゴンちゃんが珍しくこういう店に足を運ぶのはそういうことかと思って」


 そう言いながらピエールは背後に立つ一人の少女を紹介してくる。背は低いが胸の大きい可愛らしい少女だった。金髪碧眼でお人形みたい、という表現が近い。事実身体改造をかなりしているのか露出している部分にちらほら接続部の線が見える。


「わたしはわしはひーらおと肉体改kiaertg@ogarewpijmargafa」


 そして彼女は虚ろな目で宙を見つめていた。体は時たま痙攣を繰り返し、腕は小刻みに奇妙な方向へ動いていく。ピエールが背中を支えているから反射的に立っている、という様相だった。


 俺は、この現象を知っている。


「……自我崩壊、か」

「ええ。ランバーちゃんが「数日で滅茶苦茶身体改造したメス堕ち世襲議員知らん?」と聞かれてね。探してみたら一人、過度な身体改造で駄目になった娘がいてね。しかもベースボディは男なのに性器含め全て換装済み。これは訳アリね、と思って紹介したわけ」

「完璧だぜピエール。そして本当に女になってたんだなこいつ。見つからないわけだぜ」


 ……思えば、当然の話だった。仮説が正しければ、アルタード研究員と肉体を入れ替えたことになる。そうすればそもそも本来の自分の肉体との齟齬が凄まじいことになるはずだ。加えて、体をさらに女性のものに組み替えようとすれば猶更それは加速する。


 俺は博士から渡された探知機を起動し、ため息をついた。脳の改造率72%。すなわち、


「こいつが本物だ」


 俺とランバーは頷き、そして戸惑う。目の前にはいまだに訳の分からない文字列を呟き続けるメス堕ち世襲議員。見た目は完全に美少女なのに中身が残念すぎるし、壊れているから何も情報が得られない。


 なるほどいつになっても見つからないはずだ。まさか機密情報を抱えて逃走したアルタード研究員(inシゲヒラ議員)が全身を女に換装した挙句、既に精神が壊れていて何もせずに街の端で打ち捨てられている、なんて誰一人想像もしなかったのだろう。


「この娘、ご飯を食べさせてあげようとしても吐いちゃうのよね」

「ピエール支配人に言われて優しく声掛けとかしても、全然戻らないんです。肉体と精神がずれすぎて、もうどうしようにもなくて」

「精神は肉体に引っ張られるからなぁ。おうしランバー兄ちゃんが来たから大丈夫だぞ!」

「わたしわしわたしわしわたしわしわたしわしkewagra3wfrewgg3r」


 ランバーが猫撫で声を出すが、まあ当然の如くスルーされる。皆こんなに優しく親身に対応してくれてるのに、どうしてと思っていると一つだけ思い出したワードがあった。


 これが正しいかは分からない。まあでもやってみるだけタダだ。どうせ壊れてるしいいでしょ、と思い俺は目の前の少女を蹴飛ばす。


「おい、何してるマスター」

「黙ってみてろ。おい、中年腹メイド服購入油まみれ禿ジジイ、とっとと立って酒を注げ。聞いてんのかメス堕ち変態世襲議員。蹴ってくださりありがとうございました、と言えよ」


 アヤメちゃんをイメージして冷たく、蔑んだ目で腹を抱えて蹲る少女を見る。すると、劇的な変化があった。


 初めは痛みを堪えるような動作だったが、直ぐに無限に続いていた呟きが止まった。目の焦点が合い、腕の不規則な動きが止まる。


 そして頬が赤色に染まった。目がこちらを捉え、彼女の手が伸びてくる。彼女は人間と人形の中間の如き、相当金をかけたらしい整った顔を俺に近づけ、震えながら声を出す。


「なんじゃこの、新しい感覚は……?」

「やべ、ミスった」


 コミュニケーションとは難しい。思わぬ所でクリティカルを出してしまう。


「凄いわね、元の名を呼び続けると効果があるとか噂は聞くけど、まさか一撃だなんて」

「え、メス堕ち世襲議員って……」

「ナナちゃん、世の中には知らない方がいいことがあるんだぜ……」



 とりあえず俺は知り合いの技師に連絡してシゲヒラ議員っぽい換装パーツの発注を開始するのであった。とっととオスに戻れや変態議員! あとその開拓された性癖についてはドエムアサルトにでも専門店紹介してもらえ! 

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