増えるぜ変態!
「別の自分に、なりたくないか?」
トーキョー・バイオケミカル社との会談の帰り道、シゲヒラ議員の耳元にそうささやいた男がいた。シゲヒラ議員はぎくりとし、背後を見ようとする。だがそれは静止された。
「私が誰かを知る必要は無い。ただ大事なのは、私の肉体がありとあらゆるものに換装可能であること。どんな姿でも、どんな能力にでもなれる。脳と立場以外は」
その言葉はシゲヒラ議員に深く突き刺さった。毎日のように来る企業からの圧力、金にたかる蛆虫共、周囲からの嫌悪の目。儂は企業と国をつなぐ大事な役目をやっておる。
資本主義に負けず伝統を貫く偉大な一族だ。そう思っていても精神への負荷は自身の秘めたる……
「ようは女になりたくて肉体換装したかったってことだろ。ひらひらの服を着れた感想は?」
「最高じゃ!」
「駄目だまるで反省していないぞこいつ」
あれから数時間後、俺たちは縛ったシゲヒラ議員(アルタードの姿)を居酒屋『郷』に持ち帰っていた。ひらひらの服ごと。
「なあマスター、こんな奴は存在価値ないって。世襲議員だぜ世襲議員」
「23世紀キッズ、それは偏見過ぎるぞ」
「罵倒最高なのじゃ♡」
「……やっぱ前言撤回」
ランバーにそう言われた瞬間気持ちの悪い表情でシゲヒラ議員は座り込む。外見はマジで超絶金髪美少女なんだよな。中身がメス堕ち世襲議員なだけで。
結局あのあと、シゲヒラ議員は自我の回復に成功した。ただし唯一の問題点はパーフェクトコミュニケーションすぎたこと。あっという間にこの変態はドエムアサルトと同じ道を辿ってしまったのだ。あんな濃いキャラ二人もいらないから出て行って欲しいんだけど。
あと♡を語尾につけるなマジでキモイ。……といいたいが、ランバーはここについてはそこまで気持ち悪がっていなかった。いや、面白がったりネタにしてはいるのだが、23世紀の人間からすれば一般性癖なのだろう。俺が普通の女性が好きなように、肉体換装済ドM野郎もまたありふれたものなのだ。
「23世紀基準に合わせて、弄るのは止めるべきか」
「駄目だ、儂への遠慮は要らぬ! 罵って欲しいのじゃ!!! 儂を変態と詰れ!!!」
「マスター、過剰な配慮は逆効果だぜ。腫れ物みたいに扱うのだけは駄目だ。それに本人の希望もある。やーい変態クソ親父~」
シゲヒラ議員本人は大層ご満悦なようで、ランバーに親指を立てている。うーん、21世紀的にはアレだけど、本人の言う通り変な配慮はしない方が良いのかもしれない。
「自己認識の問題もあるのじゃ。今は安定しているが、いつまた自分の連続性が失われるか分からない恐怖がある。……罵って欲しいのじゃ」
……それに、シゲヒラ議員が言うこともまた事実だった。非常に残念ながら、こういった発言は自身の連続性を認識しなおし自我崩壊を防ぐ要因になりうる。それなら一括りにして腫れ物扱いするより、適度に弄るくらいの方が良いのだろう。
それに今、こいつが一般的なイメージと異なり俺たちに対して抵抗しないのもこのあたりが理由なのだろう。23世紀の世襲議員、くっそプライド高くて嫌味なイメージなんだよな。多分性癖で中和されてるっぽい。
それはさておきとして、俺たちは今とてつもない問題に突き当たっていた。
「出てくる情報が大したことない……」
「アルタード研究員がやっぱり黒幕で、こいつはマジで肉体を明け渡しただけのアホだったしな」
「しかも意識交換の影響で、記憶も若干抜けてるっぽい。こんだけ頑張って追いかけたのによ……」
そう、最悪なことにこいつ自身は欠片も情報を持っていなかったのだ。こいつはアルタード研究員が事前に用意した通りのルートで逃走し、用意されたルートでピエールの店周辺にたどりついた。いいかえればこいつがしたことなんて、アルタード研究員の計画に頷いて電磁浮遊式輸送船で脳を入れ替えたくらいだ。
そりゃアルタード研究員が暗黒街にシゲヒラ議員を逃がすわけだ。だってマジで価値ないもん。そんなわけで重要参考人を捕まえたけれどマジで何一つ進展がない。何だったんだ今までの時間は。
ただ一方で俺がするべきことは明らかになった。
そう、事件など些細なことだ。俺は居酒屋を経営する身、つまりやるべきことはこの店の改善なのだ! 閑古鳥が鳴くこの店ではあるが、幸いおっパブにてヒントは掴んだ。俺はシゲヒラ議員を指さしながら宣言する。
「今日からお前はこの店の看板メス堕ち世襲議員だ!」
「看板……娘じゃと!」
「しれっと変換したなこいつ」
「お前が今抱えている最大の負債! それは特に被害を受けたメジトーナへの弁済!」
「マスター、それはアルタード研究員のせいだろ」
「いや、義理の話だ。お前、取引相手が自分を銃撃したやつ仲間にしてたら嫌だろ? けじめはつけねえと」
「それはそうだけどよ。それにこいつ一応他組織から狙われてんじゃねえのか」
「だから社会保険料として給料は減額だ。さあ働け低賃金世襲議員……!」
ランバーはまだしっくりこないようだったが、そんなのは無視してシゲヒラ議員に俺は広告のビラを持たせた。
シゲヒラ議員自身は造り物の整った顔にぱぁっと笑みを浮かべる。こいつとしてはそもそも放り出されてよくわからん組織に回収されて分解、それが最悪のバッドエンドだ。俺の店員として雇われるなら、ある程度生存は保証される。『龍』については不死計画関係で話を聞いているだろうしな。
つまりこの状況はwin-winなのだ。俺は低賃金で働く変態議員を手に入れ、肉体換装議員は一先ず安住の地を得る。
「俺の店に足りないのは華だ。中身はさておきお前の見た目は超一流。良いか、お前の役目はただ一つ。この店を栄えさせることだ……!」
◇◇◇◇◇◇◇◇
翌日夕方。
「新規のお客様2名ご来店なのじゃ!」
「う、嘘だろ。やるじゃねえか肉体交換メス堕ち看板ドM世襲議員の野郎娘……!」
「ランバー、混乱し過ぎだ」
俺は感動しながらコロッケを揚げ続ける。いつの間にか店内には8名ほどの客が入っており、各々個室にて会話に花をさかせている。この店の個室、客が来ないからずっと使われないままだったんだけど遂に使われるなんて感激しかない……!
シゲヒラ議員はどこで鍛えたのか謎の接客技術で腕をつかみ、あれよあれよという間に男たちを店内に上げてしまう。すげえ、ここら辺の人通りはカスなのにこんだけ集めるなんて、流石は世襲議員。企業との交渉を成し遂げてきただけのことはある!
「お待たせしました、コロッケ4つと合成酒、それにランダム珍味なのじゃ!」
客を席につかせたかと思うとシゲヒラ議員は直ぐにお盆を持ち、他の客席に運んでいく。媚を感じさせない、しかし親しみのある笑顔に客の男どもは顔をほころばせた。
……よく考えたら企業の操り人形って言われてるけど、滅茶苦茶難しいよな。金と権力を持つ企業なら飼い殺しにすることも容易なはずだ。なのに彼ら世襲議員が未だに威張っているのは、高い交渉力で企業との距離を調整していたから、ともいえるだろう。例えばトーキョー・バイオケミカル社とオーサカ・テクノウェポン社の間で風見鶏の如く動き回ったりとか。
そういう意味では、シゲヒラ議員は本当に接客向きの人間とも言えた。料理を運ばれてきた客たちは、興味津々で机の上に並ぶ料理を口に入れていく。
「コロッケ、滅茶苦茶安いのに旨いな」
「珍味、何だこれ? 生魚か?」
「寄生虫は無いので安心するのじゃ!」
ついに男たちは恐る恐る刺身を口に運ぶ。片方の男は口に入れた瞬間、毒でも食らったかのようにせき込み、水で無理やり流し込む。だがその一方で一人だけ「あれ、いけるな」と呟く者もいた。
「成功、珍味という名前にすることでハードル下げる作戦……! 加えて人気のコロッケの価格を安くすることによる満足度向上!」
「コロッケはオレたちが無償で作ったもんな……」
俺の天然食、特に生ものは23世紀の人間からはかなり不評だ。にもかかわらず自分から注文し、自分から食べてくれる客がいる。ちょっとこの事実にはじーんとくるものがあった。21世紀の感覚を、俺の価値観を共有してくれたような気がして。
こんな簡単な工夫で、こんなに大きく変化するのだな、と感慨深くなる。とりあえず現状できるのは変態議員一人でできる宣伝と、メニュー内容変更くらいのものだ。だがそれだけで一気に客も入り、満足度も悪くない。この中には数名、常連になってくれるものもいるだろう。
「マスター、これだったら厄ダネのこいつじゃなくてピエールの店から一人引き抜いた方がよかっただろ」
ランバーは盛況な店を見て、しかし少し不満げだった。こいつからすれば死にかけた元凶が目の前で第二の人生謳歌してるんだもんな。そりゃ嫌だわ。だが俺にも勿論理由がある。
「いや、こいつにはとてつもないメリットがある。ほら、多分あれがサンプルだ」
店に新しく長身の男が入ってくる。その男の最も特徴的なところは、関節が二つあるところだった。つまり膝が二つある。
「いらっしゃいま」
「動くな『龍』、こいつの命がどうなってもいいのカ!」
笑顔でシゲヒラ議員が接客に向かった瞬間、男の手が素早く動きシゲヒラ議員の喉元にナイフを突きつける。やっぱり一人は来ると思ったよ。不死計画のサンプルを狙う者。派閥闘争のごたごたに紛れて成果を狙う者。
サンバイザーの男は邪悪な笑みを浮かべ、俺に向かって脅迫を始めた。
「『龍』、迂闊だったナ。今からお前が」
「お客様、大声を出すのは他の方への迷惑となります。おやめください」
「人質とるのハ?」
「推奨行為となっております」
「推 奨 行 為」
「マスター、助けて欲しいのじゃ!」
「趣味は?」
「汚職と横領なのじゃ!」
「よーし〇せ!」
サンバイザーの男は絶句する。人質が効かないなんてまあ想定しないよね。
そう、メリットとはこいつが俺のごたごたに巻き込まれても何一つ罪悪感を感じずに済む、という点だ。
もともと欲望に任せて取引に乗った挙句輸送船を爆破しランバー、チューザちゃん、メジトーナを殺しかけた迷惑野郎。加えて甘い蜜を吸いまくって日本政府をいじめていたやつ。うーん、特に同情する理由が無い。自業自得でしょ。
サンバイザーの男の表情が徐々に絶望に染まる。そういやこいつ、博士の後ろにいたやつじゃん。結局膝関節が増設されたんだね。ルーレット運のない奴だ。
「いいか『龍』、こいつの命が惜しければ博士の元に戻ってくるのダ! 博士が返り咲くためには、そして私の膝を元に戻すにはそれしかなイ!」
「膝の為なら仕方が無いか。じゃあな~」
「見捨てられてるのじゃ♡」
「何で喜んでるんだこいつ、ちくしょう誰一人話が通じなイ!」
サンバイザーの男は肉体換装議員を拘束したまま叫び続ける。因みにシゲヒラ議員は完全に気持ちよくなってナイフを首元に当てられながら白目をむいている。きめえよドMは二人もいらねえんだよ。
「クソ、指を一本ずつ引きちぎり、泣き叫ぶ姿を映像で送ってやろうカ!」
「こいつ全身サイボーグだから、指を引きちぎる際には工具を準備するんだぞ」
「溶断とかするなら火傷しないよう気をつけてな」
「そんな、無垢な儂を助けるのじゃ!」
「嬉しそうな声で言うな。最近やった悪事は?」
「犯罪組織の資金洗浄じゃ! よい小遣い稼ぎになるのじゃ!」
「「どうぞどうぞ」」
もう完全に俺たちはサンバイザーの男にシゲヒラ議員を差し出す気満々であった。他の客も暗黒街の日常風景だ、と理解したらしくスルーしてまったり食事を再開している。もう完全に相手をする気がないと分かり、サンバイザーの男は顔を赤くして、遂に言ってはならないことを口にした。
「この店を潰してやってモ……!?」
一瞬で移動し、こいつの前に立つ。ジャックの表情が絶望から驚愕に変化する。
「いいか、そこの変態は心底どうでもいい。ただ、この店に手を出すな」
ぽん、とサンバイザーの男の腹に拳を当てる。瞬間、俺の拳から迸る電流がジャックと変態議員を焼く。電流は1Aも流れれば十分死亡リスクがある。ましてやそれが金属部の多く、抵抗が少ないサイボーグに当たれば。
「がぁああああああ」
「うほおおおおおお♡」
どさり、と二人が倒れこむ。他の客はやっと終わったかという様子でそれを眺めていた。俺はぽいっと改造膝野郎を外へ放り出し、少しプスプスいってるシゲヒラ議員を蹴とばす。
「おら仕事しろ変態」
「……はいっ! 何でもします、マスター!」
「なんだこれ」
何とも奇妙な顛末である。こうして店員が一人増えましたとさ。
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