察しの悪い博士

「おい『龍』、こいつがどうなってもいいのカ!?」 

「うひぃ♡」 

「この議員の身体改造の一覧を見たのだ。強化視覚、バランスセンサー、絶対爆殺機構……。うーん、どこが変なのだ……?」

「ボケを渋滞させるなお前ら」


 翌日、再びシゲヒラ議員を人質に取るダブル膝野郎と、喜んで拘束される変態。そしてシゲヒラ議員の身体改造データを調べている博士という異様な光景が生まれていた。


 時刻は夕方。カウンター席には図々しく博士が座り合成酒を注文している。博士の今日の要件は、すなわち今回の事件の近況だった。店員を人質にするついでに直接情報共有しよう、ということらしい。


「私とジャックが所属するトーキョー・バイオケミカル社に動きはないのだ。『不死計画』のサンプルとして議員は興味深いが、情報も持たぬ雑魚のために『龍』を起こす意味もない。それに今回問題になっているのは、盗まれた機密情報。意識そのものを入れ替える技術の方なのだ。リバースエンジニアリングされるだけならまだしも、技術の根幹を受け渡されたらどうしようにもないのだ。模倣し放題、量産型メス堕ち世襲議員が世に放たれるのだ」

「そんなに変態はいねえよ。あと、それならシゲヒラ議員の体に入っているアルタード研究員を早く捕まえろよ」

「あいにく、現在は日本経済会議中なのだ。我が社が議員を無理やりどうこうした日には、オーサカ・テクノウェポン社が嬉々として「暴力で議会を荒らす無法者に天誅を!」とか言い出しかねないのだ」

「税率すら変更可能なガチで重要な会議なんだよな。最悪なタイミングだぜ」

「一応機密を他社にまだ流していないのは救いなのだ。それより4527号、早く私の元に帰ってくるのだ。そうすれば社内での昇進間違いなしなのだ」

「脈絡なさすぎるんだよ。あと実験体になるつもりはもうない」


 つまりアルタード研究員に手を出すこともできず、手をこまねいている。今回の事件は現状、完全な膠着状態とも言えた。まあだからこそ多少まったりしながら居酒屋の改善に取り組むことができるんだけど。


「ってかお前、ジャックに人質を取らせている張本人だろ。何で悠々と席に座ってるんだ?」

「……?」


 ここで本気で気づいていなさそうなのが博士クオリティだ。こいつ、異常な自分がスタンダードで自分の延長線上に世界があると思ってやがる。だからこそ人倫を無視した実験ができるんだよな。だって自分の命すらどうとも思っていないのだから、他人の命を尊重できるはずもない。


 博士はきょとんとした様子であるが、そんな空気を無視して人質に取られているシゲヒラ議員は昨日の夜にやっていた改善の結果を自慢げに話す。ああ、これ思い出すわ。兎に角褒めてオーラ全開の犬だ。


「今日から簡易防音仕様に改装したので、変なこと言っても大丈夫なのじゃ!」

「因みになんでそうしたんだ?」

「昨日の客の顔じゃ、話したいことはあるがきちんとした仕切りが無いから話せぬというな! この価格で防音設備付きの店は少ないのじゃ!」


 シゲヒラ議員は胸を張る。身長の割にある胸は服に対して大きすぎて、陶磁器の如き造り物の肌がはみ出している。


 この汚職議員、やはり変態なだけではない。企業の操り人形をやってきただけのことはある、こういったコミュニケーションにはとことん強いらしい。幾つかの個室とカウンター席がそれぞれきちんと仕切られており、店に入ってから出るまで他の客にほとんど出くわさない仕組みに変化していた。これらすべて、シゲヒラ議員の手配である。


 各部屋は特殊な吸音材で仕切られており、完璧ではないもののよほどの手練れでない限り他の席からの盗聴は難しい。そんなわけで客たちは他の人には聞かせられない、少しダークな話でとても盛り上がっているようだった。


 そのせいか今日はなんと全席満席、店主兼料理長の俺も大忙しというわけである。胸を張りながらだらしない表情でナイフを突きつけられる変態を視界から外し、俺は酒を注ぎ始める。


 さっぱり知らなかったのだが、合成酒にも善し悪しがあるらしい。俺にとっては全て薬品臭いクソ酒、という認識だったが客の要望には応えるべく、色々調べた。幾つかの銘柄を注文しメニューに追加すると、そのうちいくつかは飛ぶように売れていく。今博士が飲んでいるのもまさに人気の合成酒だった。


「その合成酒『排水溝の煮凝り』、旨いのか?」

「塩素と硫化物の匂いが最高なのだ。揚げ物に合うのだ!」

「合うのか……?」


 うーん、と首を傾げる。少し嗅いでみるが、何とも言えない嫌な匂いである。これを好む23世紀キッズの気が知れない。だが一方で、今日の料理の売り上げは非常に好調だった。この酒に合うつまみが欲しいのだろう、揚げ物にとどまらず珍味や固型バーの売り上げも素晴らしい。


 自分の好みではなく、お客様の好みに合わせてメニューを決める。確かにある程度は必要だよな、そう思いながら俺は拘束されているシゲヒラ議員に料理の乗ったお盆を渡す。


「じゃあ4番さんの所へ」

「俺が人質にしているところだろうガ!」

「わかったのじゃ! よし行くのじゃ膝野郎ジャック!」

「なんだそのあだ名、それに俺は絶対にこのナイフをお前の首から外さないゾ!」

「じゃあそのまま行くのじゃ、コンセプトカフェ『人質』開店じゃ!」

「即座に閉店しろ!」


 なんだかんだこの変態議員は優秀だ。体のバランスセンサーのおかげでお盆を落とすような真似はしないし客への対応も極めて的確だ。人質にされながらもウキウキで他の個室に去っていく二人の後姿を眺めていると、博士は嫌な笑みを浮かべて俺を見つめてくる。


「すっかり変わったのだ、良い変化なのだ」

「どういう意味だよ。別に俺までド変態になったわけじゃねえぞ」


 こいつに上から目線されるのすげえ嫌だな、やっぱり料理出すのやめて追い出してやろうか、と拳を握り圧縮可燃ガス砲の発射準備を始める。消し炭になれゴミクズ……! 


「周囲を受け入れているのだ」

「……」

「前の4527号はじぶんの価値観を貫きすぎて、あまり他者との対話をしようとしていなかったのだ」

「そりゃ目覚めたとたんお前らに狙われたからな。全員敵の気分さ」

「でも今ではああいう奴らを、自分の価値観をもちながらも否定せず受け入れているのだ」

「……うっせえ」

「ここの暗黒街の住人向けにメニューを調整したのもその一つなのだ。お前、暗黒街に住んでいて勢力図や権力構造ばかり見て、文化には目を向けてこなかったのだ。随分時間がかかったのだ」


 博士にしては珍しくぐうの音も出ない正論だった。確かに俺の文化への知識は非常に浅い。21世紀の価値観にこだわり、それに近いものしか見てこなかった。仮想世界や夜の店など、暗黒街の住人としてはあるべき知識を得ていないのもそれが理由だ。いつもはランバーに説教しているくせに、ランバーから学ぶことがとても多い。


 が、博士が言うような「変化」が発生した理由があるとすれば……。


「強いて言うならアヤメちゃん、なんだろうな」

「ほう、なのだ」

「俺がガチ目に拒否し続けても足繫く通ってきてな。異常者と思って拒否していたが、少しずつ慣れてきた。別の生命体ではなく価値観がずれただけの同じ人間だと、理解できた」

「当たり前のことなのだ」

「実験体としてしか扱わなかったお前が言うなよ。まあ、それから少しずつ客と話し合って、理解が深まって。この前ランバーとピエールの店に行ったのは良い転機だったよ。トラウマ克服も兼ねてな」

「動くな人質ガ!」

「お待たせしました、珍味3種盛り合わせなのじゃ!」

「ありがとう、店員ちゃんと強盗さん! 追加で注文いい?」

「……やっぱ理解は深まってないかも」


 ちょっと過去を思って懐かしむ。周囲は自分の懐かしい空気が何一つない、変わり果てた日本。かすかな心のよりどころとして作った、昔を思い出す居酒屋『郷』。徹底して21世紀基準に拘っていたのに、それをわざわざ変えた自分を見つめなおすと、確かに変わってきてはいるのだろうな、と思ってしまう。


「そうなのかもな」

「『龍』、人質がどうなってモ」

「おっほ♡」

「でも議員の身体改造、どこか違和感があるのだ。 絶対爆殺機構……これは言い出したらキリが無いし……」

「だからボケを渋滞させるんじゃねえ!」


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