正ヒロイン昇格会議!
「今から私がおじ様の正ヒロインに昇格するための会議を始めます!」
アヤメちゃんがそう宣言すると全裸変態ドエムアサルトがパチパチと手を叩き、変態女装おじさんが興味深そうにそちらを見る。俺はとりあえずシゲヒラ議員を店の片付けに回らせる。お前だけはアヤメちゃんとエンカウントしてはいけない。変態が加速するからな。
アヤメちゃんは制服の首元を緩めて机に座る。相も変わらず整った顔だが、今日はその美貌が陰っていた。
時刻は既に11時。かなり深夜のはずだが、定期試験が近いらしいアヤメちゃんは遅くまで課題に取り組んでいたらしい。その帰りに愚痴を吐きに閉店したばかりの店に突撃してきた、というわけだ。
……その割に言っている愚痴は試験関係なさそうだけれど。
「おじ様の店は客が来ませんから、ライバルも少なく安心していたのにこのままでは出会いが増えてしまいます!」
「俺の店が繁盛してることを素直に喜んで欲しいんだが。それに俺は他の奴と比べて好……」
「他の客が1人も居ない開店当初から進行していた『俺の客はお前一人だけだぜアヤメちゃん~おじ様陥落マゾ堕ち全裸監禁作戦~』はどうすればいいんですか!」
「たった今アヤメちゃんの好感度が地の底に堕ちたわ」
めっちゃ足繫く通ってくれて、異常者だけど優しい子だな……と思っていたのにそんなことは全くなかった。やっぱシンプル異常者じゃねえか。ドエムアサルトは「照れ隠し……」と呟いているがそれ本当か? 全裸四つん這いのお前を見ると100%本音に見えるんだが。
ハンカチを噛んで悔しがるアヤメちゃん、四つん這いで羨ましそうに見るドエムアサルト、個室の清掃をしているシゲヒラ議員、カウンターでこっそり腕を3本にして明日の仕込みをする俺。傍から見れば凄まじいカオスである。お前ら3人、バックグラウンド込みで考えるとえぐ過ぎるんだよ。
やっぱ手は多ければ多いほどいいな、と2本の手で肉に下味をつけるべくタレを揉みこみ、残り1本の腕でアヤメちゃんの為にソフトドリンクを注ぐ。
シゲヒラ議員の活躍と俺のメニュー改革により、居酒屋『郷』はそれなりの発展を見せていた。一日中客の来ないことも普通な日々から、常に半分は席が埋まる状態へ変化したのだ。信じられない劇的ビフォーアフターである。それにより俺は大いに喜んでいるわけだが、快く思わない勢力筆頭はいじけた様子でジュースを喉に流し込む。
「いつの間にか新しい女の子と同棲してますし。私にはそんなことしてくれませんでしたのに」
「あいつは戻るところが無いから3階の元麻薬倉庫に放置しているだけだ」
「しかもお客さんがあの子のせいで増えています。足を引っ張るためにおじ様の武勇伝を広めることで客をゼロ人に……」
「やめろやめろ、実際それがあるからお前の護衛とかはこの店入らないんだろ。知らないならそれが一番だ」
俺の名前は町全てに広がっているわけではない。今来ている新規客は俺のやらかしを知らないからこそ、ちょっと安くて変な店として通ってくれているわけだ。あまりそういう真似をしたくない。
俺がそう返すと「やはり変えるべきは自分ですよね!」とアヤメちゃんは頷く。よし、良い方向に向かってくれた。
「まずヒロインに必要なのは恋を成就させるための熱意、つまり圧縮可燃ガス砲……」
「何があったらその思考に辿り着くんだよ! あとそんなものあっても暑苦しいだけだ」
「その前に燃えますよね」
「俺は燃えないから大丈夫」
「……数千度で? 燃えないゴミでしたか」
「やんのか全裸四つん這い変態女?」
ドエムアサルトと俺がにらみ合い、そしてどちらからともなく噴き出す。ここしばらくの間でこいつとは冗談を飛ばしあえるくらいにはなった。性癖談義以外は割と冗談通じるんだよな。あと言葉が強くなって「傷つけちゃったかな……」と思っても勝手に快感に変換しやがるから気を使いすぎる必要が無い。気持ち悪い以外は弱点が少ないんだよなこいつ。服さえ着れば可愛いし。
俺たちが笑う横でアヤメちゃんの表情がさらに悲壮感に染まる。
「出会って1か月足らずでその距離感、必要なのはスピード、腰にジェットエンジンの搭載……!」
「アヤメちゃん思考バグりすぎだろ。あとそれだと俺に負けるぞ」
「マスターさんの最高速度は?」
「マッハ3」
「1.5ミドリガメでしたか」
もはや俺の最高速に誰一人ツッコまない。因みに普段はこんなに速くはない。だって滅茶苦茶準備したときにしか出せねえもん。そもそもマッハになると衝撃波が近所迷惑だしやりたくない。とりあえず人を爬虫類扱いし始めた変態にアイアンクローを叩き込む。気味の悪い声を上げる変態に、引き寄せられた変態議員がこちらをのぞき込もうとするがしっしと追いやる。帰れ帰れ。
「でも最近の恋愛漫画、こういうのが多いですよ」
悩み始めるアヤメちゃんの横で、床に座ってアイアンクローでダメージを受けた箇所をさすりながらドエムアサルトはそう切り出した。え、腰にジェットエンジンが!? と聞くとまさかの肯定。恋愛観が変わるにしてもおかしすぎる、流石に嘘だろう、と俺は笑った。
「嘘つけ、じゃあ最近人気なやつのあらすじを言ってみろ」
「日本で働くヒロインが海外に住む想い人と会うために頑張ります」
「ほら普通じゃん」
「自分の体をリニアレールガンの弾丸にして音速の壁を超えるシーンには感動しましたね」
「何があったらそうなるの!?」
「一億ダウンロード突破の大人気レールガン小説ですよ。企業の皆様の熱意で夢が現実に近づく姿は最高です!」
レールガン小説、などという欠片も聞き覚えのない言葉に脳を混乱させながら、それでもまあ多少言いたいことを理解する。
「ああ、町工場の大成功、みたいな話か」
それなら理解がしやすい。海外に行きたい主人公と共に技術的問題を解決する物語。最後には海外にいる想い人の元に降り立ちキスをする。途中に挟まるレールガンが良く分からないだけで、形式自体は昔懐かしの恋愛小説だ。
俺は少しほっとする。やっぱり変わらないものってあるよな。
「でも迎撃ミサイルが飛んでくるのでそれを回避するべく格闘技を」
「急にジャンル変わったな! あと格闘技じゃ無理だろ!」
「最終的に勇気の拳が国家主義を打倒します!」
「そして思想も強い!」
前言撤回、そんな小説聞いた事が無い。なんで勇気の拳が資本主義の味方なんだよ。現在の惨状を見れば打ち砕かれるのは企業の方だろうが。あと格闘技でミサイルを回避するのは恋愛小説ではありません。……いや、21世紀にもあったかもしれん。世の中広いからな。
「人間賛歌と資本の尊さ、トーキョー・バイオケミカル社最高! という作品です」
「結局広告かよ!」
「予算をかけたおかげで「実在」しますから」
「ふ~ん。……ん?」
ドエムアサルトの熱意溢れる発言に少し引っかかるところがあるがすぐに引っ込める。ははは、まさかそんなのが実在するわけないよな。どうせ等身大の銅像とかがあるだけだよな。23世紀の奴らならやりかねん、という思いから目をそらして、料理の仕込みを再開する。
「……しかし、そんな小説が人気なくらい、身体改造が人気なんだな。俺には、凄く歪に見える。お前に言うのもあれだがな」
「確かに歪です。でも皆、何者かになりたいんです」
俺の思わず漏れてしまった戯言に、しかし真っすぐドエムアサルトは返してくれた。床に垂れたつややかな髪を弄りながら俺を見上げる。服を着るのを禁止され、豊かな胸と大きな尻を外気に晒すその姿は正に歪みそのものだ。
「私はならざるを得なかった、ですが。どれだけ元の体が才能に欠けていても、取り付けた部品はカタログスペック通りの働きをする。遺伝子強化で運動神経抜群のスポーツマンに。調眠機と思考誘導電極を使えば圧倒的な努力家に」
「でも才能ってものはあるだろう?」
「それは先に行って初めて分かるものです。多くの人はメーカーの宣伝に騙されて、身体改造さえすれば思い通りの自分になると錯覚します。実際性能は拡張され、僅かばかりは夢を見ることができます。その後、同じ身体改造をしたもの同士の差を見て気づくのです。お前は他の下位互換だと」
「……」
「だから他の人に負けないよう、更なる身体改造を施そうとします。通常の肉体とかけ離れ、精神が不調を起こすまで」
酷い話である。そういう意味ではランバーやチューザちゃん、暗黒街の住人は相当真っ当な身体改造をしているといえる。彼らは何者かになりたい、ではなく今を生き延びるために力が必要なのだ。
故に他の者の下位互換でも気にならない。俺の強さを見ても「流石だぜマスター」としか言わない。勿論金銭的な制限もあるが、身の丈にあった身体改造のみを行う。もちろん暗黒街の中には夢見まくりなやつもいるけど、大体は早い段階で現実と折り合いをつける。ランバーのあれは悪ふざけにも程があるが。
だが金を持つ企業の連中は狭い世界での競争ばかりしている。苛烈な競争は身体改造による歪みを際限なく加速させるのだ。
「……アルタード研究員はどうなんだろうな」
「? シゲヒラ議員の体に入っている研究員は、現在日本経済会議の帰りのはずですが」
「そうじゃねえよ。ってかあの会議滅茶苦茶難航してるな」
「票が綺麗に割れて決議が取れないみたいです。それで、そうじゃないとは?」
ドエムアサルトはきょとん、と首を傾げる。まあこいつらにとっては単なる邪魔者だし、考える必要もないだろう。だけれど俺にとっては気になってしまうのだ。どうしてアルタード研究員があんなに俺がご執心だったのかを。
「アルタード研究員は自分の体を改造しまくってたんだろ? 何があいつをそこまで駆り立てたのか、気になってな」
アルタード研究員は、一体何になりたかったのだろう。
◇◇◇◇◇◇◇◇
そんな話をしながら、穏やかな夜が過ぎていく。そろそろ明日の学校に備えた方がいいぞ、とアヤメちゃんに言おうとするが彼女のハンカチは嚙み過ぎてくしゃくしゃになっている。やっべ、ドエムアサルトと楽しく話し過ぎた。
アヤメちゃんは席を立とうとしながら、ブツブツと唱える。
「正ヒロイン昇格のために、手は26本、足は1本……」
「どうして博士と同じ結論に!?」
その後アヤメちゃんを宥めるために、更に1時間ほど相手をする羽目になったのは余談である。膝枕されてるときは普通に可愛いんだけどな、アヤメちゃん。
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