バトルトレーニング!

「店主さん、圧縮可燃ガス砲と電撃と脚力増強と対銃弾装甲と腕力強化禁止な!」

「え、それだけでいいの?」

「「それだけ!?」」


 翌日の昼、ランバーとチューザちゃん、そして俺が店の裏にある広場に集まっていた。広場といっても瓦礫まみれだったところを、圧縮可燃ガス砲で燃やし尽くしただけなのだが。


 今日の要件はシンプル、チューザちゃんを鍛えるべく、俺に指導して欲しいという話であった。


「しかしランバー、お前が弟子を取るとはな」

「このネズミっ娘、頭良いし調査が得意だし、戦闘と交渉特化の俺と相性いいんだよ」


 このランバー、いつもの頭の悪い行動に反して交渉はかなりできる。自身の損得を見極め、相手の最も嫌がる道筋を提示し脅す。その見た目も相まって、荒事での交渉成功率はかなり高いらしい。


 また、戦闘も極めて上手い。飛びぬけた能力があるわけではないが、経験からくる相手の見極めと対応はピカイチだ。納豆を私兵に投げていたのも、素早く相手の弱点を把握したからに他ならない。


 一方チューザちゃんはハッキングができるくらい頭が良いのだが、どこまでいっても14歳。大人に脅されると怯えが出てしまうし、戦闘能力が無いから実行部隊の下請けしかできない。


 この二人が組むのは確かにありな選択といえるだろう。互いにとってメリットがあるし、ついでにチューザちゃんの恋路がさらなる発展を見せる可能性もある。……その前にランバーが失望される可能性も高いけど。


 とはいっても、チューザちゃんの戦闘能力が低いままではどんな仕事をするのにもリスクが伴ってしまう。そこで非常に残念なことに暗黒街最強である、この俺に鍛えてくれという依頼が来たのだった。


「マスター、遺伝子強化型だろ? オレよりアドバイスが上手いと思ってさ」


 ランバーはそう言いながら銃を構える。こいつ平然と実弾を装填してやがる。確かにその程度では死なないけどさ。


「とりあえず模擬戦やればいいんだな」

「ああ。マスターなら実力差があり過ぎて手加減もできるだろうしな。他の訓練なら正直仮想世界でも何ともなるから、それより実践経験を積ませたい」

「お、お願いするで店主さん……」


 チューザちゃんは明らかにガチガチだった。本当に戦闘が苦手なのだろう。一応サブマシンガンを構えてはいるが、構えは崩れているし安全装置も無効化されていない。


「どういう理由で苦手な感じ?」

「選択肢が多すぎて頭が混乱するんや。もし失敗したら死ぬわけやろ?」


 ……チューザちゃんの悩みは概ね理解できた。頭でっかちタイプがよく嵌る罠の一つ。銃を連射する、遮蔽を取るなど様々な選択肢があるが、失敗すればどれも死という特大のリスクが付きまとう。


 加えて頭が良いから様々な可能性が浮かんでしまう。結果として、思考に気を取られ動きが疎かになり敗北する。戦闘の経験が浅い者にありがちな事態だった。



 俺は無言でカイ〇キーになる。


「腕が四本、なんだそれ!」

「いや、腕をもっと組みたいなと思って」

「どういう理由やねん!」


 にょきりと俺は腕を追加で二本生やす。それらは一見してもとからあった腕と何一つ変わりはない。俺は四本の腕でダブル腕組みをしながら、「こんな感じで何かできるのか?」と聞く。


「チューザちゃん、ネズミの遺伝子強化型なんだろ? 脚力強化とか、ネズミならできるんじゃないのか?」

「……できるけど、遅いし制御が甘いんよな。失敗すると人間の体に戻れなくなりそうで怖い。実際一週間くらい足に毛が生えたまんまの時はどうしようかと思ったわ」

「そういや遺伝子強化型の人間って、制御がしっかりしていないから時たま戻れなくなるんだっけか」


 チューザちゃんは必死に力を込めるような表情をする。しばらくすると足に薄い毛が生え始め、同時に足の筋肉が明らかに増え始める。ネズミは結構脚力が強く、思いもよらぬ高さを跳ねる。それを再現したものなのだろう。


「ほれ、高く飛べるで! ピョン!」

「「……」」


 チューザちゃんは太くなった足に力を込め、何度も跳躍する。が、ランバーが足に仕込んだ武装を使用した時の方がよっぽど高く飛べるんだよな。


 ……残念ながらネズミの跳躍力は彼ら自身の体重の軽さがあってのものである。遺伝子を持ってきていくら弄ったといっても、限度はあるのだ。


 チューザちゃんは調子に乗っていたのが少し恥ずかしくなったらしく、しゅんとする。いや、ネズミの最大の強みは脳だし、それを利用した思考力増強は間違いなく君の武器だとは思うよ。と、それはさておくとして問題は。


「兎に角、遺伝子を発現させるスピードが遅いな。戦闘中じゃ間に合わない」


 遺伝子強化型の能力として、体の一部を強化元の遺伝子を利用し強化することができる。例えばカブトムシなら硬い外骨格を生み出せるし、牛ならメタンガスの発生などもできる。


 だが一方で、これらは薬物を投与すれば簡単に能力を使える、というようなものではないのが最大の欠点だった。


「こういうのって、一般的にはどうするんだ?」

「音楽や薬品で、パブロフの犬の如く体に覚えさせるしかない。生体反射を利用する感じだな」

「おいおい、薬品投入したら簡単に使えるようになってくれよ」

「それができるんなら、二種以上の遺伝子強化人間も開発されとるで。そのあたりの制御が不可能に近く、人間の意識に大きく依存してしまうから未だに主流やないねん。金がかかるのは勿論あるけどな」

「遺伝子強化型は能力が不安定、これは最大のデメリットやな」


 つまりこれが、遺伝子強化型の人間の弱点であった。サイボーグ化では難しい部分の強化やハッキングの無効化など、様々なメリットがある代わりに制御が難しい。


 一応遺伝子編集を行っている関係で、特定刺激を受ければ導入された遺伝子を発現できるはずなのだが、できていない時点でお察しである。


 そんなチューザちゃんの悩みを解決できる道具を俺は取り出した。それは四角い箱に幾つかの試験管と溶液が入ったものである。


「これに血液垂らしてみてくれ」

「これなんや?」

「ゴリラパッチ」

「ゴリラパッチ!?」

「君が何ゴリラなのか、測定してみせよう!」

「ゴリラ単位系!?」


 ゴリラ単位系はさておきとして、このパッチテストは極めて単純な仕組みで出来ている。さまざまな機構が入った試験管に、血液を落として機械に入れると大雑把に遺伝子の適合率を示してくれる、というものだ。


 勿論、21世紀でも用いられていたような精度のものとは異なり、あくまで遺伝子強化型の人間が、どれだけ人とずれているかを示すというものだった。


「0.33ゴリラ……」

「ということは30%ゴリラなのか?」

「乙女に何言うとんねん!」

「そうだぞ。それに示しているのは今発現している遺伝子の乖離度だ。一般的に1ゴリラ、2%程度までの遺伝子変質であれば、自然に元に戻る」

「???」

「なるほどやな。これ、一般的な遺伝子チェッカーやなくて、遺伝子強化型の人間がどこまでいっても大丈夫か、練習するための道具ってわけやな。店主さん、生物系に疎いのか知らんけど、結構誤解招く説明やったで。そもそも血液内の一時発現遺伝子と細胞内の通常遺伝子は遺伝子導入時の第三工程において……」


 チューザちゃんが講義を始めてしまう。うわ、わけがわからねえ、何言ってんだこいつ。まあ恐らく彼女が正しいんだろう、俺は取説を斜め読みして分かった気になっていただけだし。


 だがチューザちゃんは概ね自分の状態を理解したらしく、軽くため息をついた。


「つまり、1ゴリラ未満やのにビビりすぎ、ってことやな?」

「そうだ、一回失敗したのを引きずり過ぎだ。それに戦闘における強みが分かれば、自然と闘いの際の指針も決まる。まずは強みを押し付けてから考えればいいわけだからな」

「悪いゲーマーの思考や……」

「オレとかは逆に相手の弱みを突く方向だが、初心者ならそちらのほうが強いだろうな。脚力があるなら、逃げ回りながら乱射するだけで相手からすると相当厄介だぞ。遺伝子強化型ならカートリッジ切れで加速できない、なんてこともないからな」


 ランバーが横から補足を入れる。そもそも彼女は戦闘向きじゃない。どちらかといえば時間を稼ぎ、ランバーに対応してもらう隙をつくる方が現実的だろう。


「因みにこんな裏技もある」 


 そういえば話してなかったな、と思いながら俺は爪を伸ばして肌を切り、ゴリラパッチに血液を入れる、しばらくするとゴリラパッチは赤い光と共に、モニターに信じられない値を示した。


「47ゴリラ……!?」

「つまり、90%くらい人の遺伝子と異なっているってことだ」

「やっぱり人間じゃなかったか」


 ランバーたちはホッとした様子を見せる。なんでだよ、そこは驚きのあまりひっくり返るところだろうが。俺は人外という前提で話を進めるんじゃねえ!


「やっぱりってなんだ、まあ要は逆転の発想だよ。人の体から遺伝子を発現させるのではなく、獣の体から人の遺伝子を発現させる。そうすれば腕を生やすのも簡単だ。抑え込んでいたものを、元に戻すだけなんだからな」


 ゆっくりカイ〇キーと化していた腕が肌の中に隠れていく。かと思えばぶちり、という音と共に今度は4本の腕が新たに追加された。その間、1秒にも満たない。


 これが俺の強さの秘密の一つだぜ、と胸を張っていると向こうの二人がドン引きしているのが見える。何と失礼な。この俺の秘技を見たからには感動して涙してもいいだろうに。


「マスター、それは人間やめすぎだぜ……」

「そこまでやってしまったら、もう人間としての存在が残らへんのちゃうん……」

「気合いは全てを解決する!」

「「んなわけあるか!」」


 いや、そんなことはない。でなければあんな事態は起きるはずが無いのだ。俺は無言で、手元の端末からニュースを流す。



『続いてのニュースです。シゲヒラ議員の乗用車が、今週7度目の衝突事故を起こしました。対軍用自動迎撃装置E-98JHGを掻い潜ったミドリガメは……』


 全員が無言になる。本当に何なんだろうねこのミドリガメ。でもその執念は凄まじく、8方向からの誘導ミサイルすら防ぐと名高いE-98JHGを突破しているらしい。


「ミドリガメでもこれだけできるなら、お前達でもまだまだ成長できる……! さあ始めよう、取り合えず使う遺伝子は7種類だけに抑えておいてやるぜ」



 それからしばらくの間、俺を見るたびにチューザちゃんはちょっと震えるようになった。なんでや、戦闘中に手がどんどん増えて全ての腕から超高圧水噴射しただけじゃん……。


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