値引きクイズの時間だ!
「メジトーナをパクってやる! 値引きクイズの始まりだ!」
「「イエーイ!!」」
あくる日の夜。多くの客は清算を済ませて帰ってしまい、店内に残っているのはドエムアサルトとハヤサカという奇妙な組み合わせであった。因みにドエムアサルトは他の客がいるから流石に服を着ている。客がいなくても服を着ていて欲しいんだけど。
ドエムアサルトは何時ぞやと同じ、白いパーカーにジーンズという姿だが、やはり服を着ている時は可愛らしい。ゆったりとした服では隠しきれない豊かな胸やヒップラインは、そこらのファッション誌でも通用するだろう。まあ中身がアレだから全てご破算だけど。
一方ハヤサカは普通に会社の帰りに寄っただけらしく、黒のスーツだ。この辺りは21世紀と変わらない……ように見えて、材質はかなり変わっている。今はネクタイを外してシャツの胸元を緩め、物珍しそうに焼酎をチビチビと飲んでいる。
ドエムアサルトと一緒に来たアヤメちゃんについては変態議員に聞きたいことがあるらしく、3階に行っている。……調教とか始めないか凄く不安だったが、本人曰く「仕事の話」らしいのでまあ放っておくことにした。というかシゲヒラ議員とアヤメちゃんがガチで交渉したら凄いことになりそうである。暴力特化の俺は一瞬で置いてけぼりにされて、眠気に耐える時間となるだろう。
というわけで、その隙に新しい試みの一つである値引きクイズを始めることにしたわけだ。俺は洗い物の手を止め、二人に向かってピンと指を立てる。
「ルールはシンプル、俺が簡単なクイズを出すので、正解すれば2割引きだ!」
このゲームの着想はランバーと行ったおっパブからである。あの店での飲み比べは思わぬ面白さがあったというか、店と客の架け橋を作っていたというか。……という言い訳の下、俺がクイズをしたいだけである。
ハヤサカとドエムアサルトは熱い視線を俺に向ける。
「よーし、全問正解するっす! 抜け忍の人に負けるわけにはいかないっすからね!」
「抜け忍の人ってなんですか抜け忍の人って」
「そうだぞ、まるで企業から退職することが悪いみたいじゃないか」
「人じゃなくてお嬢様の犬です!」
「そこ!?」
因みにこの二人は妙な縁がある。ハヤサカはトーキョー・バイオケミカル社の社員であり、ドエムアサルトもかつてはそこに所属していた。となればちょっと雰囲気が悪くなってもおかしくないはずだが、二人は至って普通の知人のように話している。
「売り上げに関係しなければ文句言われないっすよ。牙頭組ですから上手く処理してくれたでしょうし、移籍もそこまで揉めていないと思いますよ、表面上は」
普通、最強戦力『アルファアサルト』の(信じたくないが)隊長を引き抜かれたからには相応に揉めると思ったのだが。そこは流石牙頭組といったところか。
まあこのアホ頭を見るに、もしかしたら強力な記憶洗浄でも行ったのかもしれない。あるいは死亡扱いにしてしまったせいで追えなくなった、とかだろうか。こいつも苦労しているらしい。
「あと、最近は『アルファアサルト』も治安保持部隊も何やら忙しそうですから。上司も私に構っている暇もなくなってきてますね。それとやけに私に『アルファアサルト』から情報提供の依頼がかかってるっすね」
「感謝、恩は先に売っておくもんだな」
「……この程度で返せたとは思えないっすけど」
ハヤサカはしれっと社内の情報を流してくる。それを統合すれば、まあ何が起きるかは分かるがこちらから手を出す必要もない。状況によってはちょっと困る可能性もあるけど、まあ何とかなるでしょう。そんな感じで仲良く話しているとドエムアサルトがぷくーっと頬を膨らませる。ハムスターかよ。
「『アルファアサルト』内ではカリスマとして知られてたっすよ、この人」
「どこが!?」
「失礼ですね、私ほど美しく強い存在はいませんでした」
「ああ、戦闘力と顔面だけで尊敬されてたパターンね」
「何ですと、やりますかターボチ〇ポ店長!」
人には様々な過去がある。まあそれを掘り返すべき時もあればそうでもない時もある。少なくとも今は値引きクイズの時間だ、この変態の武勇伝を聞く時間ではない。とりあえず早速クイズを出してみることにしよう。
とはいってもクイズは難しすぎては意味が無い。酔った頭でも分かるくらいに簡単で、それでいてちょっと考えるくらいがよい。まずは小手調べ、超簡単な一問だ、答えも当然予測できる。
「パンはパンでも食べられないパンはな~んだ!」
「人食いパンダっす!」
「ちょっと待てもっと答えがあっただろ!?」
さすがに回答者側がフルスロットル過ぎる。パンツとかフライパンとか、選択肢は無数にあっただろ。なんでそんな答えになるんだ、あとパンダは食えるぞ。
俺は戦慄するがドエムアサルトとハヤサカは当然だよな、と言わんばかりに頷きあっている。そんな訳がない、そもそもパンダは弱いし人を殺さない。
「パンダはアサルトライフルを撃ちますよ?」
「アサルトライフル!?」
「あの独立国家に近隣国家の人らは相当苦労しているらしいっすよね」
やべえ、どんどんひどいワードが出てきて聞きたくなくなってくる。パンダから連想される単語じゃないんだよその辺り。パンダと言えば笹、笹と言えばパンダだろ。アサルトライフルと人食いと独立国家は繋がってこねえよ。
「あとフライパンは食えるっすよね」
「パンツもです、消化酵素持ちなら余裕ですよ」
「んなわけあるか、人間離れしすぎだろ!」
「「あなたが言うな!」」
失礼な、俺は空気を食うくらいしか能力がないぞ。特殊触媒があれば二酸化炭素からの有機物変換、意外と簡単なんだよ! そう言うと、二人は更に表情を青ざめさせた。
「確かに、録画データでは増やした腕の原料が見つからなかったですが……」
「てっきり脂肪とかを変換してるかと思ったんすけど、空気中……?実質無限再生持ち……?」
「しれっとチューザちゃんとの訓練を盗撮してやがったのかよ、お前らの組織。まあ隠すようなもんじゃないけど」
二人がどんどん怯え始める。そっか、チューザちゃんとか訓練後に馬鹿ほど食べてたもんな。なるほど、肉体を変化・戻すエネルギーの供給はそりゃあそちらの方が一般的か。ダイエットにとても便利そうな機構である。それはさておきとして。
「二人共外れ、人食いパンダは俺が観測していないので実在しているか不明なのでハズレな」
「シュレディンガーの人食いパンダでしたか」
「箱を開けて人を食ってたら人食いパンダ、役人を食ってたら反政府パンダってことっすね」
「ノーマルパンダはどこいった!?」
突っ込んでもキリがないので第二回戦に突入する。ハヤサカとドエムアサルトは「次こそは正解してやる……!」と意気込んでいる。いやお前ら二人ともそこそこ高給取りじゃん。この店の支払い程度簡単にこなせるのに何ムキになってんだよ。あと正解する気なら人食いパンダなんて回答をするんじゃねえ。
「弟には2つ、妹には1つ、なーんだ!」
「シュレディンガーの反政府パンダっす!」
「合体させるな!」
もうパンダから離れろよ! と俺はハヤサカの頭をメニュー表で軽く叩く。今どき珍しい紙のメニュー表の攻撃を受け、痛くもないくせに「うひょん」なんて変な声をハヤサカは出す。羨ましそうにしている隣の変態を無視し、俺は続きを促した。
「それで、答えは?」
「チ○ポですね」
促すべきじゃなかったぜ。ドエムアサルトから出てきた終わっている答えに頭を抱えながら、怒りの鉄槌を振り下ろそうとする。だがきょとんとした様子のドエムアサルトは、自身の正解を疑っていない……!?
「ランバーさんの家のチ〇ポはそうだと聞いています」
「家庭環境が複雑!」
だめだ、23世紀の人間がフリーダムすぎて別解が多すぎる。答えは「と」だよ。おとうと、で二つだしな。自信満々なドエムアサルトの横で、俺は困ってしまう。
「これだと値引きクイズの価値がない……!」
そう、値引きクイズはその性質上、わかりやすいただ一つの答えがあるべきだ。となるとなぞなぞはやはり向いていない。でもクロスワードパズルとかにするとこいつら計算プログラムで算出してくるからな、困ったものだ。そう思っているとハヤサカがヒソヒソと耳打ちしてくる。それを聞いて俺は手を打った。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「『龍』、お愛想頼ム。あと人質は返ス」
「あうん♡」
「おうよ、今値引きクイズをやってるんだが、どうだい?」
翌日夕方。ジャックが人質作戦に再び失敗し帰ろうとしたとき、俺はそう提案する。膝が増設されたことでお馴染み高身長ジャックは少し戸惑った表情を見せた後、愉快な笑みを浮かべ親指を立てる。
「安くなるならいいな、じゃあやらせてくレ」
「よし、記念すべきクイズ挑戦者一人目ゲットだ!」
こいつは自分の膝を元に戻すために金がいるらしく、あっさりと乗ってきた。ハヤサカ作の、渾身のクイズが炸裂するぜ。答えは一つ、しかし適度な難易度の値引きクイズを食らえ!
「手は12本で足は8本、マッハ3で動く居酒屋のマスター、だーれだ!」
「いるわけねえだロ!」
「答えは俺!」
「不死計画の実験体とはいえお前は人間だ、嘘つくナ! 証拠を見せてみロ! ……え、本当に腕が増えてる……もしかして全部真実なのカ……!?」
ジャックはそれから数日の間、人質を取りに来なかった。噂によると手が12本で足が8本、マッハ3で動く恐怖生命体の店に行くことにちょっと怯えちゃったらしい。
お前人質を取るくらい度胸あるんだからそれくらい我慢しろよ。あと膝が多いのも相当異形度高いのに、なんで俺のにはそんなにビビるんだよ……。まあ確かにマッハ3となると足の生えた戦闘機みたいなもんだけどさ……。
解せぬ、完璧なクイズだったのに、と思いながら俺は一度しか使えなかったこのクイズを封印するのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます